【争いの街 番外編】Follow Me
「争いの街」番外編第一弾。
イアンとシーヴァが結婚するきっかけを描いた話で、時系列としては「オジギソウ」と、「争いの街」の間です。
相変わらず、オッサンがぐだぐだ悩んでます(´・ω・`)
タイトルは、MUSEの曲名から。(鉄拳さんのパラパラ漫画とのコラボで話題になった曲です。)
※児童虐待を匂わせる描写有り。
※pixivで投稿したものを転載。
(1)
ポツ、ポツポツポツ……、サーサー、ポツポツ……、サー。
空から雨の滴が、静かに、静かに地に向かって降り注ぐ。
滴は時折、地上ではなく屋根に当たり、ポトン、ポトン、と、深夜の真っ暗な部屋の中でやけに大きく鳴り響く。
雨音を聞きながら、ベッドに横たわりつつもイアンは一向に寝付くことが出来ずにいた。
彼の隣では、シーヴァが穏やかな寝息を立てている。横向きで海老のように身体を丸め、全身をシーツに包ませて。その安心しきった寝顔は、普段の、年齢より大人びた、ややきつめの美少女といった雰囲気は微塵も感じられない。
(やれやれ……、俺の前だと本当に無防備になるよなぁ……)
眉毛が下がり、すっかりあどけない表情になって眠るシーヴァを見て、イアンはクスリと微笑んだ。同時に、彼女が七年もの間失っていた声を取り戻して以来、時々自分の中で湧く複雑な感情を持て余してもいた。
シーヴァのことは出会った時から、娘のような存在だと思っている。
だから、彼女が自分を肉親ではなく、男として愛情を持ち続けていると知りつつ、あくまで「家族」として接し続けていたし、いずれは誰かの嫁に出さなければいけない、と考えていた。
幸い、シーヴァは器量が良いだけでなく、働き者のしっかりした娘のため、少女売春婦だった過去や口が利けないことを承知の上で、それでも嫁に欲しいと、周りから引く手数多なくらいだった。
だが、イアンは何かと理由を付けてはシーヴァの結婚話を断り続けている。それどころか、一度きりだったとはいえ、彼女を抱いてしまっている。
シーヴァを女として愛しているのか、正直な所分からない。
ただ、心の何処かで『シーヴァの事を真に理解し、支えることが出来るのは自分以外には絶対いやしいない』と思っていることも確かだ。その気持ちは、シーヴァが声を取り戻したことでますます強まってきている。
我ながら、余りにも傲慢すぎやしないか。一体、お前は何様なんだ??
呆れ返る自分と、手放したくない自分が激しく鬩ぎ合う。
今夜イアンが眠れないのは、昼間に起きたシーヴァに関する出来事が原因だったーー。
(2)
「おやっさん!!大変です!!」
離れの作業場でマリオンと共に仕事をしていると、ドンドン!ドンドン!!という力一杯玄関を叩く音が聞こえたと同時に、ランスロットが乱暴に扉を開け放す。
「ちょっと、ランス!扉が壊れちゃうよ!!」
ランスロットの勢いに驚くも、マリオンは彼を嗜める。
「悪ぃ!ちょっと気が動転していて……」
「一体どうしたのさ??」
鑢で棺の表面を削りながら、マリオンはランスロットに尋ねる。
「シーヴァさんが……、市場でいきなり倒れたんだよ!!」
「何だって!?」
マリオンの反応よりも早く、イアンは手にしていた木槌を放り出し(本当に放り出した訳ではなく、実際はやや雑に床に置いただけだが)ランスロットに掴み掛かるようにして、問い質す。
「ランス!シーヴァは無事か?!あいつは今、何処にいるんだ!?」
いつもは穏やかなイアンのやや荒っぽい態度に面喰いつつ、ランスロットはすぐに答える。
「シーヴァさんは今、カーラの家にいます。ただ……、呼吸の仕方が変なんですよ……」
「……は??」
「何ていうか……、息を吸ってばかりで吐くことが出来なくなっているみたいで……。こんな言い方したら不謹慎っすけど……、呼吸困難でその内に息が止まるんじゃないかって、運び込んだ皆も気が気がじゃなくて……、って、おやっさん?!」
ランスロットが話し終えるよりも先に、血相を変えながらイアンは作業場から飛び出し、一目散にカーラの家へと走り出していた。
こんな風に全力疾走することなど、少なくとも、向こう十五年はなかった。
年齢面での体力の衰えも加え、すぐに息が上がり、肺や心臓が痛み出す。
それでも、イアンは走り続けた。シーヴァの安否を一秒でも早く確認したいから。
一〇分程走り続けた後、イアンはカーラの家に辿り着く。
イアンは先程のランスロットと同じく、扉が壊れそうなくらいの力でドアノッカーを強く叩きつけると、すぐに中から、ハニーブロンドの髪色をした小柄な少女が姿を現した。
「カーラ!シーヴァは……」
カーラと呼ばれた少女はひどく青ざめた顔色をしながら、「おじさん……。シーヴァを助けて……」と、今にも泣き出しそうな表情でイアンに懇願する。
「シーヴァは、居間の長椅子に寝かせてあるんだけど……」
カーラに案内されて、居間に足を踏み入れたイアンは目を疑った。
長椅子の肘掛けに頭を乗せ、シーヴァはぐったりと横たわっている。それだけではない。引きつけを起こしているかのように、全身をブルブルと痙攣させている。
「シーヴァ……!」
イアンはシーヴァのすぐ傍まで近づく。ランスロットが言っていた通り、しきりに息を吸ってばかりで吐き出すことが出来ないせいで、呼吸が異常に速い。
床に膝を付き、シーヴァの手を握りしめると氷のように冷んやりとしている。
手を握られたことにより、ようやくイアンに気付いたシーヴァは目線だけを動かして彼を見つめた。いつもは凛とした強気さを湛えたハシバミ色の瞳が虚ろだ。
「シーヴァ、まずはゆっくり息を吸うんだ。ゆっくり、ゆーっくり。そうそう、それでいい。そしたら、今度はゆっくり息を吐くんだ。ふぅーーって。ゆっくりゆっくり」
イアンはシーヴァの細い肩を抱きかかえながら、彼女の呼吸を整えさせるべく、深呼吸を繰り返させた。
シーヴァは以前にも何度か同じような症状に陥ったことがあり、医者から対処法を教えてもらっていたのだ。
ランスロットから聞いた話からしておそらくはこの症状だろうとは思ったが、万が一と言う事もあり、シーヴァの姿をこの目で確認するまでは生きた心地がなかったけれど。
シーヴァはイアンのシャツを両手でギュっと握りながら、彼の言葉に従い、深呼吸を繰り返す内に徐々に落ち着きを取り戻していった。
「……だいぶ治まってきたな、大丈夫か??」
イアンがシーヴァの顔を覗き込む。すると、シーヴァは弱々しく、コクンと首を縦に振った。その様子を見たイアンは安堵し、カーラを始め、心配そうにして成り行きを見守っていた人々にようやく向き合う。
「皆……、シーヴァを助けてくれて本当にありがとう。あと、忙しいところ、迷惑掛けちまって……、すまなかった」
立ち上がって人々の傍に寄ると、イアンは大きな身体を折り曲げて深々と頭を下げる。
「イアン。困った時はお互い様だ」
「それより、シーヴァが無事で本当に良かったよ」
頭を下げるイアンに向かって、人々はしきりに「気にするな」と告げる。
「カーラも吃驚しただろう??ごめんなぁ」
シーヴァの数少ない友人であるカーラは、気の強いシーヴァとは反対におっとりした大人しい少女だ。さぞや驚いたに違いない。
「ううん、気にしないで。ただ、倒れる直前までは元気だったから、何でかなぁ、とは気にはなるけど……」
「本当に急だったのか??」
「えぇ。シーヴァにしては珍しく、ボーっとしてると思って顔を覗き込んだら、顔色が真っ青になっていて。何だか呼吸も苦しそうで、どうしたの??と聞こうとしたら、その場に崩れ落ちてしまったの……」
「そうか……」
この症状の原因の一つとして、精神的な不安や心労が一気に高まることだと言われている。もしかしたら、過去の辛いことを想起させるようなものを見たか、聞いたかしたのだろうか。
原因が気になるものの、まずはシーヴァをゆっくり休ませることが先決だ。
イアンは長椅子からシーヴァを抱き上げる。女性にしては背が高い割に、シーヴァの身体は思いの外軽かった。助けてくれた人々に改めて礼を述べ、イアンはカーラの家から自分の家へと戻っていった。
(3)
「……ん……」
眠っていたシーヴァが僅かに身じろぎをした後、ゆっくりと瞼を開く。彼女の切れ長のハシバミ色の瞳と、イアンの薄いブルーの瞳がかち合う。
「……眠れないの??」
まだ完全に目が覚めきっていないせいか、やや舌足らずな口調でシーヴァがイアンに尋ねる。
「んーー、ちょっと考え事していてな」
「……ふーん……」
シーヴァはとろんとした目付きでイアンを見つめる。
「……じゃあ、私も起きていようかな……」
「……別に、お前は俺に付き合う必要はないぞ??」
「……私が勝手にそうしたいだけ……」
「……あっ、そう……。それじゃ、好きにしろ……」
全く。可愛んだか、可愛くないんだか、相変わらずどちらとも取れない態度を取る奴だ。
シーヴァの視線から逃げるように背中を向けようとしたイアンだったが、ふと思い直し、再び彼女に向き直った。
「……なぁ、シーヴァ」
「……何よ??……」
イアンは躊躇いながらも、言葉を続けた
「お前、今日の昼間、市場で何を見たんだ??」
途端にシーヴァは、サッと表情を強張らせて口を閉ざす。
やはり、だんまりを決め込むか。
口が利けるようになったきっかけについても、シーヴァは頑なに口を噤み、教えてはくれなかった。
「……まぁ、言いたくなきゃ、答えなくてもいいが……」
シーヴァは、苦笑を浮かべるイアンを見つめ続けているだけで黙っていたが、しばらくしてベッドの中から身を起こす。そして、呟くような小さい声で、途切れ途切れに話し出した。
「…………私を……、娼館に売り飛ばした、アパートの家主……、を、市場で見掛けたの…………」
「…………」
今度はイアンが言葉を失う番だった。そんな彼に構わず、シーヴァは淡々と語り続ける。
「…………向こうは、私に気付いていなかったけど…………。……あいつ、娘と一緒に、赤ん坊を乳母車に乗せて、歩いてた……。多分、孫……だと、思う……」
「…………そうか…………」
シーヴァはワナワナと身を震わせ、何かに耐えるように目を伏せる。
「…………あいつ、幸せそうに、笑ってたの…………。それが、すごく……、許せなかった……!人の弱みに付け込んで……、何も知らない私を無理矢理襲ったくせに……!あいつのせいで、私、口が利けなくなったのに……!」
「シーヴァ、もういい。これ以上は……」
「…………あいつが、私を犯したのは、一度や二度じゃない…………!!私を娼館に、売ったのは、奥さんに見つかってしまったから……。売られたことは、嫌だったけど……、これであいつの家庭が滅茶苦茶に壊れてしまえばいい、って、願っていたのに……!!何で、あいつは今も幸せにしているのよ!!そんなの許せない……!!!!」
イアンの制止も耳に入らない程、我を忘れてシーヴァは感情を爆発させている。思えば、シーヴァがこんな風に憎しみや恨みつらみと言った、負の感情を露わにさせることなど今まで一度足りともなかった。
いたたまれなくなったイアンは、再び呼吸が荒くなり始めたシーヴァを抱きしめ、気を落ち着かせようと宥めすかせた。
『シーヴァは、イアンさん以外の人じゃ駄目なんです』
以前、マリオンが投げ掛けてきた言葉を思い出す。
言われた時は鼻にも引っ掻けなかったというのに、ここ最近はシーヴァに何か起こる度に胸にズシリとのしかかってくる。
シーヴァは気丈な反面、非常に繊細で脆い部分を持っている。
思い上がりも甚だしいが、彼女のこう言った繊細さを受け止めてやることが出来る者は、自分の他には誰もいないような気がする。
イアンの腕の中では、彼に背中を撫でられながら、シーヴァは少しずつ平静を取り戻していった。
「気が済んだか??」
様子を伺いがてら、イアンがシーヴァに声を掛けると、うん、と、か細い返事が返ってきた。
「……でも、もうちょっと、このままがいい……」
イアンの痩せた胸元に鼻先を摺り寄せ、甘えを含んだ声色でシーヴァは身体をよりくっつけさせる。
やれやれ、こういう時だけやけに甘えん坊だ、と内心呆れるが、こんなことで気が落ち着くのであれば安いものだ。
「……なぁ、シーヴァ」
返事をする代わりに、シーヴァはイアンの瞳を真っ直ぐ見据える。
「いつまで一緒にいられるか分からんが……、俺が生きている間だけでもお前の傍にいようと思う」
「……………」
シーヴァは怪訝そうな顔をして、首を傾げている。
恐らく、言われている言葉の意味に気付いてはいるが、半信半疑でいる、といったところか。イアンはわざと大きく肩で息をつく。
「……つまり、結婚しようか、と言っているんだ……」
まさか四十近くになって、しかも二十も年若く、娘同然に育ててきた少女に結婚を申し込むなど、誰が想像しただろうか。何を隠そう、自分自身が一番驚愕しているくらいだ。
シーヴァはシパシパと細かく瞬きを繰り返すばかりで、一向に返事をしない。
よもや、散々イアンの事が好きだと言っておきながら、「誰が、こんな冴えない男寡のオッサンなんかと結婚するか」と、跳ねつける気か。
「……ねぇ、イアン。もしかして、寝惚けているの??」
「……は??……」
「寝言は寝ている時に言いなさいよ。イアンが私と結婚したいなんて、夢を見ているか、イアンが寝惚けているかとしか思えない」
「…………」
どうやらシーヴァは、これは夢だと思い込もうとしている。
確かに、一度だけとはいえイアンに抱かれた後も、彼から明確な言葉を何一つ貰っていないシーヴァが疑うのも無理はないし、そう思われてしまうのもイアンの自業自得だ。
だが、それにしたって、この反応はあんまりだろう。
「寝惚けてんのは、お前だろうが……」
すかさず、イアンはシーヴァの鼻先を指で思い切り撮む。
「いひゃい!!」
「何が夢オチだって??誰が寝惚けているって??」
「いひゃひ、いひゃい!!」
鼻先を撮むのは、シーヴァやマリオンを叱る時に行っていた一種のお仕置きである。
「痛いってことは、夢じゃないだろぉ??」
「……!!……」
イアンが鼻先から手を放すと、シーヴァの表情が見る見る内に綻んでいき、はにかんだ笑顔に変化していく。
「……嬉しい。これで、私はイアンの傍にずーっといられるんだもの」
「お前も物好きだよなぁ……」
「イアンには言われたくない」
「あぁ、はいはい。そうでしたね」
「はい、は一回でしょ」
「へぇへ」
(元気になった途端、いつもの強気な小娘に戻りやがって……)
シーヴァを妻に迎えたとしたら、間違いなく主導権はこいつに握られるだろうなぁ、という予感を感じながら、まぁ、それも悪くはないか、と今から腹を括るイアンであった。
おまけ
***
「ランス、最近元気ないが、一体どうしたんだよ??ははーん、さては女に振られたか??」
客にビールを手渡した際、ランスロットは容赦ない指摘を受け、思わず口元をひくつかせてしまう。
「おいコラ、クソガキ。客の前でしけた面見せてんじゃねぇぞ。仮にも接客の仕事だぞ??」
更に追い打ちをかけるように、ハルがランスロットの頭を拳で軽く小突いては注意する。
「……ボスの口と柄の悪さも、相当っすけど……」
「あ??何か言ったか??」
すかさず、ハルは金色掛かったグリーンの瞳でランスロットを睨みつける。が、すぐに客に向かって、「ヘンリー。悪いんだが……、こいつ、ガキの頃から惚れてた女が結婚しちまって、物凄く落ち込んでるんだ。だから、あんまり苛めないでやってくれよ、な??」と、ランスロットをこれ以上からかわないよう、それとなく庇ってくれたのだった。
「ボス……、ありがとう、ございます……」
照れ臭いのか、目線を泳がせながら、ランスロットはぶっきらぼうな口調でハルに礼を言う。
「あぁ、別に気にすんな。それより、お前もとっとと立ち直りやがれ。そう言えば、前に『シーヴァさんに手出す奴は絶対にぶん殴ってやる!!』と息巻いてたよな??いっそのこと、一発やってやれよ」
「いや、それが……。他の奴ならともかく、相手がイアンのおやっさんじゃあ……、到底無理っす……。悔しいけど、あの人なら納得せざるを得ないんで……」
「……ふーん」
ハルは面白くなさそうに鼻を鳴らしたが、「ま、取りあえず、早いとこ元気出せよ、ランス」と、ランスロットの肩をポンポン叩いて慰めたのだった。
(終)