第8話「ジョブギルドでのジョブチェンジは必須です」
ウルにあるというジョブギルドに、わたしたちは今来ています。
ティナさんが言った通り、かなり規模が大きいです。
窓口がいくつもあり、女性や男性がジョブに就いている人たちの対応をしています。
「あ!ティナさん!」
真ん中の窓口で、笑顔で手を振る女性。
「ミルク!久しぶり!」
ティナさんも、笑顔で挨拶します。
ミルクと呼ばれた女性は、ティナさんと同じく茶髪に茶色い瞳。
とても愛嬌がある方です。
年齢は…二十代前半くらいでしょうか。
「受け取りに来たんですね!ここに……」
「わー!!ミルク!違う!違うから!!」
ミルクさんが何かを取ろうとしたとき、何故だかティナさんは慌てて止めに入りました。
「え…?違うんですか?」
「今日は違うの!今はまだいいから!」
“今はまだ”?
ティナさんは、何に焦っているのでしょうか?
「そうですか…」
ミルクさんはそう言うと、伸ばし掛けた手を引っ込めました。
「改めて…こんにちは!ジョブギルド本部へようこそ!」
ミルクさんは、満面の笑みでそう言いました。
「ここでは、ジョブの紹介や変更…ジョブの解放だけでなく、様々な任務を取り扱っています。今回は、どのようなご要件でしょうか?」
「ミルク、この二人の認証玉が七色に光ったの。ジョブチェンジの案内をしてくれないかしら?」
ティナさんはそう言いながら、カイとハルクをミルクさんに紹介します。
「かしこまりました。では、お二方の認証玉をお預かりいたしますので、私の手のひらに置いていただけませんか?」
ミルクさんはそう言いながら、二人に両手を差し出しました。
カイとハルクは、素直に認証玉をミルクさんに預けました。
「お預かりしました。では、確認いたしますね!」
ミルクさんはそう言いながら、何やら機械を操作しています。
「まずは…ハルクさん!おめでとうございます!今までの功績が認められ、エースへの昇格が可能となりました。今すぐに昇格しますか?」
「はい!お願いします!」
ハルクは、ミルクさんに笑顔で言いました。
「わかりました!では、こちらに認証玉を置いてください。」
ミルクさんから再び認証玉を受け取ったハルクは、設置場所に認証玉を置きます。
「ハルクさん、モニターをご覧ください!」
ミルクさんに言われ、大きなモニターを見るハルク。
そこにはハルクの顔と名前、ジョブの名前が映し出されています。
「今日からハルクさんは、ウォーリアのルーキーランクから、エースランクへ昇格しました。レジェンドまで先は長いですが、頑張ってくださいね!」
「はい!ありがとうございました!」
ハルクはミルクさんにお礼を言うと、認証玉を胸元につけました。
「次はカイさんですね…。あ!カイさんは見習い期間を終了していますね!では、ジョブの案内に移ります!」
ミルクさんはそう言うと、再び機械を操作します。
「カイさん、小型のモニターを見てください」
ミルクさんは、窓口に置かれていたモニターをカイに向けました。
彼は素直にモニターを見ています。
「カイさんは三つの見習い期間を終えているので…召喚士、ウィザード、騎士になれます。いかがなさいますか?」
ミルクさんに問われ、カイは腕組みをして考え込みます。
「ミルクさん、どれが早く極められるんですか?」
カオルが、ミルクさんに尋ねました。
「そうですね……職業の中で一番上達度が上がりやすいのは、やはりウィザードですかね。召喚士は結構時間が掛かります」
「わかりました、ウィザードになります!」
「では、認証玉をこちらに置いてください。」
ミルクさんにそう促され、カイも認証玉を設置場所に置きました。
「はい!カイさんは今日からウィザードになりました!装備や武器が変わりますので、一度武器屋と防具屋へ行くことをお勧めします。」
笑顔で、ミルクさんはそう言いました。
「ミルクありがとう。助かったわ」
ティナさんは、ミルクさんにお礼を言いました。
「これが私の仕事ですから。またいらしてくださいね!」
ミルクさんは、笑顔でそう言いました。
ミルクさんに見送られたわたしたちは、武器屋と防具屋さんに来ています。
カイの装備一式が変わったので、新たに装備品を買うためです。
ですが…かなり種類があるようで、これでは決めることができません。
「すげぇ……種類がありすぎて、迷っちまうよ…」
ハルクは、新品の斧を見て瞬きをしています。
「杖にも種類があるんだな…どれにしようかな?」
カイが見ているのは、杖のようです。
「おや?お兄さんウィザードかい?」
武器屋の店主が、カイに話しかけてきました。
「ジョブチェンジで、今日からウィザードになったんですよ」
「そうかそうか!だったら…このマジカルステッキがオススメだ!初心者でも扱い易いからな」
武器屋の店主はそう言うと、二つの棒をカイに渡しました。
「マジカルステッキ!二本あって力を発揮する、特殊型の杖ですね!」
剣を見ていたティナさんが、会話に加わりました。
「お姉さん!目利きがいい……えぇ!?ティ、ティナさんじゃないか!」
「久しぶりです!繁盛してますか?」
「勿論だ!」
この方はティナさんとお知り合いなのでしょうか…?
と、武器屋の店主は、ティナさんの剣を見つめています。
ティナさんもそれに気付いていたのか、何故か隠すような仕草をしました。
「な、なぁティナさんよ、その剣…」
「アーサーは売りませんよ!」
ティナさんは、武器屋の店主の言葉を遮って睨みつけます。
「違う違う!アーサーじゃなくてそっちの剣だ!」
武器屋の店主は、ティナさんがさっき隠した所を指さしています。
「確かその剣は……」
武器屋の店主はそう言いながら、何やら分厚い本を捲り始めました。
「あった!神器・黄泉!間違いない!」
武器屋の店主がそう言ったからか、どこからとも無く野次馬が現れてしまいました。
「何!?神器・黄泉だと!?」
「見たい見たい!!」
野次馬の数があまりにも多く、わたしたちはいつの間にか追いやられてしまいました。
野次馬に囲まれたティナさんは無事でしょうか…?
「ま、待って!押さないで!!騒がないで!!騒いだら…“彼”が起きてしまう!!!」
ティナさんは叫びますが、野次馬たちは一向に去る気配がありません。
それより…“彼”とは??
ふと野次馬の一人が、神器・黄泉に触れようとしています。
その光景は、わたしたちにも見えました。
やばい雰囲気を察したわたしたちは、野次馬たちを止めに入りました。
「止めてあげてください!!」
「ティナさんが嫌がっているじゃないですか!!」
カイとハルクは、ティナさんから野次馬を引き離そうとしますが、びくともしません。
「やめて!!」
カオルも、野次馬たちを止めようとしています。
もう埒が明かない…誰もがそう思った、その時でした。
『うるさい!僕の眠りを妨げる者は誰だ!!』
ティナさんが守ろうとした剣から、男性の声が聞こえてきました。
剣が言葉を発したことで、野次馬たちは距離を置きます。
『僕は眠いのだ!静かにしてくれないか!!』
「しまった…起きちゃった…」
剣が怒鳴り散らしている脇で、ティナさんはしまったという表情です。
剣の怒鳴り声に恐怖を感じたのか、あの野次馬たちは一目散に駆けていきました。
『武器屋の主人よ…僕を見て興奮するのはありがたいのだが、どうも苛立ちが治まらなくてな。そちらの若造に杖を渡し、どうかもう騒ぐのは止めてくれないか?』
落ち着いた口調に、武器屋の店主は何度も頷いています。
言われた通りにマジカルステッキをカイに渡し、彼から代金を受け取りました。
「後は私が見繕って買ったから、場所を移動して装備品の確認をしましょ!」
ティナさんはそう言いながら、武器や防具が入った袋を持ちました。
あの騒ぎがあった以上、周りの方に迷惑をかけてはなりませんからね。
わたしたちは、ティナさんのあとをついていって、その場を後にしました。
ウルから少し離れた草原に移動したわたしたちは、ティナさんが購入した装備品の確認を始めました。
カイはウィザードにジョブチェンジした為、それに見合った装備を身につけていきます。
「マジカルステッキ…意外と軽いんですね」
二本のステッキ状の杖を握ったカイは、驚きを隠せない様子です。
「武器屋の店主も言っていたでしょ?マジカルステッキは初心者向けだって。いきなり魔力が高い杖を扱うのは無理だから、少しずつ強い装備にしていくのが無難よ」
ティナさんはそう言いながら、今度はローブをカイに手渡します。
「それは魔道士のローブよ。早速羽織ってみたら?」
「はい!」
ティナさんに促され、カイはローブを羽織ります。
「おお!外見がウィザードらしくなってきたぜ!」
カイの新しい装備品を見ていたハルクは、興奮気味に言いました。
「ミルクが言っていたと思うけど、ウィザードは上達度が一番早く上がるの。認証玉の確認は怠らないでね」
ティナさんはそう言いながら、今度は大きな斧を袋から取り出しました。
「これはバトルアックスよ!ハルクのジョブランクが上がったから、装備可能よ!」
「ありがとうございます!」
ハルクはそう言いながら、ティナさんからバトルアックスを受け取ります。
「お…重い…」
ハルクには少し重かったのか、持ち上げるのにも苦労しています。
「まずはそのバトルアックスを担いだまま、大の字に寝られる練習をした方がいいわね。最初はつらいと思うけれど、次第に慣れてくるわ」
ティナさんは、そう言いながら袋を閉じました。
『ティナや…この若造たちは?』
お店の前で怒鳴り散らしたあの声が、また聞こえてきました。
「黄泉…寝たんじゃなかったの?」
ティナさんはそう言いながら、今度は地図を広げています。
『あの者たちがうるさかったせいでな、完全に目が冴えてしまった。バルハル全域に結界を張り巡らせていたから、回復したかったのに…』
あれ…?
確かバルハルは、コウキ様の出身地でありましたよね?
「バルハル…コウキ様の出身地ですよね?」
わたしは思い切って、剣に…神器・黄泉に話しかけてみました。
「フィーネ王女、黄泉と会話が出来るのは私だけです。貴女の声や言葉は、黄泉には聞こえないんです」
「えっ!?」
ティナさんの言葉に、わたしは驚きを隠せません。
「神器・黄泉に触れられるのは、今の時点では誰もいないんです。触れる人がいれば、その人を仲介して会話が成立するのですが…」
ティナさんはそう言うと、肩を落としてしまいました。
「いえ…そうとは知らずに話しかけてしまい、申し訳ありませんでした」
わたしは、ティナさんに謝りました。
「お、王女様!顔を上げてください!」
ティナさんは慌ててそう言うと、話を続けました。
「フィーネ王女様の言う通り、バルハルはコウキという召喚騎士の出身地です。彼とは古くからの付き合いでして、この神器・黄泉も、私の独断で預かっているのです」
「そうでしたか…」
わたしと会話をした後、ティナさんは再び黄泉に向き直りました。
「黄泉、この方はファレスティア国の王女様よ」
『なに!?王女様だと?!』
ティナさんの言う通りです…。
会話が成立していると感じるのに、黄泉の声が一切聞こえません。
さっきまでは聞こえていたのに、何故でしょうか?
「あの時もさっきも、黄泉は力を出した状態だったので声が聞こえたんだと思います。普段は力など出していませんからね」
わたしが不思議そうにしていると、ティナさんがそう説明してくれました。
カイたちはというと、先ほどティナさんが広げた地図を見ながら会議しています。
わたしも会話に参加しなければ!
「カイたちが目指してる深海の神殿だけど…このウル駅から水色の路線で、各駅停車のディープアクア行きの列車に乗れば、神殿に向かえるはずよ」
ティナさんは、地図に描かれた道を指さしながら説明してくれました。
「ありがとうございます!しかし、ティナさんはこのあとどうするんですか?」
カイは、ティナさんに尋ねました。
「私はそうね…星見の渓谷に一度戻ろうかと思っているの。まだ探していない書物もあると思うし、調べ直さないと」
星見の渓谷…フレア様と同行した星見の一族・ヨシュア様の故郷の名前です。
確かそこは、フレア様の故郷である幻の集落から程近い場所にあったはずです。
「そうですか…では、俺たちとは別行動になる訳ですね」
ハルクは、少し寂しそうです。
「もう少し…ティナさんと勉強出来るかと思ったんですが…」
ハルクと同じく、カオルも寂しそうです。
「ごめんなさいね。そうだ!もし、もし私に助けを求めたい時は、これを使ってね!」
ティナさんはそう言うと、カイにある物を渡しました。
「これは…?」
「それは投げると光を放つ玉よ。一発投げれば助けを求める意味、二発投げれば待機の意味、三発投げれば撤退の意味を表しているの。十個渡すから、本当に助けてもらいたい時にだけ使ってね!」
「わかりました!ありがとうございます!」
カイはそう言うと、ティナさんから貰った不思議な玉を袋に入れました。
「さてと…私は馬車を使って一旦ハーカルアに向かうわ。途中で厄介な濃霧の森が待ち構えているし、大きく迂回しながら星見の渓谷まで行かないと…」
「また、会えますか?」
わたしは不安になり、ティナさんに思わずそう聞いてしまいました。
「大丈夫よ!きっとまた会えるわ!」
ティナさんは、笑顔でそう言ってくれました。
「フィーネ王女、ティナさんを信じましょう。俺もまた会えるって思ってますから」
ハルクの言葉に、私は大きく頷きました。
ウルの中心に戻ってきた私たちは、馬車を使うというティナさんと一度別れました。
彼女が乗った馬車が見えなくなるまで、私たちは大きく手を振りました。
その後、ティナさんから教わった通りに列車に乗り、ディープアクア駅を目指して出発しました。
「アクーラ…深海の神殿…」
カオルは、地図を広げながら呟いています。
カイはというと、何やら紙切れをずっと見ています。
「カイ…お前さっきから何見てるんだ?」
ハルクは気になったのか、カイに尋ねました。
「ん?あぁ…ティナさんが見せてくれた地図に不思議な文字があってさ。それをメモしたんだよね。でも…俺では読めないから…カオル!読めるか?」
カイはそう言うと、メモをカオルに渡しました。
「えーっと…“全海の神、海を汚す不届き者に成敗を下す。その地、死の地域として恐れられる場所となる”……って書かれてる」
カオルはそう言うと、メモをカイに渡しました。
「死の地域…だと?」
ハルクは、小首を傾げています。
「死海…?」
「フィーネ王女、それは違いますから」
もしかしたら、この不思議な文字はこれだけではないのかもしれません。
私たちは、新たな謎に頭を悩ませながら、次の目的地を目指しました。