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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第一章 葬列と少女
17/42

‘傀呪’

「~~~~!??」


 声すらあげる暇もなく吹き飛ぶミラルダの巨体。床を流れる種々の部品を弾き飛ばしながら、一直線に部屋を横切ると、隅の壁に恐ろしい勢いで激突した。


「けほ、けほ……あなた……は……」


 解放されたアンヘルは、咳き込みながら顔を上げる。

 ミラルダを一撃で気絶させ、アンヘルを救ったその小柄な人影は、彼女が死の間際まで思い浮かべていた人物――


 紛うことなき棺屋の少年だった。


「……ナ、ギ……?」

「……ごめん。遅くなった」


 いつも通りの穏やかな声で、少年は言う。


「なんで……」


 アンヘルには彼の存在が信じられなかった。朦朧もうろうとした意識が見せる今際いまわの夢かとさえ思われた。こんな所に少年がいるはずがない。たかが一日行動を共にしただけの人間を助けに来る理由など、一体どこにあるというのか。


 けれど、少年の答えはひどく簡単だった。


「約束したから。……『後で合流しよう』って」

「そんな……たった、それだけで?」

「十分だと思うけど。……それに、僕だけじゃないし」


 と、ナギが肩をすくめた丁度その時、扉からどでかい声が飛び込んできた。


「アンヘル、無事っ?!」


 現れたのは、ぜえぜえと息を切らしたコムギ。アンヘルを見るや否や、怒涛どとうの如く駆けて寄って来る。


「いやー、びっくりしたわよ、アニマがいきなり『アンヘルさんが襲われてるみたいです~』とか言い出すんだもん。当のアニマは急に消えちゃうしさあ。でも良かった~、大丈夫だったみたいね!」


 一通りまくしたててから、コムギは安堵の吐息をついた。


 ……けれど、それは早とちりだったらしい。ナギは面倒臭そうに首を振る。


「そのことなんだけど……まだ早いかな」

「へ? 早いって……」


 『一体何が?』と尋ねるコムギの言葉は、奥の壁から聞こえて来た別の声にかき消された。


「――あー、いってててて……つーか、めっちゃ痛かったんですけど~?」


 三人の視線を浴びてむっくりと起き上がったのは、壁にめり込むほどの勢いで叩きつけられたはずのミラルダだった。


「うげっ、なんなのあれ?! ちょっと、ナギ、あんま見ちゃダメよ! 教育に悪いわ!」

「嘘でしょ……まだ立ち上がれるの……?」

「アアン? ごちゃごちゃうるさいメスガキどもね! で、一体どこのどいつが乙女の顔面にマジ蹴りを……って――!」


 ナギに目を留めたミラルダは、にんまりとおぞましい微笑を浮かべる。


「いやだ、かーわいい! 超美少年! ドS系ショタとかマジタイプなんですけど! あー、もうだめ、たまんない! 調教してえ!」

「ひぃい! ナギ、目を合わせちゃダメ! あいつ絶対変質者よ!」

「うっさいわね、メスガキは黙ってなさい!」


 二人のやりとりを無視しつつ、ナギは不気味な暗殺者と対峙する。

 その背中にアンヘルは警告した。


「ナギ、気を付けて! そいつは――」

「――鏡の特異魔力、でしょ? 魔力や衝撃の一部を反射できるみたいだね」

「あんらあ、よくわかってるじゃない。アタシ、賢い男の子ってだあいすき! ……ま、でも、それも当然って言うべきかしら?」


 不意に表情を変えたミラルダは、試すようにナギを見据えた。


「あんた、‘柩鬼くき’の生き残りでしょ?」


 ナギの返答は――沈黙。

 それを肯定と受け取ったのか、ミラルダ満足気に笑った。


「んふふ、当たりみたいね。あんたら柩鬼が使う‘傀呪くじゅ’ってのは、そりゃもう特別だもの。間違えやしないわ」


 そうしてミラルダは、何かの一節をそらんじる。


「『万象を傀儡として使役する破滅の呪い』――だったっけ? あんたらの傀呪のキャッチコピーって。他にも『木の枝一本で龍の心臓を抉り、木の葉一枚で龍の吐息も防ぐ』とかあったわよねえ? こう見えてアタシの一族もそこそこ歴史あるからね、じいちゃんからよーく聞かされてたのよ。『黒髪紅眼を見たら迷わず逃げろ』ってさ。触れるだけで森羅万象あらゆるものを殺しの道具に変質させるだなんて、まあとんでもない呪いですこと。怖いわあ」


 言葉とは裏腹に嬉しげなミラルダは、途中でふと首をかしげる。


「しっかし不思議なのよね。なんだって柩鬼がこんなところにいるわけ? 確か十年ぐらい前に一族郎党皆殺しにされたって話聞いたような気がするんだけど……ま、細かいことはどうでもいっか。ペットにするならレアものに限るしねえ!」


 と開き直ったミラルダに向かって、コムギは怒声を張り上げた。


「ちょっといい加減にして、勝手に話進めないでよね! 茎だか葉っぱだか知らないけどね、こいつはただの子供でそんなわけわかんない一族とか関係な……」

「いいよ、コムギ。事実だし」

「――い……って、え!? 知ってんの!? っていうかマジなの!?」


 思わぬ肯定に驚嘆するコムギ。

 ナギは軽く肩を竦めて見せた。


「別に、隠してたわけじゃないんだけど。これまで傀呪は何度も見せてるし。というか、初めて会った洞窟でも使ったじゃないか」

「あ……あの時の松明……」


 ポルタ洞窟にてイワネズミの大群を追い払う時にみせた、あの尋常ならざる黒炎がコムギの脳裏をよぎる。


「じゃあ、アレがソレなの? えーっと……果樹?」

「傀呪だよ」

「ちょっと、そこ! いちゃつかないでくれる? ――アタシが先、でしょ?」


 ミラルダの全身から放たれる殺気。その凍えるような冷たさは先ほどまでの比ではない。


 アンヘルとコムギは応じるように身構えるが……その二人を抑えて前に出たのはナギだった


「……二人共、下がってて」

「何言ってんのよ、あんなのと戦って変態が移ったらどうすんの!? 絶対駄目よ!」

「そ、そうよ! 第一、これは私の戦いで……!」

「大丈夫だよ……どうせすぐ終わるから」


 と、あっさり言い切るナギ。挑発ともとれるその言葉を聞いた瞬間、ミラルダの頭の奥でプツリと何かが切れる音がした。


「あらぁ、随分と生意気な口きいてくれるじゃない! ワ・ル・イ・コ! そんないけない子にはぁ……オシオキしなくちゃねえ!!!」


 ずしん、と床が揺れるほどの勢いでミラルダが跳躍する。砲弾さながらの地鳴りと共に着地したのは、大胆不敵にもナギの眼前。


 もはや防御など考えてもいないのか、ミラルダは大上段に掲げた拳を思い切り振り下ろす。……が、その直前、ナギの懐から小さな玉が零れ落ちた。


「チッ……煙幕!?」


 破裂すると同時に濛々と広がる黒煙。だが、視界を奪われたにも関わらずミラルダは余裕の表情を崩さない。


「あーら、かくれんぼしたいの? いいわよ~、遊んであげちゃう! アタシが鬼ね! さあて、可愛い坊やはどこかしら~?」


 と、上機嫌に歌い始めたミラルダは、唐突に振り返った。


「ここかなあ?」


 瞬間、黒煙を突き破って現れたのは一本のナイフ。傀呪を纏った短剣は今やすべてを貫く必殺の矛。だがミラルダは、いとも容易くその柄を掴み止める。


「チッチッチ、駄目じゃない! 視界奪った程度で調子に乗っちゃ。こういうのはね、もう一段ぐらい陽動を重ねてから……」


 けれど、その言葉は背中を襲った鋭い痛みによって遮られた。

 首を回して見てみれば、背中にはずぶりと突き刺さった真っ黒な鳥の羽が四本――


「――それぐらい知ってる。だから、そっち(ナイフ)が陽動」


 煙幕の晴れたその先に、ナギはいつも通りの顔で立っていた。


「ふ、ふうん、そう、やるじゃない。これ、ヨタカフクロウの風切羽でしょ? こんな玩具おもちゃでも、傀呪さえあれば無音のナイフになっちゃうってわけねえ」


 平静を装って分析するミラルダ。だが、その唇の端は苛立ちでひくひく痙攣けいれんしている。……相当カッカ来ているらしい。


 そして掴んでいたナイフを握り潰したミラルダは、ずんずんとナギに詰め寄った。


「でもねえ、こんなしょんべんくさい攻撃じゃぜんっぜん燃えないのよ! 殺す気で来なさい! 殺す気で! 見せてみなさいよ、‘柩鬼の秘儀’って奴をさあ!」

「……そこまで知ってるんだ」


 ナギは微動だにせず向き直る。ようやく訪れる本気の戦いを前にして、ミラルダはべろりと舌なめずりをした。


「あら、やる気になったみたいね。嬉しいわあ! そんじゃ、あたしもフルパワーでいくわよ! 二人で最高にハイになりましょう!!!」


 だが、ミラルダの熱い誘いも虚しく、ナギの返事はそっけなかった。


「……悪いけど、遠慮しとく」

「は? ここまで来て何言って……あん?」


 ぐらり、と唐突に歪む視界。ミラルダは体の変調に気付いたが、時すでに遅し。手足は痺れ、一切の自由が利かなくなっていた。


「な、なによ、これ……?!」

「心配しないでいいよ。死にはしない。さっきの羽にちょっと山椒さんしょうの毒を擦り込んでおいただけだから」

「山……椒……? ば、馬鹿言うんじゃないわよ! あ、あんな弱い毒が、このアタシに効くわけ……」


 言いかけて、ミラルダは気づいた。


 元々の性能がどんなに低かろうと関係ないのだ。――万物を凶器へと変貌させる傀呪さえあれば。


 ぼやけていく意識の中、勝ち誇りさえもしない少年を見て、ミラルダは笑った。


「あ、あんた、ほんと、生意……気……」


 そうして奇怪な格好の暗殺者は、白目を剥いてばったりと倒れ伏したのだった。

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