困惑
目がさめると、外は暗くなっていた。
ロイドはベッドから体を起こし辺りを見回すと、今自分は医務室にいることを理解した。
頭は少し、いやかなりめまいがひどく立ち上がるだけでクラクラする。
おぼろげな足取りで照明に火を灯すと、部屋全体が明るくなる。洗面所でとりあえず顔を洗おうと、鏡の中の自分が写ったときロイドは何故自分がこんな状態になっているかを思い出した。
顔に長四角い痕が真っ赤にはれているのだ。
いや、まだこれで済んだだけマシな方であろう。最悪命ですらあったかも怪しいところだ。
木刀が投げられたのは覚えているが、幸いに剣先ではなく刃がないところに当たったので、頭痛だけで済んだ。
いつも冷静なルティにしては珍しいミスだ。
それもそのはず、誰だって自分の裸をましてや異性に見られるなんて動揺しない方がおかしい。
「でも、まじかよ……」
目に焼き付いてしまった光景がフィードバックして、ロイドは頭を抱える。いつも男たちに囲まれて過ごしていたロイドにとってはあれは刺激的過ぎた。きっと今の自分は腫れて赤くなったところと同じくらい顔が火照っている。
男たちに囲まれては語弊か、実際いつも自分の隣りには異性がいたということだ。
互いにライバルとして高みを目指していた親友が女だったというのは、未だに信じがたい。
「なんで、俺は気づかなかったんだよ……」
ロイドは他の誰よりも“彼女”のとなりにいたはずだ。それでも、疑うことなく男として接してきた。
罪悪感と悔しさと焦り。長い間、自分は彼女にとてつもない負担を背負わせてたのではないだろうか?
木刀など練習用のであれ、真剣であれ大怪我はなかったが、少なからず自分を遠慮なく刃を向けた。もちろんそれで怪我もしている。
「今度からどうすればいいんだよ」
どう接していいかわからない。距離がつかめない。
「あらあら、ロイドにしては珍しく立ち直れない様子ね」
「シャルーナか」
声がした方を振り向くと、口元に笑みを浮かべたシャルーナがドアの前に立っていた。
「随分と楽しそうだな」
「ええ、愉快だわ。剣のこと以外であなたが悩むなんて。しかも、女の子のことで」
「さっきも聞いたがなんでおしえてくれなかったんだ?まだ何か隠しているのか?」
「返答は同じよ。楽しそうだったからよ」
だから、この女は嫌いだ。チッと舌打ちをして、ロイドは黙る。真面目なロイドにとってシャルーナとは根本的に合わない。
「いつものあなたなら過ちを分析して、直ぐに改善のため行動するわ」
「それは剣の話だけだ」
「同じではないの?」
「ああ、違う」
そう、ちがう。そんな簡単な話ではない。
「でも、いつまでもこうしてる訳にもいかないでしょう?だって、あなた達はもうそろそろここを出るんだから」
「結局学園に行かなくてはいけないのか!?」
「それはそうでしょ。あのバカ男爵が書類に書き込んじゃったんだから」
「じゃあ、どうすれば……」
「そんなうじうじ言ってないで、明日またそれについて話すから、とりあえずご飯よ」
ブロンドの髪をなびかせシャルーナは部屋を去る。ヒールの音が遠ざかるのを耳にしながら、ロイドはもう一度顔を洗い気を引き締める。
「とりあえず、いくしかないか」
重い足取りでロイドは部屋をあとにした。
食堂は基本決まった時間に全員が集まり食事を共にする。食事の量もみな同じであり、多すぎる、少なすぎると感じる者はそれぞれ互いに分け合い量を調節する。座る席も自由ではあるが、ルティとロイドはいつも隣りであった。
「座って平気なのか……?これは……」
扉の前でロイドは中で不機嫌そうに席に着いてるルティを眺める。今まではいくらルティが機嫌を損ねても気にせずに隣りにいたが、今回はさすがにロイド自身も気にしてしまう。
だが、ロイドが別の所にいくと他の訓練生が疑問に思うだろう。
いや、むしろその方がいいのではないだろうか?
彼らに何故かと聞かれたとき、ルティが女だったと告白すれば今までの誤解に気づくだろう。
自分の中で考えがまとまり、いざ行こうと食堂へと足を踏み出した矢先に誰かに肩を叩かれ止められた。
振り向くと、少し困ったように笑うケインがいる。
「ロイド殿、少しよろしいですか?」
「あ、はい。なんですか?」
ケインがロイドの近くに寄り、周りに聞こえないくらいの大きさで耳打ちする。
「ルティ殿が女性だという事を他の者たちには秘密にしていてください」
「はぁ!?」
ロイドの声に辺りにいる訓練生たちは何事かと興味深そうに視線を送る。
「どうした〜?ロイドそんなに騒いで」
「いや、ただロイド殿に新しい練習メニューの伝言をしただけですよ。皆さんも食事の時間ですので、移動をお願いします」
ケインのフォローによって訓練生はすぐに興味をそらし、去っていった。
ホッと胸をなでおろすも、ロイドは小さな声でケインに異議を唱える。
「なんで、わざわざ隠すんですか??ルティのためにもみんなに言った方がいいと思いますが?」
「そのルティ殿のためです。詳細はまた後日連絡するので、ロイド殿はうまくサポートをお願いします」
「サポートってそもそもどうすりゃいいんですか!?」
「簡単なことです。いつも通り接してください」
そう言い残してケインは食堂離れた。
残されたロイドは頭をかきむしり、ルティの方をみる。
目が合った。
慌てて目を逸らそうとするが、その前にルティに睨まれそっぽを向かれた。
できればこんな心情で近寄りたくはない。だけど、“いつも通り”に接しなければいけない。
腹をくくってロイドはルティの隣りに座る。
「よく、平気な顔をして僕の隣りに座ったね」
「いつも、そんな感じだろ」
「いつもそんな風に離れて座ってたっけ??」
食堂の椅子は長椅子のためいつも肩が触れるくらいの距離であったが、今のロイドとルティの間は人1人入れそうな間がある。
「そっ、それは気のせいだっ!」
ルティが女と分かったからでは、この距離がロイドの限界であった。これ以上近づいてしまうと本当に食事どころではなくなる。
「あっそ」
不満ありげだったが、何も言わずパンを口にする。
どうにか緊張をおさえ黙々と食べるロイドにルティは「あっ、そういえば」と話しかける。
「さっきの練習のときに約束したデザートもらうね」
ずいとルティはロイドに寄り、焼き菓子を取ろうと手を伸ばす。
「!!!?」
ゴツッ!!
思わぬ不意打ちにロイドは動揺し、顔が近づかないように頭を退け、思い切り頭を後ろの壁にぶつける。
頭はじんじんと痛みを訴えるが、いつもは意識しないはずのルティの甘い香りがロイドの神経を麻痺させる。
「バッ、バ、バ、バカか!?いきなり近づくんな!」
「なんでよ?」
「だって、それは…」
女だから。
そう、口にだすのをためらい、ロイドは「とりあえず…」と、続ける。
「お前も少しは自重しろ」
「は?わけわからないよ」
眉間にしわを寄せ若干イラつきをみせたが、幸いロイドからとったマフィンの甘さのおかげで険悪な雰囲気になることはなかった。
「もう、いいのか?まだ余ってるぞ?」
「うん。お腹いっぱい。あとは残飯処理お願いね〜」
ルティはぺろりと親指を舐め、甘いものがなくなった今、興味があるものはもうないとでも言うように見向きもせずに立ち上がり、ロイドから離れていった。
基本は少食のルティが残したものはロイドが食べていたが、この日は違った。
「た、食べていいんだよな……?」
ルティの食べ残しをじっと見つめ、ロイドの手が止まる。
半分まで食べたパン、飲みかけのスープ。
つまり、これは間接キスというものになるのではないだろうか?
別にそれとはまた違うと言われればそうなのかもしれないが、一度そう考えてしまったら意識せざるえない。
つか、今まで俺はずっとこれらを食べてたのか!?
煙がでるのでは?と思うくらいにロイドの顔は熱くなり、今口につけていいのかどうかと葛藤する。
「あれ〜?ロイド、どーしたん?ああ、ルティの食べ残しか!全然手をつけてないけど、代わりに食べていいか…………ひぃぃ!!!ロイドお願いだからそんな殺気のこもった目で見んなよ!?冗談だって!そんなにお腹へってんなら、早く食べろって!!」
自分が食べるのは抵抗あるが、他の奴らに食べるのはさらに嫌だ。
ロイドは鬼の形相でルームメイトである訓練生を睨みつけ、大事にだが迅速に残り物をたいらげていく。
「ごめん、にらんで。あと、これからダーラさんに会ってくるから、大浴場には行かないで部屋の方使う」
謝罪をして配膳をもって立ち上がる。
とりあえず、ダーラに詳しいことを聞こう。とてもじゃないが明日まで待ってはいられない。
ロイドは食堂をあとにした。