亀裂
新キャラ登場です!
ロイドの朝は早い。日が顔を出す前に彼の一日が始まる。ルームシェアをしている同期の訓練生が朝食のギリギリまで布団に包まれてる中、ロイドは欠かさずトレーニングをする。
しかし、それは彼だけではない。
一通りのストレッチを部屋で終えた後、訓練場にいくが、そこにはもう先客がいた。
「あ、ロイドおはよー」
ルティだ。彼女もロイドが来るまでに運動してたのだろう首元から汗ちらりちらりと垂れる。
服装はロイドの薄い生地でできた長袖長ズボンと違い、タンクトップと短パンで肌の露出が多い。
別に問題というわけではない。むしろルティはよくこの格好でいる。ロイドも見慣れた格好だ。だが、ルティが女とわかってからは直視できない。
ロイドは目を逸らしながら話をする。
「なあ、ルティ」
「なに?」
「出発が明日って聞いたか?てか、お前はそれでいいのか?」
「明日らしいよね〜僕もびっくりしたよ。まあ、ダーラ男爵のことだから珍しくもないけど。あと……」
僕は別に大丈夫だよ。
口には言ってないが、態度で表す。訓練用の木刀の剣先をロイドに向け挑発的に笑う。
ただの喧嘩ではない。居合だ。
毎朝の恒例。一日の練習の始めと終わりに毎日ルティとロイドは互いに全力で打ち合っていた。
ロイドも木刀も持ちルティを見つめる。
合図はいらない。どちらかが動けばそれは始まる。
最初に動いたのはルティだった。
音すら残さず、一瞬でロイドとの間合いをつめる。だが、ロイドだって簡単にやられるほどではない。
顔に当たるか当たらないかのギリギリのところでかわし、そのまま体を半回転し背中を狙う。
ルティはすぐさま前転し一旦距離をとろうとする。身長ともに手足も長いロイドはルティと比べ圧倒的に攻撃範囲が広く、少し離れていてもとどいてしまう。
だからルティは膝をついた状態で剣を受け流す。
体が木刀に当たってはいけない。当たれば負けということになる。
そのまま低姿勢でルティはロイドの足を狙う。が、それは上から攻めるロイドにとっては隙を見せるようなものだ。
バックステップをし、木刀を下から上へと振り上げる。
しかし、ロイドは少し振り遅れてしまい肩を狙うはずが、このままだとルティの顔に当たってしまう。流石のルティでもこの攻撃を避けられない。大怪我にならない擦り傷程度に済むように防御するだろう。
いつもなら、その後気にせず自分の勝ちだとか、狙うところ気をつけろだとかでお互い反省して一通り終わるだろう。
そう、いつも通りなら。
自分の剣先がルティの顔に向かっていると気づいたとき、ロイドは無意識で少しだけだが軌道を変えた。相手に最短ルートに届くところではなく、ルティの肩に当たる方へと。
攻撃が届くまでの増えた時間、わずかだがその一瞬で命取りになる。
ルティは左手を床につき身軽に自分の体を横に流し、攻撃の軌道から外れる。それだけではない。器用にもそれと同時に右手はロイドの足元を捉える。
パァン!軽快な音が響く。勝者はルティだった。
「ねえ、ロイド。さっきおかしな攻めをしてなかった?」
勝ったというのにも関わらず、ルティの声は怒気をはらんでいた。この結果に彼女は納得してなかった。
「なんで、途中で狙いを変えたの?」
「それは、あのままだとお前の顔に当たるから……」
「今までだってそんなことあったじゃん」
「前は確かにそうだったけど、そのときは女だって知らなかったから……」
ビュッ!
風圧で音がなる。ロイドのすぐ目の前には剣先があった。
「ふざけるな」
ルティの言葉がロイドに突き刺さる。
「もしこれが本当の殺し合いだったら、ロイドは女に自分の命を簡単に渡すの?」
「流石にそれは言い過ぎだろ……」
「言い過ぎじゃない。ねえ、ロイド。"僕達"の夢を忘れちゃったの?」
憲兵団。
それが幼い頃からのルティとロイドの夢。
王を、国を守るため自分の全てをかけて剣を掲げる勇敢で高尚なる騎士団。
憲兵団を目指すということは命をさらすような困難な道のりを歩むだろう。
だからこそロイドはルティに対して素直に答えることができなかった。
今でも自分達の夢として追いかけていたい。
けど、女とわかった今だからこそ、ルティをそんな危険なところに巻き込みたくないという気持ちがあった。
「ロイドが何を考えているのかわからないよ。でも、男とか女とか関係ない。僕が女だからってあんな行動するなんてヘドが出る」
吐き捨てるようにルティは言う。ロイドの目に映った彼女の表情はひどく怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。
「誰が何を言おうと、邪魔しようと、僕は絶対に夢を諦めない」
例えロイドとの夢じゃなくなってもね。
ぼそりと聞こえるか聞こえないかの泣き入りそうな声でつぶやきながら、ルティはロイドから背を向け出て行った。
◆◇◆◇◆
残ったのは困惑と後悔。
バタン!とロイドは床に自分の体を預け、仰向けになる。
「何やってんだ、俺は……」
結局、ルティが訓練場を出た後、何か言うことも追いかけることもしなかった。
ただ、呆然と立ち尽くしていた。何をすべきかわからなかった。
どれくらいその状態だったかわからなかったが、今は頭を冷やしたかった。
ひんやりとした床がロイドを優しく受け止める。
強い志を持つルティの言い分も同じ剣士として痛いほどよく分かる。
だが、それ以上にロイドには守るべきルールがあった。
曰く、男の子は女の子を傷つけてはいけない。
記憶が曖昧であるが、ロイドがまだ幼いとき、初めて剣を握ったときに父から言われた言葉だ。
雲をつかむようなほどうっすらと、実際にあったかどうかさえも覚えていないくらいの思い出だが、今でもロイドの心には刻まれている。
それが父からもらった最後の言葉だったからだ。
父が行方不明となった現在では確かめようがない。
だから、ルティに対してあのような行動をしてしまったのだろう。
もちろん、個人的な動揺も原因の一つではあるが。
バタン!
息を散らした少年がロイドの間に流れてた静寂を打ち破った。
ロイドは音がした方を振り返ると見慣れた顔があった。
「なんだ、トールか」
「ロイド!明日もうでるのか!!?」
茶色い短い髪の毛がツンツンとしているトールという少年は、ロイドと長い間ルームシェアをしている。ロイドにとってルティの次にくる親友であった。
「ああ、そうらしいな」
「そうらしいなって…!びっくりしたんだぞ!学園に行くとは昨日聞いたけど、まさか明日なんて!しかも、今日の朝食のとき初めて聞かされるし、ルティとロイドはいないから聞けなかったし!!」
いつの間にか朝食の時間過ぎていたのかと、今更ながらに空腹を感じ、自分の不在でどれほど友人達に迷惑をかけてしまったと罪悪感で胸がいっぱいになる。
「すまん、トール。こんな形で伝えることになって」
「いや、別に大丈夫さ。ただ、おれ以外の奴らも初耳だったから驚いてたぞ」
「あー……だよな。俺も昨日言われたからビックリした」
ロイドの返答に苦笑いで答えつつ、トールはすぐに顔つきを変えた。
「それでーーールティとなんかあったのか?」
ロイドは押し黙る。正直、まだどうしていいかわからなかったからだ。
「………俺だってどうしたらいいのかわからないんだ」
ぼそりとロイドは本音をつぶやく。
今でも、最後に見たルティの顔は忘れられない。脳裏に蘇るたびに胸が苦しくなる。
「一度にいろんな事言われて、迷ってんのに時間は無いし、どうすればいいんだよ?ルティにとって負担になるんなら行くのだってやめた方がいいのかもしれないし……」
自分がとても情けない姿をしているのは重々承知だ。だけど、考えずにはいられない。
今ほどルティに会いたくないと思ったのは初めてかもしれない。
そんな気まづさがルティとロイドの間には流れている。
「あーもう!ロイドは真面目過ぎなんだよ!!結局、何が言いたいのかよーわからんけど、とりあえず、一人で考えんな!!」
ドン!と、トールはロイドの背中を思い切り叩く。
ロイドの迷いを追い払うかのように強く強く叩く。
背中の痛みが頭をマヒさせる。真っ白になった頭にトールの言葉が入ってくる。
「片方だけじゃだめだろ!真面目なロイドと、自由奔放なルティの二人がいて一つだろ!おまえ一人が考えてるだけじゃ、何もできねーだろ!」
確かにそうだ。ロイドは笑う。一人で突っ走っていた自分が馬鹿のように感じた。
未だに、ルティにどう接していいかわからないが、二人ではないと意味がない。
「トール」
「何だ?」
「ありがとうな」
「じゃあ、借り一つってことにしといてやるよ!」
あらためてロイドは友人に恵まれていたと実感する。素直に返さないあたりがまた彼らしい。
「ちょっと今から行ってくる」
行く場所は決まっている。早く憎たらしい相棒を見つけようではないか。
「おうよ、行ってこい!」
わざわざ元に戻すのも面倒くさく、手にあった木刀もそのまま持ったまま、ロイドは訓練場を抜け出す。
彼女がいるとしたら自室か森の方。とりあえず、先に部屋の方へと向かうか。
そう、意識を別のところへといっていたため訓練場から出て曲がった所で人にぶつかった。
「あっ、すみません。いきなりぶつかってしまって」
目の前にいたのは見慣れない服装の男性達だった。
「別に大丈夫さ、少年。君はここで練習でもしてたのかな?」
和かに相手は返答する。
答えた相手がたぶん一番偉いのだろうか?純白のロングコートで全身を隠してる三人の男達と違い、彼だけはコートを羽織るだけで、中に宝飾のついた真っ白の詰襟を着ているのが伺える。
白いロングヘアーでハーフアップをして、顔もほっそりとした美形なためか女だと言われても納得してしまう。しかし、発せられる声はハスキーがかった落ち着いた大人の男の声。
彼のサファイアブルーの瞳がロイドを魅了する。
「あっ、はい!さっき友人と居合いをしてたりはしてました」
少し緊張して答える。なんというかとても身分の高い相手と話している気持ちだった。
しかし、ここは辺境の騎士訓練施設。そのようなもの達が来るようなところではない。
しかし、彼らの首にかかっている十字架のようなネックレスを見て納得する。
教会の人達か。
ロイドは心の中でつぶやく。ロイドがよく見る紋章は純粋な十字架か、十字架をバックにした不死鳥のものだが、彼らのものは不死鳥自体が十字架のような形をとっている。
教会による布教か支援金集め、または名前を広めるために来たのだろう。
「偉いね。是非とも私も君の剣を受けてみたかったよ」
「いや、きっと貴方には歯が立たない気がします。俺はまだ未熟なんで……あの、すみません。少し急ぎの用事があるので失礼します」
「おっと、ごめんよ。まだ訓練場には人がいるのかい?」
目の前のもの達にも気になるが、今は優先すべきことがある。
「はい。まだ、あと一人いますよ」
そう言って、ロイドはその場を立ち去ろうとする。彼らに対して意識はもうなかった。
だからだろうか、最後にその男が言った言葉はロイドに疑問を抱かせることはなかった。
「ありがとう、ロイド君。毎日己を鍛えている君達のような子に会えるのを楽しみにしていたんだ」
この出会いが後の人生を変えることを彼はまだ知らない。
久しぶりの投稿です……!
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