第3話「不思議な夢とツクヨミ様」
翌朝、気持ちよく目覚めましたが、昨日の夜に見た夢が気になって、あまり寝た気がしません。
その証拠に、大きなあくびが出てしまいました。
ふと辺りを見渡すと、わたしよりも先にカイが起きていたようで、布団から既に出た後のようです。
わたしも布団から出て、カイを捜します。
「フィーネ王女、お目覚めですか?」
カイは、タオルで顔を拭きながら現れました。
「カイ、おはようございます」
「おはようございます、早いですね」
カイは顔を洗っていたようですね。
「あ、あの…カイ!」
「昨日の夢のことですか?」
わたしの言葉を遮り、カイがわたしに尋ねてきました。
「え、ど…どうして?」
わたしは、あまりの事に気が動転しています。
「いや…俺も同じ夢を見たんですよ。しかも…フィーネ王女、貴女の後ろから見る形で」
「え……」
カイが……わたしと同じ…夢を見た??
どういうことでしょうか?
あの夢の中で、わたしは全く体が動きませんでした。
「あ…俺もよくわからないんですよ。何故貴女と同じ夢を見たのか。ただ近くで寝ていたはずなのに…」
わたしよりも…カイが一番混乱しているようです。
無理もありません、今まで起きなかった出来事でしたから。
「そういえばフィーネ王女、あの夢の中で女性がツクヨミ様に会っていました……。俺たちも、急がなければならないのでは?」
そうでした!
顔が全く見えなかった女性が、ツクヨミ様に会っていたあの夢……どうか、どうか予知夢ではなく、ただの夢でありますように!
…と、わたしが心の中で思ったのは、言うまでもありません。
暫くして、ハルクやカオルも目を覚ましました。
彼女のお父さんが用意してくれた朝食を、わたしたちは今食べています。
「え?夢?」
朝食を食べながら、不思議そうに言うハルク。
「相当疲れていたのか、爆睡だったぜ?」
「わたしも…夢なんて見なかったよ?」
このハルクとカオルの話から、二人は夢を見ていないと思います。
「フィーネ王女とお前だけが見た夢って何だか…怖いな」
ハルクは、苦笑いしています。
「俺だって怖いさ!早く確かめたいぜ!」
カイは、そう言いながら食事をしています。
「皆さんはこれからどうされるのですか?」
カオルのお父さんが、わたし達に尋ねてきました。
「イザナミ様の提言もあり、キルト村を目指そうと思っています」
カイが、カオルのお父さんにそう言いました。
「キルト村ですか…。道中は気をつけてくださいね」
カオルのお父さんの言葉に、わたしたちは頷きました。
朝食も済んで、わたしたちは旅支度を始めました。
あの夢を見てしまった以上、確認しないわけにはいきません。
「よし!これで全部か?」
辺りを見渡しながら、確認するカイ。
「これで全部だぜ!」
ハルクはそう言いながら、荷物と斧を担ぎます。
「では…行きましょうか!」
わたしたちは荷物を持ち、外へと向かいました。
外では既に、荷物を持ったカオルと、彼女のお父さんが待っていました。
「あれ、カオルも行くのか?」
彼女に気づいたハルクは、カオルに尋ねます。
「わたしも同行させてください!月夜の丘へ行くには…わたしは必要不可欠ですよ?」
そう言いながら、カオルはいたずらっぽく微笑みます。
「でも……いいのですか?」
カイは、カオルのお父さんに確認するため話しかけました。
「昨日も話したと思いますが、カオルはメイン召喚たちの居場所がわかる子です。月夜の丘は迷いやすいと聞いているので、我が娘を同行させてくださいませんか?」
この通りです…と続け、カオルのお父さんが頭を下げます。
「カイ、どうする?」
ハルクは、カイに尋ねます。
「仲間は必要だよ、それに今同士を集めていけば、何かと役に立つだろ?」
「あ、ありがとうございます!」
カイの言葉に、カオルは喜んでいます。
「よっしゃ!キルト村へ出発だー!」
「「「おーー!!」」」
わたしたちは、ミスリルを出発しました。
ミスリルを出発してすぐ、カイが地図を確認し始めました。
キルト村は小さいため、場所を知っておくためです。
「あった!ここだ!」
カイは、ある場所を指差します。
「月夜の丘から上に位置するのか…まず最初に、ツクヨミ様に会いに行かねぇとな」
地図を見ながら、ハルクが言いました。
「月夜の丘は、フィーネ王女がいるので、ツクヨミ様と会うのは大丈夫ですね」
「はい!でも…会うのが初めてですので、緊張してしまいます…」
「フィーネ王女なら大丈夫ですよ!それに…わたしたちもいますから!」
「カオル…ありがとうございます」
仲間たちの言葉…凄く救われます。
わたしは、みんなと出会えてよかったと思いました。
しばらく道なりに進んでいると、看板が見えてきました。
三叉に分かれた道の案内板でした。
「この先キルト村、右は月夜の丘、左はルズウェル…だそうです」
カオルは、案内板を見ながら言った。
「ルズウェルって…ロベルト様の故郷だな」
カイも、案内板を見ながら言いました。
「月夜の丘とキルト村へ行ったら、次の目的地はルズウェルで決まりだな」
何だか…あっさり決まってしまいましたが、迷っている暇などありません。
わたしたちは、前を見て進まなければなりませんから。
「月夜の丘までは距離があるな…夜になりそうだぜ」
カイは、地図を見ながら溜め息をつきます。
「ツクヨミ様は……夜にしか現れないみたいですね」
いつの間にか瞑想していたカオルが、そう言いました。
「カオル、気配感じないのか?」
「はい。何も感じません」
「だったらこのまま進もうぜ!まぁ…魔物が凶暴になっちまうが、仕方ない」
わたしたちは、再び歩き始めました。
しかし、いくら歩いていても、丘らしき場所が見えてきません。
「カイ……道あってるのか?」
不安になったのでしょう、ハルクがカイに確認しています。
「間違いないぜ?」
再び地図を確認するカイ。
「し、しかし…こうも道のりが長いとは思わなかったぜ」
ハルクは、肩を落としてしまいました。
「どうしましょう…お昼もまだですのに」
カオルは、空を見上げながら言いました。
彼女の言う通り、太陽が高く昇っています。
お昼が近いことを示しています。
「あら?どうしたの?」
そんな時、わたしたちに声をかけた方がいました。
もしかしたら…あの夢に現れた女性でしょうか?
わたしたちは、声の主を見つめます。
しかしわたしたちは、言葉を失いました。
声の主が…人間ではなかったからです。
わたしたちと変わらない人の容姿をしていますが、背中には綺麗な二枚の銀翼がありました。
「この先は月夜の丘よ。今ツクヨミ様は眠っていらっしゃるので、会うとしたら夜よ?」
だけどカイだけは、すぐにこの方の正体に気づいたようです。
「貴女はもしや…ラファエル様、ですか?」
「正解よ、わたしはラファエル…サブ召喚の聖天使です」
ラファエル様は、微笑みながら言いました。
まさか…まさかラファエル様と会うとは思っていませんでした。
「ツクヨミ様が寝言で、こちらに近づいて来る人間がいると仰ったんです。で、代わりにわたしが向かった…という訳です」
ラファエル様は、事の経緯を説明してくれました。
「ラファエル様…俺たち、お昼をどうしようか相談していたんです」
「それなら心配ないわ!ほら!」
ラファエル様は、ある場所を指さしました。
その先にあったのは…小さな宿屋でした。
「月夜の丘までは結構距離があるのよ。見兼ねたミヤビ様が、宿屋を建設するよう村の者たちに伝えたのよ」
あのミヤビ様が…。
「あの…ラファエル様、月夜の丘は…本当にあるのですか?」
ハルクは、ラファエル様に尋ねます。
「あら、どうしてそう思うのかしら?」
ラファエル様は、小首を傾げています。
「カオルが先ほどツクヨミ様を捜した時には、気配すら感じられませんでした。ツクヨミ様が夜に現れるのはわかりましたが、月夜の丘が見当たらないのは、不思議でたまらないのです」
「そうですか…やはりそう思うのですか」
ハルクの言葉に、ラファエル様は何故か頷いています。
そして、口を開きました。
「その答えは全て夜にあります。まずはあの宿屋で、夜まで休んではいかがでしょうか?」
ラファエル様は、微笑みながら言いました。
それ以上は話さない…というラファエル様の雰囲気に、わたしたちはこれ以上の質問が出来なくなりました。
「ハルク、ラファエル様の言う通り、夜まで待ってみようぜ?」
「そうだな…カイ、わかった」
ハルクが納得したところで、わたしたちは宿屋を目指して進んでいきました。
ツクヨミ様に会うまで、ラファエル様が護衛をしてくれるそうで、わたしたちはとても頼もしく思いました。
宿屋に到着するなり、宿屋の女将はわたしたちを食堂へ案内します。
「お腹が空いているでしょう?沢山食べなさい!」
食堂には、数えきれないほどの料理が並んでいました。
「みんな食べようよ!わたし、お腹が空き過ぎて空き過ぎて…」
カオルがそう言うと同時に、彼女のお腹が鳴りました。
「そうだな、食べようぜ!」
カイの言葉で、わたしたちは食事を始めました。
食堂で食事を済ませた後、何故だか眠くなったわたしたちは、ベッドで寝ていました。
天気が良かったことや、食後の後だったからなのでしょうか…かなりの眠気に襲われました。
「いつまで寝ているの?起きなさい!」
ラファエル様の怒号で、わたしたちは飛び起きました。
「一番星が出ているわ!早く支度して外に出て!」
何故だかラファエル様は、異様に急いでいます。
その姿に呆気にとられ、わたしたちは支度する気力が出ません。
「何を突っ立っているの!?ツクヨミ様が現れるわ!!早くして!!」
この言葉で、流石に急ピッチで支度しました。
ツクヨミ様に会える…そう思うだけで、わたしの緊張はピークに達しました。
急いで外へ出てみると、いつの間にか夜になっていて、綺麗な満月が辺りを照らしています。
「ツクヨミ様は、月夜の丘の頂上で貴方達を待っています。わたしが傍にいれば、凶暴化した魔物は襲ってこないわ。だから安心して」
ラファエル様は、そう言うと優しく微笑みました。
「フィーネ王女行きましょう!」
「ええ!行きましょう!」
わたしたちは、ラファエル様と一緒に、月夜の丘を目指して走り出しました。
月夜の丘は、月に照らされているからか影と光でとても幻想的でした。
ラファエル様曰く、月夜の丘はその名の通り、満月の晩にしか現れないらしく、たとえどんなに月が出ていても、全く出現しないんだとか。
「今回は運が良かったわ…今夜はスーパームーンって言って、月の光が一段と輝く日なのよ。スーパームーンの時は、ツクヨミ様の力も上がるの」
ラファエル様は、わたしたちにそう説明しながら先頭を歩いています。
「ラファエル様、ツクヨミ様は朝や昼は嫌いなのですか?」
カオルが、ラファエル様に尋ねます。
「嫌いではありません、朝や昼はツクヨミ様の就寝時間帯ですので、睡眠時間にあてられているのです。その間の報告や行動すべてを、ツクヨミ様はわたしに任せているのです」
ラファエル様はそう言うと、その辺の木の棒を松明にします。
「ここから先は洞窟よ。迷いやすいから気をつけてついてきてね」
まだまだ…先は長そうです。
でもこれも、ツクヨミ様に会うための試練みたいなものです。
ラファエル様が持つ松明のおかげで、暗かった洞窟が照らされていきます。
松明の灯りに驚いたのか…はたまたラファエル様に驚いたのか、謎の黒いモヤを出した魔物が、一目散に逃げていきました。
「本当だ……魔物が逃げている」
ハルクは、逃げていく魔物を見ながら言いました。
「あの黒いモヤこそが、凶暴化した魔物の証なのです…。並大抵の攻撃では倒すことが出来ないの」
ラファエル様は、そう言いながら前へ進んでいきます。
「ん?視界が開ける!」
カイがそう言うと同時に、視界が開けました。
しかし…暗くて良く見えません。
「あ…!ツクヨミ様の気配!」
カオルは、瞑想をしながら言いました。
「それはそうよ…何故なら、ここが最深部だから」
ラファエル様は、そう言いながら指を鳴らしました。
すると、暗かったこの場所が一気に明るくなりました。
「ふぁ〜……ラファエル、ご苦労さまでした」
と、奥から眠た気な女性の声が聞こえてきました。
「ツクヨミ様…お連れしました」
「ありがとう。下がっていてよいわ」
ツクヨミ様に促され、ラファエル様はその場から立ち去ってしまいました。
「ホタルの子孫よ…わたくしはこの日が来るのを、とても待ち遠しい気持ちでいました。やっと…やっと貴女に会えた…」
ツクヨミ様はそう言いながら、座っていた椅子から立ち上がり、わたしたちに近付いてきます。
ツクヨミ様はわたしの頬を撫でながら、再び口を開きました。
「長い年月が過ぎ去ったとはいえ…やはりホタルの面影がありますわ。とても懐かしい…」
そう言うツクヨミ様の瞳は、潤んでいました。
「あの、ツクヨミ様!わたしたちは…貴女の“封印の刻”を預かりに来ました」
わたしがそう言うと、ツクヨミ様は私の頬から手を離し、先程まで座っていた椅子に座りました。
「それは誠にありがたい事なのですが……わたくしの“封印の刻”は既に、人間に預けてあります」
「えっ!?」
わたしはその時、カオルの家で見た夢を思い出しました。
まさか……あれは正夢??
「貴女たちが、この月夜の丘を訪れる…前日のことよ、わたくしの所へやって来て、“封印の刻”を預からせて欲しいと、その女性は言いました」
「女性!?女性がツクヨミ様に!?」
カオルは、興奮気味にツクヨミ様に尋ねます。
「俺とフィーネ王女が見た夢は……正夢だったのか」
「そこの青年よ、夢とは?」
ツクヨミ様が、カイに尋ねました。
「はい。実は…カオルの家で不思議な夢を見たんです。ツクヨミ様と女性が、会話をしている…そんな夢です」
「そうでしたか…それは、あの女性があなたたちに見せたのです。夢などではありません」
ツクヨミ様は、凛とした表情で言いました。
「その女性は…一体何者なんですか?」
ハルクは、ツクヨミ様に尋ねました。
「一言で言うのであれば…“とても懐かしい方”ですわね」
とても懐かしい…方?
それはおそらく、ツクヨミ様から見てってことよね。
「あの時、傍にはラファエルもいました。ラファエル!」
ツクヨミ様は、奥へ去ったラファエル様を呼びました。
「はい、ツクヨミ様…お呼びでしょうか」
ツクヨミ様に呼ばれて、ラファエル様が姿を現しました。
「ホタルの子孫たちに、あの時の話をしてくれないかしら?」
「わかりましたが、少々長くなります。よろしいですか?」
わたしたちは、無言で頷きました。
「わかりました…ではお話ししますね」
ラファエル様は、あの晩について話し始めました。