驚愕
「えっ!?」
「!?」
陽が落ちてきて、人通りが増えてきた大通り。
この時間帯は歩行者天国になっているその道を歩いていると背後から大きな声が聞こえた。
びっくりし過ぎて反射的にピンッと体が直立になる。そんな反応をしたのは私だけみたいで、地味に恥ずかしい。
足を止めたついでとばかりに迷惑な声の主を振り返ったら、驚いたことにその彼が歩み寄って来るのが見えた。
「びっくりしたーっ、無視されたのかと思った」
足の爪先と明るい声の向かう方向に居るのは、多分私。
え。待て待て。まさか知り合い?
こちらに歩いてくる彼はゆるっとしたピンクの上着の前を開けていて、水色と青のネルシャツを服の合わせ目と袖口から覗かせている。
下はベージュのパンツで、季節に合った春っぽいファッションだった。
「おーい。キリちゃん?」
「あっ、佐川君!」
内心焦っていたのだが、ある程度の距離まで近付いたことで声の人物が判明した。
近くで見ると相変わらずのオシャレ男子だ。
動物の形のカフスボタンとか、一つ一つの小物のセンスが良い。
「そっか気付いてなかったんだ。目が合ったと思ったのに」
「ごめん。ちょっとボーッとしてて」
笑いながら謝る。
本当は多分眼鏡さえ掛けてれば気付いたんだと思うけどそれは言わない。
今までの経験から、じゃあ何でかけないの?って聞かれるのが分かってるからだ。
「でも良かったよ。俺ずっとキリちゃんに会いたくてさ」
視線を合わせるように身を屈めて、佐川君がニッと笑う。
香水の良い匂いと同時に、ちょっと嫌な予感がした。
「あの後、恭也とどうだった?」
時間が有るか聞かれて今日は大丈夫と答えると、佐川君はどこかに電話をかけ始めた。
話してる内容を聞くつもりは無かったから通りにあるアパレル店を眺める。
多国籍なブランド名を付けるのは良いけど
読み仮名が欲しいなぁとうっすら思った。
すると掛けられた声。
電話はすぐ終わったらしい。
「んー……お店出てすぐ別れたから、どうだったと言われても」
普通に嘘だ。
あのときのことを事細かに言うつもりは無かったし、言う必要も特に感じなかったから。
「…………マジで」
途端にこちらを見る佐川君の表情が引きつった。
相当意外だったらしい。
……ああでも他の人から見れば手を繋いで出て行った訳だしね。普通に何か有ると思っちゃうか。
「えーと……ちょっと待って。キリちゃんもしかして女の子が好きだったりする?」
だからといってどうしてそんな結論に至るんだ佐川君よ。
「やだ知らなかったの?」
驚いたように口元に手を当てて目を見開く。
つい悪戯心が疼いて渾身の演技を披露してしまった。
……いやだから、何でそこで頭を抱えるんだ佐川君。
あなた私が“合コン”に行った事実を完全に忘れてるでしょう。
「女の子……確かに可愛いけど、男も良くない?興味ない?」
ここまで食らい付かれると、あなたもしかして私のこと……?と邪推したくなるが、彼に至っては微塵も感じないから不思議だ。
「嫌だよ。可愛くないし柔らかくないし」
疑問を持ちながらも演技を続けると、徐々に佐川君が眉を下げていく。
正直な反応に笑いが込み上げてきて急いで咳き込んで誤魔化すものの、彼の顔をもう一度見るとやっぱり堪えきれなくて肩を震わせてしまった。
その様子に気付いたらしく、横からじとっとした視線。
横目で確認した不機嫌な様子に更に笑いを誘われる。
「性格悪いってよく言われるでしょ」
「まさか。優しくて綺麗なオネーサマとはよく言われるけど?」
「言ってんの誰だよ……」
佐川君が何歳か知らないが、弟が居たらこんな感じだろうか。やけにからかうのが楽しい。
「で、何で私が女の子好きって思ったの?」
話を本筋に戻せば、佐川君が眉根を寄せて遠くを見た。
怒って無視してるんじゃなくて言葉を探しているみたいだったので、せかさず待つ。
歩を進めながら道の反対側でゆっくりとした歩調で歩くサラリーマンや帰宅途中の学生を見て、傍のレストランからの美味しそうな匂いに食欲をそそられていた。
よし、今日の夕飯はハンバーグにしよう。
思い付いて視線を横の人物に戻すと、彼がタイミング良く口を開く。
「……あの恭也と一緒に居て、好きにならない子が居るとは思えないから」
何それ怖い。
冗談かと思って笑おうにも佐川君は真剣で、じっと私の反応を伺っている。
私は脳裏に藤田君を思い浮かべた。
意地っ張りで、でも変な所で素直な人だったと思う。
基本的に紳士で女好きには見えなかったけど、もしかしたら物凄い口説きテクニックでも持っているのかもしれない。
…………。
駄目だ、私の乏しい頭では昭和っぽいシチュエーションしか思い付かないが
きっと百発百中で女の子の心に響くとんでもないセリフとか有るんだろう。
気になるが知りたくない。
「あれ?でも藤田君、この前女の子に避けられてなかったっけ」
単に好みの子が居なくて本領発揮出来なかったにしても、あの避けられ具合は異常だ。
一体何が原因だったのだろう。
「あー……あれは、ほら、恭也あの外見だろ?」
外見の問題なんだ。
まともに見たことが無かったからどうとも言えなかったけど、言いにくそうに言葉を重ねる佐川君を落ち着かせるように大袈裟に頷く。
「大体の女の子は堪えられなくて引いちゃうか、触るのも怖くて近付けないんだよ」
堪えられないほど怖い顔って何だ!?
そんな凄い強面を見たことが無いから驚く。
輪郭も目元も見た感じそんなことなかったと思うけど
私また視力が落ちたんだろうか。
とりあえず理由は分かったけど。
佐川君の話はちょっとおかしい。
そもそも、そんな怖い顔の持ち主が女の子にモテるだろうか。
それとも不特定多数の女の子という訳じゃなくて、やっぱり狙った子は絶対に口説き落とすという意味?
まあ確かに強面の方がふとした拍子の優しさにコロッといくかもしれない。
そうしてようやく私は、彼の正面に座った時のみんなの恐れ混じりの尊敬した視線とか、話しかけた時の驚きの理由が分かった。
でも、話はそれだけじゃなかった。
「それが理由で恭也昔から苦労しててさ。
俺にも詳しいことは話してくれないけど……あいつの生活はストレス溜まると思うよ」
私の周りにも外見で判断される人が居るから想像出来ないこともない。
彼女はおよそ100キロの体を持ち、エレベーターでブザーが鳴ると先に乗っててもジロジロ見られるのだ。
……ちょっと藤田君とは方向性が違うかもしれないが。
人の口から彼の深い話を聞くことに抵抗を覚えない訳でも無いが
佐川君が本当に藤田君を大事にしているのが分かったから、そのまま静かに頷いた。
こんなに自分のことを考えてくれる人が居るのは素直に羨ましい。
そう思って微笑んだ私の表情が凍ったのは、次の瞬間だ。
「俺たち年上ばっかと付き合って、あいつ高校でも友達居るか心配なんだよな。……でもキリちゃんと会えたし、あの時連れてって本当に良かった」
……え。
あの、今もしかして“高校”って言った?
…………誰が?
「おい、カナ」
その時声が聞こえた。
佐川君の肩を掴んでちょっと強引に自分の方に向かせている彼は、声といい雰囲気といい間違いなく藤田君だと思う。
「お前、用件だけ言って電話切る…な」
私に気付いたのか、彼が不自然に言葉を切る。
私はその格好にくぎ付けだった。
何てったって
――――学生服。
「……高校生?」
未成年飲酒幇助やら色々なアレコレが、私の頭を駆け抜けた。




