その色は?
今回はいつもより少し長めです。
リリアンナと出会った翌朝、ルティはいつもよりも早く起きてしまい、街を散策していた。
太陽がまだ顔を出したばかりで、出歩く学生はほとんどいない。
入学式以降から感じる多くの視線はなく、幾分気持ちが楽だった。
街を歩いていると、つくづくここは都会だなと感じる。
石畳の道、煉瓦造りの建物、見たこともない食べ物や魔法道具……。
自然に囲まれたフィリアン騎士団の領地では決して見られない景色だった。
実際、レイシオン学園の学園都市が本当に都会なのか、ルティが今までいた場所が極端に田舎だからなのか怪しいところではある。しかし、ルティにとってはこの学園都市は未知で溢れていた。
せっかく時間があるのだから冒険してみよう。
ルティはしっかりと着こなしていた制服を着崩す。ブレザーのボタンを外し、ネクタイを緩める。
うん、これで思いっきり動ける。
軽い足取りで道を通り抜ける。
商店街まで足をのばすとぽつりぽつりと開店の準備に勤しむ者が数人。
なかでも既に開いているお店が一軒。
「なんのお店だろう?」
窓も看板もない。ただ、扉には開店を示す文字のプレートがぶら下がっているだけ。
怪しそうな店ではあるが、好奇心が勝り、ルティは扉を開ける。
チリンと扉についていた鈴が鳴る。
不思議な世界に紛れ込んだようだった。
暖かな太陽の光は遮断され、店内を照らすはランプの淡い水色の光。
羽ペン、懐中時計、杖。いくつものアンティーク品が並べられ、中には魔法陣らしき模様も刻まれている。
そして、奥には先客がいた。
「あっ、フィニス……皇子様」
「やあ、ルティ君。前みたいに先輩でいいよ」
フィニス・フレアローズ。ルティの暮らすフレアローズ王国の第一皇子であり、次期王。
入学式の時と同じ朗らかな笑顔で、優雅に椅子に座っていた。
「……はい、フィニス先輩。あの、入学式のときはすみませんでした」
「どうして謝るんだい?」
「いや、あの、皇子様って気づかなくて、普通に接しちゃったんで…」
「ははっ。やっぱり、私が皇子ってことを君たちは知らなかったのか。気にしなくていいよ」
「何が気にしなくていいよですか。謝るべきは貴方ですよ、フィニス殿下」
凛とした女性の声が奥から響いてきた。
声がした方を辿ると、同じくレイシオン学園の制服を見に包んだ女子生徒が現れた。
「手厳しいな、君は」
「従者として当然の行いです」
穏やかなフィニスとは真逆とも言えるほど、彼女は無機質な目をしていた。完璧なポーカーフェイス。感情が読み取れない。
「驚かしてしまい申し訳ありません、ルーティミリアン・ハルツォーネ様。私はこちらにいるフィニス・フレアローズ第一皇子の従者であるユニ・アレクシアです。以後お見知り置きを」
「よろしくお願いします。えっと、ユニ先輩であってますか?」
「ええ、私は殿下と同じ三年生です」
ルティはまじまじとユニを見る。
腰まで伸びた紺色の髪、眩い金色の瞳。銀縁の眼鏡。
そして、学生にしては発育の良すぎる体型をしていた。
幼く見えるリリアンナとは違い、彼女は同年代よりも大人らしい色気や美しさがあった。
同じ学年なのにここまで差が出てしまっていることに対し、リリアンナに同情を抱きつつも、ルティ自身も自分のプロポーションも思い出してため息をついた。
「羨ましい……」
「何か言いましたか、ルーティミリアン様?」
「い、いやっ!なんでも!」
今まで、現在もであるが、男として勘違いされる自身の胸は絶壁に近いのであろう。
だから、目の前にいる彼女の豊満な胸につい目がいき、本音が出てしまった。
一応今は男として振舞わなければいけない。いつまでも初対面の女性の胸について考えるのは失礼だ。
そう自分に言い聞かせ、ルティは男として通常モードに切り替える。
「ユニ先輩、僕は後輩なんで、敬語なんて使わないでください」
「いえ、私はフィニス殿下に仕える従者として、アレクシア家を名乗る者として、それ相応の振る舞いをしなければいけません」
「じゃあ、ルーティミリアンじゃなくて、ルティって呼んでください。僕はその方が嬉しいです」
「では、分かりました。ルティ様と呼ばせていただきます」
「様はそのままですか……。というか、ユニ先輩って家名がアレクシアなんですか?」
ユニ・アレクシアであるからユーロンの親戚なのだろうか。
「そうです。私はアレクシア家の者です。ご存知かもしれませんが、ルティ様と同学年のユーロン・アレクシア様。彼は私の弟です」
「弟っ!?」
予想以上に身近な繋がりだった。
まさかあの生意気なチビにこのようなできた姉がいるとは。
「ルティ君、よっぽど驚いているようだね。君にとってユーロンはあまり良いイメージじゃないかもしれないけど、根は優しい子なんだよ」
「風の噂でユーロン様がルティ様にご迷惑をおかけしていることを耳にしました。申し訳ございません」
「いえいえっ!全然気にしてないですよ!ユニ先輩、頭を上げてください!」
頭を下げるユニにルティは戸惑う。学園に来てこれほど丁寧な対応をされたことがなく、ましてや自分のことではないのに謝るユニをみて、逆に申し訳ない。
「元はと言えば、僕が入学式であんな騒ぎを起こしたからユーロンに目をつけられたんです。原因は僕にだってあります」
「いや……ルティ様、結果としてあの騒ぎを誘導したのは私たちです」
「…………へ?」
「そうなんだよ、ルティ君。ごめんね、君たちを利用してしまって」
状況が呑みこめずルティは唖然とする。
「一体どういうことですか…?」
「少し、君たちを試そうと思ったんだよ」
「試す?」
「そう、まあ少し時間もあることだし座って話そう」
ルティは空いている席、フィニスの真向かいに座る。
パチンとフィニスが指を鳴らすと、それを待っていたかのようにユニが動く。美しい花柄のティーカップを流れる動作でルティの前に置き、ほのかに甘い柑橘系の香りをする紅茶を注いでいく。
「美味しいですね」
一口飲むと、スッキリとしたフルーティな味わいが口の中に広がる。飲みやすく、だけど上品。
お茶について詳しくないルティではあるが、間違いなくこれは良質なものであると分かった。
「気に入ってくれたようで良かったよ」
にこりとフィニスは笑みをこぼし、彼もまた紅茶を味わう。
「では、話を始めよう。ルティ君はセレナ・レインを、彼女がどういった人物か知っているかい?」
「ええ、少しは」
セレナ・レイン。今は亡きレイン帝国の愚帝ギュリオンの一人娘。彼女は入学式で命を狙われた。
「じゃあ、狙われた理由も大体予想がつくよね?」
「残った反乱勢力による皇族殺しか、純粋に元レイン帝国皇帝に恨みを持つ者による行為ですかね」
「まあ、そういったところさ。だから、セレナ・レインが入学試験をトップで通過し、生徒代表に選ばれた時は何か問題が起こると学園側は危惧したよ」
実際に問題は起きた。だからルティは疑問に感じた。既にセレナが命を狙われる可能性があるというのに、何故学園は何も対策をしなかったのだろうか?
「答えは簡単だよ」
ルティの心を見透かしているかのようにフィニスはルティの疑問に答えようとする。
「学園側はセレナ・レインが死んでも死ななくてもどっちでも良かったんだ」
あまりにも無慈悲な解答。
ルティは一人の学生として反論する。
「生徒が死んでもいいってことですか?」
「私からは何とも言えないな。ただここの学園長は厳格で風変わりな実力主義者なんだ。だからこそ実力を証明したセレナ・レインには生徒代表という地位を与えた」
「なら、助けたりしないんですか?」
「自分の実力で身を守れってことだよ。まったく学園長さんも冷たいよね」
「他の教師は?」
「他の教師は単独で行動することはできたよ。でも、しなかった。なんでだと思う?」
「セレナが他国の者、さらに言えばフレアローズ王国に害をもたらした敵国のお姫様だからですか」
「正解。ある意味彼女は争いの火種にもなりある存在さ。だから教師たちにとって大きな問題が起こる前に消えてもらった方が都合が良かったんだ」
苦々しい空気を和らげるかのようにルティは紅茶を口につけ、甘く溶かす。
紅茶の水面に困った表情をしたフィニスの顔が映る。
「しかし、いくら危険因子だからといっても生徒ということには変わらない。私はそれを見捨てるのは心苦しいことだった」
そしてフィニスの顔がまた爽やかな笑みへと変わっていく。
「そんな時、私の前に現れたのがルティ君とロイド君だったんだ」
「僕たちですか」
「そう、私は皇子という肩書きがあるから下手には動けない。けど、君たちは違った」
ルティとロイドは皇族や貴族のように家名で行動に縛られることがないからなのだろう。
「私の名を知らないということは一般知識が乏しいということ。つまり、知識を問う一般入試は受けてない。それなら推薦でしかありえない。レイシオン学園の推薦は魔術技芸、魔術工芸、武芸の三種類。いずれにせよこの三つの中のどれかが優秀であれば、問題を解決できる可能性があると思ったのさ」
フィニスの推理は正しかった。確かにルティ達は武芸の推薦として入学している。
「だから僕たちに間違った入学式の出入り口を教えたんですね」
「私の我儘に巻き込んだことは申し訳ないと思っているよ。しかし、君たちの出した解決策は予想以上に面白いものだったよ」
流石のフィニスもルティが厳格な入学式を愉快な劇場に変えてしまったことは想像できなかったのだろう。思い出したかのようにクスクス笑う。
「おかげさまで先生方にこってり絞られました」
「まあ、でも彼らもホッとしてるはずさ。表向きには事件を何も知らない田舎者の学生のせいにできたんだから。そういう事情もあって処罰は厳重注意だけで済んだんだと思うよ」
今さら考えると、あれほどの騒ぎを起こしても次の日には普通に生活できたのだからいい方なのだろう。
「ではそろそろ予定があるので私達は先に失礼するよ。そうだ、ユニ、眼鏡の調子はどうだい?」
「良好です。あと、魔術属性識別の術式もつけてもらいました」
ユニは銀縁眼鏡をかけなおす。よく見ると細やかな植物のデザインだと思っていた眼鏡のアーム部分は、滑らかな筆記体で書かれた文字であった。
「ここはなんのお店なんですか?」
「ふふっ、何も知らないでこの店に入ったのかい?」
「開いているお店がここだけだったので……」
「まあ、こんな早朝に開いているお店は珍しいからね。ここは魔法具のお店。限られた日の早朝と夜中にしかやってないのが難点だけど、腕は確かだよ」
そんなんで商売ができるのかと思ったが、こうして皇族であるフィニスが来るということは、知る人ぞ知る隠れた名店なのだろう。
「そうだ、ユニ。せっかくだからルティ君の魔術属性を調べてみないか?」
「ルティ様のですか?」
「ああ」
「僕もかまいませんよ。どうやってやるのか見てみたいです」
「では、失礼します」
そう言って、ユニはルティを見つめ、詠唱した。
『我が目に映る魔法よ。その色をもって姿を現したまえ』
アームに施された文字が白く光る。
ルティには何も見えなかったが、ユニは何かが見えているようだった。
「ルティ様の魔術属性は風………それと、」
バチッ!
ユニがさらに目を凝らしたとたん、弾かれたように目を閉じてしまった。
「ユニ先輩、大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。まだ使い慣れてないだけだと思います」
特に異常が起きていなかったようで、ほっとルティは胸をなでおろした。
「やっぱり、ルティ君の属性は風のようだね」
ニッコリと笑い、フィニスは席から立ち上がった。
「今日は君とまた会えてよかったよ。機会があれば、またこうして一緒にお茶を飲みたいな」
「こちらこそありがとうございました」
ルティも立ち上がり、店から立ち去ろうとするフィニスとユニに礼をする。
「あっ、フィニス先輩!」
思い出したかのようにルティはフィニスを呼び止める。
「フィニス先輩にとってセレナは排除したい存在なんですか?」
張り詰めた空気に変わる。
いくらフィニスが皇子であろうとも関係ない。ルティは真剣な目つきでフィニスを見つめていた。
「ここの学生は私にとって、守るべき存在だよ」
そんな空気を和らげるように、穏やかな笑みでフィニスは答えた。
「これで満足かな?」
「はい!ありがとうございます!」
ルティも気が晴れたのか満面の笑みでフィニス達を見送った。
太陽が完全に顔を出し、道には人々が行き交い、賑わいはじめてきた。
「殿下は相変わらず嘘が得意ですね」
フィニスの一歩後ろを歩くユニは主人に対しそんなことを呟いた。
「嘘は時に相手を傷つけないためには必要なことさ」
元からフィニスはセレナを助けるつもりがないのをユニは知っていた。
ルティ達を事件に巻き込んだのも気まぐれに過ぎないのだろう。
「セレナ・レインは愚か者だ」
近道である人影がない路地裏に入った時、フィニスの笑顔は消え失せていた。
「俺はあの女がどうなろうと別に構わない。……いや、違うな」
忌々しそうにどこかを見つめる。それは誰に向けてなのかはわからない。
「俺はセレナ・レインが嫌いだ。見ているだけで反吐がでる」
……それは、彼女と自分を重ねているからではないのですか?
ユニはその理由を心の中にしまい込んだ。
茶色の髪をもってしまった少女と、まがい物の色をもってしまった少年。
本来持つべきはずの色がない二人は酷く孤独で、酷く苦しんでいた。
ご精読ありがとうございます!




