未知との遭遇
――――……
――……
「ええーっ!? アンヘル、一緒に行かないの!?」
翌朝、地下通路に響いた第一声は、コムギの驚愕の声だった。
「う、うん……足もだいぶ良くなったから……」
「それとこれとは話が別でしょ? 旅は道連れって言うじゃない」
「でも……見ず知らずの私なんて……」
アンヘルは微かに目を伏せる。
彼女はコムギが目覚めた後、お礼のあいさつだけ済ませて別れようとしていた。一晩だけというナギの言葉に甘えてしまったが、二人を巻き込みたくない思いは変わらなかったのだ。それを今、コムギがいつものおせっかいで引き止めているのである。
「人は誰しもはじめましてなものよ。第一、同じ鍋の飯を食べた仲じゃない! 水臭いわよ~?」
「だけど……」
アンヘルは助けを求めるかのように、ちらりと傍らのナギを見た。ナギならば刺客の危険性も知っているし、何より一晩だけと言った張本人。きっとコムギを説き伏せてくれるはず……
けれど、ナギは説得するどころか、肩をすくめてコムギに加勢するのだった。
「僕も、コムギの面倒を見てくれる人がいると嬉しい」
「あっ! こら、ナギ! 逆でしょ、逆! 私があんたの面倒を見てんのよ!」
「なら自分で起きれるようになってよ……」
「本気を出せばできるわよ、それぐらい!」
「あ、あの……私の話は……」
「いいからいいから、もうさっさと行くわよ! 幽霊が私たちを待ってるんだから!」
と、既に見つからないオーパーツから幽霊話の方に興味が移っている様子のコムギ。どうやら、なし崩し的にアンヘルの同行は決まってしまったらしい。
一晩だけ、と言って引き止めておきながら、ナギにはこうなることがわかっていたのだ。
「ほら、アンヘル! はーやーくー!」
アンヘルの目的は島の中央にあると言われる『イヴの心臓』のみ。他のオーパーツ探索はもちろんのこと、幽霊探しなど脇道もいいところ。それでなくとも、自律機構兵が蠢く超科学のこの島で幽霊だなんて、砂漠に雪だるまを求めるようなもの。全くもって馬鹿げている。
だというのに、意気揚々と進む二人の背中を、アンヘルはいつの間にか追いかけていた。
目的地のない脇道に逸れてみるのも、たまにはいいかも知れない。――アンヘルはそう思ったのだ。
しかし出発から僅か十数分後、アンヘルのそんな感慨は見事に裏切られることとなる。……ただそれは、ひどく予想外の方向で、であった。
「……ねえ、ナギ」
朝から元気に先頭を進んでいたコムギが、角を曲がった途端急に立ち止まった。
「……幽霊ってさ、どんな風に見えるんだっけ?」
「どうしたの、急に……?」
怪訝な表情を浮かべるナギ。
コムギは頭をかきかき、通路の向こうを指差した。
「いやー……なんていうかさ……マジで出ちゃったみたい、幽霊」
角を曲がった先、不穏に明滅を繰り返す照明の下に佇んでいたのは、白衣を纏った若い女。
ただ、明らかに尋常な様子ではない。風もないのにゆらゆら揺れているし、時折全身にノイズのような粗が走る。極めつけは、両足が数センチほど地面から浮いていること。
――その姿はまさしく、『幽霊』としか形容しようのない‘何か’だった。