噂のレイン帝国
ちょくちょく名前だけ出てきたレイン帝国についての説明回です!
「レイン帝国。かつて美しい水の王国だったけれど、愚帝ギュリオンにより侵略国家に成り下がった哀れな国」
カップを手に取り、一口紅茶を口に入れる。
憂いを帯びた目でリリアンナが話すのはかつて彼女が暮らしていた故郷の地。
「あたしが戦争に巻き込まれ、死にかけた時に助けてくれたのが師匠、シャルーナだったの」
「シャルーナはレイン帝国って国の人だったんだ」
初めて聞く他の国の話し。初めて聞く知り合いの過去。
秘密が多い女性ではあったけど、シャルーナは同国出身だと思っていたルティ達にとって衝撃的な話だった。
いつも自由に楽しそうに暮らすシャルーナを見ていたから、彼女にはそのような暗い過去があるとは思いもしない。
何故だか急に彼女が遠い存在のように感じられた。
「あたしとシャルーナの過去の話はまた今度にして、とりあえず今はレイン帝国についてよ」
レイン帝国。ルティとロイドがレイシオン学園に入学してから度々聞く言葉。
他の人はすでに知っている様子で、この国の名が会話に出てくると、きまづい雰囲気になっていた。
レイン帝国について最低限の知識がないと火種にもなるためリリアンナが説明を始めた。
「昔はフレアローズ王国とも良好な関係だったらしいけど、愚帝ギュリオンになってからはそうではなくなったの」
「戦争があったの?」
「まあ、小さな衝突はあったらしいわ。都市部の兵士は何度か遠征にも行ったり……。たぶんその時期にフィリアン騎士団が創設されたと思うよ」
「そうだったのか」
「知らなかった」
意外な繋がりにルティもロイドも顔を見合わせ、驚く。
「でも、滅んだんでしょ?」
「フレアローズ王国が倒したのか?」
「ええ、滅んだ。だけど、フレアローズ王国が倒したわけではない……国民が倒したのよ」
「レイン帝国の……?」
ルティの問いにこくりとリリアンナは頷く。
「もともと膨れ上がっていた反対勢力がいたのだけれど、九年前のある日、誰かが愚帝を暗殺したの。それをきっかけに反対勢力が内乱を引き起こして、そのまま国は崩壊したってわけ」
九年前。
そう遠くない昔のこと。
「俺たちが四、五歳の頃にあったことじゃねえか」
「……ねえ、ちょっと待ってよ。セレナもその国の人なの?」
セレナ。茶髪のポニーテール、そして宝石のように美しいサファイアブルーの瞳をもつ少女。
レイン帝国という言葉をよく耳にしたのは彼女と一緒にいる時。
その上、彼女の名前はセレナ・レイン。
「その国の人っていうだけの認識ではいけない存在よ」
苦々しく、怒りを孕んだ声でリリアンナは訂正する。
「セレナ・レインはレイン帝国を破滅へと導いた愚帝ギュリオンの、唯一の一人娘よ」
ああ、だからそうだったのか。と、ルティは理解した。
入学式でセレナを狙った事件。セレナに対する人々のどこか冷めた対応。憎しみがこもった目で世界を見るセレナ。
「帝国が崩壊して、セレナ・レインが行方をくらましていたと聞いていたけれど、まさかこんな形でもう一度お目にかかるとは思わなかったわ」
「あの女、そんな事情があったのか……。でも、普通はそういうのって殺されたりしなかったのか?偽物とかっていう可能性は?」
「上手く逃げ切ったんじゃない?それに偽物じゃないわ。髪は違うけど、あのサファイアブルーの瞳。あの色は直系の皇族である証拠よ」
「ギュリオンも皇族の直系なのか?」
「ギュリオンは違うわ。そこらへんもまた後でおいおい話すわ」
サファイアブルー。
確かにセレナの瞳は他とは違う。でも、その瞳を、色を前にもどこかでルティは見たことがあるような気がした。
「ねえ、ロイド」
「なんだ?」
「前に、僕たち、セレナ以外でサファイアブルーを見たことがなかったっけ?」
「そんなわけ………いや、あったような気がする」
「……いるわけないわよ。ギュリオンの前王様の娘、第一王女様は……戦争で亡くなったし、息子の第一王子様は生まれた直後にギュリオンのクーデタで殺されてしまったのだから」
どうやらセレナ以外その特徴的な色を持つ者はもうすでにこの世にはいないらしい。
だけど、ルティとロイドには引っかかるものがあった。
珍しい色だから忘れるはずはないのに、記憶がおぼろげで思い出せない。
まるで霧のようにぼんやりとして、つかもうとすれば消えていくような。
「まあ、いっか」
忘れてしまうということはその程度のものなのだろう。
ルティは思考を切り替えて話題をセレナの方へ戻す。
「じゃあ、セレナはこれからも狙われる危険性があるの?」
「そうね。今までは消息さえも耳にしなかったけど、こうして表に出たのだから反対勢力の残党に狙われるかもね」
「セレナには他に一緒にいる人はいないの?」
「そんなのあたしは知らないわよ。だけど、わざわざあんな危険因子を庇おうとする人っているのかしらね」
「…………」
「ルティちゃん、聞いたわよ。あなた入学式でセレナ・レインを庇ったらしいわね。あの時は彼女のことを何も知らなかったからやったのだと思うけど、次からは気をつけなきゃよ」
「…………セレナは僕の友達だ」
「何を言っているのか自分で分かっているの?」
「分かっているつもりだよ。セレナは確かに悪い奴の子供だったのかもしれないけど、セレナ自身は悪いことしてないじゃん!」
「そうだとしても、あれはギュリオンの考え、意志を引き継いでいるのよ」
「それは本当かどうか分からないじゃん。自分の目で見てから考えるよ」
「何であれにそれほど執着するの?」
「友達だから」
「………ああ〜。もう、分かったわよ」
先に折れたのはリリアンナだった。
ため息をついてもう一度ルティを見つめ直す。
「ただ、忠告はしておくわ。セレナ・レインとは関わらない方がいいって。それにあたしだって面倒ごとはお断りだからね。あたしが全部手助けできるとも思わないでちょうだい」
「もちろん。こういうことを教えてくれるだけでも僕にとってはありがたいことだよ」
「………あと、あんた達忘れているようだけど、あたしは三年で先輩なんだから言葉には気をつけなさい。もし、またさっきみたいにタメ語とか他の人の前で使ったら、学園生活がもっと厳しくなるから覚悟しなさい」
にっこりと可愛らしい笑顔をリリアンナはルティ達に向けるが、目が笑っていない。
その笑顔にある意味恐怖を覚え、ルティとロイドはぶるりと肩を震わせる。
「わ、わかりました」
「リリアンナ先輩……」
「うんうん、それでよろしい!じゃあ、あたしは帰るね〜。あたしは基本学園の医療棟にいるから、何かあったらそこにきてね〜」
ルティ達の態度に満足しつつ、リリアンナは部屋から出ようとする。
しかし、ロイドの横を通り過ぎた時、彼にしか聞こえないくらい小さか声で呟いた。
「彼女のそばにいて、守れるのはあなただけだからね」
「えっ……?」
ロイドが振り返った時には、すでにリリアンナはドアを開け去っていた。
「どうしたの、ロイド?」
急に振り返ったロイドを見て、ルティは首をかしげた。
「いや、なんでもない」
頭の中でリリアンナが言った言葉を繰り返す。
彼女とは、やはりルティなのだろう。
「ルティ」
「ん?何、ロイド?」
「俺はこれからもおまえのそばにいるからな」
「はっ、何言ってんの?当たり前じゃん、相棒」
ルティはにやりと笑って拳をロイドに向けた。
「そうだな」
ロイドも笑い返し、 自分の拳をルティの拳にこつんとぶつけた。
ご精読ありがとうございました!