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沈黙のルームメイト

 

「……………」

「……………」

 ゴクリとロイドは唾を飲んだ。その音さえ部屋に響き渡っているかのような気がした。

 部屋には二人。ロイドと、少年。だけど、二人の間に流れるものは沈黙だけ。

 この少年が同じルームメイトになったのだろうということはおおよその見当がつく。

 寮では基本二人一室と事前に聞かされていたから覚悟はしていた。

 しかし、会話が続かない。

『君がここの部屋の者か?』

『一年生?』

『ロイドだよろしく』

 何回か試みたが相手の返事は小さくうなずくだけ。元々コミュニケーションが得意でないロイドにとってこれはきつい。

 だけど、相手が行儀よく椅子に座るものだからついロイドももう一つの椅子、向かい側に座ってしまった。

 失敗だった。

 お互い暇をつぶす物を持ってなかったせいか、ろくに話すことができないくせにお互いを見つめ続けなければならない状況になってしまった。


「…………………」

「…………………」


 無言の会話。

 相手の少年は瞬きもせずジッとロイドを見つめる。

 ロイドもここで目を逸らしたら負けという妙な使命感が働き、同じく見つめ返す。


 少年の容姿はここではなかなか見かけない東洋の顔つきをしていた。

 マッシュヘアの黒髪に黒目。丸みを帯びた顔つき、堀の浅い顔。

 違う大陸の人間。

 田舎暮らしのロイドにとって目の前にいる少年は不思議な生き物に見えた。


 だからこそ、そんな訳も分からない奴に負けたくない。

 我慢比べのような、にらめっこのような見つめ合いにロイドは耐える。


 東洋独特の遺伝的な問題もあるため少年は、同年代の男子よりも幼く見え、まだ十歳ほどの幼い子供のよう。

 それに対し、発育が早く同年代よりも年上に見えるロイド。

 側から見ると親子といってもおかしくはない外見差がある。


 そして、謎のにらめっこに先に音を上げたのはロイドだった。


「だーっ!無理だ!!何なんだよ!お前、さっきから無視しやがって!」

「……無視はしてないであります。一応反応してたであります」

「いや、そうだけど!そうだけどっ!せめて名前くらいは言ってくれよ!」

「それは其方が聞かなかったからであります」

「…………」

「…………」

「……えっ?これって俺がちゃんと聞くまで言わない感じ?」

「察しの悪い方でありますね。仕方がないのでぼくが聞かれなくても、ちゃんと答えるであります」


 はぁ、とわざとらしくため息をついてから少年は背筋をピンと張り、得意げに口を開いた。


「ぼくはレアン。若、誇り高きアレクシア家の長男ユーロン・アレクシアに仕える従者であります!」

「アレクシア家?何だそれは?」

「…………………………」

「うわっ!すまなかった!俺、田舎出身だから知らないだけだ!だから、そのナイフをしまってくれ!」


 どこから出してきたのか分からないナイフをレアンはロイドに向ける。


「アレクシア家の名を知っていないとは……!無礼者め!其方はそれでもフレアローズ王国の民でありますか!?」

「いや!だから!俺は今まで教えてもらわなかったんだ!そ、それなら、レアン、俺にアレクシア家について教えてくれないか?」

「教える……で、ありますか?」


 振りかざしたナイフをぴたりとレアンは止める。


「そうだ。俺に、国民に、アレクシア家のことを教えるんだ。国民にとって常識の知識なら、国民にアレクシア家について教える機会がなかったんじゃないか?」

「確かに、ぼくはアレクシア家について誰かにわざわざ説明したことがないであります」

「何も知らない国民に初めてその知識を与える存在になれるのって、誇らしいことじゃないか?」

「ぼくが国民にアレクシア家を伝える役割を……!」


 どうやらレアンは愛国心が強いらしく、だんだんとロイドの策にはまっていく。


「だから、そのナイフを下ろして、俺に教えてくれないか?」

「仕方がないであります。若がアレクシア家のことを知らないと聞いていたら、ただじゃおかなかったであります。しかし、今回は、ぼくだけ。その代わり、アレクシア家の偉大さしっかりと心に留めとくでありますよ」


 そう言って、レアンはまたどこからともなく紙を取り出し、説明を始めた。


「一応確認でありますが、フレアローズ創世記伝説は知ってるでありますか?」

「それはおとぎ話として小さい頃から聞かされているからだいたいは覚えているぞ」


 ロイドは昔、誰かに読んでもらったおとぎ話を思い出す。

 それは少年が心踊る冒険。一度は憧れる伝説。




 フレアローズ創世記伝説。




 優しく勇気ある少年と、強く美しい少女の物語。

 まだ世界が絶望で満ち溢れていた頃。魔物が殺戮を繰り返していた頃。人々が世界を恐れていた頃。


 暗闇の世界に光を灯したお話。


 大切な人たちのために立ち上がり、人々を導き初代皇帝となった少年、フィニアローズ。

 破壊を繰り返す魔物を焼き払い、安住の地を創り上げた不死鳥の少女、フレア。

 二人の名から、名付けられたその国の名はフレアローズ王国。

 そして、二人の間から産まれた真紅の髪と瞳を持つ子供は希望として、王として、これからも国を守り続ける。

 そんなおとぎ話。そんな伝説。そして、そんな実話。



「現皇帝フィニグラン・フレアローズだって真紅の髪と瞳を持つ子孫なんだろ?」


 人々を救った救世主。彼らの子は不死鳥フレアの灼熱の炎を具現したかのような真紅の髪と瞳を持っていた。それは幾重にも渡って受け継がれた。


 だからこの国は政教一致の国として、救世主の血を、希望の炎を受け継ぐフレアローズ家の皇族達を信仰している。


「そうであります。真紅は神の証。皇帝となるべき者のみが与えられる神聖なる色。今までも、これからも継承されなくてはいけない生きた神話であります」

「それと、アレクシア家はどう関係あるんだ?」

「アレクシア家はフレアローズ家の血を守る役割があるのであります」

「守るって……?」

「それはそうと、ロイド殿。フィニアローズ初代皇帝の名を、家名を知ってるでありますか?」

「ん?フレアローズじゃないのか?」

「それはフィニアローズ初代皇帝が後の代のためにつけた家名。彼自身の名は、

 フィニアローズ・アレクシア。

 アレクシア家は、始まりのアレクシア、フレアローズの守護、とも言われているであります」

「まじかよ………」


 フレアローズ家が生きた神話であるならば、アレクシア家は最古の伝説。


「フィニアローズ・アレクシアの兄、ユグラド・アレクシアは長男としてアレクシア家を継ぎ、自分の弟が建てた国を、家系を、アレクシア家全体で支えることを決心したのであります」


 王のため、皇帝のため、全てを捧げた誇り高き家。

 それが、アレクシア。


「ぼくはそんなアレクシア家次期当主、若、ユーロン・アレクシアに仕えているのであります!」

「レアン、おまえってけっこうすごい奴なんだな……」

「はあ、やっとこれでアレクシア家の偉大さが分かったでありますか。では、次に若の素晴らしさを数時間かけて説明するであります」

「………いや、それは別にいいかも」

「何ででありますか!?これからが本題であります!」

「いや、正直、アレクシア家のことは分かったけど、フレアローズ家のことももっと良く知りたいんだ。俺、創世記伝説と現皇帝のことしか知らないから」

「…………はぁ、そうでありますか」

「いや、テンション下がりすぎだろ」

 どうやらレアンは愛国心があるというより、アレクシア家、特にユーロン・アレクシアに対する忠誠心があるだけのようだ。先ほど、アレクシア家について語っていたときに輝いていた目は、死んだ魚のような目をしている。


「ロイド殿が、フレアローズ家についてどれほど無知なのか分からないからどう説明すればいいか検討がつかないであります……。ああ、でも、この学園に入学するのならこれは必須でありますかね……」

「この学園になんかあるのか?」

「フィニグラン・フレアローズ現皇帝の一人息子であり、第一皇子が学生としているのであります」

「まじか!?第一皇子もいるのなら、騎士になる者としてぜひ会ってみたいものだな…!」

 もし、第一皇子に気に入られれば憲兵団になれる可能性も広がる。ロイドにとってこれは千載一遇のチャンスだ。

「ああ、やはり第一皇子のことも知らなかったのでありますか……。第一皇子の前でやらかす前にぼくから話を聞いていて良かったでありますね」

「確かに、それは感謝している。将来仕えるであろう主人の名と顔を知らないとなったら大問題だからな」

 第一皇子は皇帝となるべく存在。つまり、皇族を守る憲兵団を目指すロイドにとって、主人になりうるであろう重要な人物だ。

「それで、その第一皇子の名前ってなんなんだ?」


「現皇帝の第一後継者であり、そして、このレイシオン学園の生徒会長を務める我が国の皇子の名は、

 フィニス・フレアローズ

 であります」


 しかし、レアンが口にした名はロイドにとってすでに聞き覚えのある名前だった。

「フィニス・フレアローズ………」

 昨日の入学式、大講堂に入る前に遭遇した金色の瞳、そして珍しい茶色がかった美しい紅の髪をもつ上級生。

 たしか、彼の名もフィニスであったような……。

 さっと、血の気が引いていくのが感じた。

「レ、レアン」

「なんでありますか?」

「フィニスって、名前の人って他にいるのか?」

「何をバカなことを言ってるのでありますか。皇族と同じ名を持つことは喧嘩を売ってるのも同然であります」

「……………オワッタ」

 膝をつき、ロイドはこうべを垂れる。

 本来、敬意と礼儀を持って接しなければならない皇族相手に対し、ロイド、そしてルティはフィニスを先輩としてフランクに接してしまった。

 しかも、フィニスと聞いても何も反応を示さなかったから、ロイドとルティがフィニスが第一皇子だと知らなかったのもバレているだろう。


「見たところすでにやらかしたのでありますか……。まあ、ロイド殿、安心するであります」

 ロイドの青ざめた表情を見て、流石に察したのかレアンが励ます。

「昨日の入学式の騒動を起こしたルーティミリアンという輩に比べたら全然問題ないと思うであります」

 しかし、その騒動を裏で手助けしていたロイドにとってその言葉はとどめにしかならなかったが。


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