階級と学問の壁
確認しよう。
ルーティミリアン・ハルツォーネは女である。
宝石のような綺麗なエメラルドグリーンの瞳、さらさらとした肩まで切りそろえられたハニーイエローの髪。貴族階級ではよく見られる色の組み合わせではあるが、彼女は平民、ど田舎の村の出身である。
だが、ため息がでるほどの美しい顔立ち、端正な立ち振る舞い、そして、
「お怪我はありませんか、お嬢さん?」
レイシオン学園の紅い男子用の制服に身を包み、優しく女性に接する姿は絵本に出てくる王子そのもの。
「は、はい……」
手を握られた女子生徒は顔を真っ赤に染め上げ、うっとりとした表情で見つめ返す。
周りからは他の女子生徒による黄色い声援が飛び交い始める。
もう一度確認しよう。
ルーティミリアン・ハルツォーネは女である。
そして、もう一つ大切なことがある。
ルーティミリアン・ハルツォーネ、ルティは女である事実を誰にもバレずひっそりと学園生活を過ごさなければならない。
「はずなのに……!おまえはどんだけ目立ったんだよ!!!」
ロイドはジト目でルティを睨む。
「しょうがないじゃん。目立っちゃうんだから」
「そもそも、入学式であんなことをしなければ今ほどにはならなかっただろ……!」
全新入生が見る前で式をめちゃくちゃにしたのだ。式の後、噂は瞬く間に広まった。
人は好奇心の塊である。伝統ある入学式を愉快な劇場へと変えた新入生に興味を持つのも当たり前である。
一体どれほど頭のネジが外れた愚か者か、そう思い、ルティを一目見ようとする者が後を絶たない。
そして、彼らが目にするのは絵本から飛び出してきた王子のような少年である。
ルティの笑顔で何人もの女子生徒が恋に落ちたか計り知れない。
「それよりさ、早く次の教室に行こうよ。やっとメインの授業だよ!ここ最近、一般教養の授業ばっかでうんざりしちゃってたんだ」
ルティが指すメインの授業とはレイシオン学園が力を入れて入る武芸、魔術技芸、魔術工芸の三つの学問である。
暦学や商学など他の学問も取り扱っているが、それらは一般教養という括りにまとめられてしまい、専門的に学ぶことはない。
そして、武芸、魔術技芸、魔術工芸だけが平民が唯一、貴族と同等に授業を受けられるチャンスがある。
普通、平民と貴族で受けられる授業が分かれており、レベルも違う。しかし、この三つの授業は実力でクラスが分けられる。
ルティとロイドは武学での推薦としてこのレイシオン学園に入学した。つまり、武芸の授業は上級クラスで受けられる。
「一般教養の授業は授業で、お前は楽しんでるように見えるけどな」
「ん〜まあ、確かに楽しいっちゃ楽しいけどさ。さっきの社交の授業では女の子と踊れたしね」
「お前と踊りたがってた女子が他と比べて桁違いに多かったな……」
「それに比べて、ロイドは怖がられて誰も踊りたがろうとしなかったよね」
ルティはけらけらと笑って先ほどの授業を思い出す。背も高く、目つきの悪いロイドは黙っていると近寄りがたく、女子生徒は恐れて彼の周りには寄らなかった。
ただの口下手で、黙ることしかできないと知っているルティにとっては滑稽でしかなかった。
「でも、やっぱり僕は次の授業が一番楽しみだな。体が動きたくてうずうずしてる」
次の授業、それはルティ達が専門分野になるであろう武芸だ。
「だけど、貴族階級の人は全員上級クラスなんでしょ?」
「そうらしいな」
「僕とロイドは推薦で入ったから武芸は上級クラスだけど、それ以外は下級クラスじゃん。この学園は実力重視だと思ってたからちょっと幻滅だな〜」
「何をトンチンカンなことを言っているの?貴族階級が上級クラスにいるのは当たり前なことよ」
しかし、ルティの疑問に答えたのは第三者だった。
「セレナ!同じ授業なんだね!一緒に受けられて嬉しいよ!」
「っ!貴方は、どうしてこう、恥ずかしいことを平気な顔して言えるのよ……!」
「僕は思ったことを口にしているだけだよ、セレナ」
「ルティ、いい加減口説くのをやめろ。それで、セレナ・レインだっけか?当たり前とはどういうことだ?」
ルティとセレナの間に何とも言えない甘い雰囲気が漂いそうだったので、ロイドは間に割って入り、話を戻す。
「あら、貴方は入学式の時の……。自分の名前も名乗りもせずに話をするのは失礼じゃないかしら?」
「俺はロイド・クロスだ。これで満足か?」
「はあ、礼儀のなってない野蛮人ね。流石、入学式のあの一件を加担しただけあるわね」
入学式の後、舞台裏で教師陣に尋問されたときに巻き込まれたセレナはロイドと顔合わせをしていた。
表舞台で騒ぎを起こしたルティとは違い、ロイドは裏方で動いていたため、入学式の事件にロイドが関わっていたと認知している者は少ない。
セレナそれを知る数少ない人物である。
「おまえ、助けてもらったのにその言い草はないんじゃないか?」
「私がいつ助けを求めたの?お陰様でいい迷惑よ」
「迷惑って、この女……!」
ロイドの眉間にシワがより、普段から厳つい顔がより凄みを増す。
その顔を見て少し怖気付いたセレナは目を逸らし、話を変える。
「これ以上続けても時間の無駄なので、本題に戻るわ。当たり前って言うのは、この学園に入学する前に貴族階級の者は武芸、魔術技芸、魔術工芸の基礎はすでに学んでいるのよ」
「えっ、学園に入ってから学ぶんじゃないの?」
「一通りできるようにしておくのが、レイシオン学園を目指す家系の貴族としては嗜みなのよ」
「セレナもそうなの?」
「そうね。まあ、家によって力を入れるものも違うし、若干の差はあるわ」
「へ〜」
「では、教室についたから話はこれまでよ。上級クラスは初めてなのでしょう?せいぜい恥をかかないように頑張りなさい」
そう言って、セレナは武芸の教室である闘技場の扉を開けた。
そこは、木造で作られたフィリアン騎士団の訓練場よりはるかに大きかった。
この闘技場は石造りとなっていて灰色の舞台となっている。
そして、すでに何人かの学徒達が姿を現していた。
初めての上級クラス。
今、足を踏み入れて、ルティとロイドは肌でその違いを感じた。
洗礼されている。
平民が中心の下級クラスと比べ、一人一人の所作に気品がある。
すっと伸びた背筋、堂々とした佇まい。
その中でも一人、群を抜いている者がいた。
周りの貴族階級の学徒達からも尊敬や期待の目を向けられ、毅然とした態度で受け入れる少年。
大きくもつり上がった目、黄金の髪。
背丈は同年代と比べ僅かに低い方ではあるが、彼の威厳からはそれを感じさせない。
始まりのアレクシア、フレアローズの守護。
それが、彼が背負う名前。
ユーロン・アレクシアはニヤリと笑みをこぼした。
「よお、田舎者。オレ様の準備運動の相手になってくれないか?」
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