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ドラゴンスレイヤー

作者: カズト

 黒髪の少年は走っていた。

 紅い刀身の木刀を背負い、首には銀細工のタグをぶら下げている。

 水を汲むおばさんや家畜の世話をするおじさん、木登りして遊ぶ子供たちがみな笑顔で彼に話しかけた。彼も笑顔で返す。

 そして、村の中心に位置した小屋のような家の前まで来ると。彼は木製の扉を思いっきり開け放った。



 †(竜を制すもの)



「遊びに行こうぜ、サキ!」

「あら? ずいぶんと早かったね。カズト」 

「へへ、まあな」


 狩りから帰ったばかりのカズトは戦利品である獲物を目の前の少女にかかげる。


「こいつらの大群さ、森の奥で全滅させたんだけど。こいつらのボスクラスが意外に手強くてさ! あ、やるよ。この頭」

「……ヘビーモスの頭をくれても嬉しくない」

「こいつらの額にある宝石は珍重されんだぜ。魔力防御が高まるからさ。遠慮すんなって」

「そうはいっても。さすがにこれはね」

「そうか?」


 いくら宝石が珍重されるといっても、そんなグロテスクな頭をもらう気になれないサキ。


「まあ、せっかくカズトがくれると言ってるんだ。もらっておきなさい」

「おう、村長のおっちゃん。いたのか」

「失礼だな、さっきからいたよ」


 家の奥から現われたのは白髪交じりの中年男。カズトの育ての親、この村の村長だ。


「あ! それよりさ、村の洞窟に変な連中がいんだよ。今から見に行こうぜ」

「あ。ちょ、ちょっと」


 カズトはぐずるサキを家から無理やり連れ出した。そんな光景を微笑ましく見守る村長。そんな彼のもとに軽装備に身を固めた青年が訪れる。


「あいつは! カズトは来ませんでしたか!?」

「ん? さっきまで居たけど」

「あのバカですね! 狩ったヘビーモスの親玉を勝手に――あああ!」


 青年が見つけたのはカズトの置き土産、ヘビーモスを統率していた親玉の頭部。


「あ、あの野郎! 頭だけだと価値が半減するってのにッ!!」

「まあまあ、あいつも自分の強さを誰かに褒めてほしかったんだろう。後でこってりとしぼっておくから。今日は勘弁してやってくれ」

「そりゃ。オレだってあいつの実力は認めますけど。この仕打ちはヒドイっスよ」

「ん、実力?」

「まあ、本人に自覚ないッスけど。戦闘センスはあります。精霊にも愛されていますしね、そりゃもうべったりと。あいつ本人はみえてねえけど」

「その光景は目に浮かぶな」


 村長はふと寂しげな笑みを浮かべる。


「ついこのあいだのようだな。記憶を失ったあいつを拾ったのって」

「それだけに謎めいてますよね。精霊に愛されているのに魔法は不得手。そうかと思えば朱色の木刀でモンスターと渡り合う」

「そうだね。本当に不思議な子だ」

「あ、そろそろオレは失礼します。町の行商人に宝石をさばかないといけないんで――売り値は半額でしょうけど」

「重ね重ね、すまなかったね」

「いえいえ。あのバカの突飛な行動には慣れてますから」


 青年が去った後、村長は椅子に腰かけて温かいお茶をカップに注ぐ。湯気がゆらゆらと匂いを上げて漂った。


「ふう。あれからもう五年か」


 外出もためらうような雨の日。村外れに打ち捨てられたひとりの子供を村長は思い出す。

 見たこともない法衣に包まれ、朱色の木刀を胸に抱き、首には銀色のタグをかけた。そんな子供だった。

 お茶を飲みながらしばし在りし日の思い出に浸る。それからしばらくして、扉をノックする音が聞こえた。



 


 

 村はずれの洞窟。その前に複数の馬に乗った騎士が固まっていた。


「な! 人が集まってんだろ」

「そうだね。いったい何なんだろ?」

「何かさ。いかにもお堅い連中って感じだよな」


 みんな上流階級特有の硬質なにおいを漂わせ、外見は派手な鎧で無意味に飾り立てている。鎧には王国騎士のしるしも入っていた。


「これはただごとじゃないね。絶対」

「なんだか面白そうな気配がするぜ。よし!」


 瞳を輝かせ、不用意に騎士たちへ近寄ろうとするカズト。サキはその首筋を引っつかむ。


「あんた、あいつらに喧嘩でも売る気!」

「いや、なにがあるか聞きにいくだけだって」

「バカ! あーゆうタイプって変にプライド高いんだから。触らぬ神に祟りなしってこと」

「そ、そうか?」


 とりあえずサキの言うとおりふたたび身を潜める。

 耳を済ませると彼らの話し声が聞こえてきた。


「この辺境の洞窟に潜んでいるんですか”例の怪物”ここは火山地帯でもないのに、ですよ」

「居るのだろうな。モンスターが餌を求めてテリトリーから里へおりてくるのはごく稀にだがあることだ。もう何人も犠牲になっている」

「この洞窟は王宮調査団も危険度は最大とみてますね。ここは村人を立ち入れさせない方が。いま村長に説明を行なっている最中です」

「そうだな。いますぐ我ら”王国騎士団”でどうにかなる相手でもあるまい」


 王国騎士団と名乗る騎士たちの不穏な言葉は逆にカズトの好奇心をかき立てる。


「へへ、やっぱ面白そうだな」

「と、とりあえずいったん村に帰らない?」

「なんでだよ?」

「この件には”あの”王国騎士団が噛んでるんだよ。そんなのと関わってるといくら命があっても足りないよ」

「あ、ああ。わかった、わかったから」

「ほら、クッキーでも焼いてあげるから」

「よっしゃ! そんじゃ、帰ろうぜ!」


 一転、カズトは意気揚々と腰を上げ――ふと動きをとめる。


「悪い、先に帰っててくれ。すぐに行くから」

「え、なんで?」

「いいから」

「う、うん、わかったけど。早くね」


 洞窟とカズトを交互に見て心配そうに立ち去るサキ。

 サキがこの場を去った後、カズトは虚空を睨みつけた。


『よ♪ 元気ぃ?』


 現われたのは背中に羽根の生えた赤髪の小人。妖精といった方がいいかもしれない。

 カズトがこの村に拾われた日から何かとカズトにちょっかいをかける妖精だ。


「また現われたな。この貧乳、ないチチ、妖精娘め!」

『こうら! あたしゃ”サラマンドラ”って立派な名前があるんだからね!』

「知るかよ。おまえなんて貧乳妖精で十分だ。それよりオレに何か用か。オレがおまえを幻覚だと決めつけないうちに用件言えよ」

『ガキの頃からあんたの面倒みてたのにな。この扱いとは嘆かわしいねぇ、う、うう』

「じゃあな」

『って、無視すんな!』


 さくさく村に帰ろうとするカズトの耳を引っ張るサラマンドラ。


「な、なんだよ!」

『あたしゃね。あんたに警告しに来たの!』

「ん、警告?」

『あんた、あの洞窟に入る気でしょ。そりゃ絶対にダメ。あの洞窟にはあんたの想像以上にとんでもない奴が』

「無理」

『即答ッ!?』


 口やかましい妖精だ。そう思いながらカズトは突っぱねる。


「オレは強いヤツと戦ってみたい。強いヤツと戦うことがオレが生を実感できる瞬間っていうか。――と、とにかくそういうことだ! じゃあな!」

『――あんたに過去がないから。思い出がないから。それで無茶な行動とるわけ? 存在の証明とかほざくわけ?』

「あのな。いくらなんでも言って良いことと悪いことがあるぞ」


 カズトはちょっとだけ声に怒気を含ませながらサラマンドラに言う。


「村長のおっちゃんは今までオレを育ててくれたし。サキも本当の家族みたいに扱ってくれたんだ。記憶を失う前のオレなんていまさら興味ない」

『へえ、本当に?』

「そ、そりゃ、すこしは興味があることもあるような、ないような」

『相変わらず素直じゃないなぁ。あはは』

「うっせえよ。この貧乳妖精」

『胸はいずれ成長するし、あたしゃ妖精じゃなくて精霊だよ! それも四精霊の一角、サラマンドリャアアアアア!?』

「四精霊? 真顔で大ぼら吹くのはこの口か?」


 サラマンドラの小さな口に手を突っ込んで左右に思いっきり引っ張る。サラマンドラのほおが面白いくらい伸びた。


「――お〜い! カズト!」


『あ、あたしゃもう行く。じゃあな!』


 そう言って陽炎を残して消え去るサラマンドラ。カズト以外の人間には基本的に人見知りなのだ。――逃げた可能性も否定できないが。


「あ、いたいた。大変だよ、大変!」

「大変ってなにが」

「あの洞窟にはね。炎塵龍っていう巨大な竜が住み着いてるんだって!」

「はあ!?」


 竜とは、並みのモンスターじゃ相手にならない強さを誇る正真正銘の怪物のことだ。


「それでね。王国の討伐隊が動いてるの。だから、あの近辺には近づかないようにってお父さんが」

「……なんでこんなへんぴな村にドラゴンがいるんだよ、おい」

「わたしに聞かれても困るけど。あいつらが餌を求めてとかテリトリーがどうとか言ってたからそれじゃない?」

「ドラゴンなんて今のオレじゃとうてい勝てないぞ。いくらなんでもドラゴンはないだろ。ドラゴンは」

「カズト。ひょっとして戦いたかったの?」

「当たり前だろ」


 ぴしゃりと断言するカズト。瞳はまだ見ぬ強敵を思ってキラキラとかがやいている。


「オレ、近場で修行してくる!」

「え」

「じゃあな。クッキーはまた明日」


 そう言って舗装されてない獣道へカズトは消えていく。サキは呆然と後ろ姿を見つめながら、つぶやく。


「前向きなのか、後ろ向きなのか。わからないヤツね」



 

 


『ねえ、やめときなさいって。ドラゴンと戦うなんて』

「べつに戦うわけじゃねえって。いまは」


 障害物の枝葉を朱色の木刀で薙ぎながらカズトは答える。

 サキがいなくなったのでサラマンドラがふたたび姿を現していた。


「修行して。ドラゴンと戦えるくらいまでになったら戦うさ。何年かかるか知らねえけどな」

『ふ〜ん。あの魔法オタクがこうまで変わるとはねえ。ホント世の中ってわからないわ』

「あん。何か言ったか」

『べっつにぃ。ところでさ。あんたどこに向かってんの』


 カズトは答えずに黙々と歩き続ける。そして、ようやく目的の場所がみえてきた。


「おっしゃ、ここでいっか」


 たどり着いたのは真正面が切り立った崖。背負った木刀を抜き、瞬時に振るう。


『うわぁ、あいかわらず豪快だね』


 魔法が大の苦手なカズトが鍛えたもの。それは剣だ。といっても得物は木刀だったが。

 そして、鍛錬の内容はいたって単純だ。眼前の崖を斬り裂くこと。口で言うのは簡単だが木刀で崖を斬るのはむずかしい。いや、当たり前だけど。

 とてつもない衝撃にガラガラと盛大にがけ崩れする岩肌。


「どりゃ!」


 ちょうど真上から落下した岩石に木刀の切っ先を向ける。――真っ二つ。


『う〜ん。木刀に魔力を通して切れ味を生むのかな。でも、いくらその木刀だって無理があるような……ブツブツ』

「ついでだ。ごちゃごちゃ言ってねえでおまえも修行に付き合えよ」

『え〜またぁ』


 文句たらたらで、指の先に小さな火球を作る。それを本気で投げるサラマンドラ。しかし、カズトは木刀の芯で火球を受け止める。炎は赤い刀身の前に跡形もなく拡散した。


『まだまだぁ!』


 サラマンドラは連続で火球のつぶてを放つ。そのことごとくをカズトは朱色の木刀で弾いていった。


「そろそろ本気でいいぞ。ないチチ、貧乳妖精」

『この、特大の火球をお見舞いしてやるぅッ!!』


 腕を天上に広げて言葉通り特大の火球を作り出すサラマンドラ。炎が渦巻き、熱風が森を吹き荒れた。


『ボルケーノ・スフィア!!』


 力の言葉を詠唱し、特大の火球をカズトに向けて放った。それは凄まじい熱量と質量を持ってカズトに襲いかかる。

 軸足を踏ん張ってカズトは自ら火球に飛び込んだ。


「頼むぜ相棒。おりゃああああああああああああ!!」


 怒声と共に火球を真一文字に斬った。一撃。火球はその中心から四方に分散する。


「……ふう、いっちょあがり」


 軽い感じで着地。肩を回して首をコキコキと鳴らす。


『いや、反則でしょ、その木刀』


 雄々しき火山の如き炎系高位の魔法があっさりと斬られた。理由はその紅き木刀がひとつ、使い手が特殊なのもひとつだろう。

 

「まあ、それもそうだな。よし、今度は木刀なしでやっから、さっきの魔法をもう一度だ」

『ホントにいいの?』

「いいからやれよ。ナイチチ、貧乳、妖精娘」

『――我、紅爪の凶炎が命ずる。紅蓮の業火よ、我に敵対する者を全て討ち滅ぼせ』

「へ?」


 現われたのはさっきの数倍はあろうかという火球。紅蓮の業火が大気を支配する。


『さよなら、大好きだったよ、カズト』

「……ちょっとマテ」

『ボルケーノ・スフィア・DXデラックス!!』

「うわ、こんな場所でそんな特級魔法を――ぎゃあああああああああああああああ」



 木刀を杖代わりにして歩く、こんがり黒焦げなカズト。


「ちくしょう。こんど木刀ありで勝負しやがれぇ」

『カズトって本当に根っからの負けず嫌いなんだね。呆れた』

「この、おぼえてろよ」

「べ〜だ」


 そのままカズトは木刀で体を支えながら帰路につく。元の獣道。視界をさえぎる雑草を木刀で薙ぎ払いながら村を目指した。

 いつの間にかあたりは夕焼けに染まり、夜の帳が降りかけている。


 道なき道を歩きながら。ふとカズトは天を仰いだ。

 夕焼けの空。その端でオレンジに染まる何かの影。なぜだか知らないがカズトはその影に妙な懐かしさを覚えた。


『――フレイムドラゴンだよ。カズト。どうしてあんな所に』

「あ、あれが。かなりデカいんだな、ドラゴンって――村の方から飛んでこなかったか、あいつ!」

『そうなの?』

「なんかいやな予感がする!」


 


 村につくと表向き異変は感じられなかった。しかし、建物はともかく――人がいない。

 

「村長のおっちゃん!」


 家の扉を開けると部屋の奥で村長が倒れていた。


『これは簡易魔法だね。あたしが解いてあげる』


 サラマンドラがめずらしく人前に出る。右手を村長にかざすと簡単な解除魔法を唱えた。


「う、ここは?」

「大丈夫か村長のおっちゃん!」

「カズト? そうだ大変なんだ! サキが、サキがあいつに、ドラゴンにさらわれた!」

「サキが。マジか!?」


 カズトは外に出て村の家を一軒一軒確かめていく。


「眠ってるけど村の人はみんな無事だ。どうしてあいつだけが」

『そういえばフレイムドラゴンって好色で有名だよね。サキは可愛いから』

「なにぃ!?」

「カズト。おまえいったい誰と話して」

「村長のおっちゃん、サキは絶対にオレが連れ戻す。だからここで待っててくれ」

「カズト!」


 疾風のように村長の家を飛び出す。頭の中を埋め尽くすのはサキのことだけ。最悪の想像を頭から振り払う。


『ちょっと本気で戦う気!?』

「知るか! 今はそれどころじゃねえだろ!」

『あいつを見かけてからだいぶ時間が経ったよ。もう食われてるかも』

「だったら腹かっさばいてでも連れ戻してやるだけだ!」


 捨て子の子供を受け入れてくれた優しい子なんだ。死んでも助けてやる。死なせてたまるか!


『カズトは意固地だよ、あんたが死ぬかもしれないんだよ!』

「意固地でもなんでもいい、死ぬかどうかは二の次でいい、サキを助けられるならそれでいい!!」

『――サキがそんなに大切?』


 ぴたりと立ち止まる。


「そうだよ。くそ!」


 そう吐き捨てて凸凹のあぜ道を駆け抜けていくカズト。洞窟までの道のり。たとえドラゴンと戦うことになろうと、迷いはなかった。

 

『そういう一直線なところ。嫌いじゃないんだよね』


 どこか悲しそうに。どこか嬉しそうに。相反する感情がサラマンドラの表情に混在する。


『ホントは気が乗らないけど。手を貸しますか』





「う、う〜ん」


 ぴちゃんと一滴の水滴がサキの頬に当たる。


「ここは?」


 辺り一面が真っ暗、肌寒い冷気が肌を撫でる。ごそごそと周囲を手探りでさわるとなにかが手にふれた――人骨だった。


「――!?」


 声なき声で悲鳴をあげるサキ。

 その反応を楽しむように彼女を見下ろす巨大な影、


『目が覚めたか、女』


 自分を見下ろすドラゴンの姿にサキは早くも気を失いそうになる。

 燃え盛る体表、洞窟の冷気を越えて伝わってくる熱気、絶えず口から吐き続ける火炎の吐息。

 まぎれもなく、灼熱の炎塵龍、フレイムドラゴンだった。


『最初に聞こう。どうせ骨までしゃぶりつくすつもりだが。こんがりと焼かれる方がいいか? それとも生焼きか好みか?』


 どっちもイヤだと首を振る。当たり前だ。しかし、フレイムドラゴンはにやりと笑い、


『焼かれるのは嫌か。なら、丸呑みとしよう』


 大地を溶かすほどの高温のよだれを滴り落としながら、巨大な口内を露出させる。――死を覚悟したその瞬間、



「――王権発動・赤き血流の蜥蜴サラマンドラ!」



 洞窟の分厚い障壁を貫き、マグマのような激しい火柱がフレイムドラゴンを穿つ。


「か、カズト!」


 パラパラと崩れ落ちた風穴から現われたのは黒髪の少年と――


「……おい、こんな危なっかしい魔法だなんて聞いてないぞ。サキに当たったらどうすんだよ! それになんかどっと疲れたぞ!?」

『サキには当たらないようにしたよ。疲れは仕方ないね、ただでさえカズトは魔法が苦手なんだから。四精霊魔法なんて使ったら魔力が尽きて普通は死ぬんだけど』

「はあッ!?」

『死ぬかどうかは二の次、でしょ』


 ――炎そのものといった蜥蜴の怪物だった。


「か、カズト?」


 呆気にとられるサキ。


「サキ、よかった、腹さばかなくてもいいみたいだな」

「は?」

「あ、いや、ともかくこの洞窟からさっさと脱出してくれ。暗いけど外までの案内はこいつがしてくれる」

『……どうも』


 燃え盛るトカゲが丁寧にお辞儀してくれた。シュールだ。


「あのさ。この人――かどうかはともかく。わたし食べないよね?」

『失礼な。あたしは火を統べる誇り高き四精霊。そんな野蛮なマネは』

「安心しろ。貧乳妖精でバカだけど強いから、こいつ」

『あんたから消し炭にしてあげようか』


 焔のトカゲはキッとカズトを睨みつけたようにサキは見えた。


『じゃあ、行きましょう』

「ちょっと待って、カズトは?」

「オレのことは心配すんなって。いいから入り口で待ってろ」


 サキはサラマンドラに連れられて洞窟を去った。途中、何度もカズトに振り返りながら、




「さてと。これでようやく一対一の勝負。みたいだぜ」

『ふん。貴様、何者だ?』

「とあるへんぴな村育ちの剣士だ。得物は木刀だけどな。この国じゃ鋼は高いんだ」

「そんなことは聞いていない。どうして精霊王と、精霊王と契りを交わした者だけが扱える王権を執行できる。なぜ、四精霊を従えている」

「知るか。オレ自身もサッパリなんだよ」

『では質問を変えよう。あの四精霊に娘を連れ出させたのはなぜだ。あの力なら我を滅ぼすことも可能だろうに』


 あれ以上の魔法は無理だ。体中が拒否している。妙な倦怠感に襲われるのもそのせいだろう。


「期待にそえなくて悪いな、あんな大層な魔法はオレの身に余る。それにおまえとはサシで戦いたかったんだ。ちょっと順番が前後したけどな」


 そう言って朱色の木刀を手に取る。刀身がフレイムドラゴンの炎で照らされ洞窟の闇によく映えた。


「その木刀、紅蓮樹から削り出したもの――そうか、読めたぞ。貴様の正体」

「そうか、よかったな!」


 カズトは人間離れした跳躍力でフレイムドラゴンに特攻する。広大な洞穴の中、名が示すとおり炎塵をまき散らしフレイムドラゴンは咆哮した。


『我、炎塵龍フレイムドラゴン。汝を敵として認めよう』


 高い知性を有するドラゴンは人語を解する。そして人語を話す。そんなドラゴンの中には享楽の一種として人間との戦いに応じるものもいた。まさにこのドラゴンのように。


『全能なる闇の炎よ。我が敵に報いを与えたまえ。我の望むまま、焔に敵を抱け』


 かの魔女の王、金色の破壊者も使用したとされる魔法を詠唱するフレイムドラゴン。人外の魔法は人外のみが扱える。ある程度の理解力があるなら種族を選ばず誰でも。


『――絶望の抱擁』


 瞬間的、かつ限定的な大爆発。紅蓮の業火がカズトを包み込む。それでも魔力を弾く紅き木刀でなんとか炎を薙ぎ払った。


「チッ! いきなり大技じゃねーか」


 全身が黒こげになっても傷だらけになっても声の張りだけは失っていない。まだまだこれくらいじゃ倒れない。


『今のは貴様に敬意を表したつもりだったのだがな。たったひとりで我と向き合う勇気を称えて』

「日頃から火の精霊さまに鍛えられててな。あれぐらいじゃ小手調べにもなんねえよ」

『よかろう。そこまで言うなら我も本気を出してやる。最大限の敬意をはらって』


 赤みがかった翼を広げ、高熱の吐息を吐きながらゆっくりと口を開く。


『我が血肉より生み出せし命の炎よ。我が元に束ね、我が元に集いたまえ。実りある大地、業火に帰さん』


 詠唱に呼応するように口の周りに魔方陣が出現した。

 全身が溶岩のように変化し、マグマのような血脈が体表に現れ、対の眼が烈火の如く緋色に染まっていく。

 フレイムドラゴンは大きく息を吸い込み、口腔を開ける。その空洞の奥、灼熱の輝きが見て取れた。カズトは反射的に真横へ跳んだ。

 幾重もの魔方陣が口腔の前で重なり合い……


『――灼熱の消滅』


 次の瞬間。


 灼熱の塊が空間を灼き疾った。

 火球じゃない――超高温の熱線。

 それが動体視力ではとらえきれないほどの速さで迫ってくる。

 轟音。

 熱線は洞穴の岩肌に命中した。融解する岩を見てカズトは瞬時に理解する。これは魔法どうこうの次元ではない。当たれば確実に、死ぬ。


『ふう、久しい感覚だ。本気を出すのは実に心地のよいものだな』

「……うそ、だろ」

『安心しろ。我とてこのような大技はそうやすやすと多用できん。もってあと一回きりだ』

「わざとオレにバラして遊んでるつもりか。上等だぜ」

『言ったであろう。敬意を表すると。我も小細工に頼らず己の四肢だけで戦おうではないか』

「とっておきは最後に残してか」

『どうかな』 


 フレイムドラゴンは己の体温で熱された鋭い爪をカズトにかざす。


『汝に問う。貴様が我に挑む理由はなにか。名声か、力か、それとも金か』


 ドラゴンという種族の気まぐれな戯れ。その中には敵に戦う理由を問わなければならない暗黙の了解がある。


「――おまえはサキをさらった。倒すならそれだけで十分だ」


『なら、もう言葉はいらまい』


 豪速で突き立てる魔爪。カズトは朱色の木刀で受け止める。だが、埋められないのは決定的な体格差。

 一瞬の拮抗、しかし、カズトは紙切れのように呆気なく吹き飛ばされた。

 融解した岩肌に頭から突っ込む。瓦礫の山に埋もれてしまった。


 おびただしい流血。視界が血で真っ赤に染まる。

 それでも負けず嫌いの執念か。カズトは緩慢とした動きで立ち上がる。漆黒の双眸はフレイムドラゴンを真っ向から睨み据えた。

 気迫で相手を殺せるなら、これがまさしくそうだ。はるか下に見下ろす脆弱な存在にドラゴンは畏怖を覚えた。


 気迫のやり取り。数秒か、数分か……


 木刀の朱色に染まった刀身が使い手の激情に反応し、淡く発光し始めた。

 まるで人間という脆弱な器から溢れ出るように凄まじい魔力が放出される。

 記憶と力を縛り付けた見えない鎖が徐々に軋みだした。


 〜おまえに試練を与える〜


 浮かび上がる誰かの言葉。時を同じくしてひとつの呪文が脳裏に浮かんだ。


『ほう。これほどの魔力の前では忘れかけた戦いの喜びに心が沸き立つぞ。本当に久方ぶりだ。真の強者と出会うのは』

「おまえもな。上には上がいるってことを思い知らせてくれた」

『ふふ――我が血肉より生み出せし命の炎よ。我が元に束ね、我が元に集いたまえ。実りある大地、業火に帰さん』


 最後のとっておき。フレイムドラゴンが持つ最上級の魔法を詠唱する。


「我、唱えるは復活の言葉。我と時間を共にする白銀の龍よ、古の盟約に従い我が力となれ」 


 魔法が苦手なはずのカズトも呪文を詠唱を唱えだした。虚空に複雑怪奇な術式を刻む。


「――白銀の龍神」 


 力の言葉と共に漆黒の髪が銀色へと変わる。己の生命力を糧に自身の『封印』を解く魔法。


『――灼熱の消滅』


 向かい合うフレイムドラゴンは力の言葉と共に一筋の熱線を放った。大地を溶かし、ただ敵を滅ぼすだけの火焔を、


「くそ!」


 バチバチと火花を散らし膨大な魔力を放出する朱色の木刀。カズトの生命力を木刀が根こそぎ吸い取っていく。


「相棒、これくらい食べたら満足だろ。オレは負けたくない。だから、力を貸せ。我、白銀の龍神が命ずる!」


 応えるように放出していた膨大な魔力が刀身を纏う紅蓮の焔へ一気に変換される。木刀から陽炎のゆらめきが立ちのぼった。


「――紅き陽炎の猛火!」


 力の言葉を叫ぶとカズトは灼熱の熱線に体ごと突っ込んだ。



 †

 


 魔界、西南端……

 銀色の髪を後ろでひとつに束ね、めずらしい鎧に身を固めるひとりの男がいた。

 その周りには飲んだくれる友人たち。季節はずれの花見をしようと馬鹿騒ぎ中だ。男も手元のコップになみなみと酒を注いでいる。

 男は紅蓮樹と呼ばれる枝葉のひとつひとつが燃え盛る大樹の前に立った。


 男に吹き荒むのは一陣の風。

 その疾風から男はさまざまな情報を瞬時に読み取っていく。


「地上に放り出したのは正解だったよな。やっぱり」


 風から感じ取った息子の元気な姿に微笑する。――多少元気すぎるようだが。


「けど、竜が竜を倒すなんて血は争えないんだな。あはは」


 自分の妻も魔女でありながら魔女の王を滅ぼしたのだ。それを思えばちょっと苦笑いするしかない。


「いずれあいつは俺を超えるだろうな。楽しみだ」


 微笑する男の背には青色と桜色の双剣がたずさえられていた。


  

 † 



 村はずれの水車小屋の前。カズトとサキとサラマンドラの面子は揃っていた。


「竜殺し(ドラゴンスレイヤー)!?」


 サキの言葉に同時に驚くカズトとサラマンドラ。ちなみにサキとサラマンドラはあの日以来、親しくなってたりする。


『まあ、カズトはものの見事にフレイムドラゴンを倒しちゃったわけだからね。それも史上最年少で。けど、ドラゴンスレイヤーなんて大層な肩書き』

「そうそう。オレにゃ似合わねえよ。たかがドラゴン一匹」

「あんたたち感覚マヒしてるでしょ。たったひとりでドラゴン倒しちゃったら十分にその資格があるよ」


 その言葉にそれもそうかとカズトは言う。


「それよりさ。大変なことになるよ、きっと」

「ん、大変なこと?」

『え、サキ、大変なことってなに』


 ひとりと一匹の注目を集めるサキ。コホンとせき払いすると、


「だって、ドラゴンスレイヤーなんてみんなが放っておかないよ、絶対。すぐに王国騎士団とかに勧誘されるって」


 ふよふよとカズトの耳元に近寄るサラマンドラ。


『王国騎士団ってさ。サキを助けに行ったときに洞窟の前であたしが蹴散らした――あいつら?』

「ん、まあな」

『となるとカズトは恨まれてるっぽいね』

「だろうな。あはは、はは……」


 洞窟に特攻しようとしたカズトを拘束しようとしたので、サラマンドラが怒って王国騎士をなぎ払ったのだが。恨まれこそすれ歓迎はされないだろう。


「……めんどそうだな、うん。色々と」

「けど、いけ好かなくても王国騎士だよ。なったら生涯安定して暮らせるんじゃ」

「苦手なんだよな。ああいうお堅い連中」

『たしかにカズトってそういうとこあるもんね』


 サラマンドラが笑いながら揶揄やゆする。


「それに今回で実力不足を痛感したからな。こんどは山篭りでもして修行だ!」

「うわぁ」

『カズト、青春を腐らせないよう、ほどほどにね』

「うっせえ」


 拗ねた様子のカズトにサキとサラマンドラは声を大にして笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんというかもう…すごかったです!! 私なんて足元にも及びません!! というか…もう…すごいです! 続きがあったらぜひ読ませていただきたいです!!
[一言]  上手いですねぇ。伏線の張り方とか、話の組み立て方とか。異世界の設定とかが無理なく頭に入ってくるので、大変読みやすいです。  外伝の方も読ませていただきました。更新を楽しみにしてます。頑張っ…
[一言] 続編があれば読みたいです。  
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