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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第一章 葬列と少女
15/42

骸の在り処

――――……

――……


「お二人とも~、もうすぐですよ~」


 アンヘルが合流できないと聞かされてから三時間。

 変わり映えのしなかった通路が下り坂となり、地下へ地下へと潜り始めてから更に数時間が経った頃、アニマが朗らかにそう言った。


「疲れてませんか~?」

「ううん、このくらいはへっちゃらよ」


 コムギは笑顔で返す。その横顔が少しだけ寂しそうなのは、別れたアンヘルの身を案じているからだろうか。ナギと同様、コムギにとってはアンヘルもただの子供に過ぎない。だとえどんなに強力な光精霊術の使い手であろうと、そんなことはコムギには関係ないのである。


 とはいえ、いつまでもアンヘルのことだけ引き摺っているわけにもいかなかった。コムギたちにもまた、アニマの遺骨を回収するという目的があるのだから。


「ここを抜ければですからね~」


 と、相変わらずの案内人が導いた先には、ひときわどでかい扉が。


「うひゃあ……でか……本当に巨人がいそうね……」

「あははは、巨人だなんて、いるわけないじゃないですか~。オカルトってやつですよ~」


 自分のことは棚に上げて、アニマはけらけらと笑う。……が、扉の向こうには幽霊や巨人と同じぐらい不思議な光景が待ち構えていた。


「な、なによこれ……」


 足元には形の違う無数の砲弾、あちらには重そうなバルカン砲の束と、更に奥には巨大な刀剣類の数々。……扉の先には、武器庫と見紛うほどにたくさんの兵器が広がっていたのだ。しかもそれらは皆、動く床に乗せられて隣の部屋へと運搬されていく。きっとそんな調子でずーっと先のどこかまで運ばれていくのだろう。


「うーんと……展覧会?」

「兵器の生産ラインですよ~」


 と、ぽかんと口を開けるコムギに、アニマは驚く素振りも見せず解説する。


「磁気コンベアを使ったアナログ式ですけどね~。三次元形成方式だとどうしても自己改修機能セルフインプルーヴシステムとバッティングしちゃうんですよ~。他にも長期運用における安定性とコストの問題とか諸々あってこうなっちゃいました~」

「ふうん、これがあのとんでもロボットになるんだ」


 足元を流れていた小さな黒い玉を拾い上げたコムギは、手の平で不思議そうに転がす。


「正確にはロボットのマウントパーツですよ~。基本フレームはまた別のところなので~」

「へえ、やっぱり詳しいわね。私、時々アニマが古代人だったこと忘れそうになるわ」

「はい~、一応現役時代はばりばり渡り合ってましたから~」


 えへんと胸を張ったアニマは、コムギが先ほどから弄りまわしている黒い球を指さすと「ちなみに~」とさらに解説を続けた。


「コムギさんが持っているそれは亜鏡像物質弾パラ・ミラーマター・バレットといって、一発であのロボットの装甲がまるごと飛ぶ威力ですよ~」

「ぎゃあっ! そういうのは先に言いなさいよ!」


 慌てて遠くに放り投げるコムギ。それを見て、アニマはおかしそうに笑った。


「慌てなくても大丈夫です~。発射機構を経由してないので安全ですよ~。発射機構の方はもう生産ラインが完全に停止しちゃってますから~。他にも色々強力な装備あったんですけどね~。励起子波壁れいきしはへきとか~縮退解斂砲しゅくたいかいれんほうとか~MM(磁気単極子)隔射機構かくしゃきこうとか~、あっ、あと自壊指向性じかいしこうせい浸透圧散爆雷しんとうあっさんばくらいも。全部ライン止まっちゃいましたけどね~。今も生産中で自律兵器に搭載できてるのは古典兵装のみです~。科学って虚しいものですね~」

「うええ……なんかよくわからないけど、アニマ、あなた大変な戦場にいたのね……」


 謎の超科学兵装てんこもりの完全体自律機構兵を想像して、コムギはぶるぶると身を震わせた。


「時の流れに感謝だわ……さあ、ナギ、こんなわけわかんない不発弾だらけのとこ、さっさと抜けちゃうわよ!」


 言うが早いか、コムギは流れる部品の運河を飛び越えて駆け出す。

 そんなコムギを追ってふわふわ歩き始めたアニマを、ナギが後ろから呼び止めた。


「……ねえ、アニマ。ここですべての武器が造られてるの?」

「他に24の武器生産プラントと~、48のフレーム生産プラントがあります~。大半は稼働率1%を切っちゃってますけどね~。詳細なうちわけとしては~……」


「ああ、そっちはもういいんだ。知りたいのは造られてる物の方。どこの施設でも同じ装備が造られてるの?」

「もちろんです~。でないと、統一規格品の量産メリットがなくなっちゃいますからね~。複数プラントは単なる保険です~」


 そこまで答えてから、アニマはちょこんと首をかしげた。


「それがどうかしましたか~?」

「別に、大したことじゃないんだけど……」


 と、ナギは無数のパーツが流れる部屋を見回す。


「地表にはたくさん壊れた兵器が残ってた。それにここにはまだ生産施設まで残ってる。旧文明の科学力って、やっぱりすごいなって思って」

「えへへ~、それほどでもないですよ~」


 何故か誇らしげな顔をするアニマ。だが、ナギの話はそれで終わりではなかった。


「……でも、不思議なんだよ」


 話し相手であるアニマを見ようとしないまま、ナギは独りごとのように喋り出す。


「地表でも、この地下でも、あるのは自律機構兵関連の部品だけ。人間用の武器や装備は一つも落ちていなかった。施設もそうだ。広い通路も、生産工場も、みんな機械のためのもの。トイレとか、個室とか、食堂とか……人間のための施設は一つもなかった」


 そして、ナギは導き出した一つの結論を口にした。


「この島では、最初から人間なんて戦っていなかったんだよ」


 アニマは沈黙したまま、肯定も否定もしない。


「ねえ、アニマ――」


 ナギはそこで初めて、アニマの方へ振り返った。


「――人間が誰もいなかったこの島でも、戦死者の幽霊って出るのかな?」


 ナギの眼光はどこまでも静かで、どこまでも鋭かった。例えるならそれは、研ぎ澄まされた刀の切っ先――


 けれど、正体不明の‘ソレ’は、ただいつも通りの微笑みを湛えたまま答えるのだった。


「さあ~、わかりません~。……私、幽霊ですから~」


 束の間、二つの視線が絡み合う。見据えるナギに表情はなく、微笑むアニマに感情はない。


 粘りつく数秒。


 その後、不意に部屋の奥からコムギの声がした。


「ちょっと~ナギー、アニマー! 早くー! すごいの見つけたわよ~!」


 その呼びかけに応じて、アニマはふっと視線を外す。そして何事もなかったかのように、コムギのいる奥の部屋へと歩き出した。


 ナギもまた無言でそれにならう。だが、前を往く女の背中を見る眼は、まさしく幽霊でも見ているかの如く揺らいでいた。


「あっ、やっと来た! ねえほら、これ! 見なさいよ!」


 二人が奥の部屋に着くと、何も知らないコムギはぶんぶんと手招きをする。その指差す先には、分厚そうな一枚の扉。それだけならばこれまで見てきたものと同じ。けれど、その扉は他とは違い、真っ赤なふちどりがなされていた。


「ね? いよいよラストって感じの扉でしょ? 奥にはすごいお宝があるに違いないわ!」


 と鼻息を荒げるコムギの顔は、出所不明の自信で満ちている。


「さすがはコムギさん、勘が良いですね~。確かにこれはセントラルユニット……この島の最深部へ続いている扉ですよ~。これは第七搬入口ですね~」

「よっしゃ、ビンゴ! それじゃ行くわよ! アニマ、お願い!」

「はい~」


 するすると開く扉。アニマはその先でにこにこと笑う。何の疑いもなくコムギはその後を追い、ナギは静かに二人の後ろを歩き始めた。


 ――存在しないはずの死者を求めて。

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