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出発前の最後の嵐

 


 人々が寝静まるころ、一つの部屋に明かりが灯る。

 蝋燭がゆらゆらと三人の顔を照らす。

 ダーラ、ケイン、シャルーナそれぞれがそれぞれの椅子に向かい合わせになって座っていた。


「では、シャルーナ今回の件について、何があった?」

 最初に沈黙を破ったのはダーラだった。


「まあ、すでに聞いているとは思うけど、フレア教の仕業よ」

 苛だたしそうにシャルーナは爪を噛む。

「ルティ殿、ロイド殿、トール殿の容態は無事でしたか?」

 続いてケインが問いかける。

「ええ、彼らは無事よ。ただ……」

「ただ?」

「他の三人はもう遅かった。私達が着いた時は、心臓にロザリオが刺さっている焼死体になってたわ」

 他の三人。シャルーナが指す彼らはルティ達が戦った敵方である。

 二人の息を呑む声が聞こえた。

「トールから話を聞いた感じだと、亡くなった彼らは操り人形として動いていたらしいわ」

「なぜ、トール殿がそれをご存知で?」

「それは、なりかけたからよ。まあ、ルティちゃんとロイドが助けてたから、平気だったらしいけど」

「しかし、酷いですね」

「それが、彼のやり方だからよ……!」

 少し語調を強め、シャルーナは怒りをあらわにする。

 普段は敵一人の死だけでは感情を動かさないシャルーナにしては珍しいことだった。

 その違和感に気づいたのはダーラだった。

「シャルーナ、フレア教について何か知っているのか?」

「………」

「いや、フレア教ではないな?司祭であるソフィール・トロワ・デュオナルについてか?」

「ええ、そうよ」

 ため息をついて認める。その一瞬ではあるが、シャルーナの瞳に深い深い深淵のような陰りを感じた。

 そして、しばらく何かを思いつめた、戸惑いの表情を浮かべ、意を決したように口を開いた。

「彼は、一つの国を滅ぼしたことがある。私の故郷、レイン帝国を……」

「なっ……!シャルーナ殿、貴女はレイン帝国の出身だったんですか!?」

 シャルーナが口にした国の名前は数年前に内乱で滅んだ侵略国家、レイン帝国であった。

 レイン帝国は暴政で知られていて、侵略国家として他国からも危険視されていた。

 もし、シャルーナが“あの残虐な帝国”の残党であるなら危険である。ケインは警戒心を高める。

「ケイン、口を慎め。わしはシャルーナ、お前を信用する。というより、お前はあの帝国の犠牲者の一人であろう?もし、本当に暴政を指揮していた関係者であれば、何年もわしらの騎士達の命を救ってはいない」

 豪快な笑みを浮かべ、ドサリと後ろに寄りかかる。その動作一つで、高まった緊張をドーラはほぐす。

「そうですね……。シャルーナ殿、失礼いたしました。無礼をお許しください」

「平気よ。もともと出生をろくに話していなかった私が悪いのだし……むしろ、ダーラ男爵がそう言ってくれて救われたわ」

「話したいときに話せばいい。話したくなければ話さなくても良い。ただ、わしはここで騎士達の怪我や命を救っているシャルーナに感謝していることは確かだ」


 ひとまず話が落ち着いたのを確認しつつ、ドーラはパチンと指をならす。

「では、話を戻そう。シャルーナ、ソフィール・トロワ・デュオナルがレイン帝国を滅ぼしたということは本当なんだな?」

「‪ソフィール・トロワ・デュオナルが私が知っているソフィールであるなら、本当よ」

「別人の可能性もあるのか?」

「ええ、白髪、サファイアブルーの瞳をもつソフィールという名の青年は私は知っている。トロワ・デュオナルは初めて聞いたわ」

「でも、特徴を聞く限り、同一人物そうですね」

「私もそう思っているわ」

 シャルーナは実際にソフィール・トロワ・デュオナルを見ていない。そのため、シャルーナが知る人物と結びつけるのはまだはやいかもしれない。だが、トール達など、実際に出会った彼らから聞いた人物像を聞くと、シャルーナの知るソフィールと一致する。

「しかし、フレア教がなぜこんなところに……。フレアローズ王国に従属しているとは言え、こんなへんぴな田舎に彼らがくるものなのか?」

「ルティちゃんと、ロイドを狙っているんじゃないかしら?」

「ルティとロイドを?」

「ええ、だって王国中心部よりも辺境の地で人さらいをした方が事は小さく収まるじゃない?それに、あの二人ほどの年で、あの実力の子は、王都では余程の経済力を持っている貴族の子供くらいわよ」

「そんなにあいつらは能力があるのか……?」

「すごいわよ。素晴らしい原石の塊よ。見ているこちらが鳥肌立つくらいに……」

 確かに他の見習生と比べると優秀だとは思っていたが、シャルーナの反応を見るとダーラの予想以上に優れているのだろう。

「しかし、そんな二人を王都の学園に通わせて大丈夫なんでしょうか?」

「むしろ通わせた方がいいわよ。王都だったらここよりも優秀な方達はいるし」

「いや〜耳が痛いな。だが、シャルーナの言う通りレイシオン学園はここよりも安全だと思う。王都で騒ぎを起こすようなやつがおれば、余程のバカか、実力があるやつしかいない。それこそわしらじゃ、手に負えん」

「じゃあ、ルティ殿とロイド殿はそのまま明日出発してもらうことでよろしいですか?」

 ルティ殿は男子生徒としてですが……。と最後にぼそりと呟くケインに対し、ダーラは頭を抱える。

 そう、問題はフレア教だけではない。これからはルティは女でもあるのにも関わらず、男として過ごさなければならない。

「本人達がいいと言えばな」

 こんな問題が山積みでそれでも彼らは行くと言うのだろうか?


「行くわよ」


 はっきりと断言したのはシャルーナだった。

「あの子達にとってはそんなの問題にすらならないわ。一時、ロイドがどうなるか分からなかったけれど、大丈夫。彼もすでに腹をくくっているわ」

「ふむ……。その様子だと大丈夫そうだな。確か、あっちの学園に知り合いで教師をやっている奴がいる。信用の置ける奴だ。あいつらのサポートをしてくれるよう頼んだから、ある程度はフォローできるだろう」

「私も頼めそうな子がいるから、お願いしてみるわ」

 話は終盤を迎えていた。まだ、問題は山積みだが、今夜はこれまでにする。


 ダーラとシャルーナが席を立ち、それぞれの自室に戻ろうとする。だが、ケインは座ったままだった。

「どうした、ケイン?まだ何かあるのか?」

 ダーラは気づき、すぐに声をかけた。彼がこういう態度を取るとき、大抵はまだ納得していないことが多い。

 ケインは話すか話さないか迷ったすえ、口を開いた。

「失礼なことは重々承知です。ですが、やはり私はシャルーナ殿に一つお伺いしたいことがあります」

「私?」

「はい。ダーラ殿は話したいときに話せばいいとおっしゃっていましたが、やはり今後こういった重要な話をする際に、シャルーナ殿を本当に話していいか心配です。これからの信頼関係のためにも、どうか教えてください。

 貴女はいったい何者ですか?」


 そうケインの問いかけにシャルーナは不敵に笑う。

 ケインとダーラに対し人差し指を向け、淡い水色の光を放ち、何かを描こうと動かした。

 そして、妖しくも美しい微笑を浮かべ、こう呟いた。


「秘密よ、秘密。秘密ほど女を美しくするものはないのだから」


 シャルーナの放つ光を見て、ケインとダーラは絶句した。






 ◆◇◆◇◆◇◆






 太陽が地平線から顔を出し始めた頃、稽古場には向かい合った二つの影があった。

 一つは高く、一つは低い、アンバランスな影だった。


「ここでの闘いは今日で最後。ロイド、最後は僕が勝たせてもらうよ」

 小さい影が手に持っていた木剣を大きい影に向ける。


「何言ってんだ?最後に勝つのは俺だぞ?」

 同じように大きい影も木剣を小さい影に向ける。


 シンと、静まり返る。聞こえるのは己の呼吸の音。

 息を吸い込み、肺に沢山の息を吸い込む。

 そして、息を吐き出すのと同時にロイドは地面を蹴った。


 剣に体重をのせて、ルティと剣を交える。

 しかし、ルティは剣を受け流し、そのまま半回転し、逆方から追撃をする。

 ロイドはすぐに剣で受け止め力で押し返す。そしてそのまま体勢が崩れたルティにトドメを刺そうとする。

 だが、

「っ!?」

 一瞬にして目の前にいたルティは視界から消えた。

 息が聞こえた方、上を見上げると、ルティがいた。

 彼女の足の裏には微かな緑色の光があった。魔法だ。


 昨日初めてルティが魔法を使えるのを知ったが、まだ使い慣れていないのようだった。昨日今日であれ、簡易の無詠唱魔法を使えるのだろうか?


 いや、ルティならありえる。少しでも使えそうだったら何でも使う奴だ。


 ロイドは過去を思い出す。初めて覚えたものは、見たものはすぐに練習に取り入れてた。

 すでに完成されていた型をわざわざ壊して、別のと繋ぎ合わせ、良し悪し関わらず新しいものを作ってきた。

 昨日、風魔法を使った感覚と、シャルーナの無詠唱の魔法を掛け合わせたのだろうか?


 ルティのこの突飛な発想で生まれる戦い方は毎度のことだ。

 ロイドは動揺せず、次に備える。


 上に飛んだルティは、落ちてくる。その落ちる勢いに任せ剣を振り上げる。

「あああああああっ!!!」

 ルティは叫ぶ。全力をかける。

 足に緑色の光が弾け、更に加速する。

 彼女にしては珍しいことだった。普段、一撃に全力をかけることはない。

 だが、今回は違う。

 この瞬間、この一撃に全てをかけている。


 では、自分も全力をかけよう。

 しっかりと踏みしめ、腰を低くし、剣を大きく後ろに振りかざす。

「おおおおおおおっ!!!」

 稲妻のように剣を振り切る。上から襲いかかる突風に負けないくらい。


 ガァァアン!!!


 木剣同士の叩き合う音が響き渡る。

 そして、折れた。


「「えっ……?」」


 双方の木剣は耐えきれず、鈍い音を立て真っ二つに分かれた。

 思わぬ展開に二人は間抜けな声をあげ、呆然とする。

 二人の間を支えたもの、剣がなくなる。

 上から降ってきたルティは当然重量には逆らえるはずもなく、そのまま落ちていく。

 上を見上げるロイドの顔にルティの顔が急接近する。

 そして、二人の唇が重なりかける。


 ゴツッッ!!!


 しかし、唇が重なるよりも先に額同士が思い切りぶつかる。

 いくら剣によって勢いが落ちているとはいえ、頭にかかる負担は大きい。

 額が受けた衝撃は強く、麻痺状態になり、強制的に意識がシャットダウンする。


 結果、二人は意識がなくなり、その場に気絶した。


 出発ギリギリ前に発見され、騒ぎになったのは言うまでもない。

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