ルティという名の少女
「「「え??」」」
ロイド、ケイン、ダーラの頓狂な声が部屋に響く。
彼らが驚く理由。それはルティの発言によってだ。
「ちょっと待て、ルティ!?おまえ、今自分のこと女って言ったよな!??」
「は?ロイド、五年間も一緒にいるのに何今更言ってるの?」
「それはこっちのセリフだ!つまらない冗談いうな!」
「……え、ていうか、もしかして皆んな僕のこと男だと思っていたの?」
ロイドは混乱する。この五年間、一緒に過ごしてきたがルティのことを男として疑ったことはなかった。
だから、そう、これはいつものルティの冗談だ。すぐに「ごっめーん!冗談に決まってるじゃん!ロイドはバカだなぁ」と、言うに違いない。というより言ってくださいお願いします。
だか、悲しいかな。こういう時ほどロイドが期待する言葉をルティは口に出さない。
口元は引きつり、冷や汗をかくルティは嘘を言っているようには見えない。
「そ、そうだ!ダーラ男爵!ここに入団した時に提出したルティの契約書ありますね!?」
藁にでもすがるような気持ちでロイドは問う。きっと契約書には性別の記述もあるだろう。
「いや〜……それがだな、ロイド……」
何故だろうか?若干ダーラの声が上ずり、目を逸らしているように感じてしまう。
「あの時はだな、ケインがいない時にルティが突然入団を申し込んできてな、いつもは書類はケインに任せているから焦ってな、後で渡そうと思っている内に…………………無くしてしまった」
ハァ、とケインの溜め息がもれる。どうやら無くしたのは本当らしい。
ダーラに書類の整理を任せると大変な事になるとケインが愚痴をこぼしていたのを聞いていたことがあったが、まさかそんな重要なものまで無くすとは思わなかった。
「じゃ、じゃあ、無くしたのなら今回の学園の入学手続きはどうやったのですか?ルティの出身地とか書いたりしますよね?」
「それは、ダーラ男爵が無くしたのを聞いた際に、私がすぐにルティ殿に尋ねて住所など細かい所は確認しました……ですが、性別までは……」
すかさずケインが説明したが、まさか彼も騎士団に入団する者が少女だとは思わなかったらしい。
しかし、だからと言って五年間もいたのだ。今まで気づかなかったというのがおかしい。
まだ、信じることが出来ないロイドはルティの方に振り返り、問い詰める。
「おまえ、本当に女なのか!?」
「僕は女だよ!」
「じゃあ、なんで自分のこと僕って言ってるんだ!?」
「それは、小さい頃からの習慣だし、女の子だって使う子はつかうじゃん!」
「なんで、騎士団に入ろうと思った!?」
「前にも話したじゃん!憧れてだよ!」
確かに、それもそうだ。だけど、まだ何かあるはずだ。今までの暮らしで疑問に思うようなことを、ロイドは必死に絞り出す。
「風呂はどうしてたんだ?共同だろ?」
「僕の個人部屋にあるからいつもそこに入ってた」
「個人部屋使えるのって成人してからじゃないのか?」
「僕はお願いして個人部屋にしてもらったの」
「水中訓練の時はどうしてた?あれ、上半身になるだろ?」
「いつも、僕は見学だったじゃん」
「トイレはどうしてたんだ?稽古場使っていれば、皆んな気づいただろう?」
「稽古場のトイレ汚いじゃん。僕は自分の部屋か、治療室の方しか使ってないよ」
「…………………」
「…………………」
言っても全部返ってくる。思い返すと不自然なことは確かにあった。そういえば、浴場にもトイレにもルティの姿を見たことがなかった。
「………ちょっと待て、個人部屋ってお願いしたら用意してもらえるものなのか?」
「シャルーナに言ったらやってくれたよ」
この部屋にはいない者の名がでる。
シャルーナ。
フィリアン騎士団育成所で見習い騎士の医療担当をする数少ない女性。腰まで伸びたウェーブがかった金髪と緑色をした少し吊り目の美しい容姿を持つ。ロイド達が入団する一年前にフィリアン騎士団に現れ、それ以降回復魔法で治療師として居座っている。回復魔法の実力は凄腕で、場合によっては王都の治療師よりも技術があるだとか。
何故、こんな田舎にやってきたのかと尋ねたことがあったのだが、彼女曰く「結婚相手にするなら温厚育ちの腑抜けたお坊ちゃんより、たくましく育ったイケメンの方がいいじゃない」とのこと。ちなみにシャルーナは独身らしく年齢はヒミツらしい。
彼女のことは名前ぐらいしか知らず、家名も出身地も聞いてもはぐらかされてしまう。色々と謎の多い女性だ。
ルティはそんなシャルーナと結構仲が良なったりする。見習い達の間ではシャルーナが成長したルティを結婚相手に、と狙ってるのではないかとささやかれてたこともあった。現にルティが来てからは騎士団がいる屋敷よりも、訓練生がいる屋敷の医務室にいるようになった。
もし、この理由がルティを結婚相手にではなく、ルティが女の子だったから、なら、それはそれで納得がいく。
「ルティ、今までお前が女だってことを知ってる奴はいるのか?」
「いるよ」
「それは誰だ?」
「シャルーナだよ」
やはり、彼女は知っていたのか。
「ケ、ケイン!今すぐシャルーナを呼んでこい!」
「ダーラ男爵、私ならここにいるわよ」
すぐさまダーラがケインに呼びかけたが、それを待ってたかのように扉が開きシャルーナが現れた。
「シャルーナ!お前、いつからここにいた!?」
「ダーラ男爵が契約書を無くしたとおっしゃっていたあたりからですわ」
オホホと口元に手を当て、面白げに応える。
「おい、シャルーナ」
「あら、ロイド。歳上に対する礼儀がなってなくてよ」
「……シャルーナさん」
満足気に頷くシャルーナを見てロイドは若干の苛立ちを覚えるが、とりあえずそれは置いておく。
「それで、何か用かしら?」
「本当にルティは女なのか……ですか?」
「ムッ、ちゃんと最後まで敬語でいてね。あと、ルティが女なのは本当よ」
「じゃあ、証拠はあるんですか!?」
ロイドはその言葉をした後に自分の愚かさに気づいた。
シャルーナは目に怪し気な光を放ち、不敵な笑みをこぼしている。
これは絶対に良くないことを考えているに違いない。彼女は面白いことがたまらなく好きだ。正確に言えば、人が戸惑い、慌てふためき困っている姿を見るのが好きな悪女だ。
「へぇ〜そんなに証拠見せて欲しいんだ」
「い、いや別にそんなに、ってほどじゃあないわけですけど……」
「でも、見たいんでしょう?」
「………」
シャルーナはロイドに詰め寄り、鼻と鼻がつくのではないか?というくらいまで、顔を近づけてくる。彼女の優艶な笑みと目がロイドに有無を言わせない。
「………そうなのね。本当に不本意だけど、出来ればやりたくはなかったけれど、ロイドが認めないのならしょうがないわよね、ルティちゃん」
ポン、とシャルーナは手をルティの肩に置き如何にも残念そうに話しかけるが、わざとにしか見えない。
「ああ、これも全部、全部ロイドのせいなのよルティちゃん!私は心の底からこんな事やりたくないのよ……!でも、でもっ、ロイドがどうしてもっていうからやるしかないの!」
「いやいやいやいや!!!絶対あんたがやりたいだけだよな!?俺のせいにするなよ!てか、絶対変な事やらかすだろ!!?」
ロイドはシャルーナからルティを離れさせる為にルティの手を取り引き寄せる。
その時、ロイドの目に映ったのは悪魔の微笑みとルティの肩に触れていた不気味に光る手。
遅かった。ロイドが頭で理解した時にはもう始まっていた。
パンッとはじけるような音。ルティが着ていた麻布で作られたカーディガンが膨らんで、割れた風船みたく破れ落ちる。
いや、カーディガンだけではない。ズボンもルティが纏っていた衣服は全てはらはらと破れ宙を舞う。
ロイドは見た。見てしまった。
程よい筋肉がついた引き締まった身体。白い肌。小さいながらも一生懸命主張する可愛らしい胸。そして、ルティには本来男ならあるはずのものがなかった。
そう、なかったのだ。
ロイドは硬直しポカーンと口を開けながら、瞬きをすることなくそこを見つめてしまった。
「えっ、あっ??」
まだ己の身に何が起きたのか理解していないルティは間抜けた声をあげる。だが、いつも以上に軽い体、床に散らばった布の残骸、口をパクパクと開けリンゴのように赤面したロイド、そして彼の視線の先の自分の身体………
「っ!!!!!!!!!!!!???」
声にならないくらいの羞恥心がこみ上げ、凄まじい早さでしゃがみこんで自分の生まれたままの姿、特にロイドが凝視していたところを隠す。
「あっ、いやっ、ルティ!!これはワザとじゃなくて、事故…ガハァッ!??」
慌ててロイドも弁明をするが、最後まで言い終わることはなかった。
「見損なったよ!この変態がっ!!!!」
床に落ちてた木刀を顔面めがけて投げたルティによって、ロイドの意識は落ちたのであった。