第5話「化けるのが好きな変な魔物」
翌朝…目を覚ましたわたしたちは、ルズウェルに向けて宿を出発しました。
お世話になった女将さんにお礼を言い、あの立て看板があった場所まで戻ってきました。
「こっちだな。よし!進むか!」
カイは看板を確認し、先へ進みます。
「ルズウェルか…どんな所なんだろう」
ハルクは、歩きながらルズウェルを想像しています。
「ルズウェルには時と空間の洞窟があり、そこにクロノス様がいらっしゃると云われているの」
カオルが、洞窟の話をし出しました。
「クロノスって、ロイ様のメイン召喚の?」
カイも興味を示したのか、カオルに尋ねます。
「そう!クロノス様は時を司る神で、ロイ様を守り続けてきたと聞いているわ。それと、サブ召喚にはルシファー様もいてね……」
カオルは興奮したのか、ロイ様のメイン召喚とサブ召喚である、クロノス様とルシファー様の話を始めました。
まず、クロノス様は先祖であるロベルト様の代から継承されてきたようで、子孫であるロイ様が継承したということ。
絶対服従が強く、何でもロイ様以外で言うことを聞くのは、フレア様の力を受け継いだ方のみだとか…。
サブ召喚のルシファー様は、元々はマーラに忠誠を誓った堕天使でしたが、見限って裏切ったそうな。
殺されそうになっていたところをロベルト様に救われて以来、恩返しの為にサブ召喚となったそうです。
「元は敵だったルシファー様が、恩返しねぇ…」
ハルクが疑っていると、カオルが口を開きました。
「ルシファー様はロベルト様に好意を抱いているって聞いています。ロベルト様は好青年だったと記録にも残っているしね。もしかしたら、ロイ様にも同じような感情を抱いていたりして」
カオルはそう言うと、悪戯っぽく微笑みました。
「えっ!?召喚される側が、召喚する側に好意を持っていいのか!?」
ハルクはそう言いながら、カイを見ます。
「そうか…ハルクは知らないんだな。アスベルさんの話だと、フレア様が名を馳せた時代は、そういう事は当たり前だったみたいだぜ。俺も信じられないけどな」
「マジかよ…知らなかったぜ」
走行しているうちに、ロイ様の故郷であるルズウェルに辿り着きました。
緑豊かな場所です。
「空気がおいしいー!」
カオルはそう言いながら、軽く背伸びしています。
「先に宿屋に行こうぜ!マーラの居場所とか、俺たちより先に“封印の刻”を集めている女性のこととか…一度整理しなきゃならない話があるからな」
ハルクの言うことはごもっともです。
ここできちんと話し合いをし、整理をするべきです。
「宿屋ならあそこにあるよ」
カオルは、果実の木に囲まれた建物を指さします。
確かに…宿屋の看板が掛かっています。
「まずは、そこで休みがてら話し合いするか。色んなことがあり過ぎて疲れたぜ」
ハルクはそう言いながら、軽く首をポキッと鳴らします。
「よし!行くか!」
わたしたちは宿屋へ向かって歩き始めました。
その道中で、人々の話し声が聞こえてきました。
「知ってるか?真夜中の出来事」
「ああ…女がたった一人で魔王の魔物たちを、瞬殺したってやつだろ?」
「一体何者だったのかしら?」
え…?
こ、この話は…もしかしたら!
わたしはいても立ってもいられず、話しをしていた人々に走って近づきます。
「フィーネ王女!?勝手に出歩かないで下さい!」
カイはそんなわたしに気付き、ハルクとカオルと共にやって来ます。
「あ、あの!すみません!」
わたしは、一人の男性に話しかけました。
「ん…?何だい?」
男性は、不思議そうにわたしを見つめます。
「さっき話をしていた…女性のことを、もっと詳しく教えてください!」
わたしがそう言い終えると同時に、カイたちが追いつきました。
「何だ…変わった小娘だな。まぁ良いだろう。実は真夜中に、線路に屯していた魔物を、女が一瞬で片付けちまったって話なんだ。当時その場にいた駅員さんから聞いた話だから、間違いないぜ」
「その女性の特徴とか、何か聞いていませんでしたか?」
カイが、男性に尋ねます。
「特徴か……。駅員さんの話だと、身なりは軽装だったが、騎士そのものってぐらいしかわからないみたいだ。真夜中だったし、顔もあまり見えなかったみたいだからな。ただ、声が高かったから、間違いなく女だって」
男性の話の続きを、女性が引き継ぎます。
「その女性は、運行が再開した寝台列車に乗って、ディープアクア駅に向かったって、駅員さん言ってたわ」
ということは…その女性はもうここにはいないということですね。
まさかの入れ代わり…。
「くそ!早く追いかけねぇと!」
ハルクは走り出そうとしましたが、男性が彼を止めました。
「どうやって追いかけるつもりだ?寝台列車は特定の駅にしか停車しないんだぜ?通常の列車では到底追いつかねぇぞ?」
「ぐっ…」
男性に止められ、唇を噛み締めるハルク。
どうしましょう…女性に直接話を聞くことさえ、叶わないのでしょうか。
どうしてわたしたちと同じく、“封印の刻”を集めているのか…その理由を聞きたかったのに。
なかなか会えない女性の存在に、わたしたちは言い表せない焦りを感じていました。
と…その時でした。
「きゃあああああああ!!」
屋台の方から、女性の悲鳴が聞こえて来ました。
「何だ!?」
男性は、驚きながら辺りを見渡しています。
「屋台の方からだわ!」
「すみません、屋台はどっちにありますか?」
カイが女性に尋ねると、女性は東を指さす。
「東ですね、ありがとうございます!」
カイはそう言うと、一目散に駆けて行った。
「カイ!待って!」
わたしたちは、慌ててカイを追いかけました。
屋台に辿り着くと、一人の男性が包丁を振り回していました。
中には切りつけられた人がいるのか、血を流して倒れている人もいます。
「ケケケケケケ!」
不気味な笑いをしながら、男性は次々と人を切りつけていきます。
「やめろ!」
カイはそう言いながら、召喚の準備をします。
「行け!バジリスク!」
カイに喚び出されたバジリスクが、男性に噛みつきました。
しかし男性はびくともせず、不気味な笑みを浮かべてバジリスクを切りつけます。
「埒があかないぜ!」
ハルクはそう言うと、斧を持ってカイに加勢します。
「うおおおりゃあああああああ!!」
ハルクが斧を振り回し、男性を人々から遠ざけます。
「ケケケケケケケケケケケケ」
男性は笑いながら、再びカイとハルクに襲いかかります。
「何なんだこの人!攻撃受けても平気でいられるはずがねぇぞ!?」
カイは驚きのあまり、攻撃をする手を止めています。
「カイ、俺に任せろ!」
ハルクはそう言うと、斧を持ち直して構えます。
「喰らえ!ハードスラッシュ!!」
ハルクが、かまいたちのような技を繰り出しました。
「うぎっ……!」
ハルクの技は男性に直撃し、男性は地面に倒れます。
「やった…のか?」
「いや、まだわからん」
ピクリとも動かない男性。
そして…わたしが密かに恐れていたことが起きてしまいました。
「人殺しだー!!」
野次馬の一人が、ハルクを指さしながら叫びます。
「ち、違う!」
ハルクは懸命に弁明しますが、聞く耳を持ってくれません。
しまいには、警察までやって来てしまいました。
「君かね!?人殺しの罪を犯したのは」
警官の一人が、ハルクの右腕を掴みます。
「だから違うって言っているじゃないですか!あれは魔物が人に…」
「言い訳ならいくらでも聞くから、署まで来なさい!」
ハルクの声を遮り、警官の一人はハルクを連れて行こうとします。
「待ってください!!」
「彼の話も聞いてあげてください!」
わたしとカオルで必死に警官を止めますが、警官はハルクの腕を掴んだままです。
その時…気を失っていたあの男性が再び起き上がり、ハルク目掛けて襲い掛かってきました。
「ハルク!!危ねぇ!!」
カイの叫びに気づいたハルクでしたが、男性は目の前まで迫ってきていました。
もうダメだ……わたしたちがそう思っていた時でした。
突然男性が、何かにぶつかったかの様に飛ばされたのです。
本当に突然のことだったので、言葉を発することすら忘れてしまいました。
よく見ると、ハルクの周りに…球体のような物があります。
これは……一体…。
「待ちなさい…ルズウェルの民たちよ…」
辺りに、女性の声が響きます。
「こ、この声……もしかして!」
カオルが声の正体に気付いたと同時に、女性が姿を現しました。
堕天使を意味する紫の翼…堕ちた者を意味する悪魔の触覚。そして、風にたなびくようにして揺れている金髪…
「ル…ルシファー様!!」
カオルは、何故か嬉しそうに言いました。
「そこの青年、怪我はないか?」
「は、はい…」
ルシファー様の登場に、驚いたまま返事をするハルク。
「ルシファー様だ…」
「何故あの人を庇うの?」
野次馬たちも、ルシファー様の登場に驚きを隠せないでいるようです。
ルシファー様は辺りを見渡すと、指を鳴らしました。
すると…飛ばされた男性が苦しみ始めました。
「我にはわかる……そなたが人間でないということに」
ルシファー様は、踠き苦しむ男性を見下ろしながら言いました。
「ルズウェルの民たちは騙せても、我は騙されんぞ!」
ルシファー様がそう叫ぶと同時に、男性が黒い霧状な物を発生させました。
霧状な物が無くなると同時に現れたのは…
「ド、ドッペルゲンガー!!」
カイが叫びました。
「ド、ドッペル……?」
カオルは小首を傾げます。
「ドッペルゲンガーと言って、人間に化けるのが得意な魔物さ!その人の動きや性格…声までも似せることが出来るのさ。もっと頭の回転がキレるドッペルゲンガーは、魔物の気配も消せるんだ!」
カイは警戒しつつ、攻撃しようと構えます。
ドッペルゲンガーは真っ黒な容姿で、ただ赤い瞳が異様に光っている…外見はそんな感じです。
こんな、真っ黒な魔物が…人間に化けるなんて…。
「マーラめ…こんな雑魚をルズウェルに配置させおって!許さん!!」
ルシファー様はそう言うと、人差し指を天にかざした。
「我は堕天の王なり!堕天の力よ!今こそ発揮されたし!!」
ルシファー様がそう叫ぶと同時に、無数の魔物たちが現れました。
魔物たちはわたしたちやルズウェルの住民には目もくれず、ドッペルゲンガーだけを狙っています。
そして…ルシファー様に喚び出された魔物たちは、ドッペルゲンガーと戦闘を開始しました。
「凄い…これが、ルシファー様の力…」
わたしはあまりの光景に、ただその場を見つめることしか出来ません。
「堕天使とはいえ、ここまでの力があるなんて…」
カオルも同じように、その場を見つめています。
勝ち目がないと悟ったのか、ドッペルゲンガーは姿を消してしまいました。
どうやら、完全にこの場からいなくなったようです。
「ふん!逃げおったか…まぁいい…」
ルシファー様がそう言うと同時に、喚び出された魔物たちも消えていきました。
「あ、あのルシファー様…何故ここに?」
ハルクの腕を掴んでいた警官が、先に沈黙をやぶりました。
「クロノスが我にここへ向かうよう言ったのだ。ロイが捕まった今、このルズウェルを守れるのは…我とクロノスしかいないのでな」
ルシファー様はそう言いながら、わたしたちを見つめます。
「あの青年は、ドッペルゲンガーが人間に化けていたことに気付いていた。人殺しなのではない。疑いをかけるな」
ルシファー様に言われ、警官はやっとハルクの腕を離してくれました。
「何をしている?警察がボケッと突っ立っているな!ドッペルゲンガーへの注意を民たちに呼びかけぬか!!」
ルシファー様に檄を飛ばされ、警官たちは慌てて走り去っていきました。
「これでやっと会話ができる…」
ルシファー様はそう言うと、わたしとカオルを見つめます。
「そなたたちは…星見の一族の子孫だな?」
ルシファー様に言われ、わたしとカオルは驚きを隠せません。
「我は気配でわかるのだ。だからそんなに驚くでない」
ルシファー様は、苦笑いします。
「クロノスがそなたたちに会いたがっている。我と一緒に来てくれぬか?」
「いいんですか?」
カイが、ルシファー様に尋ねました。
「もちろんだ。ただ、クロノスがいる洞窟までは距離があるのでな…我の瞬間移動を使うぞ」
ルシファー様はそう言うと、わたしたちに手招きをしました。
わたしたちは、ルシファー様に近づきます。
「安心するが良い。あっという間に到着する。瞼を閉じ、心を落ち着かせるのだ」
ルシファー様に言われた通り、心を落ち着かせます。
「行くぞ!」
ルシファー様がそう言うと同時に、一瞬だけ光が放たれた気がしました。
光もなくなり、わたしたちは閉じていた瞼を開けてみました。
さっきまでルズウェルの風景がひろがっていたのに、いつの間にか洞窟の中です。
「ルシファー様の力は凄いんだな…」
ハルクは、洞窟を見渡しながら言いました。
「ルシファー、お帰りなさい!」
その時…わたしたちの後ろから男性の声が聞こえてきました。
歯車と時計に囲まれた男性、彼こそが…クロノス様です。
「クロノス、そなたが会いたがっていた者たちを連れてきたぞ」
「ありがとうルシファー。これでやっと会話が出来るよ」
クロノス様は笑顔でそう言うと、椅子に座りました。
ルシファー様も、王様が座るような立派な椅子に座ります。
「改めて…僕の名はクロノス。こっちがルシファーさ。君たちは?」
「自分はカイと言います。あと左から順に、ハルクとカオルと…フィーネ王女です」
カイに紹介されたわたしたちは、それぞれお辞儀しました。
「フィーネ…?君はあのファレスティアの王女様かい?」
クロノス様は、わたしに尋ねてきました。
「はい!わたしはフィーネ・ファレスと申します。お母様の言いつけで、町娘の格好をしています」
「名を言われるまで、我も気付かなかった…。すまなかった」
ルシファー様は、わたしに謝ります。
「い、いえ!ルシファー様が謝ることではありません!」
わたしは、慌ててルシファー様にそう言いました。
「そうだよルシファー、王女様の言う通りさ。君が謝ることじゃない」
見兼ねたクロノス様が、わたしとルシファー様の間に入ってくれました。
「さて、そろそろ本題に入ろうか…。何も言わなくていいよ…君たちが探しているのは、これだね?」
クロノス様はそう言いながら、ご自分の“封印の刻”を取り出しました。
「え?」
クロノス様から“封印の刻”を受け取ったカオルが、不思議そうにクロノス様を見つめています。
「残念だけど、ルズウェルの民たちが話す女性はここに来ていないよ。マーラの手下たちを倒した後、すぐここを出たみたいだからね」
クロノス様の話を、今度はルシファー様が続けます。
「我とクロノスは顔すら見ていないからな…話そうにも話せないのだ」
「そうでしたか…」
カイはそう言うと、腕を組んで考え込んでしまいました。
「あの、ルシファー様…ディープアクア駅には、寝台列車でしか行けないのですか?」
ハルクが、ルシファー様に尋ねます。
「そんな事はない。だが、普通の列車で行くとなると…3日はかかるな」
み、3日!?
3日もかかるなんて…!
「寝台列車は、このルズウェルから月に2本しか発車されぬ。この間出た寝台列車は、その2本目だ」
ルシファー様の言葉で、更に落ち込むわたしたち。
「ルシファー?」
見兼ねたクロノス様が、苦笑いしながらわたしたちを見ろと促します。
「あ、すまぬ…」
わたしたちの落ち込みように驚いたルシファー様が、咄嗟に謝りました。
「落ち込むのはまだ早いよ。何も手段が全くないわけじゃないんだ」
クロノス様はそう言いながら椅子から立ち上がり、わたしたちに近づいてきます。
「そうだな……まずは僕をルズウェルまで連れて行ってくれないかな?」
微笑みながら言うクロノス様。
「え?どうしてですか?」
カイが、クロノス様に尋ねます。
「現地に着いたらわかるよ。ルシファー!」
「わかった」
クロノス様に言われ、ルシファー様は指を鳴らしました。
すると、一瞬にしてルズウェルに戻ってきました。
「うん…嫌な気配を沢山感じるね…」
微笑みながら言っていたクロノス様でしたが、顔つきが突然変わりました。
「ドッペルゲンガー!そこにいるのはわかっているんだ、大人しく出てきたらどうだい?」
口調は優しいが、怒りの声色なのがわかります。
ルズウェルの人たちはというと、クロノス様がいることに驚いており、凄くざわついています。
「クロノス様…?」
「どうしてここに??」
暫くして、あの黒い霧状なものが現れました。
ドッペルゲンガーが姿を現すと、状況が一変しました。
「ク……クロノス!」
どういう訳か、ドッペルゲンガーはクロノス様を見て怯えています。
「お前は僕が嫌いか、僕もお前が嫌いだけどね」
後退りするドッペルゲンガーを、そう言いながら追うクロノス様。
ドッペルゲンガーは何を思ったのか、わたしたちを守るように立っていたルシファー様目掛けて、襲い掛かってきました。
「そう来ると思っていた!停止!」
クロノス様がそう叫ぶと、ドッペルゲンガーだけが動きを止めました。
「ダメだよ…。戦う気がない人を狙っちゃ」
ドッペルゲンガーは動けず、意味のわからない動きをしています。
「ルシファー、彼らを守っていてね」
「わかっている」
クロノス様の言葉に、ルシファー様は頷きました。
「さて……どう痛ぶってあげようかな」
クロノス様はそう言いながら、ドッペルゲンガーを睨みつけるのでした。