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選ばれなかった者の決意

ブックマーク、感想、評価ありがとうございます!

いつも励みしています。

 



 校舎の中庭にある掲示板をただジッとルティは見つめていた。


 掲示板のど真ん中、そこには新入生闘技祭で代表者として選ばれた出場者の名前が記載されている。

 そこにはロイドの名前も。

 彼は現在闘技祭に向けて、授業以外のほとんどはダレンの指導のもと鍛錬に時間を割いている。

 居合いの自主練の時はいつもロイドに相手をしてもらっていたから、ここ数日はずっと一人でできることしかやっていない。

 一人で自主練となるとできることが限られてしまうだけでなく、面白くもない。

 今日は最低限の鍛錬を終えた後、ルティは暇つぶしがてら、中庭に足を運んだのだ。


 一応、今日は代表選抜期間最終日。

 と言っても、代表者はもう発表されている。今は来週の闘技祭に向けて、代表者が訓練している。

 驚いたことにバガルも魔術技芸代表に選ばれたらしく、ルティの顔なじみはほとんど忙しい。


 闘技祭終わるまでは一人の時間が増えるだろう。

 別に一人が寂しいというわけではない。つまらないのだ。

「暇だなぁ……」

 幼少の頃からフィリアン騎士団育成所で大勢と過ごしていたから仕方ない。ロイドや他の訓練生と一緒にはしゃいでいたのだ。

 そんなポロリとでた独り言に答える者がいた。


「そんなに暇なら私の練習相手になってくれないかしら?」

「セレナ……?」


 声がした方を振り返ると、腕組みして恥ずかしそうにそっぽを向くセレナの姿。


「他の代表者は選んだ担当教員や生徒会が練習相手として指導してくれるけど、私はいないのよ」


 選んだ人は責任を持って指導しなければならない。

 セレナは代表者ではあるが、誰かに推薦されて代表者になったわけではない。

 わざわざ問題を起こす可能性があるレイン帝国の者と関わろうとするバカはいない。


「教えるとかじゃない。ただ、戦う相手になってほしいのよ」

「え?僕でいいの?」

「ほ、他に適任者がいないのよ!貴方は他の代表者たちと同じくらいの実力がある。私の相手に不足はないわ!」

「ふふっ、セレナが僕を頼ってくれるなんて、嬉しいなぁ」

「勘違いしないでよね!それに、手加減したらただじゃおかないわよ!」

「承知しました。お姫様」



 練習相手といっても別に全力でやるというわけではない。

 お互いのペースに合わせながら、攻守交代し合うだけ。

 ルティは片手剣。セレナは小型ナイフ。

 武器系統も違うので、テンポよく攻守交代するのは難しい。

 いつも同じ片手剣で打ち合っていたルティとロイドでさえ、攻撃が偏ってしまう。

 正直、きついのでは?とルティは始め心配していたが、そんなことはなかった。



 それはワルツを踊っているようだった。



 ルティが一歩踏み込むと、サッと翻すようにセレナは攻撃を避ける。

 逆にセレナが一撃を与えようとすると、ルティは軽やかなステップで攻撃の軌道から逃れる。


 不思議な感覚。

 手に取るようにセレナの動きが分かった。

 どのタイミングで攻守を転じるか、どこに向かって攻撃すればいいか。

 ルティがセレナの動きや考えが分かっているように、セレナもルティのことを分かっているような錯覚に陥る。

 完璧なまでに息の合った動きなのだ。



 楽しい。



 ふつふつと心の底から高揚感が沸き立つ。

 もっと早く、美しく。


 緑色の光がルティの体を纏い加速する。

 無意識の内にルティは魔法を使い始めていた。

 このままではセレナが置いてけぼりになるだろう。


 しかし、セレナは挑発的な笑みを浮かべ、弧を描くように足を滑らせる。

 透き通った水色の光。

 セレナが足を滑らせたところは淡い輝きを放ち、氷が張られる。



 氷魔法。



 それが、セレナの魔法性質なのだろう。

 風が氷を削り、結晶がキラキラと舞う。

 踊っているわけではない。

 だけど、それは氷の舞踏会。


 しかし、いつまでも続くかのように見える、その舞踏会は第三者によって幕を降ろされる。



 パンパンパン!

 軽快な拍手の音がルティとセレナの動きを止めた。

 音がした方を向くと、そこにはこの美しい舞踏会の観客としては申し分ないほどの洗礼された青年。


「フェニス先輩」


 ルティは拍手をしたであろう人物の名を言う。


「やあ、見事だったよ、二人とも」


 和かな笑顔でフェニスはルティとセレナに近づく。

 それに反応するようにセレナが足を半歩引いたのをルティは見逃さなかった。


「セレナ……?」

「お初にお目にかかります、皇太子殿下」


 切り替えが早かった。

 一瞬感じた緊張感が嘘のように、セレナは取って付けたような笑みを浮かべる。


「ああ、そう言えば、君と顔を合わせるのは初めてだったねセレナ第二王女……いや、第一皇女と言った方が正しいかな?」


 ヒヤリと場が凍ったような気がした。

 同時にフレアローズ第一皇子であるフェニスに毅然とした態度で接しているセレナを見て、あらためて彼女は一国の姫だったのだと実感する。


「私が生まれた時にはすでに共和国から帝国に変わっていたので、後者の方が好ましいですね」

「確かにそうだね。まあ、でも、ここは学園。せっかくだから、ルティ君みたく先輩と後輩という関係がいいのだけれど、どうだろう?」

「皇太子殿下がそうおっしゃるのなら、構いませんよ」

「じゃあ、それでお願いしよう。それで、ルティ君とセレナさんは何をやっていたんだい?」

「新入生闘技祭に向けての準備です。ルティには私の練習相手になってもらってたんですよ、フェニス先輩」


 表面上の会話。お互いがそれぞれの役を演じているよう。いや、実際に演じているのだろう、セレナとフェニスの間には素の自分を見せられない、相手に対して疑心暗鬼の状態のようにも見えた。


「新入生闘技祭の準備か……。ルティ君は出ないのかい?」


 フェニスの興味はセレナからルティに移される。

 話を振られたルティは苦笑いしながら、答える。


「いや、僕は代表者には選ばれなかったので」

「へぇ。てっきり君は武芸か魔術技芸で選ばれると思っていたよ」

「残念ながら、無理でしたね」

「気にしてないのかい?」


 フェニスの問いにルティは言葉を止める。

 気にしていない。と言えば嘘になる。

 選ばれたかったし、代表者として強者と戦いたい。

 だけど、何よりも悔しいのはロイドと同じ舞台に立てなかったこと。


「もちろん、気にしてはいますよ。それに僕は武芸も魔術技芸も中途半端らしいです」


 ルティの戦闘スタイルは武芸と魔術技芸が両方あってこそ確立されるもの。片方だけでは本物に劣ってしまう。

 その結果がこれだ。


「だけど、僕は僕です。この中途半端を極めて強くなります」


 しかし、ルティは折れない。

 自分を貫く。


「だって、僕は代表者として選ばれるためにここにきたわけじゃない。

 憲兵団に入るために……フェニス先輩、いえ、フェニス皇太子殿下に仕えるために来たんです」


 握り拳にした右手を左胸に置く。

 それは騎士が主人に示す敬意の証。


 皇族直属の誇り高き憲兵団。

 それは、将来、王になるであろうフェニスに仕えることと同等の意味。


 その、ある意味熱烈なプロポーズを受けて、フェニスはキョトンと意表を突かれたような顔をする。


「アハハハハッ!!」


 そして、いつもの優雅な笑みではない、吹っ切れたような快活さのある声と、少年のような笑みをこぼした。


「こんなストレートに言われたのは初めてだ。それに、つい最近まで俺のことを知らなかった奴が言う台詞か?」


 腹を抱えて笑う様子は皇族としての壁はない。砕けた口調は今まで見てきたフェニスからではありえない姿だった。

 まるで人が変わったよう。いや、これが本当のフェニスなのだろうか?


「た、確かに知らなかったですけど、憲兵団に入ることは幼い頃からの夢だったから……。フェニス先輩に仕えるためって言ってもいいかなって」

「いや、すまない。別に気にしていない。ただ、面白くってね。流石だよ、ルティ君。私の期待を良い意味で裏切ってくれるね」


 いつもの皇族としてのフェニスに戻る。

 見え隠れしたフェニスのあの姿は偶然の産物なのだろう。

 珍しいものを見てしまったという戸惑いと、そんな一面を見せてくれたという喜びが渦巻く。


 でも、すぐに戻すあたり、あまり公にしたくない一面なのだろう。

 あえてルティも触れることなく会話を続ける。


「良い意味で裏切れて良かったです」

「君は本当に興味深いな。これはますます今後が楽しみだ」


 そうして、フェニスは僅かだが悪寒を感じさせるほどの優美な笑みをルティとセレナに向ける。


「それでは、私はそろそろ用事があるので、失礼するよ。()()()()、闘技祭頑張ってね」


 美しい茶色がかった紅髪をなびかせ、フェニスは去っていった。




 残されたのはルティとセレナ。


「ルティ」

「どうしたの、セレナ?」

「貴方の夢は憲兵団に入ることなの?」


 セレナがルティを見つめる目は少し冷たい。

 たぶんセレナにとっては好ましくないことなのだろう。

 だからと言って、ルティは夢を変えるつもりはない。


「うん。僕の夢は憲兵団に入ることだよ」

「そう……。ああ、今日は練習ありがとう。助かったわ」


 その顔は無表情。

 無機質で人形のよう。


 そのままセレナもフェニスに続き、この場を去ろうとする。

 何故だか「このままではいけない」。そんな直感のようなものがルティの頭を駆け巡り、ルティは声をあげた。


「だけど!僕はセレナの友達で居続けるからね!」


 セレナがピタリと足を止める。

「誰がいつ貴方の友達になったのよ……バカ」

 その声は小さかったが、しっかりとルティの耳に届く。



 一瞬見えたセレナの横顔は笑っているようにも見えた。




ご精読ありがとうございました!

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