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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第一章 葬列と少女
11/42

二人の理由

――――……

――……


「ほへー、あんふぇふってほほうひゃまはんは(へー、アンヘルってお嬢様なんだ)」


 口一杯にご飯を詰め込みながら、コムギはもごもごと言った。


 現在、ナギとコムギ、そして手当を受けたアンヘルの三人は、鍋を囲んでの夕食の真っ最中である。地下通路の中ではあるものの、とにかく広いため余裕を持って座れるのだ。


「ひひふぁあ、ふぁいにひふぉにふふぁへほうらいひゃん……(いいなあ、毎日お肉食べ放題じゃん……)」

「飲み込んでから喋りなよ……」


 ナギはいつも通りの呆れ顔を浮かべる。が、無意識におかわりをよそってあげているあたり、たいぶコムギに毒されているようである。


「あれ、でもそんなお嬢様がなんでこんなところに? ここ、結構危ないわよ。なんか変なメカとか襲ってくるし」

「私は……その……家の都合で……」


「ふうん。お嬢様って大変なんだ。肉の対価は安くないのね」

「肉から離れなよ……」


 などと、のんびり会話を交わすナギとコムギ。


 アンヘルはそんな二人をまじまじと見つめる。凶悪な魔獣と殺戮兵器のうごめくこの島で、二人の存在はひどく異質に思えた。


「……あの、あなたたちは、どうしてこの島に?」


 思わず尋ねると、コムギはにやっと胸を張った。


「決まってるじゃない! オーパーツを取りに来たのよ、オーパーツ! 知ってる? オーパーツ! めちゃくちゃ高く売れるのよ! オーパーツ!」


 と、コムギはドヤ顔で連呼するが、もちろんナギに教えられるまでオーパーツの「オ」の字も知らなかったことなど言うまでもないだろう。


「ま、売れるって言ってもそこらじゅうに落ちてる残骸は売り物にならないらしいのよね。動いてるのは逆に襲ってくるし、魔物はわんさかいるし、おまけに穴に落っこちてこんな通路に迷い込んじゃうし、いやー、世の中うまい話ってのはそうそうないものねー」


 台詞とは裏腹に、コムギはまるでりた素振そぶりを見せない。


「だから『今の時代の人間に利用できるものじゃないと売れない』って、出発前に何度も言ったのに……コムギは人の話全然聞かない」

「んもー、まーたふくれっ面して~。そんな小さなこと気にしちゃダメよ。背、伸びないわよ?」

「ほっといてよ……」


 くしゃくしゃと頭を撫でられるのを、ナギは身をよじってふりほどく。アンヘルはそんな少年におずおずと尋ねた。


「なら……な、ナギも、オーパーツ目当てでこの島に?」

「ああ、違う違う」


 と、横からしゃしゃり出てきたコムギの口からは、ひどく突拍子とっぴょうしもない答えが返って来た。


「こいつはね、幽霊を追ってきたのよ」

「ゆ、幽霊……?」

「あれ、聞いたことない? 結構有名な話なんだけどなあ」


 まるで常識のように言うが、聞いた相手というのはもちろん、酒場の酔っ払い衆である。


「話によるとね、この島には旧世紀時代の戦争で死んだ古代人が化けて出てくるんだって! だからこいつは、その幽霊の遺体を回収に来たの。供養してあげるためにね。なんたってこの子、こう見えて棺屋だから」


 と、誰が見てもわかる事実を述べたコムギは、鍋の底に残っていた雑炊ぞうすいを綺麗に平らげると、ふあーっと大あくびをした。


「うーん、満腹満腹! ナギ、御馳走様。今日もおいしかったわよ。……さあて、腹ごしらえも済んだことだし、明日からの探索に備えて寝ますかね~」


 食べたら寝る、というどこまでも欲求に忠実なコムギ。自然体すぎるその生き様にアンヘルが唖然としている間にも、コムギはさっさと布団を敷いて横になる。そして数秒も経たないうちに、気持ち良さそうな寝息を立て始めた。


「……ごめん。コムギ、うるさかったよね」

「う、ううん……平気だけど……」

「いっつもこうなんだ。好き放題でさ」


 ナギは迷惑そうな口ぶりでぼやくが、コムギの無防備な寝顔を見る目はそうは言っていなかった。


「あの……二人は、どういう関係なの……?」

「コムギが勝手についてくるだけだよ。僕に借金があるから。本人は保護者だとかなんとか言ってるけど」


 と、ナギは唇をとがらせる。


「……まあ、コムギがいれば食糧とか楽に買えるし、宿とかもとれるから、そこらへんは少しはいいけど……でも、三日に一度はお菓子作れって騒ぐし、いっつも寝起き悪いし、洗濯も自分でしないし……」


 普段寡黙(かもく)なはずの少年が、コムギの話だけはやたら饒舌じょうぜつになっていることに、本人は気づいていない様子。それを見ていたら、アンヘルの中で燻っていた罪悪感がどうしようもなく吹き出した。


「――その、こっちこそ、昨日はごめんなさい」


 唐突に頭を下げられたナギは、微かにたじろいで聞き返す。


「えっと……何が?」

「い、いきなり、攻撃して……」

「ああ……別に、気にしてないよ」


 ナギはなんてことのなさそうに首を振ると、ぼそりと続けた。


「……光精霊術、珍しいもんね」


 その一言でアンヘルは確かに理解した。棺屋の少年が、自分の抱えている事情を察していること。そしてその上で、あえて何も言わないでいることを。少年はあくまで、‘ホーエンツォラード家の後継者’でも‘光精霊の担い手’でもなく、ただの‘アンヘル’という一少女として扱おうとしているのだ。


 他人からは元より、自分自身でさえ自らを家名のための道具と定義してきたアンヘルにとって、それは初めてのことだった。嬉しいのか、嫌なのか、それすらも良くわからない。ただ、こそばゆいような心地は悪くなくて、少女はもう少しだけ甘えることにした。


「ねえ……この島に幽霊がいるって、本当なの?」

「ただの噂だから真偽はわからないよ。生霊や死霊の類とは戦ったことがあるし、いても驚きはしないけど」


「そういうのも棺屋の仕事なんだ」

「一応ね。……それに、コムギが来たいって言ってたし」


 アンヘルは内心でくすりと笑った。幽霊の遺体回収などただの口実。コムギのことを勝手についてくる、などと言ってはいたが、この少年は危険な殺戮兵器の徘徊はいかいする島にコムギを一人で行かせたくなかったのだ。


「……あなたみたいな棺屋もいるのね。私、知らなかった」


 アンヘルが知っている棺屋とは、影法師のように付きまとうだけの存在だった。餓えた獲物が死ぬのを傍らで待つけがれたハゲワシ。それがアンヘルにとっての棺屋だ。食事を振る舞ったり、怪我の手当をしたり、ましてや命を救ったりなどしない。


「別に、特別なことしてるわけじゃないよ」


 つっけんどんにそう言って眼を伏せるナギ。見れば、その頬が少しだけ赤くなっている。

 もしかすると、同い年の異性と話した経験があまりないのかも知れない。


 冷静にそう分析した後、アンヘルもまた微かに紅潮した。なぜなら、それは自分も同じだったから。


「あ、あのね……その……」


 アンヘルはつくろうように話題を探す。ただ、他愛もない会話、という経験に乏しい彼女には、咄嗟にあたりさわりのない話を見つけ出すのは難しかった。だから、つい気になっていたことをそのまま尋ねてしまった。


「どうして棺屋なんてやっているの?」


 アンヘルには、棺屋という職業が眼前の少年に似つかわしくないと思えたのである。

けれど、すぐにその問いかけが失敗であったことに気が付いた。少年の無表情な頬に、微かな苦悶の兆しが浮かんだからだ。


「あっ……ごめんなさい、今の質問忘れ――」


「――僕は昔、逃げたから」


 少年は絞り出すように呟いた。


「……だから、今度はちゃんと背負わなくちゃいけないって、思ったんだ」


 部外者であるアンヘルには、ナギの過去などわからない。それでも少年が、自分と同じく何か大きなものに囚われ続けていることをおぼろげに悟った。


 だからアンヘルは、今度は自分の話を始めた。


「……私のここにはね、光の精霊が宿ってるの」


 アンヘルは自分の左胸に手を当てる。

 もちろん、ナギが既に知っていることは理解していた。だがアンヘルには、少年の過去に踏み込んでしまった償いがそれしか思い浮かばなかったのだ。


「ううん。美化した言い方ね。本当は精霊なんかじゃない、ただの寄生虫。幼い頃に、無理矢理植え付けられたものなの。――ホーエンツォラードという家の、生きた象徴にするために」


 アンヘルはぎゅっと胸を抑えた。


「ずっとそうだったわ。家のために、お爺様に言われるがまま生きて来た。……本当はこの島にだって、『イヴの心臓』と呼ばれる宝を取りに来たの。家の命令でね」


 アンヘルは自嘲的に笑う。言われるがまま人形で有り続けている自分が、少年の眼にさぞ理解し難く映っていることだろうと思ったのだ。


 けれど、生まれた時からそう教え込まれた彼女にはどうしようもないこと。仮に逃げ出したところで、家から遣わされた大量の追手がすぐに連れ戻しに来るだろう。いや、それがただの言い訳であることは、アンヘル自身がよく知っている。本当は自分一人で生きる自信がないだけ。傀儡としての生き方しか教えられなかった少女にとって、‘自由’とは未知の異界に等しかったのだ。


 故に、彼女にできる精一杯の強がりは、そんな自分を嘲笑あざわらうことだけだった。


「結局、その宝探しもただの建前だけどね。お爺様はただ、私を処分したいだけ。私が死ねば、生まれたばかりの弟に精霊を移植できるから。名誉あるホーエンツォラード家の後継者に、女は相応ふさわしくないのよ」


 そこまで言ってから、アンヘルは少しだけ言葉を切る。そして迷った末、更なる事実を打ち明けた。


「……でも、そんな建前ももう終わり。お爺様はとうとう我慢できなくなったみたい。最近では私に刺客を差し向けるようになったわ。……多分、この島にも、もう来てる」


 ここは絶海の孤島。冒険中の事故を装う舞台として、これ以上のものはない。ホーエンツォラード家の当主たる男にとっては、浪漫溢れる古代文明の島もただの処刑場でしかないのだ。


 権力欲に執着するあまり、欲望そのものになった哀れな存在。アンヘルが祖父の傀儡くぐつならば、祖父もまた欲望という魔物の傀儡なのであった。


「……ごめんね。しゃべりすぎた。こんな風に人と話すの、生まれて初めてだったから……」


 アンヘルは目を伏せたまま立ち上がり、荷物をまとめ始めた。


 すべてをばらしてしまった以上、もうここに留まることはできない。殺し屋の標的と一緒にいたがる狂人が、どこの世界にいるというのか。追い出されるに決まっている。それがわかっていながらナギに打ち明けたのは、彼らを巻き込みたくなかったから。


 けれどそんな覚悟を知ってか知らずか、ナギは去りかけたアンヘルを引き止めた。


「もう少し、休んでいきなよ」

「えっ……」


 その意図が掴めずに困惑するアンヘル。


 殺し屋の抹殺対象と同行していれば、常に巻き添えを食うリスクが付きまとう。故に、一緒にはいられない。――自分の言わんとすることを汲み取れない相手ではないはずだ。


「だからね、ナギ。私を狙う刺客が来るかも知れないの。私がここにいたら、あなたも、コムギも……」


 アンヘルはもう一度説明しようとする。しかし、ナギの答えは変わらなかった。


「寝ている間に君がいなくなったら、コムギがへそ曲げるから面倒なんだよ。それに昨日、寝てなかったでしょ? 一晩だけ休んで行きなよ。足も本調子じゃないみたいだし」

「でも……」


 思いのほか強情な少年は、どうやら譲るつもりはないらしい。アンヘルは仕方なく、高いびきをかくコムギの隣に身を横たえた。いや、仕方ないとは言っても、その気になれば離れることもできたはず。少女は結局甘えたのだ。自分の知らぬ温もりに。


 一晩だけと言い訳しながら、アンヘルはためらいがちに瞳を閉じる。棺屋たちに囲まれて眠る時は、何枚毛布を掛けても凍えるようだった。それなのに、今は全身がぽかぽかと温かい。


 不思議な心地よさに身をゆだねているうちに、少女はいつの間にか眠りに落ちていた。


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