和解
ルティは森の奥、光も差し込まないほど生い茂っている木々の中、ひたすら剣を振っていた。
いや、舞っているという方が正しいだろう。
その動きは芸術だった。
剣は鋭く優雅に風をきる。
風圧で木の葉がひらひらと宙を舞う。
だが、そこには乱れがあった。
一つ一つの動きは洗礼されたものであったが、一心不乱に風を起こし木の葉を困らせた。
「ふぅ………」
手を止め、深呼吸をする。
今はただ落ち着きたかった。
木々の影が、暗闇がルティにとっては心地よかった。嫌なことを遮断してくれるような感じがした。
『女だって知らなかったから……』
ロイドの言葉がべっとりとルティの耳に残って離れない。
「何が女だ……」
忌まわしく自分の性別を呪う。今まで、こんなにも女であることに不自由だとは思わなかった。誰もが自分に対し平等に扱ってくれてたからだ。
けど、それはただの幻想に過ぎなかったのだ。
一番心を許していた親友は一瞬にして態度を変えたのだ。
シャルーナを除き誰もが自分を男だと勘違いしていた事実も衝撃的だったが、ロイドが自分に対する態度の変化の方がショックは大きかった。
いつも一緒にいるロイドなら、自分のことを一番に理解してくれるロイドなら、いつも通り接してくれると思っていたからだ。
そして、二人でなろうと約束した憲兵団のことを話した時、彼は気まづそうに目を逸らしたのだ。
自分の瞳から涙が溢れているのがわかる。止めようにも止められない。
久しぶりにこんなにも泣いたと思う。
出発は明日。
どんな事があっても行くつもりだ。
瞼を閉じてルティは思い出す。勇敢に戦う、誇り高き騎士を。
ルティは遠い昔、憲兵団に会ったことがある。
自分が何者かによって殺されると思ったとき、彼は颯爽と現れたのだ。
ロイドは憲兵団は皇族のための騎士団だと言っていたが、民間人であるルティを助けたのは間違いなく憲兵団だった。
彼は憲兵団の証である王家の紋章が刻まれたローズレッドのマントをボロボロになったルティに被せ、全力で助けてくれたのだ。
その時から憲兵団はルティにとっての夢となったのだ。
ロイドと共に目指すことができなくなっても、自分だけは諦めるつもりはない。
あらためて決意し、目を開ける。
相変わらず周りは暗い。だが、風が木々を揺らし光が差し込み始める。
「そろそろ行こう」
たぶん次にここに来るのはしばらく後になるだろう。そのときは自分は立派な騎士になっているだろうか?夢を叶えているだろうか?
帰ろうと振り返ったとき、突如林の影から誰かがルティの前に現れた。
◆◇◆◇◆◇◆
ロイドはルティの部屋の前にいた。
中からは明日の準備をしているであろう音がする。
彼女はまだ怒っているのだろうか?
緊張で鼓動が早くなるのを抑え、深呼吸する。
「いつも通り、いつも通り接するんだ」
自分に言い聞かせて、いざ入ろうとロイドはノックする。
「ルティ、ちょっといいがぁっ!???」
最後まで言い終わらずにドアは勢いよく開き、ロイドの顔面に直撃する。
「あら?なんだ、ロイドじゃない。なんでここにいるよの??」
「それはこっちのセリフですシャルーナさん」
しかし、開けた人物はルティではなくシャルーナ。
額と鼻に強い痛みを感じながらジロリとシャルーナに睨みつける。
「ルティに用事あるんですけど、どこにいるか分かりますか?」
「私はずっとルティちゃんの部屋をあさって………片付けの手伝いをしていたけれど、朝食前からずっと来なかったわよ」
「言い換えても遅いですよ、あさってたんですね。どこかルティが行きそうなところとか心当たりありますか?」
犯罪まがいの行動に若干引きつつ、ルティの行きそうなところを考える。
「さあ?私より貴方の方が知っているんじゃないかしら?だって、今までずっと一緒だったんでしょ?」
棘のある返答にロイドは全てを見透かされているような錯覚におそわれる。
シャルーナはロイドの対応を責めているのだろう。
シャルーナがルティに対する思い入れは尋常じゃない。前まではルティを自分のパートナーにしたいのではと思っていたが、性別を知った後だとよりその行動がわからなくなった。
姉妹のような関係と思っているのだろうか?でも、自己中心的なシャルーナが‘女’であるルティにそこまでするだろうか?
実際、ロイドはシャルーナのことをまったくもって知らない。知っていることは性格の悪い、凄腕の医療魔術師ということぐらいだ。
しかし、今ロイドがやるべきことはシャルーナに反論することではない。
シャルーナの指摘をぐっと飲み込み、思い当たる場所を口にする。
「森か、医務室ですかね」
「なら、森じゃない?私は今は医務室じゃなくて、ここにいるし」
シッシッと手で払い、出てけとシャルーナは合図する。
不本意ながらもシャルーナの言葉には一理あるため去ろうとするが、ふとある事を思い出し、問いかける。
「そう言えば今日、教会の人達が来てましたけど、新しい教会ができたんですか?」
「は?新しい教会??そんなの聞いてないんだけど」
「いや、見覚えのないロザリオだったので」
すっとシャルーナの目が細くなる。手を顎に当て、思考し始める。
「新しい教会なんて滅多にできないし、そもそも教会が来る時は私にまで連絡来るはずよ」
「そうなんですか?」
「あやしいわね、どんなロザリオだったか覚えている?」
そう言われ、ロイドは記憶を探る。フードを深くかぶっていた人達と一人だけ顔を出し、一つ一つの動作が優雅であった男性。そして彼らが身に付けていた初めて見るタイプのロザリオ。
「普通の十字架と違って、なんか、フィニックス自体が十字架のような形になっていてるだけのシンプルなものでしたね。でも、今更ですが、あれって十字架を意味しているんですかね?ただそういうネックレスとかのような気がしてきました………ど、どうしたんですか、シャルーナさん?」
ロイドは心配そうにシャルーナの覗き込む。彼女は目を大きく見開き、顔を真っ青にしていた。
「ねえ、本当にフィニックスが十字架の形になってたの……?」
「は、はい」
「まずいわね、もう何か起きてるかもしれない……。ロイド、訓練生達全員を食堂に集めなさい!私はダーラ男爵に伝えにいくわ!」
「何か問題なんですか!?彼らはいったい??」
「食堂にあつまったとき連絡するわ。森に行ってルティちゃんも早く連れて帰りなさい!」
詳しくは分からないが、何か良くないことが起こっていることは把握した。ロイドはまず自室に行き、トールに訓練生達を集めてもらうように頼み、自分はルティを探しに行こうと考えた。
途中、すれ違う訓練生達には声をかけ食堂に集合と呼びかけてもらう。
しかし、部屋に着いた時にはトールはいなく、代わりに窓際に手紙が置いてあった。十字架型のフィニックスの封蝋でその手紙は閉じられている。
恐る恐る手に取り、そっと封を開け読み始める。
『親愛なるロイド君。
我々は君達のような才能あふれる迷い子を探し、救い出している。君の相棒も我らの仲間となり更生している。もし、君が正常な判断ができるのならば、我々のもとに一人で来て欲しい。君の相棒とともに我々は深淵なる森で君を待っている。』
グシャ。手に力が入り、紙にシワが寄る。文字は歪められ、読みづらくなる。
そこでふと、手紙の端にまだ文字が書いてあったことに気づく。
「フレア教……」
フレア、この国を創ったフィニックスの名前としてロイドには馴染みがあったが、宗教として存在するのは聞いたことがない。
だが、この際このことはどうでもいい。問題は『君の相棒』と表記されているのはルティということだろう。つまり、彼女は誘拐されたのだろうか。
深淵なる森はルティがいつもいる森の奥の奥。滅多なことでは誰も行かない。
シャルーナの緊迫した状況からして、腕の立つフィリアン騎士団が来ると思われるが、いつ来るかわかったもんじゃない。
自分が助けに行くしかない。
そう思った時には体が勝手に動いていた。
部屋にある真剣と先ほどから持っていた木刀の二つを持ち、部屋から飛び出す。
トールには会えなかったが、他の訓練生には伝えたから大丈夫だろう。
「ロイド殿っ!」
屋敷から出ようと、扉の取っ手に手をかけた時ケインの声がロイドを振り向かせる。
「ケインさん」
「何しようとしてるですか!訓練生は食堂に集まってください!」
「今から森の方へ行って、ルティを連れて帰って来ます!」
ロイドは一旦ケインの方へ寄り、ポケットにしまいこんでいたフレア教からの手紙を渡す。
「これは……!?」
「フレア教からのです。とりあえず、俺はルティのところへ行きます。この手紙を読んでどうするかはケインさん達に任せます」
ケインが何かを言う前にロイドは彼から離れ、屋敷を出た。きっと止められると思ったからだ。
幸い、森は屋敷の裏にあるから直ぐにたどり着く。問題なのは森が広いということ。彼らのいう深淵の森はどれくらい奥で、どこにいるかすら特定できない。きっと見つけられずに終わったら、その程度の者として切り捨てられるのだろう。別にロイドとしてもそれで構わないのであるが、ルティが攫われたということになると話しは違う。
全神経を集中させ、人の気配がないか感じ取る。
奥へ進むごとに木々は生い茂り、光がさすのを妨げる。辺りが暗闇に包まれて視覚からの情報は当てにならない。
ヒュン!
ロイドの耳が音をとらえた。風を切るような音。剣か何かを振り回しているのだろう。
誰かがいる。しかし、武器を持っていると思われる。
フレア教の者が待ち伏せしているのだろうか?
音がする方へと距離を縮める。
まだハッキリと顔や姿はわからないが、ぼんやりと見えるそのシルエットの動きは、剣の振る身のこなしは腕の立つ人物だと感じられた。
相手が気付く前にこちらから仕掛けた方がいいだろう。相手の後方に隠れ、息をひそめる。万が一、フレア教と関係ない者だった場合に備えて、真剣ではなく木刀の方を手に取る。
しかし、独り言として呟いた相手の声がロイドの警戒を緩めた。
「そろそろ行こう」
ルティの声だ。女としては少し低く、男としては高い中性的な声。
念のため剣は構えておくが、相手がしっかりと見えるくらいに近づく。
「ロイド!?何でここにいるの……!?」
「ル、ルティだよな……?」
相手が振り返り、顔がロイドの瞳に映る。
間違いなくルティだ。
「何言ってんの?僕にきまってんじゃん」
「そうだよな……そうだよな……!」
緊張が抜け、構えてた剣を下ろし、ポンポンと何度もルティの頭を軽く叩き、ここにいることを実感する。
「え、何?いきなり気持ち悪いんですけど」
「変奴らには会わなかったか?」
「いや、会ってないよ。つか、今度は子供扱いですか?」
流石にこのまま続けているとルティがまた機嫌を損ねそうだったので、ひとまずここまでの経緯を話そうとする。
「お前がブチ切れた後な、フレア教っていう奴らから俺の相棒を誘拐したって手紙できてな」
「ごめん、ちょっと待って。話が飛びすぎてついていけないんだけど」
「ああ、すまん。ちゃんと詳しく言うよ。ルティが訓練場を出た後な、トールが来てさ……」
そこでふと、ロイドは一つ嫌な予感を感じた。
相棒。ルティ。フレア教の男達。そして、トール。
フレア教の男達がロイドとルティが毎朝、自主練習をしているのを知っていたら?
今回はルティは怒って先に出ている。その後に来たトール。ルティを追いかけに行った自分と、訓練場に行こうとしていたフレア教の男達。
トールはルティと勘違いされたのでは?
全身に身の毛がよだつ。
訓練場を出た後、ロイドはルティだけでなくトールにも会ってなかった。
「なあ、ルティ。先に帰っててくれないか?俺、ここで少し用事あるの思い出したわ」
「やだね。ロイド、絶対に何かかくしているでしょ?さっき僕が攫われたかって言う質問に関係あるでしょ」
こういう時だけ彼女の勘の良さに頭が上がらない。
これ以上誤魔化すのは意味がないと思い、重々しく口を開く。
「いや、まあ、な。フレア教って言う怪しい宗教団体がトールを連れ去った可能性があるかもしれないんだ。実際にその事態が起きているかはわからない。だけど、確かめる必要があるからな」
「じゃあ、僕も行くよ」
「は?何いってんだ?」
「だって、話の流れ的に僕と勘違いしてトールが連れて行かれたんでしょ?それなら僕にも責任がある」
「だが、手紙には俺一人で来いって書いてあったぞ」
「そんな怪しい手紙に馬鹿正直に従う必要ある?」
「…………」
ロイドとしては、できればルティを巻き込みたくない。最悪の場合、殺し合いもあるはずだ。
その心情を知ってかしらずか、ルティは追い打ちをかける。
「ロイドは僕をどう見てるの?ただの女として見てるの?それとも同志として見てるの?」
「俺は……」
「心配してるのかもしれないけど、僕は絶対に死なないから。騎士として僕は君に誓うよ」
「ルティ」
ロイドは決める。認めるしかないのだ。受け入れるしかないのだ。
女としての、友としての、騎士としてのルティを全てを。
「お願いだ。トールを助けるために手伝ってくれ」
「もちろん。相棒のお願いだからね」
お互いの手を握る。
同意の、仲直りの握手として、手を握る。
「それと、ルティ。お前がこれを使っててくれないか?」
「真剣を?何で僕が?」
しかし、ロイドは少しだけルティに対して賭けをする。
「いや、最悪、命がけの戦いになるかもしれない。きっと大切な場面、人を殺すとき俺はまた迷うと思う。そんなことしてるんなら、ルティが持っていた方がいい気がするんだ」
半分は嘘。確かにロイドは迷うだろう。でも、木刀より真剣の方が少しでも助かる可能性が上がる。だから、ルティには持っていてほしいのだ。
「そういう理由なら、いいよ。わかった」
ルティはロイドの手元にある剣を持つ。
よかった、うまくいった。
顔には出さないものの、ホッと胸をなでおろす。
「ロイド、そろそろいく?」
「ああ、むろん大丈夫だ」
「へへっ、じゃあ、ひと暴れしていきますか!」
そう言って、ルティとロイドは二人で一歩を踏み出した。
国政や、宗教についてはのちのち説明します!