04
言い訳臭いですがまじで忙しかったんです。
遅くなって(というかギリギリ5日に投稿できなくて)、本当に申し訳ございませんでした!!
「何が、あったんだっけ・・・」
遠くの方で、おそらく午後の授業の開始を知らせるチャイムが聞こえて、短いながらの気絶の時間は終わることとなった。
視界は当たり前のように暗転していて、鉄くさい腐臭が漂っている。
辺りを見回そうと体を動かすと、腹部にズキリと痛みが走る。
そこに手を当てると、どろりとした温かい液体が付着した。
ああ、そういえば刺されたんだっけか。
どうも気を失っていたせいで、どこか記憶が曖昧になっている。
えっと確か、萩原さんにここに連れてこられて、たしか隠し持ってたナイフで腹を刺されたんだったか。
まあ、服が厚手だったおかげで軽く出血する程度で済んだみたいだけど。
左腕の傷もなんてことなく、少しばかり量は多いが出血している程度だった。
しかし、一体あの後ぼくはどうなった?
足はあるし、心臓も一定のリズムを刻んでいるから死んで幽霊になったというわけではないだろう。
けどなんで生きているんだ?
気を失ってしまったなら、その隙にバラバラにされてもおかしくなかったのに。
その答えを見つける前に、ぼくは体育倉庫の扉を開くことに成功した。
暗闇に、まばゆい光が差し込んでいく。
そこで僕は気づいてしまった。
というか、気づかされてしまった。
今さらに思えば、もっと早く気づけていたかもしれない。
ぼくが死んでいなくて、ぼくが死んでいなかったからこそ、もっと素早く導き出せたかもしれない。
体育倉庫には、両手が力なく開かれ、両足を失い、一瞬だれか判別できない程に顔をズタズタに引き裂かれたニンゲンが、そこにあった。
それの周りには血の水たまりができていて、ぼくが座っていた部分を除いて、丸い池のようになっている。
あれが本当に、彼女なのだろうか。
あれは本当に、彼女なのだろうか。
あまりのアフター気味に、さすがに動揺を隠しきれない。
それを見続けていると、どうしてか左腕の傷がきりきりと痛む。
でも、だとしたら彼女はどうして死んでいるのだろうか。
ぼくがやった?
運動のできないこのぼくが?
そもそも殺すための得物も持ち合わせていないぼくが、どうやって彼女を殺すというのだ。
いやしかし、状況が状況だ。
ぼくは殺していないとはいえ、この状況を見た大人が何を言い出すかわからない。
だから大人は嫌いなのだ。
見ただけの状況で、すべてを判断しようとする。
だから、とにかく逃げないと。
捕まるとまた面倒くさそうだ。
心を無にして、ぼくは塀を上り始めた。
運がいいのか悪いのか。
それとも時間帯がよかったのか。
がむしゃらに遠くまで逃げようと走ったが、特に人とすれ違うこともなかった。
しかし何だろうか、さっきから。
学校からかなり離れてやっと気づいたのだが、とても気分がすっきりとしている。
そんなにぼくは走ることに快感を覚えるたちではなく――走るのは嫌いではないが――それ以前に、こんな晴れ晴れとした気分は初めてだ。
何がそんなにぼくの心を躍らせるのか。
彼女が死んだことが、そんなに嬉しかったのか?
それとも、やっぱりぼくはランナーズハイだったのだろうか。
わけの分からない悦楽と葛藤が、ぼくの脳裏をじわじわと焦がしていく。
ただ、そんな思考も空腹の前には塵に同じらしい。
走りすぎたせいもあって盛大に腹が鳴り、思考が一時中断された。
そういえば、萩原さんに呼ばれてぼくは飯を食っていなかったっけ。
もしかしてだが、あの時断っておけばこんなことにはならなかったのかもしれない。
それ以前に今朝に行っておけば、あの名も知らない男子も救えただろう。
そう考えると自分が考えもなしにしてきた今までの行いが、すべて罪深く思えてきた。
ああやっぱり、ぼくが干渉すればすべてがダメになる。
ぼくの運命も、彼女の運命も。
全部が全部、消えてなくなってしまったみたいだ。
・・・と、そうやって思考を巡らせながら走っていたせいで、ぼくはとんでもないミスを犯してしまった。
全くと言っていいほど、周りが見えていなかった。
そして気づいたときには―――――――――もう、遅かった。
急に重力でもねじ曲がったのか、ぼくの体は車道の方へと引っ張られた。
そして有無を言わされぬまま、ちょうどそこにあった自家用車に連れ込まれる。
車内には、いかにもエリートそうな見た目をした会社員が3人いた。
車内の様子が見えたのはその一瞬だけ。
次のシーンに移ったときには、見事拘束されていた。
腕と足には麻らしきロープがまかれ、目隠しと猿轡をまるでプロの早業のように取り付けられた。
視界はまた暗転し、車の振動とエンジンの音だけが、ぼくの脳内に入ってきた。
・・・いや、少し耳を澄ませて聞いてみれば、何か話声が聞こえる。
これは、電話だろうか?
相手が声を落としているせいで少し聞き取りにくいが、まだこれくらいなら大丈夫なはずだ。
「はい、あの女に見つかる前に無事保護しました。はい、はい」
保護?
ぼくは保護されているのか?
この状態、一見すればSMプレイにも見えるこの状態で。
こんなのを家族に見られでもしたらどう責任取るつもりだよ。
そもそも戻れるのかも不安になってきたけれど。
なんていうのも、どうもこの結びが解けそうにないのだ。
手か足か、どちらでもいいから解けさえすれば勝機はあるのだけれど、しかしこの縄はそれを許そうとはしない。
それどころか動けば動くほど、もがけばもがくほど、なぜか縄はぎちぎちと閉まっていって、脱出不可能になっていく。
ほんの数秒でこんな高度な結びを行うなんて、おそらく敵ながら称賛の言葉を投げかけたいぐらいだ。
まあ実際は、こいつらに頭から硝酸をかけてやりたいのだけれど。
まあ、こんな言葉遊びができているから、まだぼくの思考には余裕があるのだろう。
しかし、ぼくはこれからどこに連れていかれるのだろうか。
刑務所?精神病院?それとも隔離施設だろうか?
どちらにせよこの歓迎の仕方だし、まずまともなところではないだろう。
なんて不安を抱いていると、急に車が停止した。
まさかもう着いたのだろうか。
走り始めて5分ほどしかたっていないが、そんな近場に怪しい施設なんかなかったはずだ。
あるのはせいぜい先ほどまで僕が居た学校ぐらい。
だとしたら何が・・・
「すいません。少しお尋ねしたいのですが」
と、突然この車内にはいなかったはずの女性の声が聞こえた。
声の位置からして、おそらく車外の人間か。
これは助けを求めるチャンスなのでは。
そう思ったとき、次の言葉でチャンスは崩壊した。
「この付近で、林静高等学校の制服を着た背の低い男子を見かけませんでしたか?」
おそらくではあるが、これはぼくのことだろう。
まさか警察をもう呼ばれたのだろうか。
「いやあ、特に見かけませんでしたね」
位置的に運転席に座っている男が、特に嘘の混じっていない声で答えた。
それの主成分は100%嘘で出来ているのだけれど。
「そうですか。捜査の協力、ありがとうございました。ああ、それとですね―――――」
ここで叫び声をあげれば、それは結果的によかったのかもしれない。
怪しいやつらにどこかに連れていかれるぐらいなら、まだ冤罪でも刑務所に入れられた方が安全だからだ。
だけどぼくは、叫ばなかった。
とても怖くて、とても震えそうで、とても泣きそうだった
なんてことはなかった。
というかぼくは、叫べなかった。
叫ぼうと声を張り上げようとしたが、結果的に叫べなかったのである。
彼女は続けて、こういった。
「天敵の顔くらい、覚えておいた方がいいですよ。この間抜けが」
その声に威圧されて、思わず声がのどに詰まった。