第6話「クロノス様の底力は物凄いです」
今わたしたちは….クロノス様の力に驚いています。
温厚なクロノス様があそこまで怒りを露わにするなんて…思っても見なかったからです。
襲われ掛けたルシファー様は、ハルクを守ったあのバリアを周りに付与して、被害を最小限にしようとしています。
「我のバリアは、中途半端な攻撃で割れる物ではない。安心してこの中にいろ」
ルシファー様の言葉に、わたしたちは無言で頷きました。
クロノス様は、動きを封じられたドッペルゲンガーを見つめています。
わたしたち以外の時間を止めるなんて…驚きのあまり言葉が出ません。
「正直に答えてね?お前が狙っていたのは王女様たちではなく、ルシファーだね?」
ドッペルゲンガーに問うクロノス様。
「だったら何だというのだ?あいつはマーラ様を裏切った反逆者だぞ?始末しようとして何が悪い」
ドッペルゲンガーは、クロノス様の問いに鼻で笑いながらそう言いました。
「ふん!仲間意識がない貴様らに…我を反逆者呼ばわりする資格などないわ!」
ドッペルゲンガーの言葉に、ルシファー様は不機嫌になります。
「言ってくれるじゃねぇか!」
ドッペルゲンガーはそう言うと、無理矢理クロノス様の技を破り、再びルシファー様に襲い掛かってきました。
「我のバリアは壊れぬ!!」
ルシファー様の言う通り、ドッペルゲンガーの攻撃を受けても、バリアが壊れる気配がありません。
そればかりか…攻撃を吸収しているようにも見えます。
「くそっ!バリアから出てこい!ルシファァァァァァ!!」
「止めないか!!」
つかさずクロノス様が、再び技を発動させます。
ドッペルゲンガーは、攻撃の体勢のまま止まります。
「ドッペルゲンガー…僕はロイから言いつけられているんだ。何があっても、ルシファーを守れと」
クロノス様はそう言いながらドッペルゲンガーに近づき、口を開きました。
「いったんルシファーから離れてね?」
クロノス様がそう言うと同時に、ドッペルゲンガーが後ろへと飛ばされていきました。
「あまり僕を怒らせないでくれないかな?いくら僕が温厚な性格だっていっても、限度があるからね」
ど、どうしましょう…。
クロノス様が悪魔のように見えます。
ふとルシファー様を見てみると、何やら思い出している表情です。
「クロノス…お主…」
ルシファー様は、驚きながらそう呟きました。
「ルシファー、今は何も言わないでほしいな…」
クロノス様が微笑んでそう言うため、無言で頷くしかないルシファー様。
クロノス様は再びドッペルゲンガーに視線を戻すと、口を開きました。
「出てきた方がいいと思うよ。僕と本気でやり合いたいんならね!」
クロノス様がそう言うと同時に、ドッペルゲンガーが再び襲い掛かってきました。
「言ってくれるじゃねぇかクロノス!八つ裂きにしてやる!!!」
ドッペルゲンガーはそう叫びながら、クロノス様に攻撃を仕掛けます。
しかしクロノス様は、動きが読めているのか避けてばかりです。
「す…凄い!全部避けてる…!!」
わたしは口元を両手で覆い、驚くしかありません。
「フィーネ王女…それは違いますよ」
そう言ったのは、カイでした。
「??……どういう事ですか?」
「ドッペルゲンガーの攻撃が、単調になり過ぎているだけなんです。そうすると大振りになりがちで、隙が生まれるんです」
カイにそう言われてよく見てみると、確かに大振りになっています。
クロノス様は避けつつ、隙を狙っているようです。
「あのままだと…いずれは決着がつくだろうな。ドッペルゲンガーは、単細胞な魔物だからな」
わたしたちと同じ光景を見ていたルシファー様が、ため息混じりでそう言った。
クロノス様はしばらくの間避けていましたが、遂に攻撃を仕掛けました。
「マヴェ・アリアス!」
クロノス様がそう言うと同時に、大きな時計が現れました。
時計の針は次第に反時計回りになっていきます。
「こ、これは……!止めろ!止めてくれ!!」
何故だかドッペルゲンガーは、時計を見た途端に焦り出しています。
「やめるわけにはいかないね…。僕を怒らせた罰だ、消滅しろ」
クロノス様がそう言うと、時計の針の進み方が更に速くなりました。
よく見ると…ドッペルゲンガーが退化しています。
「ク……クロノス!!!」
ドッペルゲンガーは最期にそう叫ぶと、その場から完全に消えてしまいました。
あまりの出来事に、言葉を失うわたしたち。
「ルシファー…バリアを解除しな?君も疲れたろう?」
クロノス様に促されたルシファー様は、素直にバリアを解除しました。
…と、ルシファー様が倒れかけます。
「ルシファー様!!」
カイが、咄嗟にルシファー様を支えます。
「カイ……すまないな。ありがとう」
ルシファー様はそう言うと、優しく微笑みました。
「ありがとうカイ。僕からも礼を言わせてね」
そう言うクロノス様は、いつものあの優しい笑顔でした。
カイに支えられながら、ゆっくりと歩くルシファー様。
そのすぐ隣には、クロノス様もいます。
わたしたちは今…洞窟に戻るため歩いています。
ルシファー様もクロノス様も、さっきの戦いで力を使ったために、休憩させないといけません。
「王女様、僕は大丈夫と言ったではありませんか」
苦笑いするクロノス様。
「いいえ!休憩してください!」
引き下がらないわたし。
「君は優しいね」
そんならわたしを見て、クロノス様は優しく微笑みました。
洞窟まであと少しというところで、誰かが走ってくる足音が聴こえて来ました。
「クロノス様!ご無事でしたか!」
息を切らしながら走ってきたのは、わたしやカオルと同じ歳くらいの青年でした。
「まあね…。それよりジャック、他のドッペルゲンガーは?」
クロノス様は、ジャックと呼んだ青年に尋ねます。
「一匹が消滅したあと、逃げるようにいなくなりましたよ。全く…迷惑な奴らでしたよね!」
「そうか…いなくなったのか」
ルシファー様も、ジャックと呼ばれた青年と会話を始めました。
「はい!このルズウェルには魔物はもういませんよ!」
ふと彼は、ようやくわたしたちに気付きました。
「あれ…?君たちは?」
不思議そうなジャックを見兼ねてか、ルシファー様が口を開きました。
「彼らたちの紹介がまだだったな…。だがジャック、洞窟に着いてから話すから、一緒に来てくれないか?」
「…?はい、わかりました」
事情がわからないままの彼ですが、頷いてくれました。
洞窟に着いたわたしたちは、改めて自己紹介をしました。
わたしとカオルが自分と同じ、星見の一族の子孫だとわかり、彼は納得したように何度も頷きました。
カイとハルクは、ファレスティア国の近衛兵だということも明かしました。
旅をしている理由…フレア様の力を受け継いだ女性に会い、協力を得ることも話しました。
そして出来ることなら…捕らわれた9人の召喚騎士様たちも助けたいことも。
「なるほどね…。その様な事情が…」
事情を知ったジャックは、頷きながら言いました。
「ジャックはね、マーラの手下たちの気配がわかるんだ。だから僕たちは、ジャックの力を借りつつこのルズウェルを守っていたんだ」
微笑みながら、クロノス様が言いました。
「え?あの野蛮な奴らの?」
ハルクは、ジャックに尋ねます。
「似た力をもつのは、俺だけではない。シェリー様のサブ召喚であるガブリエル様も、似た力があるんだ」
この事は、お母様から聞いていて知っていました。
ガブリエル様は、マーラやその手下たちの気配がわかると。
「だけどね…俺よりもガブリエル様の力の方が上かな。俺がわかるのは手下たちの気配であって、マーラの気配はわからないから」
補足するように、ジャックが言いました。
「星見の一族の生まれでも、生まれもった力がここまで違うのは、我やクロノスでさえ説明できぬ。現在でも謎のままなのだ」
ルシファー様は、ジャックの右肩に手を置きながら言いました。
「確かに謎ですよね。フィーネ王女は召喚騎士様たちの気配を、カオルはメイン召喚もしくはサブ召喚の気配を察知することができますから」
カイは、わたしとカオルをそれぞれ見ながら言いました。
「もしかしたら…俺、人じゃないんですかね?」
「ジャック、それはないから安心しなね」
苦笑いしながらそう言ったジャックの言葉を、微笑みながら否定するクロノス様。
「さて……カイたちはこれからどうするのだ?」
「封印の刻を集めている女性に会いたいんです。何故…俺らと同じように行動しているのか、どうしても聞きたいんです!」
ルシファー様の問に、カイはそう言いました。
「さっき言っていた女性の事だな……」
ルシファー様はそう言いながら、考え込んでしまいました。
「あの、その女性に直接繋がるかはわかりませんが、身なりが騎士の女性が乗った寝台列車が、足止めをくらっているそうですよ?何でも、列車内にマーラの手下たちが紛れ込んだとかで」
ジャックはそう言いながら、小さな切り抜きをルシファー様に見せました。
「ジャック、これはいつのだ?」
「号外です…。さっき渡ったばかりの新聞に載っていた記事を切り抜いてきました」
さっき渡ったばかり…。
ということは……もしかしたら、女性に会えるかもしれません。
ですが、寝台列車がどの駅で停車しているのかわかりません…。
「停車している駅の名前が載っていないが……この建物の感じからして、アクーラ駅だな。あの規模の駅なら、寝台列車も停車するはずだ」
切り抜きを見ながら、ルシファー様はそう言いました。
「場所がわかるんですか?」
カイは、ルシファー様に尋ねました。
「あぁ…。よくロベルトやロイに連れられて、色んな場所を見ていたからな。我は一度見た景色は忘れん」
自身に満ち溢れた表情で、ルシファー様が言いました。
「それでは…!」
「我の瞬間移動を使えば辿り着くことが出来る。ただ…今日は休ませておくれ、瞬間移動出来るほどの力が残っておらぬ」
ルシファー様はそう言いながら、あの椅子に座りました。
「大丈夫ですか?」
ジャックが、ルシファー様に駆け寄ります。
「僕も久々に力を出したから疲れちゃったな…。君たちはルズウェルに一泊するといいよ」
クロノス様は、微笑みながらそう言いました。
「そしたら…俺の家においで!客室が空いているから、そこで休むといいよ」
ジャックは、嬉しそうに言いました。
「本当にいいのか?」
少しだけ不安になったのか、カイが不安そうに聞いています。
「大丈夫だよ!案内するからついておいで!」
ジャックの好意に、わたしたちは甘えることにしました。
ジャックに案内され、彼の家に着いたのはいいのですが、まさかの大豪邸に驚くしかないわたしたち。
特にハルクなんか、口を開けたまま呆然と立ち尽くしています。
彼が、客室があると言っていた意味が、今ならわかる気がします。
「あ、ごめん…家のこと話してなかったよね」
ジャックは、申し訳なさそうに言いました。
「ジャック…貴方は一体何者なの?」
カオルは、ジャックに尋ねます。
「星見の一族の子孫だけど…この家はご先祖さまにあたるユーリ様が遺した屋敷さ。今この屋敷には、俺と両親…それから使者たちが住んでいるのさ」
ジャックはそう言うと、玄関のドアを開けました。
「「「お帰りなさいませ、ジャック様」」」
屋敷に入るなり、大勢の使者たちが一斉にそう言いました。
わたしたちは更に驚き、固まってしまいます。
「今日はお客さんを連れてきたんだ。客室に案内してくれないかな?」
「かしこまりました」
ジャックがわたしたちを紹介すると、使者たちは一斉に動き始めました。
そのうちの一人が、わたしたちの前に立ちました。
「お部屋にご案内いたしますので、ついてきてください」
そう言うと、屋敷の奥へと進んでいくので、わたしたちは慌ててあとをついていきました。
「こちらの二部屋をお使い下さい。何かありましたら、こちらの鈴を鳴らして下さいませ。すぐに参ります」
使者の方は、そう言うと去っていった。
「さてと…そろそろ休もうぜ。明日はいよいよ、噂の女性に会えるんだからさ」
ハルクの言葉に賛成したわたしたちは、それぞれの部屋に入って休むことにしました。
夕食の時間には、ジャックと共に豪華な料理を食べ、お風呂も借りました。
そして…わたしたちは部屋に戻っていきました。
疲れていたのか、わたしたちはすぐに眠りについてしまいました。
翌朝、ジャックと共に洞窟を訪れたわたしたち。
ルシファー様が瞑想をしている間に、クロノス様が口を開きました。
「ファレスティアの王女よ…どうか、どうかロイを救ってください。彼はあのロベルト様の子孫、死なせてはならない人なのです」
「はい!」
クロノス様の言葉に、わたしは強く頷きました。
「そうだ、カイ!」
今度は、ジャックがカイを呼びました。
「ん?なんだい?」
ジャックは、ただ無言でカイを見つめています。
「な、なんだよ…どうしたんだよ?」
ジャックの行動に、カイは動揺を隠せません。
「昨日…星たちが俺を呼んでいたから、久々に星見をしたんだ。そしたら、気になる占い結果が出てな…」
ジャックはそこまで言うと、何故か口を閉ざしました。
「星見の結果が、どうかしたのか?」
カイがジャックに尋ねると、彼は口を開きました。
「カイ、君は複雑な星の導きの中にいる。君はこの旅を続けていく中で、様々なことを知ると思う。時には、辛い選択をしなければならない時が来ると思う」
「え……お、俺が?」
ジャックの星見の結果に、カイは驚きを隠せません。彼だけでなく、わたしたちも驚いています。
「ただ、これだけは忘れないでくれ…。どんな事があっても…君が正しいと思う道を選ぶこと。いいな?」
ジャックの真剣な眼差しに、カイはただただ頷くことしか出来ません。
「ジャックの星見は結構当たるんだ。だからカイ、絶対に忘れないでね?」
クロノス様は、優しく微笑みながら言いました。
「わかりました」
カイは、そう返事しました。
「瞬間移動の準備が整ったぞ!すぐにでも送れる!」
ルシファー様が、わたしたちを呼びました。
わたしたちが駆け寄ると、クロノス様とジャックも近づいてきます。
「元気でな!噂の女性に会えるといいな!」
「ああ!ジャックも元気でな!」
ハルクは、ジャックと握手を交わします。
「元気でね。このフィラーバレーを救えるのは…君たちしかいないんだ」
「はい!」
クロノス様の言葉に、カイは強く返事しました。
ルシファー様が手招きしたので、わたしたちはルシファー様に近づきます。
「瞼を閉じろ。我を思い浮かべながら意識を集中させるのだ。すぐに到着する」
ルシファー様の言う通りにしていると、眩く光った気がしました。
しばらくして、周りがガヤガヤと騒がしいことに気づきます。
恐る恐る瞼を開けてみると…。
「あ!アクーラ駅!!」
わたしたちは、アクーラ駅の改札前に立っていました。
「我の役目はここまでだな…」
ルシファー様はそう言うと、瞬間移動をするために瞑想を始めます。
「ルシファー様!ありがとうございました!」
カイがお礼を言うと、ルシファー様は優しく微笑みながら消えていきました。
「さあ…行くぞ!」
カイの掛け声に合わせ、わたしたちは走り出しました。
だけど…わたしたちはこの時、ミスを犯していたということに、全く気づいていませんでした。