表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第一章 葬列と少女
14/42

彼女の現実

 それからおよそ一時間後。


 どうにか二機の自律機構兵を巻き、空中回廊地帯を抜けたアンヘルは、再び四角い通路を歩いていた。未だ辺りは真っ暗だが、光精霊術が使えるアンヘルにとっては問題ない。けれど、視界とは裏腹に心は暗く沈んだまま。先ほどからずっと、気づけばはぐれた二人の心配ばかりしている。こんなに他人が気になるなど、生まれて初めての経験だった。


 そんな折、アンヘルは通路の脇に小部屋を見つけた。しかも、仄かではあるが中から微光が漏れ出ている。


(ここは……)


 入ってみると、そこは倉庫のようなだだっ広い空間だった。

 アンヘルは少しだけ光球を弱め、光源を探す。すると、四角い部屋の一角に、一部だけ天井の照明パネルが生きている部分を見つけた。それと同時にアンヘルは身構える。天井パネルの下に、あるものを見つけたからだ。


 完全装備の自律機構兵――ちかちかと不安げに瞬く照明の元、それは孤独にたたずんでいた。


(動かない……壊れてる……?)


 一度は警戒態勢に入ったアンヘルは、ふうと肩の力を抜く。それからふと好奇心が湧いた。こんなに間近で自律機構兵を観察するのは初めてかも知れない。


 アンヘルはそっとほこりを被った機械に手を伸ばし――その冷たさにハッとした。


 まるで氷だ。


 肌を突き通し心臓まで侵蝕しんしょくしてくる冷気。それは否応なく死者の体温を想起させる。人間の命令で戦わされ、とむらわれることもなくしかばねさらす、何の意味もない傀儡くぐつの生。アンヘルにはそれが、自分の骸に見えて仕方がなかった。


 いつか感じた頬の温もりは、とうに消えてなくなった。まるで短い夢から覚めたかのように、自分が本当に居るべき場所を思い出す。それは決して、あの二人の側などではない。好意にすがってここまで来たが、はぐれてしまった今、いっそこのまま――


「――その子、もう死んじゃってますね~」


 突然、背後から声がした。


「ひゃあっ!?」


 咄嗟のことで、思わず変な声が出る。恥ずかしそうに顔を赤らめてから、アンヘルは声の主を振り返った。


「アニマ!? なんでここに?!」

「えへへ~、いけそうだったので~、登場してみました~」


 現れたアニマは、いつも通りにこにこ笑う。


「私よりも~、アンヘルさんはどうしてここに~? 先へ進まないんですか~? お二人共、すぐ先で待ってますよ~?」

「……だからここにいるの。私はやっぱり、二人と違うから」


 アンヘルは意味深に目を伏せるが、アニマにはあまり上手く伝わらなかったらしい。


「遺伝子的に別個体である皆さんが違うのは~、ごくごく当然のことだと思いますよ~」

「そ、そうじゃなくて……」


 アンヘルは今一度、自律機構兵の冷たい装甲を撫でた。


「私は……これと同じなの。命令されるがままに動いて、自分で停止することもできない。止まる時は、壊れるその瞬間だけ。自律機構兵と同じ、お爺様の命令に従うだけの傀儡」

「え~? そうは見えませんでしたよ~?」


「それは……あなたたちと一緒だったからよ。でも、ずっと甘えてはいられないわ。私は命を狙われている。このまま行動を共にすれば、二人に迷惑がかかってしまう」

「お二人は気にしないと思いますけど~?」

「……私が気にするわ」


 アンヘルははっきり断言する。こうして他者を気にかけること自体が大きな変化である事実に、本人だけが気づいていなかった。


「……私には、二人といる資格なんてないもの。本当の私は、ただの人形。今は……そう、今はただ――」


 アンヘルは二人に出会ってからのことを思い出す。彼らとはたった一日、この地下施設を一緒に歩いただけ。長い時間を過ごしたわけでもなければ、特別な何かをしたわけでもない。


 それでも彼女にとって、ホーエンツォラード家の淑女としてではなく、ただの‘アンヘル’として誰かと共に歩けたその時間はかけがえのないもの。例えるならば、そう、それは――


「――夢を、見ていただけ」


 壊れかけの少女は、消え入りそうな瞳でそう呟いた。


「……あのですね~、アンヘルさん。機械は――」


 と、少女に向けて口を開くアニマ。


 だが言いかけた何かは、入口から流れ込む冷たい声によってかき消された。


「――アンヘル様、こちらにおいででしたか」


 瞬間、アンヘルの表情が凍りつく。


「遅くなって申し訳ありません。……ですが、ようやく見つけました」


 影のようにぬらりと現れたのは、不気味な仮面をつけた棺屋集団だった。


「おや? そちらの方は?」


 筆頭代の虚ろな仮面がアニマへ向く。アンヘルはほんのわずかなためらいの後、答えた。


「……関係ないわ」

「そうでございますか。それならば結構です」


 筆頭代は疑いもせずに頷く。……というより、最初からどうでも良かったのだろう。


「では参りましょう。高貴なるホーエンツォラード家のために。『イヴの心臓』の元へ」


 促されるがまま踏み出しかけて、アンヘルはちくりと刺す胸のうずきに気が付いた。


 『後で合流しよう』――そこにはまだ、少年の言葉がつかえている。そして胸の痛みは同時に、少年の背中をも彼女に思い出させた。


 コムギを助けに暗い虚空へ身を投じた少年の姿。驚嘆や恐怖はもちろん感じた。コムギが助けられた瞬間には安堵もした。けれど同時に、少女は確かにあの時、コムギのことを‘羨ましい’と思ったのだ。


 ――もし、自分が危機に陥ったとしたら、少年はああして飛び込んできてくれるだろうか?


(……馬鹿馬鹿しい)


 アンヘルはくだらない夢想を振り払った。

 仲間になったような錯覚も、淡く火照った頬の熱も、疼くような嫉妬でさえ、本来は傀儡である自分が持ってはならぬもの。甘い夢の時間は、もう終わり。 


 そう、棺屋の声はいつだって彼女を現実に引き戻す。凍えるような現実に。


「――わかったわ。行きましょう」


 その眼に浮かぶのは、島に来た時と同じ冷たい諦念の色。アンヘルはアニマが引き止める前に棺屋を伴って歩き出す。毅然とした少女の表情に、言葉を掛ける余地はない。


 けれど少女は、最期にすれ違う刹那、消え入りそうな声で囁いた。


「……ごめんね。あなたの遺骨探し、手伝ってあげられなくて。でも……二人にも伝えて。――楽しかったよ」


 アニマはただ、遠ざかっていく孤独な背中を見つめるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ