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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第一章 葬列と少女
13/42

『アニマ』

「ぎゃああああ! でたああああああ!!!」


 乙女らしからぬコムギの絶叫が、通路に響き渡った。その隣でナギが冷静に突っ込む。


「でたーって……自分で探してたんでしょ」

「いやー、こうするのがお約束だって酒場のおっちゃんが……」


 と、二人が馬鹿な会話をしているうちに、幽霊と思しき女性はゆっくりと後退を始めた。


「あの……どこかへ行っちゃいそうだけど……」

「あっ、ほんとだ、逃げた! 追うわよ!」

「お約束はどうなったのさ……」


 ぶつくさ言い合いながらも、三人による幽霊追跡が始まった。地下通路をふわふわ歩く女は特段早く動いているようには見えないのに、なぜか距離が一定のまま追いつけない。どれだけ必死に走っても、女の纏う白衣の裾を捕まえることができないのだ。


 そうして幽霊の背中を追って何度目かの角を曲がった先、唐突に明るい通路に到着した。天井の照明がほとんど完全なまま機能している区域らしい。


 そして、束の間の明るさに目を奪われていた三人は気がついた。いつの間にか幽霊が立ち止まっている。……いや、それどころか、手を伸ばせば届く位置まで自分から近づいてきている。


 過程はどうあれ、これでようやく追いついたわけだが、いざ捕まえられるとなると多少のためらいは生まれるもの。散々逡巡しゅんじゅんした挙句、コムギがおそるおそる手を伸ばしたまさにその時、幽霊が口を開いた。


「アーアー、テストテスト……おお~、やっと声が出せます~」


 飛び出したのは、とても幽霊らしからぬほんわかした声。


「あれ~? 反応薄いですね~? 言語設定間違ってます~?」


 無論、言葉は問題なく伝わっている。というより、伝わりすぎたと言ってもいい。ゆるゆるふわふわな喋り方が、幽霊のイメージとあまりに違いすぎたのだ。


そんな不協和から来る硬直をどうにか振り払い、コムギが先陣を切った。


「えーっと、確認したいんだけど……あんた、幽霊?」

「そう見えますか~?」


 質問に質問で返された。コムギはあらためて幽霊(?)を眺める。心なしか最初に見た時よりも姿は鮮明だが、宙に浮いているし細部はおぼろげ。何よりいきなり現れたのだ。幽霊っぽいかと聞かれれば、ぽくないこともない。


「……どちらかと言えば、見えるわね」

「うふふ~実は~……パンパカパ~ン! せいか~い。私、幽霊ですよ~」


「ぎゃああああ! やっぱり幽霊だあああああ!」

「そのくだり、もうやったよ……」


 雑なお約束消化を終えてから、コムギはよっこらせとその場に座り込む。腰を落ち着けてじっくり検分するつもりらしい。


「いやー、それにしても私、幽霊って初めて見たわー。ふーん、へー、こうなってんのねー」

「あら~、うらやましいです~。私はまだ見たことありません~」


「そうなの? 今度鏡持ってきてあげるわね」

「はい~」

「コムギ、他に聞くことあるでしょ……」


 あまりにばかばかしい二人の会話に、ナギが思わず突っ込みをいれる。


「んもう、ナギったらせっかちね。……コホン、それじゃあ手始めに質問します、あ~……幽霊さん、ところであなた名前なんだっけ?」

「名前ですか~……そうですねえ~……」


 と、謎の幽霊は何故かこの質問に悩み始めた。


「‘アニマ’、なんてどうでしょうか~?」

「なぜに疑問形? というか、思いっきり今考えてなかった?」

「ふふ~、ジョークですよ~、ジョーク。いわゆる幽霊ジョークです~」


 アニマと名乗る幽霊は相変わらずのほんわかマイペースである。


「まあいいわ、よろしく、アニマ。それじゃ次はこっちの番ね。私は――」


 と、自己紹介を始めようとするコムギだったが、アニマはにこやかにさえぎった。


「コムギさん、ですよね~。そちらはアンヘルさんで~、そっちがナギさん」

「あらま、正解! なんでわかったの?」


「幽霊ですから~」

「うむむ、幽霊おそるべしね……」


 馬鹿正直に感心したコムギは、それからようやく真っ先に聞くべき質問にたどりついた。


「ところで、さっきから幽霊名乗ってるけど、実際マジなわけ? 聞いたところじゃ、戦死した古代人の幽霊、って話だけど……」

「そう見えますか~?」


 と聞き返されたので、再びまじまじと観察開始。医者のような白衣を着ているが、顔かたちや言葉は現代人と同じ。ただ、違うと決めつける証拠もない。コムギはうーんと首を捻る。


「だって、そういう噂だったし……」


 すると、幽霊はやんわり答えた。


「そうです~。古代人の幽霊ですよ~」

「ならさっさとそう言いなさいよ! ……で、供養して欲しいから化けて出てるの?」


「そう見えますか~?」

「だって、そういう噂だったし……」


「そうです~。供養して欲しいんですよ~」

「うーむ、なんとも掴み所がないわね……」


 どうにもテンポが噛み合わない。コムギは思わず愚痴るが、答えはいつも通り。


「幽霊ですから~」


 それからナギに選手交代して、いよいよ本題に移った。


「アニマさん、自分がどこにいるか、わかる?」

「どこって、ここですけど~……あっ、もしかして~、人は何ゆえ存在するかという哲学的な問答ですか~?」


「……違う。遺体の場所が知りたいんだけど」

「なるほど~、供養には遺体が必要なんですね~。勉強になります~」


 と、他人事のように頷くアニマ。


「もっちろん、わかりますよ~。とっても狭くて暗いところに閉じ込められてるんです~。早く助けてほしいな~」


 口調自体は相変わらずだが、アニマは確かに助けを求めている。ナギにはそれで十分だった。


「……わかった。案内して」

「はい~。それでは元気に行きましょう~」


 アニマは嬉しそうに微笑むと、先頭に立ってふわふわ歩き始める。ナギとコムギは素直にその背中について歩き出したが、唯一アンヘルだけは不安げに二人を呼び止めた。


「……ねえ、そんな簡単についていっていいの? すごく怪しいと思うんだけど……」

「大丈夫よ、悪い人には見えないから」


 根拠もないくせに、コムギはやたら自信満々で言う。


「それにね、どんな危険が待ち受けていようと、冒険者なら乗り越えるまでよ!」

「僕とアンヘルは冒険者じゃないんだけど……」

「細かいことはいいの! 気分の問題よ!」


 などと言いながら、二人はずんずん進み始める。


 思えば彼らは、見ず知らずのアンヘルを助けた時もそうだった。素性も定かでない相手を簡単に受け入れるなど、彼女からしてみれば愚行以外の何物でもない。けれど同時に、彼女の眼にはそれがとても自由に見えて……アンヘルは二人の後を追いかけるのだった。


 こうして始まった不思議な旅。幽霊、棺屋、駆け出し冒険者に精霊魔術師……世にも奇妙な一行は、古代文明が遺した地下通路をひた進む。


 そんな彼らの往く手には、文字通りの障壁が立ち塞がっていた。


「――げ、行き止まり?」


 幽霊に道案内されることおよそ半時間。進路を阻む分厚い壁に突き当たったコムギは、うげーっと渋い顔をした。


「なんなのよこれえ……今までこんなのなかったじゃない!」

隔壁かくへき……みたいね」


 アンヘルは眼前の壁をこつこつ叩いて確かめる。特殊な金属でできているらしく、叩くと鈍い音がする。おそらくは自律機構兵の外部装甲と似た材質なのだろう。


「なるほど……こりゃ実力行使しかないってわけね!」


 一体何をするつもりなのか、腕まくりを始めるコムギ。

 だが腕力に訴えるまでもなく、壁の問題はいともたやすく解決した。


「大丈夫ですよ~」


 と一言告げると、アニマはそのまま壁に向かって歩いていく。そしてぶつかる直前でふっと消えたかと思えば、数秒後には壁が開いた。どれだけ分厚い隔壁も、幽霊には関係ないらしい。


「あらま、すごいのね、アニマ」

「幽霊ですから~」


 開いた壁の向こうで、不思議な案内人はにっこりと笑った。


「しっかし広い通路よね~、ここ」


 隔壁を越えた先で、コムギは今更な感想を漏らす。確かに縦にも横にも広いこの通路は、通常の規格ではない。


「古代人って、もしかしてめちゃめちゃでかかったのかしら?」

「……それはないでしょ。アニマさん普通だし」

「ああ、そっか……」


 なぜか少しだけ残念そうなコムギ。対して前を往く自称古代人は、さらりとおかしなことを言ってのけた。


「この通路は人間用じゃありませんよ~。UWS-GT-Ci672-7900S-V用です~」


 コムギは一瞬きょとんとしてから聞き返す。


「え? 何? なんかの呪文? 禁忌の古代魔法的なアレ?」


 が、結果は同じだった。


「UWS-GT-Ci672-7900S-V、ですよ~」


 さっぱりわからないとばかりにぽかんと口を開けるコムギ。だが、アンヘルはその長ったらしい名前が差しているものに気がついた。


「もしかして……あの自律機構兵のこと……?」

「はい~。複素空間ふくそくうかんとの射影通信しゃえいつうしんによって常時ドライバの更新を行っているので、厳密な意味で自律ではないですけどね~」

「………………ああ、駄目。ナギ、私、熱出てきたかも……」


 難解な言葉の雨にくらくらとよろけたコムギは、ふと不思議そうに首をかしげた。


「にしても、こんなとんでも兵器、一体何に使ってたのかしらね? イノシシ狩り?」

「また肉の話に持ってく……」


 と、ナギは呆れたように溜め息をつく。


「戦争だよ。……それも複数の勢力間で。地表の残骸から見て、主だって交戦していた勢力は五つかな。今動いているのが一種類だけってことは、一応決着はついてたみたいだけど」


 ナギがそこまで言うと、アニマは感心したようにぱちぱちと手を叩いた。


「はい~。ナギくん、せいか~い。数までばっちりですね~」

「へえー、あんた細かいとこは良く見てんのね。私、全部同じに見えたわ」

「コムギが大雑把すぎるんだよ……」


 ナギが呆れ顔を浮かべたその横で、アンヘルはに落ちないといった様子で首をかしげた。


「……でも、それならどうして止まっていないの? 勝敗はついたんでしょう? それも、もう何世紀も前に……」

「それはですね~、停止命令が出てないからですよ~。管制システムはまだ生きてますので~」


「か、かんせいしすてむ? ……あー、あれね、かんせいしすてむね~、うんうん」

「ん~、わかりやすく言うと、司令官みたいなものですね~。皆さんの言う自律機構兵……というか~、この島の設備は電灯一つにいたるまですべてそのコントロール下にあるんですよ~」



「なあんだ、司令官ね。そうならそうと早く言いなさいよ! ……ん? ってことは、その管制システムってのがあのメカたち操って私たちを攻撃してるわけ?! だったら一発殴り込みに……!」

「違いますよ~、管制システムはあくまで規定の命令を統括してるだけです~。システム自体に停止信号を扱う権限はないんですよ~。あまり責めないであげてください~」


「ああ、いわゆる中間管理職ってわけね……苦労してそう」

「まあシステムにガタが来ちゃってるのは確かなんですけどね~。自律兵器も大半は暴走状態ですし~」

「どっちにしろ駄目じゃないっ!」


 自律機構兵に襲われる側としては、それが命令の結果だろうと暴走の産物だろうと変わりはないのだ。


「それにしてもアニマ、ほんと詳しいわね」

「私は……はい~、古代人ですし~、実際戦ってましたから~」

「ああそっか、そうなんだよね。……あんまりそうは見えないけど」


 のほほんとしたこの女性が、大きな銃を片手に殺戮兵器たちとやりあっていた姿は、コムギでなくとも想像しがたい絵である。


「それはもうばりんばりんに戦ってましたよ~。まあ~、そのせいで幽霊になっちゃいましたけどね~」


 口調のせいでかなり悲壮感が薄れてしまっているが、話によるとアニマは戦死者。若い女性の死に方としては、とても幸せだったとは呼べないだろう。コムギは忘れかけていたやるせない事実に、小さく溜め息をついた。


「んー、ほんと嫌ね~、戦争って」


 それは彼女にとっては素朴な感想だった。ただ、それを耳にした者が同じくらい純粋に受け取るとは限らない。


「――仕方ないよ……」


 コムギの言葉を聞いたアンヘルは、沈鬱ちんうつな面持ちで小さく呟いた。


「……今だって戦争している国は沢山あるわ。ウガリノ国南西の領土問題、グウェナ自治区の内部紛争、ルーシャ連邦とガルマギア皇国なんかは、もう百年以上戦闘状態が続いてる。個人の争いまで含めれば数えきれないわ。……人間は、欲望のためなら家族すら殺すから。人間なんて――」


 そこまで言ったところで、アンヘルははっと我に返る。無意識に自分の境遇と重ねていたせいか、明らかに喋りすぎた。


「ごめんなさいっ……こんなこと、いきなり、私……」


 アンヘルはおろおろと謝る。


 空気の読めない変な子だと思われただろうか。――心配になったアンヘルは、横目でコムギの表情を伺う。けれど、呑気な彼女はまったく気にも留めず、いつも通りの適当な相槌を打つばかりであった。


「ほんとよね。やだやだ。みんな私のように広い心を持てば解決なのに」

「広い心……?」


「むむっ、なーに? あんた、何か言いたそうねえ?」

「べ、別に、まだ何も……」


「どうせまた生意気なこと言おうとしたんでしょ! うりうり、もっと縮みなさい!」

「頭触るのやめてよ……」


 和を乱してしまったはずなのに、気づけばすぐまたいつものペース。アンヘルの眼には、それがなぜだかとても羨ましく映った。


 そんなアンヘルに、そもそもの発端であるはずのアニマがやんわりと微笑みかける。


「アンヘルさ~ん、そんな暗い顔しちゃ駄目ですよ~」

「私は、そんな……それよりも、あなたの方が……」

「ん~、死んじゃったものはしょうがないですからね~。悲しいより楽しい方が好きですし~」


 と、どこか他人事なアニマだが、楽観的すぎるその考え方を、コムギはいたく気に入ったようだ。


「うふふふ、気が合うわね! まあ明るくいきましょう! 暗い顔してちゃ、成仏なんてできやしないわ! 明るく、明るく……あれ?」


 コムギは意気揚々と大手を振るう。


 だが、そんな彼女を嘲笑うかのように、次の角を曲がった先は真っ暗闇であった。どうやら天井の照明が完全に死んでいるらしい。


「暗いですね~」

「暗いね」

「暗いわね……」


 急転直下でテンションダウンするコムギ。けれどその後ろで、突然眩い光が弾けた。――アンヘルが大きな光の球を作り出したのだ。


 現れた光球はまるで小さな太陽のように明るく進路を照らし出す。むしろ、それまでの壊れかけな照明よりもずっとよく先が見通せた。


「おお! 便利! やるじゃない、アンヘル!」

「い、一応、このくらいは……」

「さ、いきましょう!」


 と、単純にも元気を取り戻したコムギが音頭おんどを取るが……


「あれ? どうかした、アニマ? 行かないの?」


 立ち止まったまま、アニマは首を横に振った。


「すみません~。私、ここからはちょこ~っとだけ消えます~」

「えっ? 明るくなったけど……もしかして、明るすぎた? 幽霊的な事情?」

「そういうことじゃないと思うけど……」


「電池切れみたいなものです~」

「へえー、幽霊って以外と大変なのね」

「はい~。とりあえずこのまま真っ直ぐ行っちゃってください~。その先でまた会えると思います~」


 またしてもアバウトにそう言うと、アニマは本当にふつりと消えてしまった。


「……ま、進めば会えるって言ってんだし、とりあえず行きますかね」


 三人はアニマの言葉を信じて歩き始める。

 そこから先もしばらく照明の無い通路が続いた。それでも不便なく進むことができたのは、アンヘルの光魔術のお陰だ。


 けれどほどなくして、彼らの前に足を止めざるを得ないような障害が立ちはだかる。否、実態としてはその逆。三人の往く手に広がっていたのは、虚ろな吹き抜けの空間だった。


「ぎゃっ、なにこれ……!」


 地表からこの地下施設の最深部までの層を垂直にくりぬいた縦穴。三人の前に現れたそれは、有り体に言えば向こう側がかすむほどの巨大な谷だ。もしくは、コムギ的感性に従い『超ド級の穴あきドーナツの穴の部分』と言った方が分かりやすいだろうか。


 幸いにも、通路自体は吹き抜けを横切る空中廊下となって続いているが、壁も手すりもないせいで千尋の谷にかかった一本の吊り橋にしか見えない。


「……うひーなんかこう、内臓がひゅんひゅんするわね……」


 眼下に広がる奈落を眺めながら、コムギはひゅーと口笛を吹く。驚いているような言葉とは裏腹に、その表情はわくわくを抑えられない様子。


「そこらじゅうに同じような通路がたくさん……」


 一方、冷静なアンヘルは光球を展開させて周囲を確認していた。光を強めてよく見れば、無数の空中廊下が虚空を横切って伸びている。


 その様はさしずめ、大きな大きな蜘蛛の巣のようでもあった。 


「ふふ……これが深淵を覗く時、深淵もまた深淵を覗いているのだ、ってやつね……冒険だわ!」

「なんか違う気がするんだけど……」

「いいから、ちゃっちゃと行くわよ!」


 そうして三人は虚空へと足を踏み出した。彼らを支える空中廊下は、幅に関して言えば十分ある。だが、コムギがやたらと端っこを歩きたがるので、ナギはその度にやきもきと肝を冷やす羽目になった。もちろん当のコムギはと言うと、ナギの心配などつゆしらず、落ちれば奈落というスリルを思う存分堪能している様子。


 そんなコムギが、またふらふらと意味もなく端っこに寄って行った時、ふと何かに気付いた。


「あれっ……あそこの通路、誰かいない?」


 コムギが指差したのは、遥か遠く左手側を走る別の通路。見れば、確かに何かがのそのそと動いている。


「本当、何かいる……」


 詳しく見るためにアンヘルが光を投射すると、すぐにその正体が明らかになった。


「自律機構兵……みたい」

「あら、そうね」


「……こっち向いたね」

「あら、そうね」


「銃口も向いたわ」

「あら、そう……ん?」


 次の瞬間、遥か遠くでガトリング砲が火を噴いた。


「わわわわ! と、届くのぉ!??」


 三人の足元で着弾した弾丸が火花を散らす。数キロという距離に油断していたが、そこはやはり機械。多少照準にガタが来ているものの、文字通り機械の如き精密さで遠く離れた三人に弾丸を放ってくる。


「に、にに、逃げるわよっ!」


 というコムギの悲鳴を合図に、三人は猛然と駆け出した。幸いにして脚部にも損傷があるらしく、逃げ始めるとすぐに弾丸の雨が遠のく。


 だが、降って湧いた不運というのは重なるもので――


「……! 上、もう一機!」


 先頭を走っていたアンヘルが警告を発する。

 見れば、三人の頭上を走る通路に別の自律機構兵の影。今度の個体はガトリング砲こそ搭載していないものの、その代わり、やたらと大口径の発射筒を背負っている。


「ちょちょ、ちょっと! あれ、ヤバイやつなんじゃ――」


 コムギが顔を引きつらせたまさにその時、発射筒が炸裂した。黒煙と共に撃ち出される卵型の砲弾。尋常でない速度で三人目掛けて飛来する。


「ひゃ、ひゃあああ!!」


 コムギたちが一斉に飛び退いたと同時に、爆音が鳴り響いた。


 不幸中の幸い。着弾点は三人のいた位置よりも遥か後方。照準に狂いが生じていたのだろう。だがそれでも、爆発の凄まじさに変わりはなかった。吹き寄せる暴力的な熱と衝撃。三人は吹き飛ばされないよう必死で通路にへばりつく。更に恐ろしいことに、伏せた彼らの耳にガラガラという轟音が響いて来た。爆発によって通路が崩落したのだ。


 経年により金属が劣化していたことも手伝って、一度始まった崩落は連鎖的に広がっていく。導線を伝う炎のような崩壊の波は、急速に動けない三人の元へと肉薄して――コムギの眼前でどうにか終息した。


「あ、あぶな……」


 崩れた通路の端から、コムギは眼下の奈落を覗き込む。通路は彼女の丁度半歩手前で途切れていた。あと一瞬でも逃げるのが遅れていたら、彼女も崩落に巻き込まれていたことだろう。


 ただ、安堵するにはいささか早すぎた。


「ま、まあ、未来の大冒険者たるこのコムギ様がこんなところで落ちるわけ……」

「こ、コムギさん、下っ!」


 ふう、と気を抜いたコムギに、アンヘルが叫ぶ。崩落した箇所から静かに広がっていたひび割れが、いつの間にかコムギの足元まで達していたのだ。


「へっ――ぎゃああああ!!!」


 コムギはその声で事態に気付くが、もう遅い。

 飛び退くよりも早く崩れ落ちた通路と共に、コムギの体は虚空へと滑り出した。


「掴んでっ!」


 崩れた通路の淵から身を乗り出し、アンへルは懸命に手を伸ばす。だが、微かに触れ合った指先が絡まることはなかった。


 アンヘルの顔に浮かぶ絶望の表情。――その横を、一陣の風と共に棺屋の少年が駆け抜けた。


「ナギ――!?」

「――後で合流しよう」


 飛び降りる刹那、ナギが口にしたのはたったそれだけ。気づいた時にはもう、ナギは通路の端から踏み切った後だった。少年は一かけらの迷いもなく、コムギの後を追って深淵へと身を投じたのだ。


(嘘、でしょ……!?)


 それはどう見ても単なる自殺行為。アンヘルは驚愕に眼を見開く。――だがもちろん、ナギ本人には死ぬ気などさらさらなかった。


 『うぎゃあああ!!!』と騒ぐコムギを空中で抱き留めた後、ナギが懐から取り出したのは植物の種。と同時に、少年の掌から魔力が流れ出す。けれどそれは、通常の魔力と比べてあまりにも異質だった。


(何、あの真っ黒な魔力……!?)


 バチバチと雷のように荒ぶる漆黒の奔流。禍々(まがまが)しいその魔力が流れ込んだ瞬間、種殻を突き破って無数のイバラが躍り出す。そのイバラさえも普通とは程遠い奇怪な形状をしていた。


 アンヘルはそこで確信する。種が特別なわけではない。あの不吉な魔力によって、強制的に変質させられているのだ。


 だが、当のナギ本人は至って冷静。落下しながらも自在にイバラを操り、通路の一つに巻きつけるや否や、遠心力を利用して大きく一回転。そのままひょいと通路に着地した。


「す、すごい……」


 アンヘルは思わず感嘆の声を漏らす。

 数百メートルを落下している最中に、一瞬で行われた曲芸さながらの救出劇。あまりに離れすぎていて今すぐ合流するのは難しそうだが、無事であることが何より重要だ。


 先に進めばきっと合流できる。そう信じて、アンヘルは独り駆け出した。

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