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強くなりたい

 


 ただがむしゃらになって、足を進める。

 密接していた木々により辺りは暗くなっていたが、森の深淵から抜け出したらしく、明るくなってきた。


「ロイド大丈夫?」


 後ろから追いついてきたルティは心配そうに声をかける。


「なんとか平気だ。それより、もうあいつは追ってこないのか?」


 ソフィール・トロワ・デュオナル。長く美しい白髪の青年。先ほどのルティとのやりとりを見る通り、彼は相当の実力を持っている。すぐに追い付かれてしまうのではないのだろうか?


 そんなロイドの心配をよそに、ルティは「ああ、そのことか…」と、すでに気にかけてすらいなかった。


「大丈夫。きっとロン毛のおにーさんは追ってこないよ。確かに狙いは僕達だったらしいけど、それ以上に騒ぎを起こしたくなかったと思う」

「そうなのか……?」

「だって、わざわざ森の奥深くまで僕達を呼んだんだよ?他の人の救援を避けるためじゃん。今回の場合はフィリアン騎士団!」

「そうなのかもしれないが、森の奥深くなら騎士団が来る前に俺らを捕まえることだって簡単だろう?」

 いくらフィリアン騎士団が戦闘に長けた者達であろうとも、索敵も優れているわけではない。

 ロイド達が騎士団と合流できるのも時間がかかるはずた。


 しかし、ソフィールは追ってこなかった。

 なぜだ?


「ルティちゃん、ロイド!よかった!ここにいたのね…!」


 その時、シャルーナ、その後ろにはフィリアン騎士団の騎士達がロイド達の前に現れた。


「シャ、シャルーナ。よく見つけたな。もっと時間がかかるとおもってたぞ」


 ルティとロイドは走る足を止めシャルーナ達に近づく。


 正直、この広い森の中で自分達を見つけるには半日かかると思ってた。

 だが、実際、数分もしないうちに合流できた。偶然だろうか?

 確かに、もし、こう早く合流できていたのなら、ソフィールは追ってこないだろう。


「いや、それでもまだ遅い方わよ。ほんと、ルティちゃんの合図のおかげで気づいたわ……」

「合図?」


 そんなことをルティはしていただろうか?

 合図のようなもの。どこにいるかも分からない、シャルーナ達に向けての。


「あっ、あの魔法か!?」

「そうだよ。やっと気づいたの?」

 ルティが使った魔法、テンペスト。まだ、きっと完成形ではないのか、その魔法から放たれる竜巻は細く弱々しかった。ただし、それは異様に高い竜巻だった。

「もしかして、あの魔法、わざと高いものにしていたのか?」

「うん。でもそのせいで威力は落ちちゃったけどね」

 あの時、ルティが魔法を使ったのは相手を脅すためでもなく、新たな一撃を与えるのではなく、自分達の位置をフィリアン騎士団に伝えるためのものだったのだ。


「おまえ、やっぱりすごいな。てっきり普通に戦っているんだと思ってた」

「すごくはないよ。それしか思いつかなかったんだ。今の僕では正々堂々とあいつには勝てない」

「まぁ、確かに強かったな。一撃しか与える余裕がなかったしな……」

「…………えっ?ロイド、何言ってるの?誰が?誰に?一撃を?」


 素直にルティの作戦に感嘆し、共感したロイドの言葉にルティは噛み付いた。


「いや、俺があの白髪の男に一撃を………イッテェ!!!!!!ちょっ、ルティ何しやがる!左手思い切り握るな!傷が広がる!!!」

「うるさいうるさいうるさい!!何だよ!僕が必死こいて一撃も与えられなかったのに、さらっと言いやがって!!」


 ルティは先ほどの戦闘でロイドが受けた傷、左手を強く、若干爪を立てながら手を握る。ロイドが手を抜こうとすればするほど爪が傷口に食い込むので尚更タチが悪い。


「はいはい!二人とも喧嘩はまた後で!とりあえず治療よ!ロイド、まず背中に乗せてあるトールを下ろしなさい!」


 これ以上埒があかないと判断したシャルーナが二人の間に割って入って止める。


「まったく、あなた達、一応まだ敵が近くにいるかもしれないのよ。気を抜いてどうするの。って、トール鼻血が酷いわね」

「トールは特に大きな怪我は無さそうだよな?誰かさんが踏みつけた頭以外は」

「はいはい、僕が踏みつけましたよ!」

「こら!また喧嘩始めない!それより負担はあなた達の方があるわよ!ロイド、まず左手見せなさい!」

 ぐいっとロイドの左手を手に取る。シャルーナは小さな小型のナイフを自分の親指に当て切りつける。そして、血をロイドの左手の傷口に垂らし、短く詠唱する。


『血よ、血よ、そなたの祝福をもってその不浄を消し、塞ぎたまえ』


 スッと、ロイドの左手の傷口から泥などの汚れが消え、うっすらではあるが、皮膚が出来上がり傷口を塞ぐ。

「はい!簡単に応急処置はしておいたから、これ以上悪化することはないわ。一通り片付いたら、後でしっかりと治療はするわよ」

「あ、ありがとうございます……」

 先ほどから訴えてた左手の痛みは収まる。一見簡単そうな動作ではあるが、この一瞬で汚れ一つなく傷口を塞ぐシャルーナの技術にあらためて舌を巻く。その実力を目の当たりにして、無意識のうちにロイドは敬語になる。


「そして、ルティちゃん!平気そうな顔をしているけど、私の目は誤魔化せないわよ。あなた相当魔力を消費して、立っているのもフラフラでしょ!」

「っ!そんなことないよ!」

「見栄を張らないの!魔法使い慣れていないと、魔力量も疲労も激しいのよ。無理すると身体に響くわよ」


 そう言って、シャルーナは無理矢理ルティを引き寄せて座らせる。


「魔力を回復させるのは精神力、体力、時間の問題だから、休むしかないけれど、こうすれば少し気が楽になるわよ」

 シャルーナの手から淡い青色の光が放ち、ルティの身体を包む。

 身体全身に感じていた重みがなくなり、全身から力が抜けた感覚に囚われるが、心地が良い。

 自分の疲労がバレるのが嫌で渋々ではあったが、まあ、結果オーライだろうか。

「ほんとだ……ありがとうシャルーナ。これでもう少しは頑張れ…ひゃあ!」

 本当に力が抜けてしまった。聞いている自分でも恥ずかしくなるような可愛らしい声を上げ、へたりとルティは座り込んでしまう。

 何度も立とうと挑戦するが、足に力が全然入らずすぐに転んでしまう。これでは、産まれたばかりの小鹿と同じだ。


「シャルーナ、何をしたのぉ……!?」

「あらあら、ルティちゃん。そんな潤んだ瞳で睨まないで、ぞくぞくしちゃうじゃない」

「変態が……」

「何か言った、ロイド?」

「ナンデモアリマセン」


 目を細めニタリと笑う姿は獲物を見つけたハイエナのよう。その視線にルティはぞくっと背筋を凍らせる。

「こうでもしないとまたルティちゃんは無理しちゃうでしょ。言っても聞かない子なんだから」

「でっ、でも!それじゃあ、動けなくて戻れないじゃん!」

「そうよね〜。ルティちゃん、今一人じゃ動けないものね〜。せっかくのチャンス、本当なら私が抵抗できないルティちゃんの身体をくまなく調べることはできるけど、あいにくまだ仕事が残っているしね〜」

 シャルーナは自分の言葉を聞いて青白い表情を浮かべるルティを見て満足しつつ、ロイドの肩に手を置く。

「騎士さん達は敵の追跡、周辺調査。私はトールが怪我以外に何かやられてないか大がかりな検査をしなきゃだから、ロイドにルティちゃんを任せちゃってもいいかしら?」

「俺ですか?」

 ルティを背負う分なら特に問題はない。ルティはトールよりも重くはないだろうし、むしろ先ほどよりも軽くなっていいだろう。だが、そういう問題ではない。

 ルティは女なのだ。

 背負うとなると、しかも力が全然入らない状態のルティであると、否が応でも体は密着するだろう。

 耐えられるか?


 そう迷って返答に困っているロイドにシャルーナは小さく耳打ちする。

「もし、断るようだったら他の若い騎士さんに頼もうかしら〜。でも、彼らもまだルティちゃんが女と知らないから、もしこれで分かったらさぞ喜ぶわよ〜」

「ったく、しょうがないな。ルティ運んでやる」

 シャルーナの話しが終わるや否や、人が変わったようにやる気満々、というより必死になるロイド。その姿を見て、シャルーナはケラケラと笑う。


「何?ロイド、シャルーナに何か吹き込まれたの?」

「な、なんもないぞ。それよりも乗るのか?乗らないのか?乗らないならシャルーナに任せるぞ」

「ちょっと待って!それは僕の身がどうなってもいいわけ!?さっきのシャルーナの顔見たでしょ!」

「見た見た。見てるこっちも背筋が凍った。それならまだ俺の方がマシだろ?」

「くっ……!わかったよ」

「ねえ、あなた達、私のことさりげなく酷いこと言ってないかしら?」


 シャルーナのことは無視しつつ、ロイドは渋々ながらも自分の背に乗ったルティを負い、立ち上がる。


「うわっ!ロイド身長たっか!見える世界が全然違うんだけど!!」

 ルティは女子の中ではまあまあ高い方ではあるが、ロイドは同世代の中ではダントツで高い。流石のルティも我を忘れ、今自分の目の前に広がる世界に喜びを噛みしめる。


「皆さん、助けていただきありがとうございました。後はお願いします」

 ロイドはシャルーナ達に一礼し、後は任せる。

 力強く頷く騎士達が何とも心強い。

 そして、ロイドは屋敷に向けて足を動かす。


 少し経ってからだろうか?

 ルティとロイドが二人きりになった時、ロイドは自分の肩が、ルティにギュッと掴まれているのに気づいた。

「ねえ、ロイド。めちゃくちゃ強かったね」

 強かった。というのは、白髪の司祭との戦いのことを指しているのだろう。

「ああ」

 ロイドは直接剣を交えることはなかったが、見ているだけでも痛いほど分かった。


 彼と自分達の実力差が。


 それが堪らなく悔しかった。

「僕、一撃すら与えることができなかった。どんな手を使っても無理だった」

「でも、こうやって無事に帰ることができたじゃないか」

「そうだけど、そうだけど……!」

 絞り出すように、懺悔するようにルティは言葉を吐き出す。その言葉の影には怒りがあった。自分自身に対する怒りが。

「僕は最初から、その時点から、諦めてたんだ…!闘うことすら放棄したんだ……!」

 ソフィールと剣を交えた時、それだけで、自分の弱さを突きつけられた。

 その弱さに自分は逃げてしまった。

「気どった顔して、余裕な顔して、ずっとずっと逃げることしか考えてなかった!ロイドは諦めてなかったのに!」

 ああ、だからか。それでロイドは納得する。

 だからロイドがソフィールに一撃を与えたと聞いた時、ルティはあれほど困惑した表情を浮かべていたのだろう。

「俺が攻撃を与えられたのは、お前が散々相手の気をまぎわらせてくれたおかげだよ。それにーーー」

 一息ついてロイドはありったけの思いも言葉に込める。

「ルティ、お前は闘うのを放棄したんじゃなくて、生き残るのを優先したんだ。おかげで俺達は無事だった。だから、ありがとうな」

「……何か、ロイドのくせに生意気。でも、ありがとう」

 肩を掴んでいた手の力が弱まる。それと同時に寝息が聞こえた。緊張の糸が切れたのだろう。

「ったく、まだ着いてなのに寝やがって……。けど、俺もまだまだだな」

 こうもすぐに寝てしまうということは、それほど疲れていたのだろう。今はこう寝ているからよかったものの、シャルーナの指摘がなければ、ロイドは気づかないままルティを酷使していただろう。

 そして、今回はルティに助けられてばっかりだった。彼女が魔法を使う羽目になったのも、それで疲労困ぱいになったのも自分達の実力不足のせいでもある。


 だから、強くなりたい。


 誰かに助けてもらう弱さよりも、誰かを守る強さがほしい。


「あっ………思い出した」


 前にもロイドは圧倒的強い相手に歯が立たなくて、悔しい思いをしたことがある。

 まだ五歳にも満たない幼い時、初めて剣を握った時、初めて父から剣を貰った時。

 小さい子供が持つにはあまりに大きくて、重くて、ずりずりと引きずっていた。

 剣を持った時、自分は世界で一番強いとさえ錯覚した。

 そして、父に挑んだ。

 結果は明白だった。

 父の一振りで自分の剣は吹っ飛んでいった。

『いいか、ロイド。剣は傷つけるものじゃない。守るものだ』

 父は膝をついて自分の視線合わせて、じっと自分を見て話しかける。

『納得してない顔だな。そうだな、剣は己の誇りを傷つけないためものだ。剣は己自身だ。だから、自分自身の誇りを自分で守るんだ』

 いつも無口な父がこんなに話しているのは不思議な感じだった。

『じゃあ、なにをまもるの?』

 幼い時の自分は聞いたんだ。きっとそこに父の強さがある気がした。


『自分が愛する人だ』


 目が鋭く、強面で、恐れられている父ではあるが、その時は優しい顔をしていた。

『好きな奴の思いも、誇りも、己という剣で守るんだ』

 それが、騎士としての父。ロイドの憧れの存在。

『まだ、おれはすきなこいないよ』

 そんな自分の答えに父は苦笑いしていた。

『まだいないのか。じゃあ、そうだな……。好きな子ができるまではこの言葉を覚えとけ。

 男の子は女の子を泣かせるな。女の子の笑顔を守れ』


 それが父から貰った最後の言葉だった。


 その後すぐに、父は行方不明になった。理由は分からない。でも、父はそれ以降、ロイドの目の前には現れなくなった。



「なんで、こんな大切なこと忘れてたんだろうな……」

 確かに覚えていたはずなのに、心に刻んでいたはずなのに、忘れてしまってた。泣かせてしまってた。

 でも、思い出した。もう、同じ過ちを犯したくない。


 だから、強くなろう。

 もう一度父の言葉を胸に刻んで、剣を握ろう。


「まずはこいつの笑顔を守ることから始めてみるか」


 思い人ができるその日まで。

 ロイドは自分の背中で寝息を立てている女の子をチラリと見て笑った。


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