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天才少年の殺人衝動  作者: 蔵餅
1章―奇病発現
5/9

03

 血が一滴、乾いたコンクリートに垂れる。

 左腕には刃が半分ほど埋まる形でカッターが刺さっていて、そこからまた一滴、血が流れた。

「なあ、知ってるか?カッターナイフってな、人殺せるんだぞ」

「もちろん知ってますよ。今朝知ったことですけど」

 あー、それ誰の生首かと思ったら、もしかしてぼくの下の奴のか。

 そういえば今朝、先生が連絡もなく欠席している生徒がいると言っていたっけ。

 その生徒の名前は、例によって忘れたけれども。

「ついでに、雨宮君がクラスメイトの名前も覚えていないほど酷い人だってことも、さっき知りました」

「それはよかったじゃないか。人を知るっていうのは大切なことだ。もっとも、ぼくについての知識なんて、そこらの石ころより不必要だけどな」

「石ころだって、人によっては宝物になりえますよ。雨宮君がゴミと見下した貴方を、私は愛しているように」

 そんなことまで知ってるのか・・・

「というか、もし愛しているとしたなら、そろそろカッターナイフを放してくれよ。ずっとこの状態を維持していて、そろそろ腕も限界なんだが」

「愛しているからこそやってるんですよ。ほかの人に取られないために、今から愛そう(殺そう)としているだけです」

「なんだよそれ」

 なんだよ、それ

 気づくとぼくは、大きく口を開いていた。





「不気味ですね、その笑いかた」

「嫌いになったか?」

「むしろゾクゾクします。その表情のまま100年ほど冷凍保存したいぐらいには」

「それはお前が生きていられないだろ。どれだけ医療が進歩したってな」

「・・・それよりも、余裕ですね。先程のおびえはどこに行ったんですか?」

「どうってことはないさ。ただ、死ぬ事が怖くないだけだ」

「怖くないとは、またおかしなことを言いますね。死ぬことが怖いからこそ、人は生きようとするんですよ?」 

「違うな。人が生きるのは当たり前のことだ。たとえ恐怖しているやつが居ようと、意気揚々としたやつが居ようと、どちらも平等に生き続ける。それが人間だ」

「そうですか、それが雨宮君の考えなんですね」

「そうだな。ああ、そうだ」

「そう思うと悲しいです。好きな人と考えが食い違うっていうのは」

「人はそれぞれ個性なんてものがあるんだから、考えが食い違うのは当然だって。それよりも、そろそろこのカッターナイフを放してくれないか?腕の感覚がそろそろ無くなってきてる」

「嫌ですよ。早く(バラ)して冷凍保存しないといけないんですもの」

「まだ冷凍保存したがってるのかよ!」

「だってそうしないと、ずっと雨宮君を愛せないじゃないですか。ずっと雨宮君と一緒に入れないじゃないですか」

「・・・あのさあ、それって普通に一緒にいるだけじゃダメなのか?普通にデートしたり、結婚したりで、一生をお互いに捧げあえばいいんじゃないのか?」

「それじゃあ、ダメですよ。もし先に雨宮君が死んだりしたら、そのあと私は虚しい人生を歩んでいくことになるじゃないですか」

「結局ここでぼくを殺したら、遅かれ早かれそうなるよ!」

 まずい、これは非常にまずい。

 このまま感情的になり続けたら、彼女はいったい何をしでかすかわからない。

 どうすればこの状況で、無事にいられるだろうか。

「ッ・・・!!まずいですね・・・」

 と、かなりグルグルと思考を巡らせていると、遠くから休憩の終了を知らせるチャイムが鳴った。

「どうする?授業が始まると、ぼくたちがまだ戻ってないことに気づくぜ?」

「ええ。このままでは雨宮君の評判がダダ下がりになりますしね」

「いや、お前も無事じゃあ済まないだろ」

「え、でも。男女二人だけ(・・)で、人気のない(・・・・・)体育倉庫にいて、授業が始まっても帰ってこないなんて、普通の教師なら何かあったと思いませんか?」 

「実際来たら殺人現場だから、そこらへんは大丈夫だと思うぞ」

「そうですか、まあそれは私としてもまずいので――――――」

 そう言うと彼女は空いた手をポケットの中に突っ込んで、中からもう一つカッターナイフを取り出した。

「楽しかったですよ。こんなに長く話せて」

 絵か写真かにして数世紀ほど残しておきたいほどのとびっきりの笑顔で、彼女はそのカッターナイフをぼくの右脇腹に突き刺した。

 そこから飛び散った返り血が、彼女を美しく化かす。

 けれど人は案外丈夫なようで、脇腹にカッターナイフが刺さっても依然として左手の力は緩めず、意識もはっきりとしていた。

 しかし、腹部の痛みは強大で、そのうちに目も霞んでくる。

 そして、甲高い悲鳴とともに、ぼくは気絶した。

 彼女の感覚が、脳裏に残ったままに。


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