抗う見習い騎士
今思うと、これは初めての実践なのではないだろうか?
無論、真剣の交えての決闘はしたことはある。しかし、命をかけた戦いというのは無かった。
「まあ、でもこんな初めての戦いがこんなに不利なのは俺ぐらいしかいないんじゃないのか?」
相手は二人、しかも真剣。それに控え、自分は木刀とトールの安全確保。
「ルティの奴、相手に夢中になりすぎてトールのこと忘れているだろ……」
四方八方からくる攻撃に避けるだけではない。剣の軌道によってはトールに当たらないために受け止めなければいけない。
リスクを伴うが、やるしかない。
ロイドはルティほど奇想天外な動きを作戦を考えるほど柔軟ではない。
騎士だからこそ真っ直ぐに、愚かだからこそ自己犠牲でしか自分の戦いを見出せない。
ロイドは相手が振りかざした剣を素手で受け止める。
「っ!痛っ!」
刃が手に食い込みぼたぼたと血が流れ出る。ここまで馬鹿正直に剣をつかんだのは初めてだ。想像以上に手は痛みを訴え、ロイドを苦しめる。だが、これで一人の動きは止められた。
後方からもう一人が斬りかかってきた。しかし、木刀で一掃。そして、剣を止められ硬直してた相手の顎を思い切り蹴り飛ばし気絶させた。
ひとまずこれで無事終了だろう。じんじんと痛む左手を服を引きちぎった布で抑えながらルティに目をやる。
「おい、ルティ!こっちは終わった……ぞ」
ロイドは言葉を失った。自分の目を疑った。
ロイドの視線の先にはボロボロになったルティが地面に伏していた。
「ルティ!?大丈夫か!?」
「来るな!!」
ルティの怒鳴り声がロイドの動きを止める。駆け寄りたい気持ちがあるが、ルティのはそれを良しとはしない。
よろめきながらもルティは立ち上がり、剣を構える。
「ロン毛のおにーさん、強いね。僕、驚いちゃったよ」
危機的状況にも関わらずルティは爽やかな笑みを浮かべる。
「だから、奥の手を使わせてもらうね」
ロイドはルティに異変が生じているのを感じた。ルティの周りに落ちていた木の葉が不自然に中を舞い始めたのだ。
それだけじゃない。緑色の淡い螺旋状の光が表れ始めた。この奇怪な現象をロイドは知っている。
「魔法だ」
それも攻撃魔法。幾度となくシャルーナによる治癒魔法を見てきたが、攻撃魔法は片手で数えられるほどしか見たことがない。
今までずっとここでは剣術しか学んでいなかったロイドには魔法の使い方を知らない。いや、ルティもロイドと同じ立場なはずなのになぜ彼女は使えるのだろうか?
『今日も気まぐれな風の精霊。シルフよシルフ、君の歌声を聴かせてよ。風が踊る、荒れ狂う。さあ、始めよう風の舞踏会ーーーー最果ての竜巻』
螺旋状の光が重なり合い、一つの魔法陣が完成する。
そこから一本の竜巻が吹き荒れる。まだまだ未熟なのか、か細い竜巻ではあるが、森の木々を超えるほど、高く高く進んでいく。
「ほう、素晴らしい。魔法も使えるんですね」
ソフィールは目の前の現象に感嘆する。彼はルティに対し、慈愛の目から好奇の目に変わっていく。分析するような、全てを見透かされているような、そんな違和感にルティはとらわれる。
「くそっ、せっかく魔法使ったのに相手が全然動揺していないじゃん!ロイドが動揺してるだけじゃん!」
「それはしょうがないだろう!!てか、ルティ、お前はいつ魔法なんか使えるようになってたんだ!?」
「それは秘密だよっ!」
そしてルティ空高く伸ばしていた手を、魔法陣を、今度はソフィールに向けようとする。
「ルティ君、残念ながらそんな小細工で私は倒せませんよ」
「うん。悔しいけど、そこはわかってるつもり」
「ただ私に向けるだけじゃ何も変わりませんよ。さあ、君は次に何をするんだい?」
ソフィールの問いかけにルティは不敵に笑う。これから何かやらかすような大胆な笑み。
ロイドはその姿を見て抑えられないほどの胸の高まりを感じた。この高まりは初めての玩具を手にした時の、未知の場所に冒険する少年気持ちと同じだ。
ルティは、ルティの戦いは見ている者の心を踊らせる。
チラッ。ルティがロイドに視線を送る。そして、小さく口を動かす。
逃げろ。
そのメッセージに戸惑いながらも、ロイドは頷き体制を整える。
「それじゃあ、僕はこうするよっ!」
ロイドが地を蹴るのと同時にルティは魔法陣を、小さな竜巻を、思い切り下に叩きつけた。
木の葉が全てを舞い上がる。地面が削れ、土埃が視界を奪う。
辺り一面が木の葉と土埃でルティとロイドの姿を隠す。
これでソフィールはルティ達を見失うことにーーーいや、実際、ソフィールの実力ならすぐに見つけることができるだろう。
しかし、時間があればの話だが。
「なるほど。これは一本取られましたね。まんまと嵌められてしまいました」
ソフィールは純粋な戦闘においては勝っていただろう。それこそどんな手を使ってでも。それは勝ち負けでの話。
目的を果たす上での戦略ではルティのが一枚上手だった。
ルティは鼻から勝負することを諦めていた。最初の一手で剣を交えた時、勝てないと確信してしまった。
だからこそ、ルティはいかにして上手く逃げられるかに目的を変えたのだ。
そもそもソフィールとルティで闘う土壌が違ったのだ。
「ルティ君、ますます君のことが気になってきましたね」
ソフィールは懐に入れてあったロザリオを手に取り、口づけをする。
そして、気づいた。
自分の頬から血が滴りロザリオに落ちたことに。
触ると、少しではあるが頬からが切れていた。気づかぬうちに一撃を食らっていたのだろう。
彼は“痛覚”がない。
自分が攻撃される瞬間を見ない限り、攻撃されたとは気づかない。だが、ルティを見ていたが、一撃も当たった覚えがない。
では、誰が?
「ロイド君か……」
実直な青年はギリギリまで闘うことを諦めていなかったのだろう。
「ハハッ」
思わず笑みがこぼれる。これほどまでに興味をそそられる青年たちは初めてだ。
「ああ……聖母フレアよ。見つけました。見つけましたよ。新たな名を授かるにふさわしい者達を。紅姫を見つけ、守るふさわしい騎士達を」
ポタッポタッ。頬から雫が落ちる。血だけではない。透き通った涙。
その涙は喜びの涙。希望の涙。
「待っていてください、紅姫。貴女の騎士を見つけました。もうそろそろです。もうそろそろで貴女に会えそうです」
まだ知らぬ、まだ見ぬ相手にソフィールは愛おしげに話す。
「では、その前にこれらを捧げてから行きましょう」
ソフィールは振り返る。その目線の先にはロイドによって気絶させられた白いフードの男達。
「聖母フレアの導きに救いの道があらんことを」
そうして、一人一人の心臓に小さなロザリオを突き刺した。