第1話「捕らわれた王女と魔王降臨」
ーそして、現在ー
異世界・フィラーバレーには、大きな国が存在しています。
その国の名は…ファレスティア。
わたしはそのファレスティアの王女で、名前はフィーネ・ファレスと申します。
え?わたしの姿が見えないですって?
それは仕方がないことなのですよ…何故ならわたしは今、牢獄塔にいるのですから。
「はぁ……ここは暗いよ、誰か助けてよ……」
蝋燭の炎だけが灯るこの牢獄塔に、わたしはいます。
わたしが入れられている牢屋の前には、おぞましい兵士がいます。
「お母様…みんな…」
わたしがそう呟くと、あのおぞましい兵士がこちらを向く。
「王女さんや、魔王様が来るまでの辛抱ですぜ?」
真っ黒な甲冑を装備しているせいか、わたしはこの方の素顔を見たことがありません。
「なぜわたしをさらったのです?何の目的でわたしをここへ連れてきたのですか?」
わたしはたまらず、兵士に問い詰めます。
「すぐにわかるさ…我らの目的がな」
「…?」
わたしは、この兵士の言葉が理解できませんでした。
わたしが捕らえられてからというもの、助けが来たという報らせはありません。
一体……近衛兵の皆様はどうしてしまったのでしょうか?
わたしは、わたしは見捨てられたのでしょうか?
牢屋の中でわたしが諦めかけた…その時でした。
突然、牢獄塔の中が騒がしくなりました。
わたしは驚いて、外を見ようとしますが…柵が邪魔をしてよく見えません。
「何事だ!!」
「侵入者です!!援軍を!」
え、侵入者ですって?!
わたしは更に外を見ようとします、でもやはり柵が邪魔をしています。
この柵……破壊してしまいたい。
「何をやっている!たった2人の侵入者に、何を手こずっているのだ!!」
「それが……あまりにも手強く、ぐわあああああ!!」
兵士たちの怒号と悲鳴が、一際大きくなってきました。
でもそれに紛れて、聞き慣れた声がしてきます。
「フィーネ王女!!いたら返事してください!!」
この声は……間違いありません、彼です!!
「カイ!!!」
わたしは、カイに届くよう必死に叫びます。
叫びは届き、カイはわたしが捕らわれている牢屋を見つけてくれました。
「フィーネ王女!!」
カイは叫びながら近づいてくれました。
「カイ!助けてください!!」
「大丈夫です、安心してください!ハルク!!」
カイは、もう1人の仲間を呼びます。
「カイ!王女様はいたのか!?」
そう言いながら、階段を駆け上がってくる人物。
斧を担いだ彼こそが、カイが呼んだハルクです。
「見つけた!錠前を破壊してくれ!!」
「任せろ!」
ハルクはそう言うと、担いでいた斧を持って一気に振り下ろしました。
脆かった錠前はいとも簡単に壊れ、役目を果たせなくなりました。
キィ…と音を立てて扉が開き、わたしはすぐさま外へと飛び出し…
「カイ!ハルク!」
2人に抱きつきました。
「よかった、ご無事で何よりです!」
カイは安堵しています。
「急いで牢獄塔から出るぞ!走れ!」
ハルクの言葉のもと、わたしたちは螺旋階段を駆け下りていきます。
しかし、魔王の兵士たちが立ち塞がっていることもあり、なかなか前に進めません。
「くそっ!埒があかないぜ!次から次へと……!」
ハルクは攻撃しながら、苛立ちを隠せない様子です。
「ハルク!俺に任せろ!」
カイはそう言うと、召喚の準備を始めます。
「カイ、無理するな!お前まだ見習い召喚士だろ?!」
斧で魔王の兵士たちの攻撃を防御しつつ、ハルクは叫びます。
「そうですよカイ、無理しないで!」
わたしも、ハルクと同意見だったため、彼を止めようとしました。
「俺は…やらないで後悔するより、やってから後悔する方を選ぶ!!」
カイがそう言うと同時に、ドラゴンが姿を現しました。
ドラゴンは魔王の兵士たちの姿を確認すると、灼熱の炎を吐き出しました。
「なっ?!ドラゴンだと!?」
「全員!後ろへ避難するぞ!!」
魔王の兵士たちはすっかりたじろいでおり、後退していきます。
「カイ!ハルク!」
その時、窓から男性の声が聞こえてきました。
窓から覗いていたのは…近衛隊長さんです。
「隊長!遅いですよ!」
ハルクはそう言いながら、近衛隊長さんが用意していたのかわからない、梯子を使って降りていきます。
カイもハルクに続けと早く降りてしまいました。
わたしは高所恐怖症で、足がすくんで立ち尽くしています。
「フィーネ王女!早く!」
下からハルクがわたしを呼びます。
「怖いのよ!置いていかないでよ!」
わたしは恐怖のあまりに、半泣き状態です。
「もしかしてフィーネ王女……高所恐怖症、なんですか?」
カイに図星を言われ、わたしは思わず赤面してしまいました。
「あーっはっはっはっはっはっ!!」
「何が面白いんですか!!」
ハルクがお腹を抱えて笑い転げるせいで、わたしは更に赤面に…。
ハルク、あとで覚えてらっしゃい!
懺悔させてやるわ!
…と、ツンデレなわたしを出したところで、勇気を振り絞って、梯子に近づきます。
でもやっぱり怖いものは怖いのです。
「や、やっぱり…怖い!」
わたしがためらっている間に、カイが喚び出したドラゴンを振り払った、魔王の兵士たちが戻ってきてしまいました。
「逃げようとしているぞ!捕えよ!」
兵士のリーダー格が、わたしを見つけて命令します。
「フィーネ王女!早く!時間がないので飛び降りてください!」
カイは、早く早くとジェスチャーをしながら叫びます。
いずれファレスティアを継ぐという王女に、危ない経験をさせる気ですか!?
もうなんなの!?
でも、でも…考えている時間はないわ!
わたしは思い切って窓から飛び降りました。
急降下していくため、わたしはやはり……。
「いやああああああああああああああ!!!」
大絶叫しています。
しかし…気づいたら近衛隊長さんに抱きとめられていました。
「大丈夫ですか?フィーネ王女」
「は、はい…大丈夫です」
近衛隊長さんにそう尋ねられ、わたしは返しました。
「よし!急いで撤退するぞ!」
近衛隊長さんの号令のもと、わたしたちは牢獄塔を後にしました。
場所話は変わり、わたしの故郷であるファレスティアです。
小さい頃から過ごしているこの場所は、本当に落ち着くのです。
そういえば…カイとハルクの紹介がまだでしたね。
2人を紹介します。
まず、近衛隊長さんと会話をしている、斧を担いだ男性……彼がハルクです。
ウォーリアという職業の家系に生まれた方でして、一番強いと言われている、レジェンドウォーリアを目指しています。
短い茶髪に茶色い瞳が印象的ですね。
身長は……そうですね、だいたい170位でしょうか。
体重は見た目ではわかりません。
あとで本人に聞いてみましょう。
そして、先ほどの牢獄塔でドラゴンを召喚したこの青年は、カイと言います。
召喚士としてはまだ見習いでして、まだまだ修行中の身なのです。
彼が目指しているのは、召喚騎士という職業です。
この召喚騎士とは、超難関な昇格試験に受かった人だけがなれる職業でして、年に数百万人という方が挑戦するのですが、受かった人は毎年二桁いきません。
それぐらい超難関な職業を目指すのには、きっと何か理由があるのでしょう…。
カイの容姿は、藍色の髪に黒の瞳が印象的ですね。
身長は165位でしょうか、体重はやはりわかりません。
わたしが2人の紹介をしている間に、謁見の間からお母様が出てきました。
「フィーネ!」
お母様はわたしを見るや否や、強く強く抱きしめます。
「お母様!」
わたしもたまらず、お母様に抱きつきます。
「よかった!私の可愛い可愛いフィーネ!よくご無事で!」
お母様は、わたしに頬摺りしてきます。
「お母様、わたしも会いたかったです!」
母と娘の再会に、カイやハルク…近衛隊長さんたちは穏やかな表情で見ていました。
「フィーネ、再会を喜んでいる時間はありません…実は事態は深刻なのです」
お母様は、優しい顔から一変して厳しい顔になりました。
「お母様…どういう…」
わたしが聞く間もなく、お母様は謁見の間へと戻ろうと歩き始めます。
「カイ、ハルク…あなた方に頼みたいことがあります…。謁見の間へ」
お母様がカイとハルクを呼び、2人は素直に従います。
わたしの心には、不安で溢れています。
謁見の間にて、お母様とカイとハルクの謁見が始まりました。
お母様の言う深刻なこととは…一体何なんでしょう。
お母様は王座に座りながら、お母様は口を開きました。
「カイ…ハルク、伝えなければならないことが沢山あり、何から伝えて良いかわかりませんが…これだけは伝えようと思います」
お母様はそこで区切ると、再び口を開きました。
「2人は、“召喚戦争”をご存知ですか?」
「はい…確か、10人の召喚騎士様たちのお陰で終戦を迎えた戦争ですよね?」
ハルクは、真剣な表情で言います。
ですがわたしは、ハルクの真剣な表情を見慣れていないため、何故だか違和感を感じてしまいます。
「そうです…。その戦争で魔王は封印され、平和な日々が戻りました。しかし…どうやらその魔王が、復活したようなのです」
「えっ!?」
お母様の言葉に、カイとハルクは驚きを隠せません。
「かつての10人の召喚騎士様たちは…このフィラーバレーに攻めてきた魔王と対峙し、戦いを挑みました。最初は小競り合い程度だったのですが、次第に戦いは激化し…戦争へと発展したのです。しかし魔王を完全には倒せず、召喚騎士様たちは“封印の刻”という技を使い、魔王を別空間に封印したのです」
お母様は話を続けます。
「最初に“封印の刻”を発動したのは、召喚騎士の1人であるウィリアム様で、密偵の調べによりますと…封印を解くために、魔王はウィリアム様の子孫を捕らえ、封印を解除したようです」
お母様の話を聞いているカイとハルクは、驚いていて言葉すら発していません。
でも、カイが沈黙を破りました。
「ですが女王様…魔王はどうやって、召喚騎士様たちの子孫を捜し出したのですか?自分が知る限りでは、散り散りになったと聞いていますが…」
「そうです、カイ。問題はそこなのです。召喚騎士様たちには、同行人がいたのを覚えていますか?」
お母様の質問に、カイは頷きました。
彼の反応を見たお母様は、話を続けます。
「私がそうなのですが…その同行人は“星見の一族”といい、各一族によって能力は違いますが、召喚騎士様たちの気配を察知することができるのです。魔王はそこに目をつけ、私の娘であるフィーネを連れ去り、察知能力を駆使して子孫たちを捕らえて行ったのです」
お母様の言葉に、カイとハルク…近衛隊長さんや兵士の皆様がわたしを見ました。
「皆様…ごめんなさい。脅されて仕方なく…」
思わずわたしは、謝罪しました。
「フィーネ、誰もあなたを責めていませんよ。だから謝らないで?」
「お母様…」
謁見の途中で、お母様の密偵が急いだ様子で戻ってきました。
お母様の前にひざまづいた密偵は、口を開きました。
「女王様、急ぎ報せがあり舞い戻りました。」
「報せとは何でしょう?」
「はっ!実は召喚騎士のリーダー格であった、フレア様の子孫なのですが…どういう訳か、召喚騎士としての能力はなく、解放されました」
「な、何ですって!?」
密偵のまさかの報せに、お母様は思わず王座から立ち上がります。
「詳しくはわかりませんが、召喚騎士の能力を受け継いだ人物を言えと拷問を受けていたようなのですが、決して口をわることはなかったそうです。痺れを切らした魔王が、召喚騎士の能力を受け継いだ人物を捜せと命じ、部下を各地に放ったそうです!」
「これは…とんでもないことになりました…」
お母様はそう言いながら、ゆっくりと王座に座ります。
「女王陛下、気を確かに!」
右大臣が咄嗟に、お母様を支えます。
「私なら大丈夫です。しかし…これ以上魔王を野放しにはできません」
お母様はそう言うと、カイとハルクを見つめます。
「カイ、ハルク…勝手な申し出で申し訳ないのですが、我が娘フィーネと共に、フレア様の能力を受け継いだ方を捜し出してくれませんか?」
「「え、えっ!?」」
カイとハルクは、同時に驚きました。
「先ほども話した通り、フィーネは召喚騎士様たちの気配を察知することが出来ます。正しい使い方をすれば、見つかるかもしれません」
「しかし女王様、俺たちが離れたら兵力が…!」
ハルクは、兵力が減るのを心配しています。
「確かに、今は猫の手も借りたいくらいに人手が足りません。しかし躊躇っている暇はないのです。大勢で行動するより、少人数で行動し…情報を集めつつ捜し出した方が無難だと思うのです」
お母様の言うことは一理あります。
しかし国を離れている間に、もし魔王が攻めてきたら……そう思うだけで、わたしはゾッとしました。
「ハルク、行こう!」
カイは、立ち上がりながらそう言いました。
「お、おい!正気かよ!?」
ハルクは、そう言いながら立ち上がります。
「フィーネ王女、察知できる範囲とかはありますか?」
「ありません。しかし…わたしも今瞑想しているのですが、変なのです」
わたしの言葉に、お母様は不思議そうな表情になりました。
「変…?どういうことですか?フィーネ」
「はい…。確かに召喚騎士様の気配を感じますが、フレア様の直系ではない様なのです。明らかにおかしな波導を感じます」
わたしの言う波導とは、人間が生まれ持つオーラの様なものです。
強さや色などは人様々であり、わたしはその波導を読み取って場所を特定していました。
波導がおかしいとなると…考えられるのは、元々は召喚騎士の家系でないか、職業の中には、波導の波長を変えられる上級職業もあるため、その職業を極めているかのどちらかになります。
「ともかく、魔王に対抗できるのが…召喚騎士様だけなのです。魔王よりも早く力を受け継いだ方を見つけ出し、協力するよう頼むしかありません」
お母様はそう言いながら、一冊の本をカイに渡しました。
確かこの本は、王家に伝わる大切な書物です。
「女王様…この本は?」
カイは、不思議そうに本とお母様を見比べています。
「それは“歴史書”です。大昔に勃発した、召喚戦争について書かれています…。ですが詳しく書かれていないので、その本から得られる情報は少ないかと」
お母様の説明を聞きながら、渡された“歴史書”を開いていくカイ。
「あ、あの牢獄塔についても…書かれていますね」
カイは、歴史書を読みながら言いました。
「あの牢獄塔は、どうやら本来は違った使い方をしていたようなのですが、今となってはわかりません」
お母様は、そう言いながら頭を振ります。
「ダメですね…この歴史書では、詳しい内容が書かれていません」
カイは、本を閉じながら言った。
「やはり……“真の歴史書”が必要ですね」
「“真の歴史書”、ですか?」
お母様の言葉に、ハルクが反応しました。
「“真の歴史書”には、召喚戦争の全容から魔王の弱点……それから、かつての召喚騎士様たちの、メイン召喚の位置が書かれています。その歴史書を入手しなければ……」
と、お母様がそう言った時でした。
何処からともなく、城に黒いもやが現れて、人の形を成していきます。
「そうか……“真の歴史書”がまだ存在していたか」
そう言ってもやから現れたのは……
「マ、マーラ!!」
お母様は、驚きのあまりに王座から立ち上がってしまいます。
「おや、何故驚くのだね?久し振りの再会ではないか!」
「誰も貴方を呼んだ覚えはない!!」
お母様の怖い顔……初めて見ました。
それだけではありません。近衛兵や近衛隊長さんまでもが、今まで見せたことがない、怒りの形相になっています。
「マーラ……聞いたことがある。確か、釈迦様を妨害しようとしたが、無反応の釈迦様に敗北した魔王、もしくは魔神と伝わっている」
いやハルク!ここで解説はいらないです!
今はそれどこではないではないですか!
「ほう……この俺を知る下等生物がいたものだな」
「なに!?」
マーラに鼻で笑ったことが許せなかったのでしょう。
カイは、まだ覚えたてのドラゴンを喚び出そうとしています。
「やめろカイ!お前、牢獄塔でドラゴン喚び出したばかりじゃあねぇか!!」
「体力がもちません!やめて下さい!!」
わたしとハルクの制止を聞かず、カイはドラゴンを喚び出してしまいました。
「ほぅ…見習い召喚士が俺に楯突こうってか……百万年早いわ!!!」
マーラはそう叫ぶと、波動をカイに向かって放ちました。
威力が凄まじかったのか、カイは簡単に吹き飛ばされてしまいました。
壁に体を打ち付けたカイは、そのまま気を失ってしまいました。
「カイ!!!」
ハルクは、急いでカイの所へと駆け寄ります。
「う……くっ……」
脳震盪を起こしているのか、カイは苦しそうに唸ります。
「下等生物が俺に逆らうから…こうなるんだ」
マーラはそう言うと、今度はわたしを見ます。
「ひっ………!!」
恐怖のあまり、わたしは声が出ません。
「さあ!フィーネ王女!!俺と共に魔王城へ来い!!そして…俺を封印しやがった召喚騎士の一人、フレアの力を受け継ぐ奴を、一緒に殺そうではないか!」
わたしを見つめ、そう言うマーラはとても恐ろしいです。
「嫌よ!!わたしは貴方の言いなりにはならない!!」
わたしがそう叫ぶと、マーラの眉間に皺が…。
「そうか、ならば……貴様は死ね!!」
マーラがあの波動を放とうとした……その時でした。
「お止めなさい!」
どこからか、女性の声がします。
女性の声がしたと同時に、灼熱の炎が魔王に襲い掛かりました。
「ぐお?!な、何だこの炎は……!!」
まるで炎は、生き物のようにマーラに纏わりつきます。
「もしや……貴女は、イザナミ様ですか!?」
お母様は、天を仰ぎながら声の主に話しかけます。
「そうです……あなた方のお話を、黄泉の神殿より聞いておりました」
イザナミ様の声が、謁見室に響き渡ります。
「マーラ……やはり己の力で、“封印の刻”を解いてしまいましたか」
イザナミ様の声を聞いたマーラは、お母様と同じように天を仰ぎながら話しかけます。
「そうだともイザナミ!ウィリアムの子孫さえ眠らせてしまえば…“封印の刻”を解くのは容易い!そして……これからは、俺が世界を支配するのだ!」
マーラの言葉を聞いたイザナミ様の、深いため息が響き渡ります。
「そうはいきませんよ、マーラ」
イザナミ様の声が聞こえたかと思えば、今度はそのイザナミ様が、わたしたちの前に現れました。
「我が相棒ヴィオラ、そして…その子孫であるアスカをどこへやった!答えによっては…我が炎で消し去るまで!」
イザナミ様はそう叫ぶと、勾玉から再び炎を出します。
マーラに少しだけ効いているのか、苦しそうにもがいています。
「くそっ……さすがは黄泉の女神……一筋ではいかんな」
マーラはそう呟くと、一瞬で消えてしまいました。
謁見の間には、静寂が訪れます。
「あいつ…逃げたのか……?」
ハルクは、気絶したままのカイを助け起こしながら言いました。
「どうやら、魔王城へ逃げ込んだようですね」
イザナミ様はそう言うと、マーラと同じように姿を消してしまいました。
「イザナミ様!待ってください!」
わたしがイザナミ様に話しかけると、またあの声が聞こえてきました。
「ファレスティアの王女よ……わたしは黄泉の神殿にて、あなた方をお待ちしています…。この世界の鍵は、あなた達が握っているのです」
イザナミ様はそう呟いて、完全に気配を消してしまいました。
「どういうことだ…?」
呆然と立ち尽くすわたし達は、イザナミ様が消えていった天井を見上げていました。
翌日、意識を取り戻したカイとハルクと共に、わたしは今…謁見の間にいます。
理由は一つ…黄泉の神殿にいるという、イザナミ様に会うためです。
昨日の出来事はあっという間に知れ渡り、封印されていたマーラが復活した事で、フィラーバレーには再び恐怖が訪れました。
「あのマーラが復活してしまうとは…このままでは、あの“召喚戦争”が、また……」
お母様はそう言うと、ひざまづいているカイとハルクに声をかけます。
「カイ、ハルク…やはりフィーネを連れて旅立つしかないようです。マーラが復活した以上、躊躇う理由はありません」
お母様のこの言葉に、今まで渋っていたハルクが口を開きました。
「わかりました…。女王様、自分たちはまず、黄泉の神殿を守り続けている、ミスリルという街を目指します。そこに行けば、魔王城がどこにあるのかとか、助言してくれるはずです」
ハルクがそう言うと、お母様は頷きます。
「その方がいいでしょう…。ミスリルは確か、かつての召喚騎士の一人、ヴィオラ様の出身地でもあります。そして…彼女と共に同行した、星見の一族もいるはずです。彼ら彼女たちの助けを借り、この世界を救ってくださいませ…」
お母様の言葉を聞いたカイとハルクにはもう、迷うという文字はありませんでした。
善は急げと言わんばかりの態度で、国を旅立つ準備を始めていきました。
わたしは正装では目立つという事になりまして、町娘の格好をすることになりました。
やはりドレスのままでは、何かと不便だからだと…左大臣が言っていたからです。
ある程度準備が整ったところで、わたしたちは城門の前で待ち合わせをしました。
「よし!みんな準備ができたみたいだな!」
ハルクはそう言いながら、愛用の斧を担ぎます。
「カイも、準備は大丈夫ですか?」
わたしも…カイに尋ねました。
「うん。必要なもの以外は置いてきた」
カイはそう言うと、荷物を持ちます。
「よし……!行くぞ!!」
カイの言葉と共に、わたしたちは城門から走り出しました。
そんな私たちを、見つめている方がいました。
「女王様……いいのですか?中庭から彼らを見送って」
左大臣が、お母様に声をかけます。
「いいのです…。彼らが再び、このファレスティアに戻ってくることを祈りましょう」
「そうですね」
わたしたちの冒険の旅は…こうして始まったのでした。