転生者の失敗~攻略対象者に恨まれまして~
誰かが言いました。
『そち、未だ時刻みしものを、こちらに還り来れば詮なし。よって、そちの愛づる地へ送り進ぜよう』
なにを言っているのかさっぱりだけど、とりあえず次会ったら覚えとけよ。
ーーーーなんて、ちょっと物騒なことを思いながら目を覚ますと。
どうやら幼女になってました。テンプレですね。
悩んでても仕方がないのでしばらく周りを観察していると、ちょっとずつ「私」のことが分かってきました。
私の名前はミュゼ・トータルシェル。一応、貴族だと思う。
姿見で見た感じからして5歳かそこらかと思ったら9歳だった。発育悪すぎだろと脳内でツッコんだのは記憶に新しい。
その割にはやたら顔が整ってるのはなぜでしょうね。
肩あたりまでの亜麻色の髪に、透けるような青い瞳はぱっちりまん丸。桃色の頬はフニフニ、唇はプルプルで小さめ。
どっかで見たことあるような美少女なんですが。
それから1年?くらいして従兄弟のお兄様が学園にいく年齢になり、お兄様の制服と、通われる予定の学園の名前にようやく合点がいきました。
この世界、遠い昔に好き好んで読んでいた少女漫画の舞台のようです。
通りでやたらキラキラしいわけですね。自他共に。
そして、もしそれが本当であればミュゼ・トータルシェルはヒロインだったと思うのですが。
ストーリーとしては子爵家ヒロインが学園で王子様と出会い色々ありつつも結婚するというよくある系のハッピーエンド物でした。
冷静に考えればあまり爵位の高くない娘が王子様と恋愛なんて少女漫画って中々にファンタジー過多だよなと思うところですが、この漫画は一味違います。
この王子様は3番目で、公務としては外交を中心にされることが決まっていたためにお勉強と精神面に強く、どんなことにでも慣れてしまわれる柔軟な方を求めていたところにヒロインと出会い彼女の人柄に惹かれていった、とのこと。
はい。現実的に見えるようよく設定が考えられていて非常に私好みの作品でした。
ただ…あのお話、たしか乙女ゲームにもなったので漫画の世界かゲームの世界か迷うところですね。
漫画のヒロインのミュゼ・トータルシェルなのか、どなたかが原作ヒロインの名前でプレイしているという世界なのか…。
まぁ、それらのパラレルや夢小説という可能性もありますし、好きにするとしましょうか。
しかし玉の輿なんていうと、ちょっとわくわくしますね。
乗れそうならば、乗ってみましょう。
あとはこの世界には魔法もありますし、興味の赴くままお勉強することとしましょう。
玉の輿に失敗しても確実に就職には役立ちますし。
まだ5年ありますから、ぼちぼち準備を整えていきましょう。
そうして、あっという間に6年とすこしが経ちました。
とっくに入学し、無事進級もでき、今は有力貴族のご令嬢方とお勉強頑張ってます。
はい。ご令嬢方とです。
皆さんとってもよくしてくださいます。いつも気にかけてくださり、よくお買い物にもお誘いしていただいたり、そこで髪紐などのプレゼントもくださります。
そして、そんな私は皆さんの婚約者様方にはよく注意と張り付けた笑顔をいただきます。
この不思議現象を説明するにあたりましては、昨年の入学式の日まで遡る必要がございます。
ちょっとした悪戯心で、私は中庭に寄り道してました。
「入学式の日の中庭」は、漫画でもゲームでも我が国の第三王子エラーブル様との出会いの場所なのです。
なので本当に、ちょっと見かけられたらいいな位の気持ちで寄り道しただけだったんです。
最初はいなかったものですからちょっと探検したら帰るつもりだったのに、帰ろうとしたときになって王子様がいらっしゃりまして。
結果、なぜか意気投合し生徒会に誘われました。やんわり断りましたが。
それからある日は 偶 然 お昼にジェイダイト伯爵家のティヨル様とエラーブル殿下と会い、なぜか食事に誘われ
共に卓を囲い、またある日は図書館でそういえばアンバー侯爵家のセードル様いらっしゃるのかなと本(魔法薬の専門書)のついでに見渡してみれば、ばちりと目が合ってしまい気が付けば共に魔法薬について語っておりました。
釈然としないながらも楽しかったです。
そして気がつけばブロンズ伯爵家のカクチェス様も含め生徒会の皆さんと親しくさせていただいておりました。
だいたい、ストーリー通りです。
そうそう、余談ですが登場人物の皆さん軒並み家がらみで親しい女の子がいらっしゃるようで、この世界は少女漫画の方に近い気がします。
さて、そうなるとエラーブル殿下をはじめとした殿方と親しくするのをよく思われないのは当然。
最初にお手紙を下さったのはエラーブル殿下の婚約者様であられるコーラル伯爵家のヴィオレット様。
胸がはずむのを抑えながら指定された場に赴けば、ヴィオレット様はふわりと座っておられました。
私の姿を見つけると彼女はスッと立ち上がり、しとやかに私を諫めだしました。
深い青色の瞳を少しだけ潤ませながら。
あら?なんか…すごいかわいい。
言葉は伯爵家の令嬢として、第3王子の婚約者様としてとても高潔でした。
けれど、しゃべればしゃべるほど耳は少しずつ朱を帯び、瞳もちょっとだけちらっと光ります。
どこか一生懸命なお姿に私は(元々無いに等しかったが)毒気を抜かれ、素直に諫言を聞き差し出がましいかなと思いつつ
「ヴィオレット様がこんなに私を思って下さるのですもの。うれしかったです」
と伝えれば彼女はどうしてかこちらこそありがとうございますとおっしゃりながら、涙をこぼされました。
戸惑いつつ話を聞いてみれば自分の言葉をこんなに素直に真摯に聞いて下さった方は初めてです、と。
若干彼女に引きつつ、同情しつつも
「ヴィオレット様は素敵な方です。それが分からない方が可笑しいのです」
と励まし、最後には晴れやかな、素敵麗しい笑顔をいただいて解散となりました。
そこから、話はあらぬ方向に進みだしたのです。
その後ティヨル様の幼馴染でいらっしゃるマーキュリー伯爵家のアプリコチエ様、セードル様の婚約者のアロイ家のオルタンシアさん、カクチェス様の婚約者でいらっしゃるアガット侯爵家のカメリア様からお手紙を頂いたり、わざわざいらしてくださったりしました。
そしてその諌言に普通にお礼を申し上げたらなぜか感謝され、お話を聞かせていただき、最後には素敵麗しい笑顔で帰られる。
そうやって度々お話を聞いていましたらーーーーーーーーなつかれました。
いえ、失礼なのは分かっています。ですが皆さま、何と言うか…その、私を慕ってくださるのです。
気がつけば、お昼と放課後は皆さまと学園のテラスで過ごし、お休みの日もお買い物(拒否権はない)。
お買い物の品は勿論、皆さまからのプレゼントです。素敵だし、嬉しいのですがひたすら恐れ多いです。
しかも皆さまがこぞって贈ってくださるものって、漫画やゲームの方で王子様方にもらうモノばかりで何だか受け取らざるをえないのです。えぇ、気分的に。
そんな日々にあらら?と思っていましたら、今度はエラーブル様方に呼び止められました。
曰く「君はとても魅力的だ。が、僕らの大事なひとをたぶらかさないでほしい」と。
知りませんよ。
そもそも私が皆さまと親しくさせていただくようになりましたの、エラーブル様方と親しくなってからですよ。こうなるとは欠片も思っておりませんでしたけど。
皆さまのお話に脳内にてツッコミ祭りを開催しておりますと、私が遅いのを気にされてかヴィオレット様がこちらにいらしてしまいました。
状況を一瞥するなり私を背中にかばい、婚約者様に一言。
「私たちのミュゼに、何をなさっておいでですの?」
なんともまぁ冷たい視線を殿下方にむけられていました。わぁ、怖い。
そしてもしもし殿下方。なぜに私に恨み妬みを込めた視線を送られるのですか。
私、女ですよ?…え。女狐?顔を背けていらっしゃいますが、聞こえておりますからね。
だいたい、女の子の背中にかばわれて殿方から女狐と評されるなんて初めて聞きましたよ。どこの世界にあるんです、そんな謎状況。
ーーーーーここにありましたわね!!
とりあえずテラスに皆さまをお待たせしているのでとその場はお開きになりましたが、あのヴィオレット様が皆さまに黙っているはずもなく。
皆さま、それはそれは綺麗に笑っておいででした。
それから一気に男性陣と女性陣の溝が深まってしまいまして、私はあわてて仲人しました。
えぇ、頑張りましたとも。
まずお茶会の頻度を減らし限定する(月に二回)ことで特別な会を演出しつつ、皆さませっかくお相手がいらっしゃることですしちゃんとお話しされてみては?双方誤解があると思いますよ?
それに私は未だそういった殿方はいませんからぜひそういったいろはを私に教えてくださいな、と彼らとできるだけ過ごさせるようにし。
どうにか、元ある鞘…というか剣?の元へと落ち着かれました。
こうしてどうにか絶妙ともいえる均衡を保ちながら今に至ります。
ちなみに私より一足先に卒業されたアプリコチエ様やカメリア様はすでにアンバー家、ジェイダイト家に嫁がれ、ヴィオレット様は半年後、エラーブル様の公爵位叙爵にあわせて嫁がれるそうです。
オルタンシアさんと私はまだあと一年ありますので、日々己を磨いております。
しかしこの一件、概ねハッピーエンドではありますが、まだ終われません。
実はこの件で一番難儀だったのは、私の縁談をいかにして断るかだったりするのですよ。
そう。なぜか……なぜか皆さま、ご自分の御兄弟様と私の縁談をと言ってくるのです。
上は10歳上、下はなんと14歳下。全くうれしくない。
一応、おそれ多くも断らせてはいただいているのですが全く諦めてくださりません。
しかも、ご自分の結婚式よりも積極的なためか、未だ殿下方からも恨み妬みの視線をいただくことがあります。
どうしてでしょうね?
そう自問自答していると、どこからか君の望む通りでしょう?と声が聞こえた気がしたので私は叫びました。
誰もこんな展開は望んでません!
すべての元凶は古ゆかしいんだか厨二病なんだかわからない誰かです。