青年はカードを手に取り嗤った
小鳥のさえずりが朝を告げる。
窓から差し込む太陽の光が顔に当たり、ルティの意識はまどろみの世界から下界へと覚醒し始めた。
光が眩しく、目を開けるのが億劫。だけど、いつまでもそうしているわけにもいかないので、徐々に瞼を開ける。
視界に入ってくるのは寝巻きを着た男か女かも区別しづらい貧相な自分の体、身を包んでくれた柔らかなベッド、その隣でルティを見つめていた二人の学生。
ーーーん?二人の学生?
「おはようございます、ルティ様」
「やあ、ルティ君。調子はどうだい?」
「起きて早々、入れた覚えのない人が部屋の中に入るっていうのは調子が狂いますね」
招待したわけでもないのに、さも当然とばかりに彼らはルティの部屋にいる。
どこから持ってきたのか分からない、繊細な装飾が施された持ち運び式の椅子とテーブル。
その椅子に優雅に腰をかけ、紅茶を味わっていたのは紅がかった美しい茶色の髪を持つ本物の王子様。
そして、隣に立つは夜空を写しこんだかのような長い紺色の髪を持つ彼の従者。
フェニス・フレアローズとユニ・アレクシア。
絵画から飛び出したかのように二人の立ち振る舞いは様になっている。
青年のあどけなさを残しつつ、皇族としての威厳と意志を感じさせる秀麗な美貌を持つフェニス。
まだ学生だというのに大人の女性としての魅力を感じさせ、ミステリアスな雰囲気で見るものを虜にさせるユニ。
ルティも容姿には自信がある方であったが、彼らを前にするとやはり霞んでしまう気がする。
それもそうだ。彼らとは身分が違いすぎる。生まれた時から皇族、または貴族としての立ち振る舞いを叩き込まれたのだ。田舎で剣を振り回していたルティとは違う。
だからこそ、ど田舎出身の平民であるルティのところへなぜこの二人が?
「それで、何でフェニス先輩とユニ先輩が朝っぱらから僕の部屋にいるんですか?」
率直な疑問をルティは口にする。
心当たりはないが、無自覚でまた何かやらかしてしまったのだろうかと冷や汗をかく。
しかし、それは良い形で裏切られた。
皇子として穏やかな雰囲気は影を潜め、フェニスは腹黒い笑みを浮かべる。
「ルティ、俺は生徒会長としてお前を代表者に選んだ。だからこの一週間、闘技祭が始まるまで特訓してやる」
「…………へ?」
パチンとフェニスは指を鳴らす。
すると待ってましたかのように、ユニは無駄のない流れるような手つきでティーカップ、椅子、テーブルを片付け、そして、ルティの服に手をかけた。
「え?」
「ルティ様、失礼します」
「いやいやいやいや!なんで、ユニ先輩、僕の服を脱がそうとしているんですか!?」
「この格好では特訓はできないですよ?」
「確かにそうですけどっ!」
さも、当然のごとく服を脱がそうとしてくるユニの手をルティは必死で止める。
流石に断崖絶壁な胸といっても服を脱がされれば女だとバレてしまう。それに、やはり、誰かに服を脱がされ、裸体を晒すのは恥ずかしい。
「何をいってるんだ、ルティ?一応、ユニは美人な方だ。男としては喜ばしいことだろう?」
確かにユニは美人で顔が近づくとドキドキしてしまう。
しかし、実際はルティは男として振舞っているだけで、本当は女。この秘密をバレるわけにはいかない。
「それとこれとは違いますよ!ていうか、フェニス先輩、キャラ違くないですか?」
「そうか?気のせいだろ?」
「殿下、ルティ様の前ではもういいですが、他の方が目につくところには気をつけてください」
「そこは抜かりがないから、安心しろ、ユニ」
うん、どうやらフェニスの本性はこちらが正しいのだろう。
今まで見せていた爽やかな王子様は表向きの顔だったのだろう。
フェニスのイメージがボロボロと崩れ、新たに腹黒王子が更新される。
「〜〜!とりあえず、自分で着替えて準備するので、二人は外で待っててください……!」
相手は皇族だか、貴族だか関係ない。
ルティは自分を玩具扱いするフェニスとユニをなんとか部屋から追い出した。
幸い、二人にルティが女であると気づかれなかったようだ。
悲しくはあるが、自分の断崖絶壁の胸が功を成したのだ。
制服に着替え、ひと段落したので、ドアを開けてもう一度二人を招き入れる。
先ほどは服を脱がされまいと必死であったため考える余裕がなかった。だが、今は次々と出てくる疑問を二人に問いかけた。
「……それで、僕を代表者として選んだってどういったことですか?」
「その言葉の通りだ。新入生闘技祭に俺がお前を推薦したんだ」
「へ?フェニス先輩はユーロンを推薦するんじゃないんですか?」
ルティが聞いていた話だと毎年、生徒会長と生徒会は同じ人物を推薦する。
だから、フェニスは生徒会に推薦されたユーロンを推薦するのがお決まりだ。
「たまたま今までがそうだったらだけだろ?何で俺がそれに従う必要がある?俺はルティを選んだ方がいいと思ったから選んだだけだ」
そしてフェニスはどす黒いオーラを纏いつつニヒルな笑みを浮かべポロリと一言付け加える。
「それに、あのユーロンが戸惑う姿を見てみたかったというのもあるな」
「いや、それが本音じゃないんですか?」
つまり、フェニスの気まぐれに付き合わされているということだろうか?
まあ、でもいっか。
そう思い、ルティは気持ちを切り替える。
気まぐれであれ、何であれ、ルティはこうして新入生闘技祭の出場権を得ることができたということだ。万々歳であろう。
「ともあれ、ルティ、貴様を推薦したからには俺にも責任も名誉もある。出場して一回戦目で負けたら話にもならない」
笑みが消え、フェニスは真剣な表情を見せる。
その威圧に、その眼光に、ルティは息を飲んだ。
空気が変わった。
先ほどまでの少し悪ふざけた感じとは打って変わる。
ピリピリと張り詰めた空気。沸き起こる畏怖の念。
でも、どこかで心弾ませる自分がいた。
今、ルティの目の前にいるのは先輩でも、生徒会長でも、第一皇子でもない。
目の前にいる彼は紛れもなく王と呼ぶに相応しい存在だった。
「ルーティミリアン・ハルツォーネ、命令だ。強くなれ。そして、勝つんだ。フェニス・フレアローズに選ばれた者として相応しい勝利を掴み取るんだ」
勝たねばと思った。勝とうと思った。勝ちたいと思った。
ルティの強さへの欲が、勝利への欲が高まる。
強い奴と戦いたい、相棒と競い合いたいといった気持ちがこの時ばかりは影を潜めた。
今はただ、この目の前にいる王のために強くなりたいという思いが心の底から沸き起こる。
「俺は貴様は強くすることができる。だが、ついて来られるか?」
冗談でもなく、嫌味というわけでもない。
純粋にフェニスはルティに問うてる。
強さを得るためどんなことをするのかはわからない。しかし、どんなのが来たとしても耐えられるのか?その覚悟はあるのか?と。
言われるまでもない。
ルティは片膝をつき、拳を左胸、心臓に当てる。
「貴方が望むのなら僕は強くなります。勝利を捧げます。ついて来られるか?安心してください勝手について行きますよ。だって、僕は憲兵団になるのですから」
それは約束。それは決意。
ルティのその真摯な答えにフェニスは満足げな表情を見せる。
「いいだろう。ああ、貴様が盤上を狂わしていくのが楽しみだ」
一見するとそれは、国を背負っていくであろう若き青年と夢を追い求める少年が手を取り合う神聖な瞬間。
朝日の光が彼らを照らし、より一層絵画的な美しさを感じてしまう。
だけど、それは一面だけ切り取ったの絵画を見たときの話。
終始その一連を隣で傍観していたユニからしてみると、奇想天外な道化師と頭の切れる悪魔が手を組んだようにしか見えなかった。
ご精読ありがとうございました!
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