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深夜にて

 この目の前の、顔色を隠しているつもりらしい男が実は物凄く酔っているのだという結論に達したとき

私はライフカードって何年前のCMだったっけと一瞬現実から逃避した。





 すぐ終わるかと思った合コンだが意外とそこそこの盛り上がりを見せるようになってきて

私のチャンジャ茶漬けは3杯を超えていた。


 藤田君からもの言いたげな視線はくるしその意味も分かるけど

私は気に入ったら一途なんだ、放っといて欲しい。

それともあれだろうか、2杯目からメニュー名言って注文させたことに怒ってるんだろうか。


「そんな物欲しげに見ないでよ。一口食べる?」

「要らない」

「素直になりなって」


 器を近付けて口の周りでループさせると一口食らいついたが本当に要らなかったらしい。またちょっと不機嫌になった。



「…あんた、終電は?」


「無いよ。終わったらタクシーで帰る」


 久しぶりに飲めるのに終電で帰るつもりは無かったし、ちょうど明日は休みだ。今日は心行くまで楽しもうと思っていた。

合コンの本来の目的と若干ずれてることには目をつむって頂きたい。



「そうか…」


 真正面から聞こえてきた声が思いがけず堪えるように掠れていて、視線を上げる。

そして唐突に悟った。



 この人、酔ってない?



 深く頬杖をついて、壁の方を向いている顔色が悪い…気がする。よく見ようと覗きこんでみると、眉間の皺も不機嫌というより苦しそうに見えなくもない。

さらにぐっと顔を近付ければようやく私の視線に気付いたのか、頬杖から顔を浮かしてこちらを見る。

そのタイミングで口を開いた。


「お酒、もしかしてあんまり強くない?」


 瞬間、はっきりと身動ぎした。


 なるほど。この人やっぱり素直らしい。


「帰った方が良いんじゃない? あんまり無理すると大変なことになるよ」



「いい。大丈夫だ」


 わーい?(Why?)

そこで拒否する理由がさっぱり分からん。

さっさと帰って寝た方が後々楽だろうに。それともこの人にとって、よほどこの合コンが楽しいのだろうか。

そうは見えないのだけれども。



「佐川君に言おうか?」

「構うな」


 男の中でも一際楽しそうな声で笑っている佐川君を横目で見るも、藤田君から少しだけ険を孕んだ低い声が耳に落とされる。


 何だこの人、意地っぱりか。

もしかして男のプライドってやつなのか。



 そう考えると、今までの会話の流れも納得出来る気がした。

さっきの会話も


「あんた、終電は?」

「有るよ」

「じゃあ送る。出ようか」


というような流れに持っていきたかったんじゃないだろうか。


 確かに私も飲み会とかに行くようになった20くらいの頃は、ひとりだけ最初に帰るのが子供みたいで恥ずかしくてよく無理をしたものだ。


 少し昔を思い出して笑ってしまった。

だからだろうか、こんなカードをきってしまったのは。




「藤田君、お持ち帰りしてあげよっか?」


 は?というちょっと呆れた声が聞こえたものの、私が笑っているのを見て額面通りの意味とは違うことを悟ってくれたのか、ちょっと違う雰囲気に変わった。



「…あんた、良いのか?」


「良いよ。ただこれ食べてからね」


 私はとにかくご飯だけは何が何でもどんな状況でも完食する派である。

藤田君の胃と肝臓にとっては非情な判断かもしれないけど、美味しそうに私を誘惑するお茶漬けが悪いと開き直って待って貰った。


 お茶漬けついでに恐らくこの後誰も手をつけないであろうお皿に2粒残った空豆だとか、下の氷がゆるゆるになってきている刺し身だとかも美味しく頂いて手を合わせる。


「あー……幸せ。ごちそうさまです」


 美味しいものを食べると何でこんなに幸せになるんだろ。

しいて言うなら、この後温かいお茶なんかが出てくると凄く嬉しいけど

藤田君のことを思うとそう悠長なことも言ってられない。


「行こっか。じゃあ、私先に帰るね~」


 言いながら立ち上がると、いつもなら「またねー」とか何とか言ってくれる女の子達が静まり返った。


 きたよ。謎現象。



 忘れかけていたことがまた起こってちょっとビックリする。

それでも帰らない訳にもいかないから女の子達を避けて前に進むと、藤田君の姿が目に入った。

見た感じでは全然大丈夫そうに見える。


 ちょっと安心して、入口側に居たケイシ?と呼ばれていた男の人にご飯代を出すと、案の定しぶられたけど結構強引に押し付けた。

こういう所も私が可愛くない所以である。


 振り返って脱いでいた靴を履く。

直ぐ近くに有る段差を降りた所で、藤田君がこちらに顔を向けて待っていた。



「ほら」



 段差を降りようとした時に、ふと私の前に差しのべられた手に思考が凍る。


え。何これ。


「…その靴じゃキツくないか?」



 私がふらついて転けないようにってことでしょうか。


……いやいやいや、確かにピンヒールですけども。

でも階段3段くらいだよ?



 滅多にない女の子扱いに動揺しながらその手を取る。


 しかし、この上もっと動揺することが有った。


 階段を降りた瞬間に、その手がギュッと握り込まれたのである。



 結構強めの力で握られて、出口まで悠々と歩いていく。

足の長さが違うのか、藤田君はゆっくり歩いているのに私はせかせか歩いていた。




 この時の私の動揺は筆舌に尽くしがたい。

え?何で手を繋ぐの?とか、まさかこのまま強引にホテルに連れ込まれないよね?とか色んなことを考えた。




 そしてその動揺は、店を出るまで続いたのである。

それまでそれが当然のことのように繋ぎっぱなし。

私は初対面の人間と手を繋ぐ趣味はないのだけど。


「ちょっとお兄さん、手、手!」


 声をかけてみても一向に振り向いてくれないので、少し不安になって店を出た所で両手で手を引っ張ってみた。


 すると反応は有った。

 有ったのだが……




 3秒後、私はこの人に抱き締められていた。




 や、抱き締められたというのは誇張だけども。


 正確には、引っ張った力が強かったのか何なのか、藤田君がこちらによろけて来たのだ。

私はまともにぶつかって、そして弾かれた先が悪かった。


え。と思った時にはもう道路の柵に上半身が乗り掛かって、ついでに片足が宙に浮いて


あ、死ぬかも


なんて思った時に、背中に腕が回ったのである。

 抱き寄せられたお蔭で私の体は道路に投げ出されなくて良かったものの

一瞬の内に起こった出来事に、いまだに心臓がバクバクと嫌な音を奏でている。


「…悪い。怪我無いか?」


 ごく近く、耳元でこもった声にビクッと体が反応した。


 彼の片手は私の背中に回っていて、もう片手は私の直ぐ横の柵を掴んでいる。

私の両手はとっさに掴んだのであろう彼の背中と胸元にあった。

問題は足で、右足は辛うじて地面に付いていたが、左足は完全に離れていて真下にヒールが落ちている。

剥き出しになったストッキングの爪先が妙に恥ずかしかった。



 分かって見ると凄い体勢だ。

それはもう、通行人にじろじろ見られるのも仕方ないくらいには。



「だ、大丈夫だけど…ちょっと離れよっか」


 一旦落ち着いて提案してみるものの一向に離れない。

怪訝な顔を向けると、彼は困ったように苦笑した。


「…足がきかない」


 どこまでカッコ悪いんだこの人。


 こんな状況なのに笑ってしまう。



 多分、最初から大分足に酔いが回っていたんだろう。

手を繋いだのもやけに力が強かったのも、それで説明がつく。

そうして私の手を支え代わりにして店の外に出てはみたものの、急に引っ張られて踏ん張れなくて今に至るわけだ。


 どれだけ意地っぱりなんだ、藤田君。





 とりあえず私は靴を履き浮いている方の足を地面に戻して、背中に回っている手を肩に移動させるように誘導した。


「私の肩に体重かけて良いから、ちょっとずつでも足動く?」


「動く…が、これ以上はあんたに迷惑だろ。俺はその辺のタクシー呼び止めて帰るから気にしなくていい」


 足は動かないのによく動く口である。

付き添いが居ないと、タクシー降りてからが大変だろうに。


「そんなことするくらいなら、今すぐお店の中に戻って人呼ぶけど良いの? じゃないと安心出来ないし、放っとけないよ」


 長年の友にカッコ悪い所を見せるか

 散々見せた初対面の私に見られるか

意地っぱりな彼にとっては究極の二択である。




「…分かった。その辺のホテルまで頼んで良いか?」


 結局彼は、新たな恥より恥の上書きを選んだようだ。


 私も一応成人だし警戒心が芽生えないわけでも無かったけど

とりあえず藤田君が道中吐かないように祈りつつ足を踏み出した。






 チェックインしてベッドに藤田君を横たえた時、私は全力で自分の足を褒め称えた。

最後の方は恥も外聞もかなぐり捨てて裸足になってやろうかと思うくらい足が限界を迎えていて、プルプルしながら受付に行ったのである。

受付のお姉さんが、大丈夫ですか?と声をかけてくれたけど、正直に言うと全然大丈夫じゃなかった。

……今更ながら私は合コンに来て何をやっているのだろうか。いや、考えちゃダメだ。



「藤田君、胃腸薬要る?」


 春の歓送迎会用に鞄にしのばせていた薬を取り出しながら言うと微かに首を動かしたので

彼の背中にホテルの枕とクッションを敷いて上体を起こした。


 眉間の皺が深い。

お酒に弱いのか、飲みなれていないのか分からないがまだ凄く気持ち悪いのだということは分かった。



 ホテルの冷蔵庫からミネラルウォーターを選んで取り出すと、定価より高いそれを躊躇うことなく開ける。

コンビニに行くの面倒なんだ、ごめん藤田君。


 心の中で謝ってから飲み口で唇の辺りをノックするとうっすらと開いた。


「じゃあゆっくり注ぐから、飲んでね」


 錠剤をまず口に入れて、ゆっくり水を注ぐ。

ある程度入れてから様子を見ると、喉仏が上下した。


「もう一度口開いて。なるべくたくさん水飲まないと」


 拒否されるまでそれを繰り返す。心なしか顔色が良くなってきたみたいだ。


「藤田君、明日仕事は?」


「仕事…ってか、9時頃」


 これでもかというくらい気だるそうな低音が返ってくる。


 9時か…よくこの人今日来ようと思ったな。私だったら絶対パスしてる。


「一旦家に帰るよね。とりあえず6時に目覚ましかけとくから、頑張って起きなよ? じゃあ私…」


 ホテルの枕元に有る時計を設定して、藤田君の背中に敷いていた枕とクッションを取り外す。



 帰る、と言いかけたその時

 ふと目が合った。



「帰んなよ」


 寝返りをうって、彼が手をのばす。

触れるか触れないかの優しさで頬をなぞられた。


 空気が急に重くなって、何故か息苦しい。



「お持ち帰り、しなくて良いのか?」


 私の様子が面白いのか、楽しそうな声で囁かれる。


 ぞくっと何かが体を駆け抜けた。



 そのまま頬から耳上に彼の指先が滑って、髪に差し込まれて。






 それからの私の行動は、早かった。



 まずは目の前の危険物から視覚と聴覚を守ろうとシーツを引き寄せ、彼の頭から被せたのである。


「わ、私帰るから!じゃ!」


 早口で言ったら、噛んだ。なぜか噛んだ。

ちょっと待て、まるで動揺してるみたいじゃないか。


「……ん。ありがとな」



 何事もなかったかのような相手の返事が悔しい。


 落ち着け落ち着けと心臓に言い聞かせながら

出口に手を掛けて外に出る。

何だか今夜は寝付きが悪くなりそうな気がして、ちょっと乱暴に扉を閉めた。




―――

短編の感想が嬉しくて

いつの間にか出来てたお話です。


気が付いたら藤田が下戸になってました。にしてもヒーローなのにカッコ悪いなお前…

今のところヒロインの方が男前な気がします。


ちょっとでも皆さんが気に入ってくださったら嬉しいです!

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