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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミスの多いスナイパー

作者: とよくん

「あいつだけはどうしても許せないんだ。実際に娘を持った父親であれば誰でもこの感情は湧き上がってくるはずだ」

薄暗い街灯のポールに背をもたれながら早坂幸希は依頼人である中島昭夫の話を聞いていた。

「あれだけの罪を犯しておきながら執行猶予付きの判決なんて、絶対におかしいだろう?証拠不十分だなんて、あいつが自主する前に証拠隠滅したからに決まっている!警察も裁判所も何をやっているんだ。」

数週間前、新宿区の路上で一七才の少女が男の乗る乗用車に無理矢理乗せられ、拉致された後、性的暴行を受ける事件が起こった。後日、少女は両手両足を縛られた上に目隠しをされ、新宿区の民家の前に捨てられるように横たわっているところを保護された。大きな怪我等はないものの性的暴行を受け身体よりも精神的に大きな傷を残すことになった。数週間経った今も入院している。


所轄の警察本部がすぐに拉致監禁強姦事件として捜査本部を設置したが、数日後に犯人を名乗る男が自首してきた。名前は野口明と言い年齢はは二七才。職業不定。少女を拉致した際に使用した乗用車が、目撃証言と一致したために逮捕、起訴された。拉致監禁強姦罪で懲役十年以上は確実だと思われていたが判決は懲役三年の執行猶予付きだった。確実な証拠が乗用車の目撃証言だけという証拠の不十分さから、裁判所は冤罪の可能性も捨てきれないという事と、自首をしてきたことに反省と更正の余地があるとし、寛大な判決を出した。検察側は即日控訴したが、新しい証拠が出ないことには最高裁まで行ったとしても判決は変わらないだろうという見方が強く警察、検察側は臍を噛む思いだった。被害者の父親である中島昭夫も当然、裁判所の判決には納得していなかった。

「私はもう裁判所に審判を委ねる必要はないと思っている。あなたの手で犯人を地獄へ送って欲しい。これは手付け金だ。」

中島はそう言い現金五十万円の入った封筒を早坂に手渡した。

「二週間後、同時刻にこの同じ場所へ来い。成功報酬の金額を持ってだ。」

そう言い早坂は現金入りの封筒を受け取った。

「ありがとうございます。それと、聞きたいことがあるだが…、私は殺し屋に殺人を依頼したことは初めてなんだが、依頼人である私の事は当然秘密にしてもらえるのだろうね?」

「当然だ。疑っているのならこの話は無かったことにしてくれ。この仕事はお互いの信頼関係で成り立っている。」

「疑った訳ではないんだ、ただ確認したかっただけだ。当然あなたを信用している。よろしく頼むよ。」

「わかったなら、それでいい。で、領収書の宛名は…、」

「え?領収書?」

「あ、いや、何でもない。じゃあ一週間後だ。」

「え?一週間?二週間じゃないのか?」

「そうだ、二週間だ。言葉の綾だ。気にするな!」

そう言い早坂は足早にその場を立ち去った。早足になったのは気まずくなった訳ではない。ただ早く帰りたかっただけだ。殺し屋としてのスタートラインに立った記念すべき夜を一人噛みしめたいからだ。



「早坂、何度言ったらわかるんだ!こんなミス小学生でもしないぞ!」

早坂は上司である森田晴彦のデスクの前で直立不動の立ちすくんでいた。

「すみません。ちゃんとチェックして提出したつもりなんですが…。」

「チェックしてこんなミスするなら、チェックの意味がないだろう!すぐに全部やり直せ!」

「はい!すぐに修正します。」

早坂は森田から書類を受け取りすぐに自分のデスクへ向かった。

「くそー、なんなんだよ、森田のヤロー俺ばっかり目の敵にしやがって。」

早坂はブツブツいいながら受け取った書類の修正を始めた。

早坂の本業は普通の、いや、普通以下のサラリーマンだ。大学卒業後、OA機器の設計販売を手掛ける中堅メーカーに営業として入社し早五年が経過した。部署内の営業成績では常に最下位をキープし部署長である森田にことある度に小言を吐かれている。どこの会社や組織にもいる、要領の悪い人間、いわゆる仕事のできないサラリーマンだ。だが、その裏の顔は殺し屋だ。と言っても最近開業したばかりの新人殺し屋である。殺し屋をやろうと思ったきっかけはたまたまテレビで放送していた。映画の主人公である殺し屋に憧れ、殺し屋稼業を始めた。ただそれだけの理由だ。そう簡単に殺し屋になれるはずはないが、早坂の行動力は目を見張るものがあり、匿名の携帯電話や自分名義でない銀行口座など裏稼業に必要なアイテム数日で入手した。肝心な顧客はネットなどを使い募集した。当初はイタズラも多かったが、ついに本物の依頼人、中島昭夫と接見することができ早坂のテンションは最高潮に達している。こんな会社いつ辞めてもいいとさえ思っている。


オフィスの窓から西新宿の高層ビル群の夜景が見える。退社時間の十七時はもうとっくに過ぎている。早坂は森田に指示された仕事をまだ終わらせる事ができずにデスクの前で、悶々としている。

「販売促進のアイデア出せって言われてもなー。」

森田に営業成績の改善を促され、明日までにどうやれば顧客が満足して商品を購入してくれるか、いい案を考えて提出しろと命令された。

「そうだ!うちの商品をお買い上げのお客様にもう一つ同じ商品をサービスするのはどうだろう?」

テレビの通販のようなアイデアを思い付いたらしい。早坂の強みは一度思い込んだらそれ以外にないと決心する所だ。心決めたところへ一直線で進んでいく。周りは全く見えない。それは強みと言うより弱みと言うかもしれないが。早坂がこの販促案を森田に提出すれば小一時間程、説教を受けるのは目に見えていた。


時計の針はもう二十一時を回っていた。オフィスには早坂一人しかいない。もうそろそろ帰ろうかと言うときに近くで携帯電話が鳴った。初期設定のプルルルという味気ない着信音だったので早坂は自分の携帯電話ではないと思い無視していた。聞き慣れない携帯電話の着信音が鳴り続けている。

「ったく、誰だよ、ケイタイ忘れていったバカは。」

携帯電話の鳴る方を見たら自分のバッグから鳴っていることに気付いた。

「あ、おれのケイタイか!」早坂は慌ててバッグから携帯電話を取りだした。裏家業用に匿名の携帯電話を購入したことを忘れていたようだ。ケイタイを忘れていったバカは判明したようだ。

「もしもし、早坂だ。どうした?」

電話の相手は中島だった。

「急に電話してしまってすまない。仕事の進捗状況をが気になってしまってついつい電話してしまった。」

「言ったはずだ、仕事は全て俺のペースで進めさせてもらう。お前は指定した期日に指定した場所にくるだけでいい。二度と無駄な連絡をよこすな。」

「わかりました。では明日約束の場所で…、」

中島はまだ話の途中だったが早坂は電話を切った。早坂は携帯電話を持ったままオフィスの窓に向かい外の高層ビルを眺めた。

「やべーな、すっかり忘れてたわ…。」

見慣れた高層ビル群の夜景だが今日の夜景はやたらと目に染みる。


―東京高裁― 主文 検察の控訴を却下し一審通りの判決とする。


大方の予想通り一審の判決は覆らず野口の少女誘拐拉致強姦事件は結審した。新しい証拠でも出ない限り一審の判決は覆ることは難しい。早坂は裁判所で直接公判を傍聴していた。多分検察側も諦め上告はしないだろうと早坂は判断した。となると野口は今日中にでも釈放となる。裁判所を出たところを尾行し隙があれば速やかに仕事を決行しようという考えだ。裁判所の前で野口が出てくるところ車内で待ち伏せることにした。会社には外回りに行くという体なので営業車で来ている。助手席には黒い革張りの物々しいアタッシュケースが置いてある。今日の仕事はこのアタッシュケース一つでカタが付く。そうこうしているうちに裁判所から野口と担当弁護士が談笑しながら歩いてきた。早坂の予想通り検察側も上告は一旦見送ったようだ。二人はタクシーを拾いどこかへ向かった。タクシーを見失わないよう早坂も営業車を走らせた。平日の昼間と言うこともあり道は空いていた。三十分程走った後、渋谷のビル群の一角である雑居ビルの手前でタクシーは停車した。二人はタクシーを降り目の前の雑居ビルの中へと入っていった。早坂も車を停め二人の後を追い雑居ビルの中へと入っていく。


新しくも古くもない、周りのビルと比べたら多少は小ぎれいに見える六階立てのビルだった。ビル内に入っている企業名の書いてあるプレートが目に付いた。ワンフロアに三、四社ほどの企業が入っているようだ。二人が向かったのは多分この「グリーン弁護士会事務所」であろう。最上階の六階を全てこの「グリーン弁護士会事務所」が占めているようだ。「あの二人以外にも誰かいる可能性があるな…」早坂はそうつぶやきながら二人の後を追った。二人はエレベーターに乗り上階へと向かった。事務所のある六階へ向かったのだろうが、このまま自分もエレベーターに乗り六階へ向かったら誰かに見られる可能性がある。ビル前で待ち伏せて事を済ませようと考えたがビル前の道路にはそこそこ人通りがあり、スムーズに仕事が進む状況ではなさそうだ。早坂は一旦ビルの外へ出て辺りを見回した。同じようなビルが四方を囲むように聳え立っている。



早坂は例の黒いアタッシュケースを開け丁寧に狙撃用のライフル銃を組み立てていく。地上では感じる事のなかった風が屋上では顔を撫でるように吹いている。緊張感で全身が敏感になっているだけなのかもしれないが。どちらにせよスナイプに影響のある程の風と言うことはない。隣接するビルの屋上からターゲットを狙撃する、早坂の下した判断だ。幸運にも野口と弁護士がパーティーションで仕切られた一室で談笑している様子が窓ガラス越しに見える。距離的には三十数メートルと言ったところか。この距離ならまず外すことはない。早坂は最後のパーツを取り付けライフル銃を完成させた。そして弾丸を二発弾倉へ押し込めた。一発で仕留める自信はあるが万が一と言うこともある。常に先回りして作業を進める。どんな仕事にも共通する事柄だ。安全装置を外しスコープ越しに野口を見る。野口は弁護士との会話に集中しておりこちらに気付く様子もない。スコープの十字線が野口のこめかみ辺りに重なる。早坂は引き金を引いた。

プルルルー、パン――

引き金を引いたと同時に胸ポケットに入れていた携帯電話が鳴り出した。早坂の撃った弾丸は見事に頭部へ命中した。弁護士の頭部へ…。突然の着信音に早坂の手元が狂ってしまったようだ。

「うゎー、やべぇ!!」早坂は慌ててスコープを野口に合わせた。野口は目の前で起きている事をまだ把握できずに唯々呆然としている。早坂は迷わずに引き金を引いた。赤い飛沫が飛び散り、野口の頭部が赤く染まった。コピー機のインクカートリッジから赤いインクが噴き出し、野口の顔面を真っ赤に染めた。どうやら弾丸は野口には当らず後ろのコピー機に命中したようだ。二発目も外してしまった。早坂の胸ポケットで携帯電話が鳴り続けている。携帯電話の液晶画面には森田部長と表示されている。早坂は茫然自失のまま応答ボタンを押した。

「早坂!お前はどこでサボっているんだ!ちゃんと仕事しているんだろうな!?」

「はい、安心してください。いろいろな意味でもう終わりました。」



翌日の朝刊紙


『弁護士射殺。真昼の惨劇』

昨日未明、グリーン弁護士会事務所所属の大橋豊さん(四十六)が勤務先である渋谷区の事務所内で何者かに頭部を銃撃された。同事務所の従業員が救急車を呼び病院へ搬送されたが出血多量のため即死状態だった。所轄の警察署に捜査本部が置かれ直ちに捜査を開始し、犯人の行方を追っている―


早坂はため息と共に新聞を閉じ投げ捨てるように机の上に置いた。

「あの距離で外すなんてなー、やっぱ、ちゃんと練習しないと当らないもんだな…。」

早坂は誰に言うでもなく独り言を呟いた。彼の言うとおり早坂はライフル銃を手に入れたものの実際に撃ったのは昨日が初めてだ。練習しようと思っていたが、それすらも忘れていたようだ。ぶっつけ本番でなんとかなるだろう、それが早坂の出した答えだった。結果はなんとかなるどころではなかったが…。

「まぁ、今回は仕方ない。また次回がんばろう。今回のミッションはこれで終わりだな…、あっ、中島になんて言えばいいんだ…、めんどくせーな、もうブッチしてやろ。」

早坂は仕事用の携帯電話を鞄の奥底へと入れた。燃えないゴミの日は水曜か、と呟きながら。


数日後の朝刊紙


『少女拉致監禁強姦事件、被告の担当弁護士が関与』

某月某日に起きた少女拉致監禁強姦事件の判決が先日出たばかりだが、被告である野口明から衝撃な事実が告白された。「大橋弁護士にこの事件の容疑者となって出頭して欲しいと頼まれた。数週間の拘束後、執行猶予付きの判決ですぐにシャバに戻ってこれる。当然それなりの謝礼は用意している、と頼まれた。」野口は捜査員にそう話したと言う。その担当弁護士は先日弁護士射殺事件の被害者である大橋豊氏だ。捜査員は野口の証言の裏付けを取るために大橋容疑者の自宅を家宅捜査したところ、大橋容疑者本人が被害者少女に乱暴している映像を発見した。さらにその被害女性以外の女性にも大橋容疑者が乱暴している映像も発見し余罪があると見て捜査をしている。大橋容疑者が射殺された弁護士射殺事件との因果関係があるとみて引き続き二つの事件を捜査していく。


早坂は普段通り出勤しネットサーフィンに興じていた。今回の任務遂行失敗を早く忘れたく新聞、ニュースなどの情報を一切遮断している。当然、少女拉致監禁強姦事件の新たな展開を知る由もない。

「『ライフル初心者教室』じゃ全然でてこないな…。どっかにいい練習場ないかなー。」

ゴルフの打ちっ放し練習場を探す感覚でライフル射撃場を探しているようだ。

「早坂、ちょっと来い。」

いつも通りのオフィスに早坂を呼ぶ森田の声が響く。ただ、いつもとちょっと声色が違う。早坂は森田のデスクまで急ぎ足で向かった。

「何でしょう、森田部長」

「早坂、よくやった!お前が営業に行ったお客さんから連絡があってな、コピー機を一台入れ替えしたいそうだ。やればできるじゃないか、これからもこの調子でがんばれよ!」

早坂はドヤ顔で森田と談笑している。早坂の営業が功を奏したのも当然だろう。コピー機が壊れた会社へ営業に行ったのだから。


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