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ワケありの先輩

 

 俺達の周りはみんな予定をギリギリまで言わない奴が多いのではないだろうか?


 腹の底からふつふつと湧き上がってくる怒りを抑えつつ、ロイドは全力で足を蹴り上げていた。


 時間は遡ることおよそ三十分ほど前、学園の敷地に足を踏み入れた感動を踏みしめている最中に、ダレンは思い出したかのように呟いたのだ。


『あっ、やべ。入学式あと少しで始まる。俺、教師だから遅れるわけにもいかないから先に行ってるな〜』


 入学式?どういうこと?


 今後の予定もろくに聞かされていなかったルティとロイドはその言葉に戸惑い、ダレンに尋ねようとしたが、振り返ったらもう彼の姿はなかった。


 結局分かったことはもうそろそろで入学式が始まってしまうということだけだった。


 パニックで数分呆然とした後、二人は近くにいた門番に聞いてみる。すると、ダレンの言う通り、今日、入学式が開催されるとのこと。

 開催場所は大正門から繋がっている大通りの先、遥か向こうに見える巨大な建物、その建物内にあるといわれている大講堂で開催される。そして、次の鐘が鳴るとき、式が始まってしまう。


 とりあえず、残された時間はただこの道のりを走るしか手立てはないと判断したルティとロイドは、門番がまだ話途中でもあるのに関わらず全速力で走り始めた。


 幸いと言っていいのか怪しいところだが、入学式のためほとんどの学徒は道にはいなく、おかげで障害物を気にすることなくロイドとルティは思い切り駆け抜けることができた。


 およそ走り始めてやっと八割ほど進み、建物が間近になったとき変化が起きた。


 ゴーンゴーンゴーン。

 どこかで鐘の鳴る音が聞こえたのだ。

 その音は学園の敷地中に響くほどの音量であるのに関わらず、不思議と心を落ち着かせるメロディを奏でていた。


 だが、残念なことに、そのメロディはロイド達を落ち着かせるものではなく、焦らせるものであった。


「うわぁ〜!もう、入学式が始まっちゃった!」

 ルティの焦った、しかしに同時に楽しんでいるかのような弾んだ声が、ロイドのイライラを増幅させる。


「ルティ!何喜んでんだ!遅刻して目立ったらお前が困るだろ!?」


 入学初日で目立ったたりしたら、注目される。そうしたら、ルティが抱えている問題も気づかれやすくなる。たまったもんじゃない。

 入学式では一人一人の名前が呼ばれ一礼するところがあるらしい。もう、遅刻しても仕方ない。せめてその前にはこっそりと座って間に合いたい。


 だが、残念なことにルティとロイドは今日、初めてレイシオン学園に来たため場所や建物の構造を把握していない。


 やっとのことで目的地には着いたが、入学式が開催されている大講堂はどこにあるのか分からない。と言うより建物内にどう入って良いのかすら分からない。


 扉らしきものがあり、開こうとするが、鍵がかけられているのかビクともしない。


 入る手立ても失い顔面蒼白になっているロイドを無視し、ルティは興味ありげに周辺を散策しようとする。


 その時だ。


「おっと!」

 凛々しくも甘い男性の声が聞こえたと思ったら、ドン!と曲がり角でぶつかり、ルティは弾き飛ばされてしまった。


「いてててて……」

「すまない。よそ見をしてしまってた。手を貸そうか?」

「あ、ありがとうございます」


 尻餅をついて倒れてしまったルティに対し、衝突してしまってた青年は手を伸ばす。

 ルティはその手を掴み、顔を上げ、青年の顔を目にした時、息を飲んだ。


 鋭いながらも大きく美しい金色の瞳。それぞれの顔のパーツが芸術品のようであり、調和のとれた一つの作品となったような精巧な顔立ち。

 立ち居振る舞いさえも品があり、よほど洗礼された貴族であろうと思わせる。

 しかし、その青年を引き付けさせるものはそれだけではない。

 彼には人とは圧倒的に違うところがあった。


「紅の髪……?」


 そう、それは髪。

 濃い薄いの差があれど、一般的な人ならば茶色か金髪をベースにした髪色。多数派ではないにしろロイドやダレンのように紺か黒がいるくらいだった。

 だけど、目の前の青年は紅。正確には少し茶色がかった紅。


 ルティの発言に一瞬だが、青年はポカンと驚いた表情を浮かべるが、すぐに笑顔に戻る。


「私の髪は父上と比べたら全然紅色ではないさ。もしかして、君は一年生かい?」

「あ、はい。そうです。なんで分かったんですか?」

「ああ、良かった、あってた。ネクタイつけてないから、もしかしてた思ったんだ。入学式でネクタイとリボンがもらえるからね」

 大人びた雰囲気であったため、先生と思われたが、よくよく見ると、ルティと同じ制服を着ている。しかし、彼はルティとは違い紺のネクタイをつけていた。


「それは知らなかったです。じゃあ、あなたはもしかして、先輩ですか……?」

「うん。そうだね。私は三年のフィニスだ。君の名前は?」

「フィニス先輩ですか!僕はルーティミリアンって名前なんですけど気軽にルティって呼んでください!」


 ルティは青年、フィニスとお互い握手をし、挨拶を交わす。


「ルティ!どこにいるかと思って焦ったぞ!ん?その隣の人は…?」

「ごめん、ごめん、ロイド。この人は先輩のフィニス先輩だよ!で、フィニス先輩、こいつがロイドです!」

「よろしく、ロイド君」

「よ、よろしくお願いします」


 ロイドもフィニスの容姿や髪色の一瞬は見惚れて呆然としまったが、すぐに気を取り直してお辞儀をする。


「そうだ!フィニス先輩!俺達、今入学式に参加したいんですけど、迷ってしまって……入り口とかってどこから入ります?」


 せっかく目の前に先輩がいるのだから、ロイドはすかさず質問する。きっとフィニスなら入学式のことも知っているだろう。


「入学式遅れちゃったのかな?私はさっきあそこの扉から通じる大講堂にいてね、入学式を見ていたんだ。用事があって抜けちゃったけど」

「え!あそこにも扉があったんですか!?」

「うん、まあね。けど、もう中盤に差し掛かってたからそろそろ出席してないと目立ってしまうかもね」

「まじですか!?おい、ルティ早く行くぞ!!」

「うわぁ、ロイド。ちょっと待って!あ、フィニス先輩ありがとうございました!」


 そう言って立ち去り、フィニスが指し示した扉に入っていくルティ達にフィニスは笑顔で見送る。


 そして、なぜか一人残されたフィニスは誰かに話しかけるように口を開いた。

「親切をするのもいいものだね。そうだとは思わないかい?」

「悪意なき親切なら賛成ですね、腹黒殿下」

「腹黒殿下とはひどいなぁ」

 返答する者はいた。

 ルティ達が向かった反対側の建物の影から一人女性が現れた。

 フィニスと同様の深紅のブレザー。そして、紺色のリボンとプリーツスカート。

 その女子生徒は鼻にかかっている銀縁眼鏡を上げ、冷徹な声でフィニスに問いかける。


「では、訂正します、“フィニス第一皇子”。ですが、貴方は何故、右も左も分からない新入生に正しい出口ではなく、関係者出口を教えたのですか?」


 彼女がフィニスを批判したのはルティ達に間違った出入り口を教えたことだった。

 フィニスは行き先へと足を動かし、悪びれもせず笑顔で答える。


「“俺”は別に新入生用の出入り口とは言っていない。俺がその扉から大講堂に入ったと言っただけだぞ?」

「どんな屁理屈ですか……。それに、今、あそこに彼らを入れるなんて、万が一巻き込まれたらどうするんですか?」

「巻き込まれることはない。奴らの狙いはあの新入生だけ。それより、彼らが奴らに気づかなかったら騎士として失格だね」

 彼女が気にかけているのはこれから起こること。

 そのために、フィニスと彼女は入学式から席を外した。

「騎士って、ここに通う生徒が全員騎士を目指しているとは限りませんよ」

「それはそうだが、見た限り、彼らは騎士を目指しているよ」


 そして、フィニスは動かしていた足を止め、顔だけ振り返る。その顔に浮かべる笑顔は恐ろしく美しく、恐ろしく怖い。


「それにね、俺は自国の皇子の名と顔を知らず、これくらいの問題を解決できないようじゃあ、騎士として認めることはできないんだよ」


 皇子と気づかれなかったことにふてくされていますね?


 本当の理由はただのフィニスが腹いせで嫌がらせをしたかっただけだろう。

 しかし、プライドの高いこの皇子には言うべきではないと言葉を飲み込み、代わりにため息をつく。


 フィニス・フレアローズはフレアローズ王国の第一皇子であり、次期皇帝。

 そんな彼の従者でもある銀縁眼鏡の彼女には反論は許されない。


「新入生、せめて貴方達が無事に式を終えられることを願っております」


 そう、許されるのは願うことだけ。



 しかし、彼女の願いとは裏腹に式は波乱の末に幕を閉じていくのであった。



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