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棺屋はいつも冒険者の後ろに  作者: 紺野千昭
第一章 葬列と少女
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奇妙な再会

――――……

――……


「――う、ぅう……」


 寒い。

 それが頭に浮かんだ最初の単語だった。


 肌を突き刺す夜気の冷たさに、アンヘルはおぼろげながら意識を取り戻した。


(ここ、は……?)


 うつ伏せに倒れたまま、アンヘルはぼんやりと顔を上げる。十数メートル上方には、ぽっかりと空いた大きな穴。崩落のあとだ。穴から見上げる空はすっかり日が落ちている。どうやら半日もの間気絶していたらしい。


 それからアンヘルは周囲を見回した。周りには土砂や瓦礫、崩落に巻き込まれた木々が凄惨な姿をさらしている。だがそれ以上にアンヘルの眼をいたのは、自分が今いるこの空間だ。


 高さ十五メートル、横幅二十メートルはあろうかという地下空洞。けれどそれは、天然の洞窟などではなかった。上下左右すべての壁がパネル状の金属で覆われ、天井にあたる部分のパネルは所々発光している。光量自体は少なく途切れ途切れではあるものの、人工的な地下通路であることは一目瞭然だ。


 アンヘルが立っていたのは、この通路の真上だったらしい。魔術によって天井部分を破壊してしまったがために崩落が起きてしまったのだ。


(古代文明が遺した施設の通路……? それなら、どこかに地表と繋がる出入り口があるはず)


 そう考えて、アンヘルは倒れた身を起こそうとした。だが……


「痛……!」


 立ち上がろうとして初めて、アンヘルは自分の体に起きた異変に気付く。激痛が走った右脚を見れば、ひと際大きな瓦礫の下敷きになっていた。


「ぅ、ん……」


 痛みに顔を歪めながら、アンヘルは懸命に引き抜こうとする。けれどびくともしない。潰れているわけではなさそうだが、完全に挟まっていて自力で脱出するのは不可能。


 危険を承知で光精霊術による破壊を試みるか。そう思案し始めた時、またしても状況が変わった。――仄暗い通路の向こうから、足音が聞こえて来たのだ。


(棺屋たちが追い付いてきた……?)


 アンヘルの予想は半分だけ的中した。暗闇の向こうから姿を現したのは、確かに棺を担いだ人間だった。……だが、アンヘルのお付きの者たちではない。


 それは、昨晩見たあの少年であった。


 交差する二人の視線。あたかも昨夜の再現劇のよう。けれど一つだけ違ったのは、今回はアンヘルよりもずっと、少年の方が速かった。


 ――視線が交わったその瞬間、少年の袖口そでぐちからするりとナイフが滑り出したのだ。


「く――《エインシェルツ(展開)》!」


 アンヘルは咄嗟に反撃に移る。遅れたのは僅か数コンマ秒。けれどそれが致命的。少年の動作はそれほどまでに早く、あまりに隙がなかった。


(間に合わない……!)


 神速を誇るアンヘルの光魔術よりもなお早く、少年の手から放たれるナイフ。きらめく凶刃は一直線にアンヘルの首筋へ肉薄にくはくする。撃ち落とすことは元より、身をかわすことすらできない。


(駄目――!)


 凍えるような‘死’の実感。アンヘルはぎゅっと瞼を閉じる。

 けれど一秒後、彼女が感じたのは、鋭い刃が喉を裂く感触ではなく、すぐ真横をかすめていく微かな風圧だった。


(外した……?!)


 これほどの手腕を持ちながら、そんなミスがあり得るのだろうか。アンヘルは思わず振り返る。その瞬間、心臓が数段飛ばして跳ね上がった。――振り返った目と鼻の先には、自律機構兵の真っ赤な目玉が彼女を睨んでいたのだ。


 崩落に巻き込まれ土砂の重みで動けなくなっていた機体が、目覚めたアンヘルに反応してすぐ背後まで迫っていたらしい。金属の表面に自分の顔がはっきり映り込むほどの至近距離。アンヘルは悲鳴すらあげられずに息を呑む。だがやがて気づいた。この自律機構兵は既に死んでいる。いや、壊されたのだ。装甲を貫いた一本のナイフによって。


 少年のナイフは最初から、この自律機構兵を狙って放たれたものだったのだ。


「……どう見えてるのかわからないけど――」


 動揺するアンヘルに向けて、少年はゆっくりと歩み寄りながら口を開く。


「――僕は君の敵になるつもりはないよ」


 そして自律機構兵の装甲からナイフを引き抜いた少年は、アンヘルの足に被さった瓦礫をひょいとどかしてしまった。


「……名前は?」

「あ……アンヘル……」


 答えはしたものの、アンヘルはひどく混乱していた。助けられたことはわかる。だがなぜ、何のために。彼女にはまるで理解できなかった。


「……足、大丈夫?」

「う、うん……折れてはないみたい……」


 少年はそっと屈みこんで、右脚の具合を確かめる。アンヘルはそんな少年の横顔を困惑の眼差しで眺めることしかできない。聞きたいことが多すぎたのだ。


 そしてそれは最も単純な質問となって口をついた。


「あの……あなたは……?」

「僕は――」


 少年が答えようとしたその時、通路の向こうから大きな声が響いてきた。


「ナーギー!!! ちょっとー、どうしたってのよー、お鍋ほっぽりだして! ごーはーんー! はーやーくー!」


 場違いなほど能天気な声。少年はちょっとだけ恥ずかしそうに頬を赤らめて立ちあがる。そして、未だ地べたに伏したままのアンヘルに、そっと手を差し伸べた。


「……君も食べる? ごはん」


 素性も目的も明らかでない、正体不明の相手。ぶかぶかの黒衣に身を包んだ棺屋の少年など、どう考えても普通じゃない。何らかの罠を疑ってしかるべき状況。――だというのに、なぜだろうか。アンヘルは自分でも不思議なくらい素直に、少年の手をとるのだった。

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