初回授業は戦いから
お久しぶりです。時間が空いてしまいましたが、投稿再開です!
「準備運動ってどういうことかな?」
「その言葉の通りだ。先生が来て授業が始まるまで少し体を動かしたいんだ」
「へえ、なんか面白そうだね」
ルティとユーロンの間に冷え切った空気が流れる。
「おい、ルティ、これ以上問題起こすのはやめ……」
しかし、腕を引かれ、ロイドの制止の声は邪魔された。振り返るとレアンがにっこりと笑いかけてきた。
「今朝方ぶりであります、ロイド殿。あれ?ぼくの見間違いでありましょうか?ロイド殿はルーティミリアン・ハルツォーネとお知り合いでありますか?」
「よお、レアン。そ、そういえば、俺がルティと知り合いだとは言ってなかったな……。ところで、お前の目が笑ってないように見えるのは気のせいかな……?」
数日前にルティからユーロンと隣の部屋同士だということを聞いていた。そして、初対面での口論も。
たぶん、ユーロンの従者であるレアンもそのことをユーロンから聞いていたのだろう。彼からしてみれば、ルティのユーロンに対する態度は目に余るものだ。
実際、ロイドも昨日の夜、レアンが「若に無礼を働くルーティミリアン・ハルツォーネという輩が許せないであります」と聞いていた。
殺意を込めた発言だったので、ついルティとの関係をロイドは言えなかった。
だが、あの時言えばよかったと今更ながら後悔する。
「まさか、同室のロイド殿が若に恥をかかせた無礼者の手下だったなんて」
「おい、ちょっとまて、俺はルティの手下じゃないぞ」
「あら?手下じゃなかったの?」
「セレナ・レイン……てめぇ……!」
まさかの別方向からの追撃に、より一層眉間にシワを寄せる。
「おや、セレナ殿、そう言えば其方もいたでありますか」
「そうよ、いたわよ。まあ、一応平民である貴方にとってこれは数少ない上級クラス。クラスメイトをまだ把握していないのは仕方ないことね」
「いやいや、ちゃんと把握しているでありますよ。ただ、其方がルーティミリアン・ハルツォーネの金魚のフンとして影に隠れていたので、気づかなかっただけであります」
「何を言っているの?私はルティと一緒にいるつもりはないわ。そこにいる目つきの悪い男と同じにしないで」
「それは失礼したであります。まあ、国外からの侵入者である其方と、一般常識すら持ち合わせていない田舎者は全く違うでありますね」
「……おまえら、口喧嘩してるのか、俺を貶しているのかどっちなんだよ」
「事実を言ったまでであります。それはそうとロイド殿、何故今まで黙っていたでありますか?」
「いや、それはだな……」
上手い言い訳も思いつかず、ちらりとセレナに目で助け舟を求める。
しかし、なんで私が手助けしなければならないの?とでもいうかのように目を逸らされた。
「……はあ、黙っていた事は目を瞑ってあげるであります。しかし、その代わりに今、若の邪魔はするなであります」
そう言って、レアンはルティとユーロンへと視線を向けた。
同じようにロイドも目を向けると、ちょっとした手合わせみたいな形で進んでいた。
「ルールは簡単だから安心しろ、田舎者ザル。そこにある練習用の武器から好きなのを一つ選んで使っていい。とりあえず先に相手の体のどこかに一撃当てた方が勝ちだ」
そう言ってユーロンが指差す方には様々な形をした剣だけでなく槍やハンマー、弓など多種多様な武器が用意されている。
その中でルティは細身の片手剣、ユーロンはさらに細い棒のような剣を手に取る。
「あれっ、ユーロン、何その変わった剣?」
「お前、この剣すら知らないのかよ?」
「うん。初めて見た」
「ハッ!流石田舎者だな!これはレイピアって言うんだ」
「ふーん。でも、すぐに折れそうじゃん。いいの、それで?」
「問題ない。では、初めてもいいか?」
「いつでもどうぞ」
瞬間、剣先が消えた。
「……!」
見えない。だからこそ、ルティは野生の感、本能として身体を反り、距離をとった。
ギリギリだった。
あと一歩、少しでも反応が遅れていたのなら切っ先は肩を貫いていた。
ルティが剣で敵を切るならば、ロイドは剣で敵を突く。
剣を振るよりも、真っ直ぐに貫いていく方が圧倒的に早い。
「ほう、よくこの一撃を避けたな」
少し感心したかのようにユーロンは笑った。
だけど、攻撃は一撃で終わらない。
稲妻のように幾多もの切っ先がルティを襲ってくる。
しかし、避けられないわけでもなかった。
「手足が短いくせにやるね。口だけのお坊っちゃんじゃないのは分かったよ」
最初の一手には一筋冷や汗をかいたものの、ルティはユーロンの手の動きや軌道から先読みして、剣で受け流したりした。
だけど、それだけではダメだ。
「このままだとあの高慢チビにルティは負けるわね」
「は?どういうことだセレナ?ルティはうまく攻撃から逃れているじゃないか?」
「逃れているだけで、攻守の立場は変わってないでしょ?そもそも貴方はこのゲームの勝利条件を理解しているの?」
「それは、先に相手の体に一撃与えた方が勝ちだろ?」
そう答えて、ロイドは「あっ」と気づく。
「接近戦において、この戦いは攻撃速度が速い方が有利。武器を選んだ時点でルティは負けていたのよ」
「でも、それって不公平じゃないか!」
「どうして?ちゃんと高慢チビは必要な情報を伝えたわ。それをどう受け取るかはルティの問題よ」
確かにそれは正論である。しかし、始まってからではもう遅い。
「……けど、ルティだからきっと大丈夫だ」
「あら、大した自信ね。根拠はあるの?」
「ない。でも、俺はルティがこのまま負けるようなやつじゃないって知っている」
ロイドが迷いなく答えるのを見て、セレナは驚いたような、悲しんでいるような、そんな様々な感情が渦巻いているような表情を浮かべ、自分にしか聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「そう……。それは羨ましいわ」
「これは、思ったより厳しいね」
「今更になって気づいたのかよ田舎者。喋っている暇があったら手を動かした方がいいじゃないか?」
「言ってくれるね」
ルティは冷や汗を頰から垂らす。いつ攻撃が当たってもおかしくはない。それくらい、ユーロンの突きは速く、ギリギリで避けている。
「鋭く、疾く、まるで風の刃のよう…」
それは賞賛なのだろうか?ルティはユーロンの剣さばきを見ながら言葉を口にする。
「風の刃かっ!オレ様としては、突きだから風の弾丸の方が合うと思うけどなっ!」
一歩足を踏み込み追撃するが、また体に触れる寸前でルティは踊るように避ける。
「でも、それは闇雲なステップ」
それは嘲罵なのだろうか?何度も足を踏み込み攻撃するユーロンに対し、見せつけるかのようにルティは華麗な足さばきをする。
「もっと美しい剣舞をーーーー」
この最後の一言がユーロンの逆鱗に触れた。
「バカにしやがって!」
怒りはより一層ユーロンの動きを早くした。加速する。
この速さだと、今のルティでは追いつけない。
これで終わりだ。
ユーロンは勝利を確信した。
だけど、戦いは思わぬ第三者によって強制的に終了された。
「そこまで」
気づいた時にはユーロンはレイピアを持っていた腕を握られ、ルティは口を塞がれていた。
「ダレン・リックス……」
ユーロンは目の前に現れた黒髪の男の名をつぶやく。
貴族の礼儀として、年上に敬語を使うユーロンではあるが、この時ばかりは驚きで素に戻っていた。
「なーに、勝手に剣振り回しちゃってんの君たち。喧嘩は俺の授業外でやってね。そうじゃないと俺の責任になっちまう」
困ったもんだと肩をすくめながら二人を抑えていた手を離す。
「勝手に戦いを始めたのは反省します。しかし、準備運動とお互いの同意のもとやってます。それに、決着がつく直前で止めるのは逆に失礼ではないですか?」
ユーロンは反論する。そして、チラリとルティを見て言葉を続ける。
「それとも、ルーティミリアンを庇おうとしたのですか?」
ダレンが止めなければユーロンはルティに勝てただろう。そういう思いがユーロンの態度からは現れていた。
「はあ?オレが庇おうとしたのはユーロン、お前だよ。下を見てみろ」
「何を言っているんで……」
そうしてユーロンは言葉を失った。
ユーロンの視線の先、足元には緑色の魔法陣ができていた。
「お前が会話していると思っていた言葉は詠唱のための言葉だったんだよ」
「いったい何時から……!?」
「鋭く、疾く、まるで風の刃のよう」
ルティが先ほども言っていた言葉を繰り返す。
それと同時にルティの言葉から詠唱が更新されたため、ユーロンの足元にできていた魔法陣は発動することなく雲散した。
「バレないように言葉選びするのは大変だったよ」
「っ……!」
ユーロンは悔しさで顔を赤らめる。
ユーロンの剣先か、ルティの魔法陣が発動するのか、どちらが先に相手に攻撃を与えるか今となっては分からないが、相手の策にはまっていたのは事実だ。
「どちらも合格点というところか。お互い剣の腕は確かだな。ユーロンは剣の速度は速く、特に最後の一撃は凄かった。しかし、詰めが甘かったな。熱くなりすぎていたのと、条件を武器だけにするべきだった」
ダレンは戦いを評価する。
「次にルティ。自分の不利な状況を理解し、ルールの穴を上手くついた作戦だった。ただの戦いなら上出来だが、これはあくまで武芸の授業。武器選びを慎重にするのと、魔術に頼らず武芸。つまり剣術だけで勝てるように腕を上げるんだな」
そして、ロイドは顔をオーディエンス、ロイド達の方に向ける。
「俺の授業、武芸は身体と武器だけを使う授業だ。もちろん、武芸には魔力を使う授業もあるが、俺の場合は武芸の基礎だ。魔術は使わない。そこだけは覚えておけ。
ーーーそして、その点を考えた上で今回の戦いは引き分けとする!」
そうして、一年武芸担当教師のダレン・リックスによる授業は始まった。
ご精読ありがとうございました!