第2話「ミスリルでの出来事はとんでもないものでした」
わたしたちがファレスティアを旅立ち、半日くらいでミスリルに着きました。
丁度バザーの期間中ということもあり、街は人で溢れかえっています。
「そうか…バザーの真っ最中なのか」
ハルクは、辺りを見渡しながら言いました。
「ハルク…武器と防具を見にいかねぇか?」
「お!いいね!」
カイとハルクは、まるで子供のようにはしゃいでいます。
「カイ、ハルク!わたしたちがこの街に来た理由……忘れていませんか?」
呆れたわたしは、二人にそう言いました。
「「………」」
目的を思い出したのか、二人は苦笑いしました。
全く…。
何で男性はすぐ、目的を忘れてしまう時があるのでしょうか?
わたしには到底理解できません。
その後もわたしたちは、バザーが開かれている大通りを歩いていきます。
「女王様の話では、星見の一族たちもここにいるんだよな?」
カイは、ハルクに尋ねます。
「ああ…何でも、仕えた召喚騎士の一族を守るために、近くに住むようになった…って言われているぜ」
ハルクはそう言いながら、懐から地図を取り出しました。
「うーん……今はミスリルにいるから、その次は星見の里だな」
ハルクが何気なく言った、この星見の里とは…かつての召喚騎士の一人である、ウィリアム様の出身地でもあります。
あのマーラを封印するために、“封印の刻”を真っ先に発動した人物でもあります。
「次の目的地はここだとしといて、まずは星見の一族を捜さないとな…」
ハルクはそう言いながら、辺りを見渡します。
「え?どうしてですか?」
わたしは、ハルクに尋ねます。
「召喚騎士様のメイン召喚に会うには、召喚騎士か星見の一族の者でなければならないんだ…。しかも、今回会おうとしているのは、ヴィオラ様のメイン召喚だったイザナミ様だ。ヴィオラ様と一緒に同行した星見の一族の子孫と一緒でなければ、イザナミ様は会ってくれない」
ハルクの言うことは一理あります。
わたしも星見の一族の血を半分引いていますが、お母様のご先祖さまは、ヴィオラ様に同行した方ではありませんですから。
「フィーネ王女、確か貴女も星見の一族の血を引いていませんでしたか?」
カイが、わたしに尋ねました。
「はい…。ですがわたしの場合は、ミヤビ様と同行したホタルという方が、お母様のご先祖様です。ですから違いますね」
わたしたちがそう会話を続けながら歩いていた……その時でした。
「待て!!カオルを離せ!!」
前から、男性の怒鳴り声が聞こえてきました。
緊迫した様子のため、わたしたちは頷いて走り出しました。
「離すわけないだろ?こいつがいれば、憎き召喚騎士のメイン召喚がどこにいるのかわかるんだぜ?こいつをいいように使えれば、こっちが有利ってもんさ」
「いい加減にしろ!!お前らにその力をコントロール出来るものか!!」
次第に、会話が近くなってきました。
野次馬の間をすり抜け、わたしたちは一番前にたどり着きました。
わたしたちが真っ先に視界にはいったのは…怒鳴り散らす男性と、魔物に捕まっている少女でした。
「嫌っ!離して!離してよおお!!」
少女は、明らかに嫌がっています。
「カオルを離せと言っているだろうが!!」
男性はそう叫びながら、魔物に立ち向かいます。
しかし、何故だか攻撃が当たらず、男性は勢い余って転んでしまいました。
「お父さん!!」
少女は、男性を心配します。
「はっはっはっはっ!下等生物の攻撃が、俺に効くものか!」
魔物は笑っていたが、険しい表情に戻します。
「おら行くぞ!来いっ!!」
魔物はそう言いながら、少女を引っ張ります。
「いやあああああ!!誰か…誰か助けてー!!」
少女が叫ぶと同時に、カイはドラゴンを召喚しました。
「グルオオオオオオオ!!」
突如現れたドラゴンに、魔物も驚きます。
「行けっ!!」
カイがドラゴンに命令すると、ドラゴンは少女に目もくれず、魔物に襲い掛かりました。
「うお?!」
魔物は体勢を崩し、地面に倒れこみます。
その衝撃でバランスを崩した少女を、ハルクが助けました。
「大丈夫か?」
「は、はい…」
少女を見ると、特に大きな怪我はしていませんでした。
良かった…。
わたしは、安堵のため息をつきました。
「貴様ら……このアザゼルに楯突こうってのか?!」
ドラゴンに襲われていた魔物が、私たちを睨みつけます。
「どういう事情かわからないが…嫌がる人を無理矢理連れて行こうとするのは、どうかと思うが?」
カイはそう言うと、再び召喚の準備に入ります。
「同感だぜ!おっさん、ここは俺たちに任せて、この子連れて離れな!」
ハルクはそう言いながら、斧を持って臨戦態勢に入ります。
「わ、わかった…」
男性は起き上がると、言う通りに少女を連れて離れていきます。
「ほう…ウォーリアに召喚士か。骨のある奴らのようだな」
この魔物…アザゼルは、カイとハルクを見つめながら、やはり臨戦態勢に入ります。
「行くぞっ!」
カイがそう言うと同時に、ハルクが走り出しました。
華麗に斧を振り回し、僅かですがアザゼルにダメージを与えていきます。
様子を伺っていたカイは、右手を挙げて喚び出そうとしていたもの喚び出しました。
彼が喚び出したのは、バジリスクでした。
「なっ….…!バジリスク!?」
アザゼルは驚き、ハルクの攻撃を避けながら距離をとります。
「バジリスク!猛毒の霧だ!!」
カイがバジリスクに命令すると、バジリスクはアザゼル目掛けて霧を吐きました。
バジリスクの猛毒は、常人であれば即死に至るほどの危険な毒です。
果たして…アザゼルに効くのでしょうか?
「ぐっ……!くそ!掠ったぜ!」
アザゼルは猛毒を喰らい、毒に耐えています。
「く、くそっ……!厄介な職業の人間がいたもんだ……!」
毒に耐えつつ、カイとハルクを睨みつけるアザゼル。
その時、もう一体の魔物が現れました。
「アザゼル!毒喰らったの?!」
赤い髪に、悪魔のような触覚と翼を生やした女の子…もしくは少女でしょうか?
リリムと呼ばれた魔物が、アザゼルの身を按じています。
「リリム!お前は早くマーラ様の所に行って、この事を報告しろ!!」
「いや、でも…!」
リリムは引き下がりませんが、アザゼルは続けます。
「後で解毒してから行くから安心しろ!早く行け!お前までやられちまったら、俺がお前の親父さんに怒られるんだからな?」
「う、わ…わかった!」
リリムはようやく引き下がり、瞬間移動と思われる力を使い、その場から去って行きました。
「お前ら…名は?」
リリムが去ったのを確認してから、アザゼルがカイとハルクに尋ねます。
「俺はカイ、こっちはハルクだ」
「そうか…名前、ちゃんと覚えたからな!」
アザゼルは最後にそう吐き棄てると、リリムと同じく瞬間移動と思われる力を使い、その場から消えました。
それより、何故アザゼルはカイとハルクの名を聞いたのでしょうか?
普通なら…何度か遭遇して覚えるはずなのに。
わたしが回想している最中に、あの少女が近づいて来ました。
「あの…ありがとうございました!」
少女は、わたしたちにお礼を言いました。
「礼なんていらねぇよ、俺らは…人として当たり前のことをしただけさ!」
ハルクは、そう言いながら笑います。
「そうです。お礼はいいですから」
わたしも、微笑みながら言いました。
「で…でも……!」
少女が何か言いかけた時、何かが倒れるような音がしました。
音がした方を見てみると…何とカイが倒れているではありませんか!
「お、おい!しっかりしろよカイ!」
ハルクが、慌ててカイを助け起こします。
「気を失っているだけです。この近くにわたしが住む家があります!そこまで運びましょう!」
少女のてきぱきとした指示のもと、わたしとハルクは倒れてしまったカイを運ぶことになりました。
簡易的な担架に乗せられたカイは、まだ意識を失ったままです。
ちなみに担架は、少女のお父さんと思しき男性と、力に自信があるハルクが持っています。
しばらくして、一軒家が見えてきました。
どうやら…あの家が目的地のようです。
「さあ早く!使っていない部屋があるので、そこに彼を!」
家に入ってすぐ、右側の部屋に行き、ベッドの上にカイを寝かせ、わたしたちはその場に座ってしまいました。
「どうしたのでしょう…さっきまで、とても元気でしたのに」
わたしは気が気でなく、ベッドの上に横たわるカイを…不安そうに見つめました。
「カイのやつ…まだ見習い期間が終了してないってのに無理しやがって…」
呆れた様子のハルク。
「彼が目を覚ますまで、ここでゆっくりしていってください!」
少女の好意に、わたしとハルクは素直に従いました。
その後、カイが意識を取り戻しました。
見慣れない部屋にいるためか、最初は辺りを見渡していましたが、今では慣れたようです。
先ほどの少女はカオルと言い、かつての召喚騎士様の一人であった、ヴィオラ様と同行した…星見の一族の子孫ということです。
お母さんが幼い頃に亡くなっており、以来お父さんと二人暮らしだそうです。
「あの時は、本当にありがとうございました!」
カオルは、改めてお礼を言いました。
「なあ…さっきの会話を聞いてしまったんだか、カオルは、本当にメイン召喚の気配を感じることができるのか?」
ハルクは、カオルに尋ねました。
「はい、アザゼルの言っていたことは本当です。召喚騎士様たちのメイン召喚の気配を、わたしは感じることができます」
カオルの言葉に、わたしたちは思わず言葉を失ってしまいました。
「あ、あの?」
わたしたちが突然黙ってしまったことで、カオルを不安にさせてしまったようです。
「あ、ごめんね?実は俺たち…マーラに襲われた時に、ヴィオラ様のメイン召喚だったイザナミ様に助けられたんだ」
カイが慌ててそう言うと、カオルは身を乗り出してきました。
「ええ!?あのイザナミ様が!?」
「あ、あのさ…顔、近くない?」
あまりの顔の近さに、カイは思わずたじろいでいます。
「あ……ごめんなさい」
カオルはそう言いながら、身を乗り出すのをやめていきました。
「カオル、何でそんなに驚いたんだ?何か理由があるのか?」
ハルクが尋ねると、カオルは口を開きました。
「はい、実はイザナミ様…ヴィオラ様の子孫であるアスカ様か、メグミ様の子孫であるわたし以外の人間には会わない性分なのです。そんなイザナミ様があなたたちの前に姿を現したのが、とても珍しかったので…」
なるほど…。
そういう理由があったとは、思いもしませんでした。
しかしイザナミ様は、黄泉の神殿でわたしたちを待つと言ってくれました。
「カオル、実はわたしは…ミヤビ様に同行した星見の一族の一員である、ホタル様の子孫なのです」
わたしがそう言うと、カオルは更に驚きます。
「えっ!?じゃ、じゃあ…!わたしと同じ!?」
「ミヤビって…ツクヨミ様の召喚に成功した方だよな?」
カオルのお父さんも、彼女と同じで驚きを隠せない様子です。
「そうです。そのミヤビ様です」
わたしの言葉に、カオルとカオルのお父さんは、顔を見合わせています。
「それだけではないです……わたしはファレスティアの第一王女、フィーネ・ファレスと言います」
わたしは、自分の正体を明かしました。
「え!?ど、どうして王女様が…ミスリルに!?」
カオルは、当然のリアクションをしました。
「わたしは…召喚騎士様たちの気配を感じることが出来ます。わたしたちはマーラよりも先に、フレア様の力を受け継いだ方を捜さなければならないのです」
ここでわたしたちは、何故旅に出たのかをようやく説明しました。
最初は驚いていたカオルでしたが、次第に耳をたてて聞いてくれました。
ある程度話し終えたところで、カオルが口を開きました。
「フレア様の力を受け継いだ方を捜すだけでなく、イザナミ様にも会おうとしているのですね?」
カオルはそう言うと、チェーンに通された鍵を首にかけ始めました。
「カオル?一体何を…?」
カイは、カオルに尋ねます。
「そういう事情でしたら、イザナミ様に会うことを許します。この鍵は“黄泉の鍵”と言いまして、黄泉の神殿の扉を開けることが出来ます」
カオルは、そう言いながら立ち上がります。
そして…彼女は続けます。
「行きましょう!黄泉の神殿への道のりは、わたしが案内します」
こうしてわたし達は、黄泉の神殿へ向かうことになりました。
その日の夜、わたしたちはミスリルの奥地に来ています。
重たそうな扉が、わたしたちを出迎えています。
「ここが…黄泉の神殿…」
カイは、そう言いながら辺りを見渡しています。
「では…扉を開けますよ」
カオルはそう言うと、チェーンに通された鍵を使って錠前を開けました。
ゆっくりと開かれる扉の先は、真っ暗で何も見えません。
カオルが中に入ると、灯りが自然と灯りました。
「イザナミ様は、この神殿の最深部にいます。ここには魔物がいますが、わたしといれば襲ってきません」
カオルは、そう言いながら先へ進んでいきます。
わたし達は、慌てて彼女のあとを追います。
「本当だ…襲って来ねえ」
ハルクはそう言うと、持っていた斧を抱えました。
「この神殿の魔物達は、怪しいと判断した人物しか襲いません。しかも頭が良いので、どいう家系かまでも判断するのです」
カオルはそう言いながら、突然立ち止まりました。
どうやら…中心部に来たようです。
「す、凄い!壁に読めない文字が刻まれてる!」
わたしは、辺りを見渡しながら言いました。
柱や石碑には、見たこともない文字がびっしりと刻まれていました。
古代文字…?それとも異界の文字?
とにかく、すぐには判断できません。
「記号みたいな文字もあるぜ?何が何だかさっぱりわからねぇ…」
読めない文字を見ていたハルクが、髪を掻き毟ります。
「カオルは文字読めるのか?」
ハルクは、カオルに尋ねます。
「ごめんなさい…わたしにもさっぱりなんです」
申し訳ないと謝るカオル。
カオルでも読めない文字…。
わたしは一層興味が湧きました。
ハルクが言ったように、複雑な文字に混じって記号もあります。
これを読める人がいたら、わたしはきっと尊敬することでしょう。
「イザナミ、イザナギ、ツクヨミ、クシナダヒメ、阿修羅、クロノス、ゼウス、不動明王、ポセイドン、ヤマトタケル…召喚する者の主となる」
ん?カ、カイ?
今…発言したのは、カイなのですか!?
わたしは驚きのあまり、彼を見つめます。
「あ…ごめんなさい。勝手に読んでしまって」
カイは、カオルに謝ります。
「い、いえ。それよりもカイは、この文字が読めるの?」
カオルは、カイに尋ねました。
「俺にも…何で読めるかわからないんだけど、そう刻まれていたから、読んだだけさ」
カイはそう言いながら、再び文字を見つめます。
「そういやお前、ホタル様が残した難解な書物読めたっけな」
ハルクは、苦笑いしながら言いました。
そういえばそうでした…カイは幼い頃から、わたし達が読めない文字を読めたり、難解な暗号を解いてしまう時が結構ありました。
カイ本人はわからないそうですが、何か理由があってそうなったんでしょう。
「カイ、どこで育ったんですか?」
カオルは、再びカイに尋ねます。
「生まれはわからないけれど、育ちはファレスティアだ。両親の顔はわからないんだが、育ててくれたアスベルさんには感謝してるぜ」
カイの話の続きを、ハルクが継ぎます。
「アスベルさんって、随分前に奥さんと息子さんを亡くされた人でさ、拾われたカイを我が子同然に育てたんだ」
ハルクの話を聞いていたカオルは、再び口を開きました。
「え、カイは…捨て子だったんですか!?」
「いや…捨て子ではなかったみたいだ。アスベルさんが言うには、当時ファレスティアの城門前にゆりかごがあって、その中にまだ赤ちゃんだった俺と、手紙が入ってたんだってさ。手紙には、“男の子の名はカイと言います。わたしの大切な息子ですが、訳あってここに預けます。必ず引き取りに行きますので、どうか…どうかこの子をお救いください”って書いてあったんだって」
その話は、わたしも物心がついた時にお母様から聞いていました。
しかし、カイのご両親はその後現れることがなく、お母様はアスベルさんに預けたそうです。
「でもよ、引き取りに行きますって言っといて来ないって…最低な親だよな!」
ハルクは、会ったこともないカイの両親に怒りを隠せない様子です。
「何か理由があったんだと思うよ。アスベルさんもそう言ってた」
カイは、そんなハルクを宥めます。
「カイ!それで良いのかよ、お前…実の両親に会いたいと思わないのか?」
ハルクの言うことはごもっともです。
アスベルさんに引き取られてから、カイは実の両親に会ったことがありません。
しかし会う会わないに関係なく、カイの実の両親が生きているのかさえわかりません。
わたしは、カイの返事が気になって彼を見つめます。
「……今更って感じだな。会ったって何話したらいいかわからないし、生きているのかさえわからないし…とにかく俺は、アスベルさんが親って思っているから」
カイの言葉に、わたしたちは押し黙ります。
「な、なんか悪い雰囲気にさせちまったな!カオル、あとどれ位で最深部だ?」
場の雰囲気を直すためか、カイはカオルに尋ねます。
「あ、えっと…あの左側の道を進んでいけば、イザナミ様に会えるよ」
カオルはそう言いながら、二又に分かれていた道の左側を指差します。
「よっしゃ!行くか!」
ハルクの言葉に、わたしたちは再び進んでいきました。
ー黄泉の神殿・最深部ー
ようやく最深部にたどり着いたわたしたち。
供物なのか、勾玉や珠数までもが辺りにあります。
わたしたちが辺りを見渡していると、炎が現れました。
「待っていました…。選ばれし者たちよ」
この言葉と共に、イザナミ様が姿を現しました。
イザナミ様は辺りを見渡すと、口を開きます。
「カオル、よくこの者たちをここまで連れてきてくれましたね…ありがとうございます」
イザナミ様のお礼に、カオルは無言でお辞儀します。
「あ、あの!イザナミ様!」
わたしがそう言うと、イザナミ様が口を開きます。
「ファレスティアの王女…フィーネ・ファレスよ、貴女の言いたいことはわかっています。復活したマーラについてですね?」
イザナミ様は、わたしたちの心をよみとることが出来るのでしょうか?
わたしは、驚いて言葉を発せません。
「奴のことなら嫌というほど知っています。奴は人間の弱みに付け込んで操り、思うままに動かしてしまう…恐ろしい魔王です」
イザナミ様は一度そこで区切ると、再び口を開きます。
「しかし、我が相棒のヴィオラたち10人の召喚騎士のおかげで…亜空間との狭間に封じ込めることができたのです。完全に倒すことができなかったため、苦渋の決断だったのです」
完全に…倒すことが…出来なかった?
つまり、当時のマーラの力は…かなりのものだったのでしょうか。
「奴も頭の回転がはやいのでな、ウィリアムの子孫であるウィルを捕らえ、封印を解除したとなると…他の子孫たちが心配だ」
「イザナミ様、フレア様の子孫が解放されたことは知っていますか?」
カオルが、イザナミ様に尋ねます。
「レイアが解放されただと!?カオル、説明なさい!」
「はい!」
カオルは、イザナミ様にこれまでの経緯を説明します。
10人の召喚騎士様たちの子孫たちが、一度は全員マーラに捕まってしまったこと、そのうちのレイア様には、どういう訳か召喚騎士としての能力が失われていたこと、能力を受け継いだ人物を捜すため、マーラが各地に部下を派遣したこと…全て話しました。
「まさかとは思うが…フレアのいたずらとはこの事だったのか…」
「いたずら?どういう事ですか?」
ハルクが、イザナミ様に尋ねます。
「マーラを封印した時、彼女だけは何故か青ざめて震えていた…。理由を聞いても決して話さなかった。後日会った時には、マーラにいたずらを仕掛けたと言っていたが、それが何なのかは、やはり教えてくれなかった」
いたずら…一体フレア様は、どんないたずらを仕掛けたのでしょうか?
レイア様に召喚騎士の能力が失われていたのと、何か関係があるのでしょうか?
「イザナミ様!わたしは…アスカ様を助けたいのです!どうしたらいいでしょうか?」
カオルは、イザナミ様に尋ねます。
「今アスカは…マーラの“眠りの呪縛”という術で捕らえられて眠らされています。その術を解くには……これが必要です」
イザナミ様はそう言うと、手のひらから小さな炎を出しました。
やがてその炎は、複雑な模様のものへと変わっていきます。
「これは、我が封印の刻です。これをアスカに近づければ、術は解けるでしょう」
イザナミ様はそう言うと、カオルに自身の封印の刻を預けました。
「イザナミ様、ありがとうございます!」
カオルは、お礼を言います。
「フレアの子孫を除く、あと8つの封印の刻を集めてください。対応する封印の刻を子孫に向ければ、彼ら彼女たちは目を覚ますはずです」
イザナミ様はふとそこで区切ると、カイに目を向けます。
「あそこの青年は…先ほどから魔物と会話をしていますね」
イザナミ様の言葉に、わたしたちはカイに視線を向けました。
確かに、しゃがんで魔物と会話をしています。
「で、それで…ここには、他に誰か来たか?」
カイの問いかけに、魔物はジェスチャーで教えます。
「そっか……誰も来てないのか。俺たちだけか?」
カイの問いかけに、魔物は今度は頷きます。
この魔物は…人間の言葉を理解しているのでしょうか?
それとも、カイにだけ心を開いたのでしょうか?
よくわかりませんが、カイは謎だらけです。
「我が神殿にいるプチデーモンは、頭はいいのですが、召喚騎士と星見の一族以外の人間には決して口を利かないはず…」
イザナミ様はそう言うと、カイに近づいていきます。
「え?敬語はよしてくれよ、何で敬語で俺と話しているんだよ」
カイの言葉に、プチデーモンは今度は驚きます。
「え、え、な…なに?知らないのですかって…どういうこと?」
カイが何故か困惑している時に、プチデーモンはイザナミ様に気付いて会釈します。
カイもようやくイザナミ様に気付き、立ち上がりました。
「あ、イザナミ様…すみません。勝手にプチデーモンと、会話をしてしまって…」
イザナミ様に思わず謝るカイ。
「わたしは怒っていません…ですから、謝る必要はないのですよ」
イザナミ様の言葉に安心したのか、カイは安堵のため息をつきます。
「プチデーモン、この者に心を開くとは…珍しいな」
イザナミ様は、プチデーモンにそう言いました。
するとプチデーモンは、何故か怒り出してしまいました。
「ま、待て待て!イザナミ様まで知らないのですかって…どういうことだ?」
イザナミ様まで、カイと同じ反応をしています。
プチデーモンは続けます。
「な……何だと?!」
プチデーモンから話されたことに驚いたのか、イザナミ様はカイを見つめます。
「……??」
カイは訳がわからず、小首を傾げています。
「確かか?」
再度、プチデーモンに何かを確認するイザナミ様。
するとプチデーモンは、大きく頷きました。
「そうか……」
イザナミ様は、一体何に驚いたのでしょうか?
わたしたちは見ているだけなので、よく状況を理解することが出来ません。
ですが、一番驚いているのは…他でもないカイです。
彼のあのような表情を見たのは、初めてです。
「あ、あの……?」
カイは困惑したまま、イザナミ様に話しかけます。
「あ、あぁ…ごめんなさいね」
イザナミ様はカイに謝ると、口を開きました。
「名は何という?」
「カイと言います」
「カイ、か…覚えておこう」
イザナミ様はそう言うと、わたしたちのところへ戻ってきました。
カイもわたしたちのところへ、戻って来てくれました。
「さて…わたしからは以上だが、何か聞きたいことはないか?」
イザナミ様は、わたしたちに尋ねました。
「実は俺たち…ポセイドン様に会いに行こうと思っていまして、星見の里に行きたいのですが…」
ハルクが次の行き先を告げると、何故だかイザナミ様は考え込んでしまいました。
「イザナミ様?」
カオルが声をかけると、イザナミ様は我にかえっで口を開きました。
「星見の里への道の途中で、確か大規模な崖崩れがあったはず…今でも通行止めとなっているはずですが…」
この言葉を聞いたわたしたちは、思わず肩を落としてしまいます。
「星見の里へ行くより、まずはツクヨミに会いに行ってはいかがでしょうか?ツクヨミがいるのは月夜の丘という場所でして、近くにはキルトという小さな村があります」
キルト村は、ミヤビ様の故郷でもあります。
星見の里への道が絶たれてしまっている今は、そこへ向かった方が先決かもしれません。
「このミスリルを北へ進んでいけば、おのずとキルト村が見えてくるはずです。ツクヨミに会い、わたしと同じく封印の刻を貰ってください」
「わかりました、イザナミ様…ありがとうございました」
カイは、イザナミ様にお礼を言いました。
「いえ…マーラよりも早く、フレア様の力を受け継いだ方を見つけてくださいね」
イザナミ様はそう言うと、優しく微笑みました。
イザナミ様と別れたわたしたちは、カオルの家に戻るために来た道を歩いています。
帰りの道中でわたしたちは、カイの話になりました。
「カイ、プチデーモンと何を話していたの?」
カオルが、カイに尋ねています。
「他愛のない話だぜ?あの遺跡に他に誰か来たか聞いたし…あとは、ここで生まれて育ったとか」
「しかしお前…よく魔物の言葉が理解できたよな」
ハルクは、感心しているのか頷いています。
あれ…?
確かカイは、動物とも会話出来たような…。
「俺、生まれつき動物や魔物と会話できるみたいなんだよな…アスベルさんも言っていたけど、よく牛や馬と会話してたんだってさ」
「その事、今は覚えていますか?」
「いや、アスベルさんに言われるまでわからなかった」
やはりカイは謎が多すぎます。
一体何者なんでしょうか?
「お前、本当に人間か?」
ハルクが、からかうようにして言います。
「俺は人間だよ!」
こんな感じの会話を続けつつ、カオルの家を目指して歩いていきます。
彼女の家に着いた頃には、もう夜になっていました。
カオルのお父さんが出迎えてくれ、今日は彼女の家に泊まる事になりました。
美味しい料理を食べ、今までの疲れを癒すために、お風呂にも入りました。
「今日は色々あったことだし、もう寝るといい。布団はちゃんと、人数分用意しといたからね」
カオルのお父さんは、微笑みながら言いました。
「ありがとうございます」
カイは、カオルのお父さんにお礼を言いました。
「お礼はいいよ、さあ寝なさい」
カオルのお父さんの好意に甘え、わたしたちは用意された布団に入ります。
随分と疲れがたまっていたのか…すぐに寝てしまいました。
その夜、わたしは不思議な夢を見ました。
月がやけに明るい場所で、誰かと誰かが話をしています。
「こんな夜更けにお客さんですか…月も貴女を歓迎していますこと……」
おっとりとした口調…ツクヨミ様でしょうか?
ですが逆光で、顔は見えません。
「こんな夜遅くに…申し訳ありません、ツクヨミ様」
落ち着いた女性の声…誰でしょうか。
後ろを向いているため、顔がわかりません。
「いいえ、状況が状況ですから…わたくしもそこまで単細胞ではありません」
「なら、話が早いです…」
女性がそう言った時、風が吹いてきて厚かった雲が流れていきます。
月明かりがツクヨミ様を照らし、逆に女性の顔が逆光で更にわからなくなります。
「!!」
ツクヨミ様は、女性の顔を見て何故か驚いています。
「ツクヨミ様…貴女の封印の刻を、わたしに預けてくれませんか?」
え!?
な、な、何ですかこの展開は!
「ま…まさか…このようなことがあるとは…」
ツクヨミ様は、まだ驚いています。
「いいでしょう…この封印の刻に触れられるのは限られていますから」
ツクヨミ様はそう言うと、女性に封印の刻を渡してしまいます。
ちょ、ちょちょちょちょっと待って!
勝手に女性に渡さないで!
てか貴女は誰なの!?
顔を見せないなんて…自信が無いの!?
…と、荒ぶったわたしを見せたところで、ひとまず落ち着きます。
「しかし…本当に瓜二つですわね、わたくしでも一瞬見間違えてしまいました…」
ツクヨミ様は、クスクスと笑います。
「え?わたしとフレア様に、違いがあるのですか?」
女性は、ツクヨミ様に尋ねます。
「強いて言うなら…髪の色と瞳の色ですわ。顔は確かに瓜二つですが、色が違うので見分けはつきます」
こ、この女性がフレア様に瓜二つ!?
見たい!顔が見たい!
ああもう!逆光で見えない!!
この女性が、わたしたちが捜している人ってこと!?
急がなきゃならないのに、睡魔に勝てないなんて!
「用は済みました、ありがとうございました」
女性は、ツクヨミ様にお辞儀をします。
「ところで貴女は、次はどちらへ?」
ツクヨミ様は、女性に尋ねます。
「そうですね…マーラの手下たちを倒しつつ、ポセイドン様に会いに行こうかと」
女性は、支度をしながら言いました。
「ポセイドンは、“深海の神殿”にいます。あてはあるのですか?」
「んー……現地に着いてから考えます」
「ふふふ…そういうところは、フレア様に似ていますわ」
女性は荷物を持つと、歩き始めます。
「あ、ツクヨミ様!」
ふと女性は、ツクヨミ様に向き直ります。
「何でしょうか?」
「マーラは、わたしの顔を見て驚くでしょうか?」
女性の質問に、ツクヨミ様は笑っています。
そして、口を開きました。
「驚くどころか、きっと青ざめますわね」
笑いながら、ツクヨミ様は言いました。
「何となくそんな感じがしていました」
女性はそう言うと、颯爽と走り去って行きました。
「神様のいたずら……かしら?」
ツクヨミ様はそう言うと、再びクスクスと笑いました。
わたしが見た夢は、そこで途切れました。
これは、本当に夢?夢なのでしょうか?
もしかしたら……