狂った入学式
「次に新入生代表挨拶にうつります」
すでに入ったときには呼名が終わったらしく、次のプログラムが始まろうとしていた。
いや、それ以上に問題があった。
ロイドは冷や汗をだらだらと垂らし小声でつっこんだ。
「なんで、俺らは舞台裏にいるんだ……!!」
「ロイド、静かにして。バレちゃうでしょ」
そう、ロイド達が今いる場所は登壇の控え場。幸い、人は反対側の控え場にいるらしく、こちらは道具や式に使うものなどが多く置かれ物置きのようになっている。
見ると入学おめでとうなどの弾幕や、中に何かが入っている風船のような透明で柔らかい弾力のある謎の玉もある。
入学歓迎のため、後々使うのだろう。
「確かに大講堂へ着いたけど、ここじゃない!フィニス先輩はあれか!?天然なのか!?」
「ねー、お願いだから黙ってて。壇上にいる人にバレちゃうじゃん」
「……何で、ルティ、お前はそんなに呑気なんだ?」
「だって、わくわくしない?楽しまなきゃ損だよ」
目を輝かせて話す姿は本当にこの状況を楽しんでいる様子。ロイドも悩んでいる自分がバカらしくなってきて腹をくくる。
「んで、楽しんでいてもどうするんだルティ?せっかく気づいたとしても、この距離からじゃあ俺達は何もできない」
「そうだね。まだ魔法使い慣れてないから、流石の僕でも誰も巻き込まずに攻撃はできない。でも、相手が騒ぎを起こすかも今は分からないけどね」
ルティとロイドが話しはじめたのはもう一つの問題。
学徒達がいる観客席では決して気づくことができない、ルティ達がいる舞台裏にいてやっと気づける場所、照明調節場に目を向ける。
そこには照明の機能を果たす数々の魔道具。それを調節している男性。
一目見たらその男性が真っ当に仕事をこないしているように見える。しかし、彼の足元には力なく倒れている学徒達、片手では待ちきれなさそうな大きなクロスボウガンが置かれいた。
ただ事ではない。しかし、下手に動くと事態を悪化させるだけ。もし、このまま何も起こらなかったらそれでいい。
「もしかして、フィニス先輩は僕達にこれを解決して欲しかったんじゃない?」
「は?どうして新入生の俺らにそんな大役を?」
「試してるのかも、僕達を」
「そんな、馬鹿な……それに、相手の狙いが分からない限りどうしようもできないぞ?」
相手の目的によってルティ達の行動は変わる。
クロスボウガンを使うのはわかるが、それを何のために使うのだろうか?
ルティ達をよそに式は進む。
「新入生代表……セレナ・レイン」
アナウンスが代表生徒の名前を呼ぶ。
だが、このアナウンスにより、静寂に包まれていた会場に異変が起きた。
ざわざわと新入生達は心配、困惑した表情を浮かべ思い思いに話しはじめたのだ。
そして、所々では強い殺気すらも。
セレナ・レインと思われる女子生徒が暗い観客席側から立ち上がるのが見える。代表生徒で、これほど騒がられているから、どういった人物かきになったが、光にも照らされていないためシルエットしか見えない。
「狙いはどうやらあの子みたいだね」
男が一瞬の殺気を放ち、その後クロスボウガンをいじりはじめた。
壇上の中央に向けて設置している。
「ロイド、あの子が登壇して中央に立つ前に動くよ」
「分かった。で、策はあるんだろ?」
「もちろん!」
ニヤリとルティは不敵な笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆
「新入生代表……セレナ・レイン」
自分の名前が呼ばれた時、ここにいる会場全ての人が息を呑み、困惑しているのが伝わった。
こんなところで、この名前を聞くことになるとは誰も思わなかっただろう。
せいぜい驚いて、指をくわえて見ていろ。
セレナは心の中で悪態つく。
お前達は自国の学園の代表挨拶の権利を、他国の者に奪われたんだと。
もし、自分が同じ立場であったなら屈辱で怒りを露わにしていただろう。
しかし、やる側なら実に気分がいい。
フンとセレナは通り過ぎる学徒達を見ながら鼻で笑う。
たぶんこれで全校生徒を敵に回すだろう。自分が相手を挑発しているのは重々承知している。
だけど、この名前に嫌悪する者はいても好意を持つ者はいない。
ここは敵の領地。仲間なんて最初からいない。
自分は復讐者だ。だからあいつらに届くように名を知らしめよう。
私はここにいる。まだ、生きている。殺したいなら殺しに来い。今度は私がお前らを殺してやる。
壇上に足を乗せる。みんなの視線が自分に集まっているのが伝わる。
中央に立ち、観客席に顔を向ける。
さあ、叫ぼう。己の名を。
さあ、見せつけよう。己の意思を。
私は自慢の瞳を見せつけるように、瞳を大きく開け、口を開こうとした時、
何者かによって押し倒された。
◆◇◆◇◆
ドォォン!!
矢が引き抜かれ、刺さる音が会場に轟く。
カーテンや弾幕、上にかかっていたもの、舞台裏に置かれていたもの全てが宙を舞っている。
舞台はカラフルな布によって覆い尽くされていく。
今頃ロイドが次の段階に進めているだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、ルティは目の前の少女を見ていた。
少女の荒い息がよく聞こえる。
それもそのはず、ボウガンの攻撃から逃れるため、ルティはその少女を押し倒し、そのまま抱きかかえるような形となっている。
つまり、お互いの顔の距離がめちゃくちゃ近い。
茶髪のポニーテール。人形のような可愛らしい顔立ち。
そして、本日二度目の珍しい色を目撃した。
「綺麗だ」
思わず、ルティはその瞳に魅了され素直な感想を口にする。
大きく見開かれた少女の瞳は透き通った水のようなサファイアブルー。
フィニスも人目をひくほど美しい少し茶色がかった紅髪であったが、この少女の瞳は何も混ざってはいない純粋なサファイアブルー。
その美しい瞳にルティは顔を更に近づけ凝視してしまう。
「あぅ……」
だけど、少女が顔を真っ赤に染め上げ、恥ずかしそうに目を逸らしたので、ルティは我に帰った。
そうだ、自分はここでは男なんだ。
なら、男としてこんなにも女性に急接近するのはいかがなものだろうか?
それは紳士としてあるまじき行為だ。
ルティはニコリと笑って距離を取り直す。
だけど、このままではなんだか勿体無い。
シャルーナがいたが、ルティはここ何年も男どもと過ごしてきたせいで、女の子と接する機会がまったくなかった。その上、フィリアン騎士団見習生になる前は年配しかいない村出身だ。
ルティにとって同年代の女の子に触れたのは、このセレナという少女が初めてだったのだ。
ルティはそっと割れ物を扱うように丁寧にセレナを抱き起こし、上半身だけ起き上がった彼女の手を取る。
甘い花の香り、柔らかい肌、可愛らしい仕草。その一つ一つが、女の子だ!と、ルティに感動を与える。
「お怪我はありませんか、お姫様?」
そして、極め付けにこの言葉。
キザな台詞を言っているのは重々承知してる。しかし、目の前にこんな可愛らしい少女がいるのだから、つい舞い上がってしまう。
ポッと一瞬にしてセレナは顔全体が真っ赤に染まり、だけど、我に帰ったようにルティの手を振りはなす。
「あなたは誰?私に何をしたの?」
まだ、頰の赤さは残っているが、セレナは強気にルティを睨みつける。
「僕は、ルティ。セレナ・レイン、僕は君を助けにきたよ」
だけど、そんな態度も気にしない。
ルティは片膝をつき、姫を守る騎士のように、王子のように手を差し伸べる。
「……えっ?私を?あなた、私が誰か分かって言ってるの?」
「うん。君は新入生代表のセレナ・レイン。そうでしょ?」
「全然分かってないじゃない!私は、私は……!」
「セレナ、そんなことより早く行くよ!」
「勝手に名前を呼び捨てしないでよ!」
セレナの戸惑いを無視して、そのままルティは彼女の手を引いて舞台の中心へと立たせる。
色様々な弾幕たちは舞台を彩り、ルティとセレナの舞台を歓迎する。
そして、作戦は次の段階へと動く。
ポンポンポンと何十個もの風船のような透明の玉が上から飛んでくる。
ロイドが先ほど控え室にあった謎の玉を上に運び、落としているのだ。
「レディースアンドジェントマン!此度は入学おめでとうございます!」
ニヤリとニヒルな笑みを浮かべ、ルティは高らかに声を上げる。
「いきなりの事態に皆さま、驚いていると思います。しかし、ご安心ください。これはあくまでも、皆さまが安全に学園生活を送るための注意事項の一つとして、このような催し物をさせていただきました」
嘘だ。それは、その場しのぎのためのでまかせ。誰だってこの舞台の台本を知らない。そう、ルティとロイド以外は。
「このレイシオン学園は平民だけでなく、数多くの貴族や皇族など高貴な方々が足を踏み入れます」
人々は見入る。この場でただ一人話し続ける道化師を。
「つまり、悪党にも狙われやすいのです。高貴な方々の、これから世界を担う皆さんの命を狙ってくるのです」
まだ、入学したばかりで足が浮き立っていた者たちは息を飲む。自覚する。
「もちろん、この学園は安全性に徹底しています。しかし、今のように何が起こるか分かりません」
虚妄を真実に変えてしまおう。
「だから、これは警告です」
さあ、全員を騙そうではないか。
「いつ、どこで、どんなことが起こっても、皆さんは自分を守れるように、誰かを守れるように意識を持って学園生活をおくってください」
それからルティはセレナと、セレナを狙っていた男性に手を向ける。
「では、今回ご協力してくれた新入生代表のセレナ・レイン、そして、備品協力をしてくれたあそこにいる殿方に盛大な拍手をお願いします!」
大喝采。
観客は席を立ち、拍手を送る。心踊る劇に興奮と笑顔を顔に表す。
セレナの命を狙おうとしていた男性は、突然邪魔をされ、殿方として謎の劇に巻き込まれたことになり、腰が抜けてしまっている。
そして、セレナ。
わけもわからず振り回された最後に、このような歓迎の祝福を受けただ呆然としている。邪気のない祝福に戸惑いを感じている。
「これにて終了です。皆さん、ありがとうございました!」
最後は派手に。
ルティは指を鳴らし、足元に緑色の魔法陣を作り上げる。
その後、二度目の指を鳴らす。
するとそこから風が舞起こり、風船のような玉が各地に舞い上がる。
パン!パン!パン!
しばらく空中で舞っていた玉は破裂し、花火のように七色の光の花を咲かせ消えていく。
それに合わせ、歓声はさらに大きくなる。
もはや、厳格な式ではない。そこは人の心を彷彿とさせるコンサートとなっていた。
これは伝統を重んじるレイシオン学園にとって初めてのことで、類を見ない異例の入学式として語り継がれることとなった。
また、舞台に姿を見せていたセレナ・レイン、ルーティミリアン・ハルツォーネは、わずか入学一日目にしてその名を学園中に知らしめたという。
ご精読ありがとうございました!