始まりと開幕
「お、今回もイイ感じに宝の山になってるな」
額の前に手をかざし、目の前に広がる荒野を見渡す。
すでに薄暗くなってはいるが、作業自体は特に問題なだろう。
「まったく、何言ってるんですか毎回。見たまんまガラクタの山でしょう。それに他の研究室の物ならまだしも、元から私たちの物なのに宝の山も何もあったものじゃないですか。やっぱり目でも腐ってるんじゃないですか?」
そう言いながら、ネイリは荒野に転がっているトランゼシアの体を解体しながら回収していく。
「だから俺の目は腐ってねえから。まあ確かに宝の山は語弊だがな。それでも、まだ使えるものがほとんどなんだから、俺の中じゃ宝の山でいいんだよ」
毎回の如く、ちょっとだけ毒の効いたネイリの言葉を聞き流して、俺も解体作業に移る。
昔は戦争と言ったら武器を手にした、人間同士の殺し合いだった。
誰もが想像できる血生臭いだけの戦い。そのたびに何人もの人が犠牲になり、広大に広がっていた自然は荒野に変えられていった。しかしそんな繰返しを見てはいられないと、ある国の一人の研究者が立ち上がる。
研究者は言った。
「戦争がしたいなら好きなだけすればいい。けれど、これ以上罪のない人々が死ぬのは御免だ。だから戦争がしたいなら機械を使ってすればいい。お互いに条件を作り、公約の下に形式化するのだ」といった内容だった。
そして、それにそれぞれの国が応じるという形で、人間同士の戦争の歴史は閉じられる形になった。
それから世界は一変した。
どこの国からも軍隊と名の付くものは取り払われ、その代わりに研究室と呼ばれるものができた。
人々はどこかの研究室に所属、あるいは各々で研究室を組織していった。
それぞれの研究者たちは独自で機械兵を開発し、完成した自分たちの研究の形を戦場へ投じる。機械兵は研究者たちの英知の具現化に他ならない。
この機械兵、研究者たちの間では『トランゼシア』と呼ぶ。
トランゼシアによるデリミタが終わると、戦場へ赴き、まだ使えそうな部品があれば解体して持ち帰る。研究の経費も無限じゃない。あれこれ構わず使って、そのまま放置もしていられない、と言うわけだ。そして再びトランゼシアを開発して戦場に投じて、を繰り返す。
昔と違い、そのトランゼシア同士の戦いを研究者たちの間では、デリミタと呼ぶようになっていた。それは一種の競技のようなものと化しているかもしれない。
デリミタは、もはや国同士のしがらみなど関係なしに、開発しては戦わせてを繰り返している研究者たちのものになっているかもしれない。
かく言う俺たちもその口で、現在デリミタを終え、動かなくなった機械の残骸、いや、俺に言わせれば宝の山なんだけど。それが溢れかえる戦場のど真ん中でトランゼシアの解体、部品の回収をしている最中だ。
大規模な研究室になれば莫大な軍資金が投資され、こんなことをせずに済む場合もあるらしいが、俺たちの場合は例に漏れずこうして現場に足を運んでいるというわけだ。
放置された機械たちは研究室を統括している組織で処理されるのだから、そんなもったいないことできない。
ガシャンガシャン、ガキン!
周りにも解体と回収の作業をしに来ているのが見えるが、それは研究者ではなく、デリミタ用とは別の作業用のトランゼシアだ。デリミタで使用されるトランゼシアは、研究者たちに作られたAIで自動操作になっているが、こちらに関しては精密な作業が求められることもあるので遠隔操作による作業が一般的だ。
ギガガガガガガ、ガシャーン!
この作業において常識なのはあちら側のほうであり、俺たちのように研究者自らがデリミタの現場に赴き、回収作業をすることなどあまり見かけない。しかし、まれというほどでもなく、その理由はといえば簡単な話で、単に回収作業用のトランゼシアを用意できないだけなのだ。
ちくしょう、金に物をいわせやがって。
そんなわけで、作業用のトランゼシアたちはこちらを気にもせずに、各々の作業をもくもくとこなしている。
ギシギシ、ゴオォォォォン!
「っだあぁ! だから毎回、ここには解体しに来てるって言ってるだろうが! お前のやってんのは破壊なの! そこらへん分かってるか?」
いつものことだが、流石に我慢できずに口に出る。
トランゼシアの装甲を引っぺがしたり、叩き割っていた手を止めると、ネイリはこちらを向く。
「だって使えそうな部品を回収しに来てるのに、ハノイさんときたらどう見ても、もう一度使えそうにないものまで持って帰るじゃないですか。だから先にほとんど使えそうな見込みのないものは、この場でこうして処理しちゃってるんっです!」
そう言ってまた一体のトランゼシアの間接を力づくで外す。
確かに壊す必要性がないわけじゃない。ほかの研究室のトランゼシアを解体して、部品を拝借するのは研究者の間じゃ禁止という暗黙の了解になっている。
それを知られた場合にはまず間違いなく、そのトランゼシアを開発した研究室の人間が黙っちゃいない。それでもまれに、開発に行き詰ってるやつらがそうした行動に出ることもある。
「だからそれを止めろって言ってんじゃねえか。こっちに来る前に」
ネイリのやつには事前に毎回注意を促している。
「使えそうにないものだけを破壊するのは確かに結構だ。ええ、大いに。けどお前、途中から解体すんの面倒くさくなって、使えそうな部品の有無関係なしに破壊しまくってるじゃねえか」
見れば、俺がまだ使えそうだなと思って見ていた大半がすでに、使えそうにないくらいバラバラになっていた。
「まぁ、その辺は否定しません。でもどちらにせよ持ち帰るにしても限度がありますし、結局帰る直前に、もう一度どれを持ち帰るか吟味するくらいなら、先に減らしといたほうが良いに決まってます。主に時間的な面で」
基本的にはトランゼシアをそのまま持ち帰り、研究所で解体するほうが多い。
なのだがまあ、残念なことに俺たちの持ち帰る手段と言えば、トラック一台があるだけなのだ。
「それはお前が早く帰りたいだけじゃねえか。お前にはもう少し、研究者っぽい考え方ができねえのか?」
俺は解体の作業が止まっていた手を再開する。デリミタが開始されるのは正午と決まっており、二つの研究室による多対多でデリミタを行う。デリミタは早くても日が暮れるまで続き、長引けば日付が変わるまで時間を要する場合もある。
「できますけどしないだけです。そもそもハノイさんと違って、私の中の優先順位は全く別物なんですからしょうがないじゃないですか」
ネイリは一応、破壊するのを止め、また解体からしてくれてるみたいだが、それでも面倒くさそうな面持ちだった。
「ほう、んじゃまず俺の中の優先順位言ってみてくれ」
「そんなの確認するまでもないでしょう。一位から三位が研究、四位あたりに食事で五位から七位までまた研究、八位に私で以下その他ってとこじゃないですか?」
「ちょっとまて、その順位づけは少々訂正があるぞ。おまえのことは、五位と六位の研究の間くらいにはしているつもりで――、うお! 危ねえじゃねえか!」
喋っている途中に、俺目がけて物凄い速度で部品が飛んできた。ギリギリのところでなんとか躱すことに成功する俺。
今の食らってたら絶対無事で済んじゃいねえぞ。
「ハノイさんが悪いんです。そこは嘘でも私のことを一番に考えてくれてるって、言ってくれてもいいじゃないですか」
怪訝な目つきでこちらを睨んでくるネイリ。もう一発飛んできそうな気がした。
「簡単に死に至らしめる行動を、平気で取ってくるお前にはこんなもんでいいんだよ。ちなみにそっちの優先順位を聞かせてもらってもいいか?」
「いいでしょう。私の優先順位を聞かせてあげます」
腰に手を当て、コホンッ、なんて一呼吸おいて見せる。なんで偉そうなんだ。
「まず一番に優雅な時間、二番に幸せなティータイムです。そして三にはですねー……あ、すいません、二番までしかありませんでした。助手としての仕事に関しては、まあ大きくランク外ってことで」
「お前、どれも順位関係なしに研究所戻ってから満喫してるじゃねえか! っていうか助手の仕事がランク外ってどういうことだ? 自分でやりたいって言っておいてそりゃないんじゃないか?」
俺のことを考えてくれてない点についても詳しく聞いておきたかったが、聞くだけ無駄だと思い止めることにする。ろくな応えが返ってきそうにないし。
「ってことは何か? 研究所戻ってからトランゼシア弄ってるときも、お前の頭の中は終わってから何しようかってことしかないわけか?」
否定の返答が返ってくる望みを込めて聞いてみるが。
「え? そんなの当たり前じゃないですか」
見事に打ち消される俺の望み。無念。
「もういい、分かった。どうせその考えを改めてもらえるとも思ってないし。せめてやることだけはちゃんとやってくれ」
俺は項垂れながらため息を吐いて、最後のトランゼシアの解体作業に取り掛かる。
今回、俺たちが戦場に投じたトランゼシアの数は十三体。相手側のほうは二十八体だ。
俺たちみたいに少数精鋭にする研究室もいれば、数で攻めるところもある。普通に考えれば数が多いほうが有利に見える。しかし目的が争いでなくなっている以上はデリミタにはきちんとルールが定められている。
デリミタで用いるトランゼシアにはそれぞれEP値と呼ばれる、性能を示唆する数値が決められている。
トランゼシアにはデリミタで使用する前に、必ずクエリ社と呼ばれる研究室全体を統括している組織へ持ち込み、搭載されている兵器の性能とAIの性能に応じてEP値が与えられるという仕組みだ。
ちなみに機体本体についての制限はなく、様々な地形と戦況に対応できるように、機動性を考慮した形状を考えるのが、目下研究者たちの研究の大部分と言える。
最近ではそう考えない研究室もいるらしい。人型を好むものもいれば、それこそロボットにしか見えないものまで多種多様だ。
戦場に投じることのできるトランゼシアの数はEP値が合計百までとなっているので、もちろんどこもその、ギリギリまでの数字を計算して、数を取るか性能を取るか直前まで考えるのだが。
「ハノイさーん、こっちのほうはもう終わったんで、先に帰っていいですか?」
「まて! こっちもすぐ終わるから先に帰るのだけは止めてくれ」
俺は慌ててネイリの身勝手を止める。
一度だけ。本当に一度だけネイリは俺を戦場に置き去りにして他の部品を持って研究所に帰ったことがある。
いつの間にか居なくなっていたネイリに唖然としながらも、そのときは泣く泣く回収した部品引きずって歩いて帰った。その時は確か丸1日かかった。
帰った後に理由を聞いてみると、ネイリ曰く「今までにないくらい今年の紅茶の葉のできがよかったから、どうしても今回のインビトウィーンを買い逃したくなかった」だとか。
俺にはまるっきり紅茶のことなんて分からないが、そのインビトなんとかを買い損ねていたら、今後の研究に支障が出るなんて言われたのでその時は渋々納得するしかなかった。
「よし、こっちも終わったから帰るとしますか」
「私としてはさっさと先に帰ってもよかったんですけどね」
「はいはい、待っていてくれてありがとうございました、っと」
俺はトラックに部品を積み終えると、運転席に乗り込む。その横にはネイリが一足先に座って鼻歌なんて歌っていた。まぁ、それに釣られて俺も気分を良くしてしまうんだから、何にも言えやしない。
「はぁ、今回も負けか。一回でも勝ってこう、パーっとやれないもんかね」
「しょうがないじゃないですか。どこのスポンサーからの援助もなしにデリミタに勝利しようなんて無謀過ぎます。どうかしてますよ、本当。それにハノイさん次第じゃ今回のだって勝てたかもしれないじゃないですか」
ネイリは呆れた様子で助手席の背もたれに体を預ける。
「それはそうだけどよ。だって攻撃兵器にEP値の配分回すと、お互いに被害大きいじゃねえか。相手の被害に関しては知ったこっちゃないが、こっちにはその時々に使える予算が決まってんだ。どうしても被害を最小限になるようにしちまうんだよ」
トランゼシアは壊されるのとは別に、組み込まれているAIによって過負荷を計算し、機能を停止させることができる。
そうするとデリミタの戦線から離脱という扱いになるから、次のデリミタでまた使える部品が多くなるというわけだ。まぁ、回収しに行ったときにネイリの身勝手な行動で破壊されちまうのも少なくないが。
「そんなんじゃいつまで経っても造れないじゃないですか。家族。この際だから一度、私とハノイさんで――」
「ネイリ、その先だけは絶対に口にしないと、お前を造ったときに忠告したはずだ。トランゼシアでデリミタはしても俺たちが戦場の場に立つことはしない」
ネイリが続けようとする言葉を俺の声が遮る。
勢いで言ってしまいそうになっただけなのだろう。
「ごめんなさい、ハノイさん」
「いいさ。毎回毎回、デリミタに負けてばっかりで悔しかった部分もあったんだろ。それに関しては俺も、どうにかしないといけないと思ってるだけどな。まぁそのどうにかができないからこんな毎日を送ってるんだが」
「だから被害が大きくなるのを覚悟してでも一度、攻撃兵器と防衛兵器を半々で組み込んで見ればいいんです。相手の数の問題もありますけど、勝ってしまえば十分に採算がわけじゃないですか。それだから周りから臆病者だとか、おめでたい頭だとか、目が腐ってるだとか言われるんですよ」
「最初の二つに関しては誰からも言われたことねえよ! 最後のに限ってはお前が勝手に言ってるだけじゃねえか!」
さっきの沈んだ空気はどこへやら。いつの間にかネイリはいつもの調子を取り戻していた。
少しだけ気遣っている部分を含んだような言葉に、俺もいつもの調子を取り戻す。
「ったく、本当お前は調子がいいな」
沈んだままよりは全然いいけど。
「しっかり掴まってろ。研究所が俺たちの帰りを待ってんだ。少し急ぐぞ」
そういって俺はアクセルを全力で踏む。空気は元に戻ってはいたが、それでも一度この狭い空間からでて、気持ちの落ち着ける時間が欲しかった。
少しだけわだかまりを残して、俺たちは研究所へ帰るのを急いだのだった。
◇
俺たちの研究所は他の研究者たちの研究所に比べるとかなり小さかった。
もちろん俺とネイリの二人だけの研究室だからってのもあるが、それ以上に俺たちの研究室に一切のスポンサーがいなかったのが大きな理由だった。
研究室は基本的に登録と同時に必ずスポンサーを雇う。そうしないと研究と開発の資金は愚か普通に生活していくだけでも困難だからだ。デリミタで勝てばスポンサーから金が入り、負ければ入らない簡単なシステムだ。
資金面においてはスポンサーからとは別に、研究室の登録時からクエリ社からも毎月ある程度の開発費が支給される。
その額もデリミタでの勝敗次第ではより沢山支給されるのだが、どの方面からも資金がほとんど提供されない俺たちには、これ以上を望むことはかなり難しかった。
「ふう、やっと着いた」
ネイリは研究所についてそうそう着ていた白衣を脱いで放り投げる。
研究者としての活動をしている際は、かならず白衣で作業をする。ネイリは白衣を嫌がるので、戻ってくると真っ先にそれを脱ぐのだ。
まあ、俺もあんまり好きなわけではないのでとりあえず脱ぐ。ネイリと同じように放り投げることはせずにきちんと掛けるが。
「ハノイさん、私先に紅茶入れますけど、ハノイさんはコーヒーでいいですよね」
「よくない。っていうかそもそもコーヒーなんて最初からないだろうがまったく。ミルクでお願いします」
流石に研究所までの運転で疲れていたので、物言いは呆れた感じになっていた。
「はい、ハノイさんの分です」
「おう、ありが――ってコーヒーじゃねえかよ! どうしてあるんだよ!」
カップに並々と注がれている、あるはずのない飲み物を目の前に出されて、言わずにいられなかった。ただでさえ香りが苦手で、目の前に置かれること自体が俺の中ではあり得ないのに。
「あ、この前町のほうへ買い出しに行ってきたときに、ハノイさんへの嫌がらせ用に買ってきておきました」
「余計な買い物してくるんじゃない! ったく何が楽しくて俺をいじめるんだか」
俺は言いながら上げたくもない腰を上げて、冷蔵庫な前まで行き扉をあける。
そして今度は逆にあるはずの物がないことに対して俺の口が開く。
「おい。この際だからコーヒーを買ってきたことに対しては水に流してやる。今日は割とデリミタでの被害がマシだったからな。だが一つ聞くが、どうして冷蔵庫に、お前に買ってこさせたはずの俺のミルクが入っていない?」
今日一日でだいぶ大声を出していたのでつとめて冷静に疑問を投げ掛けてみたのだが。
「そんなのミルクの代わりにコーヒーを買って来たからに決まってるじゃないですか。ハノイさんいつも言ってるでしょ? 研究のほうにできる限り資金を費やしたいから生活の面でお金を掛けないようにしろって。だからちゃんと言葉通りに、両方買ってくるのは諦めたんじゃないですか」
「だったら普通にミルクを優先して買ってくれば良い話じゃねえか! どうしてそこでコーヒーを優先するんだ!」
こうして努力は水の泡となったわけだ。まあ、ネイリに対して我慢なんてしてやるつもりが実際のところ、ないんだろうと思う。
「もう駄目だ。ネイリ、お前ちゃんと俺のミルク買って来なかった罰として、今日回収してきた部品の整備全部一人な」
俺は仕方がなく冷蔵庫から水を取り出してカップに注ぐ。
近くのソファーへ腰を降ろし、普段なら二人で行う作業を一人でやれとネイリに言い渡す。
「嫌ですよ、そんなの。普段二人でやって、二時間も三時間も掛かってるのに。私一人でなんてやったら一日中掛かっちゃうじゃないですか」
「それはお前が真面目にやってないからだろうが。逆にその二時間三時間だって、お前が居なくてもたいして変わんねえよ」
手伝ってる振りして、俺への悪戯を考えているんだから。
「知りませんよ、そんなこと。とにかく私一人でなんて絶対にやりませんから。そもそも、そんなこと言って私がその命令を素直に聞くとでも思ってるんですか?」
なんかいつの間にか立場がおかしいだろ。なんで俺が説教されてるみたいになってるんだ?
「聞いてくれるとは思ってないが、聞いて欲しいとは思ってるんだよ。ったくなんでお前はそう、一切反省の色も見せずにスッキリしたような面してんだか」
もうここまでくると、怒ることの無意味さを実感せざるをえない。
「だって事態の取り返しはつかないんですし、これといって今後を改めるつもりもないんで。でもって残ってるのはハノイさんへの悪戯成功! やったね! ってことくらいなんで、自然と表情も緩むものです」
「さいですか」
もう駄目だ。呆れ果てて天井を仰ぎながら額を抑える。そろそろどこかでこの小悪魔をどうにかしないと、仕舞にはエスカレートして俺の命すら危険にさらされかねん。
そんなやりとりも日常のことで……いや、いつもより少しだけ過激さを増してることは否ないが。
自分のカップが空になると、ネイリは立ち上がって自分の持ち場へ行く。俺のカップの中身がまだ残っていることなんてお構いなしに。僅かながらのティータイムはお終いというわけだ。 ネイリは戦場への回収作業の後のこの時間を、とても大事にする。その時間がその他の時間とのバランスを計っているかのように。
俺が一人で研究をしていた以前なら、こんな一時の休息の時間すら持つことはなかった。
それが、ネイリが俺のそばに立つようになってからは日に二回、こういった気を休める時間を取るようになった。
俺が取るようにしたんじゃなく、ネイリのやつがふとした時に「ハノイさん、フルタイムでこんなことしてたらバカになっちゃいますよ。それぞれの作業の合間に休憩時間を設けることを要求します。というより強制です」なんて言い出しやがった。
それ以来、研究、デリミタ、回収の工程を毎日ひたすら繰り返していた俺の日常に、休憩という名の俺が苛められる時間が作られた。
けれども、その時間の終わりは容赦なくネイリによって切り上げられ、研究作業の現実に引き戻される。ネイリのやつが俺のためにこの時間を作ったと思いたいが……もちろん自分のためなんだろうな。む、僅かながら感じていた気遣いはどこに……。
儚い思考を追いやり、俺も作業に戻ることにした。
「ハノイさん遅いです。たまに前後不覚に陥るのやめてもらえませんか? よりにもよって作業に移ろうって時に」
ったくこいつは。
「お前の俺に対する理不尽さについて考えてると、そうなっちまうんだ。その辺は容赦してくれ」
俺のことなんてお構いなしに、思ってること口にしやがる。別にそれが悪いことだとは思わない。俺が理不尽であることを除けば。
「それではハノイさん、今回のデリミタでの損壊報告をお願いします」
さっきまでの小悪魔思考はどこへやら。ネイリが仕事モードに切り替わったのを察した俺も気持ちを切り替える。
「アーム損壊30%オーバー七体、ボディ損壊40%オーバー四体、レッグ損壊20%オーバー二体、以上」
まず機体の損壊報告。
「防衛兵器損壊70%オーバー三体、攻撃兵器損壊50%オーバー四体、以上」
そのあとに兵器の損壊報告。
「修理不可機体四体、うちデリミタ以外での修理不可機体三体、以上」
さて、被害計算をどんな風にだすのか。
「被害計算完了しました。概ね予算の範囲ないです。修理不可機体が四体なのは……まぁ、仕方がありません」
予想通りの棚上げに予定通りに口が出る。
「仕方がありません、じゃねえよ! お前はちゃんと俺の報告を聞け! しっかり最後に修理不可機体の内訳言ってるじゃねえか。デリミタ以外での修理不可機体が三体!」
デリミタ以外の部分を強調していう。
「だから私はあくまでデリミタ内での被害に関しての被害計算と、その講評を言ったじゃないですか」
ネイリは自分の言葉にはどこにも問題が無かったかのように言う。
「その部分に関しては文句言ってねえんだよ! 問題はな、普通はデリミタ以外で機体被害なんて出ねえんだ! その必要のない修理不可機体を生み出したのはお前だろうが!」
「その部分はちゃんと計算してますから大丈夫です。逆に予算を計算した上で、って部分は評価してくれてもいいんじゃないですか?」
さらに棚上げして逆転したことをぬかす。
「しねえよ! その被害があるだけで次回にまわせる予算が減ってるってことに対して言ってんだ」
「もう細かいことを一々……」
もうすでに押し問答ですらなくなってきたその時に、外部との連絡用のモニターが切り替わり、一人の老け顔だがギリギリ青年と呼べそうな風貌の男が映る。
「やあ、ハノイ。暫く振りだな」
モニター越しに軽い挨拶を交わしてくる顔を瞬時に思い出す。ネイリは無表情で男を一瞥したあと、さも作業をしている風を装いながらこちらに意識を向けている。
「なんだ、その顔は? まさか俺のことを忘れたなんてことはあるまい?」
「ああ、ちゃんと覚えているよ。確かに久しぶりだな、アレニウス。博士の死に際で別れて以来だったか?」
「そうだな。あれからもお互いに研究者としての道を歩み続けているわけだが。なんだ、話には聞いていたが、本当にたった二人だけで研究をしていたのか」
アレニウスが俺の隣に目をやる。
「まぁな。デリミタに勝てないわ、スポンサーが付かないわ、で参ってるところだ。それと厳密には俺一人だよ」
「ってことはお前の隣にいるそれも、研究の成果ってわけか。研究室を構えてからも研究にかませて相変わらずそんなことをしているとはな」
「そっちみたいにどこかの研究室に所属しての一研究者ってわけじゃないんでね。やりたいようにやれる分についてはよかったと思ってるよ」
「それは結構なことだ」
お互いに博士が亡くなってから、別々の手段で研究をすすめて十年。
俺は自分で研究室を持ち、アレニウスはいくつもある研究室の中でも三本の指に入るほどの大手の研究室に所属していた。
まっとうな研究者だったら一人で研究室を持つことをしない。
その点で正しいのはアレニウスのほうで、博士の元で研究していたころの経験を活かして今では相応の地位にいるって噂も聞いてる。その点俺も、そのころの経験を活かした研究をしたかったが、生憎一研究員として他の所へ所属することは、研究者としての自由を奪われることと同義であったため、俺は敢えてその手段を取らなかった。
さっきのアレニウスの台詞じゃないが、確かにネイリについては俺の研究の成果であることは否定しない。『そんなこと』と称されるいわれはないが。
「雑談はこれくらいにしてそろそろ本題に移ったらどうだ? 一年越しにコンタクトを取ってきたのはくだらない世間話をしたいからじゃないだろう?」
お互いに一切の接触を断ってこの一年、研究者として生きてきている。もちろん一人の研究者として俺にコンタクトを取ってきたはずだ。
ネイリのほうも、顔は知らなくてもアレニウスの名前に関しては知っているだろう。
俺と違って世間様に名前が知れ渡るくらいには、公に研究成果を認められているからな。
「もちろんだ。前々からお前のデリミタの成績の悪さと貧乏研究生活は耳にしているからな。どうせ次のデリミタの予定も満足に組まれていまい?」
その通りだ。
「そこで俺からデリミタの申し込みだ。今回のデリミタに関する全ての費用はこちらで負担しよう。お前の研究の成果の全てを用いてデリミタに臨んで欲しい」
アレニウスが俺の予想通り、デリミタを申し込んでくる。
条件に関しては予想していなかったけれど。
「どうだ? お前に取っては又とない条件だと思うが?」
確かにアレニウスの提示する条件は、破格と言っても過言ではなかった。アレニウスの地位からすれば、それくらいの条件を持ち出すことは可能だろう。だが博士の元で共に研究をしていたころの性格を思い出すと、話が旨すぎる過ぎる。
「確かに状況が状況なだけに、損がないどころか得しか無いな。直ぐにでも良い返事を返したいとこだが、こっちが一方的に得をし過ぎて何か裏があるんじゃないかって考えさせられるよ」
「なに、ちょっと新しい研究に取り組んでいる最中でね。その運用試験も兼ねてデリミタをしてくれる研究室を探してるんだが、どこも頭を縦に振ってくれないんだ。そこでお前のことを思い出してこうしているわけだよ」
アレニウスのところの研究室は、以前からそこそこ名のある研究室だった。対戦相手のことを考えながらも、確実にデリミタで勝利を収めることでその位置に上り詰めた。しかしそのスタイルはアレニウス研究室を仕切るようになってから一変したという噂を耳にした。
デリミタの結果は必ず勝利を収めるといったことに変わりはなかったが、その内容がそれまでと違っていた。
これまではデリミタの相手の損壊は、全体の50%以下に抑え、なおかつ修理不可機体を一切出さないというものであった。
しかし今ではデリミタをしたら、修理が可能な機体は一切残らず、デリミタに用いた全てのトランゼシアは一切使い物にならず、という有様になると聞いている。
自然、研究成果をぼろぼろにされたくない研究者たちは、アレニウスのところとデリミタをすることを一切拒否しているのだろう。
「つまりだ。たまたま金に困っていて、どこでもいいからデリミタを受けてくれる貧乏研究所が俺のとこだったって話なわけね。まあ、こっちとしても破格な条件なわけだし、俺たちの頑張り次第じゃぼろ儲けできるってわけだ」
「そんなところだ。断る話でもないだろう?」
一緒に研究していたころと変わらない、あまり他人に良い印象を与えないであろう笑みを浮かべながら、アレニウスが確認する。
「ああ、こっちも差し迫ってどうしようもない状況でもないが、そんな好条件をだされたら頷かない理由がないな」
アレニウスに了承の肯定しておきながらも、一応ネイリにも確認しようとして隣を向くが……。やっぱり不満で一杯の表情で睨んでくる。やばいなあ、ネイリとの約束事の中にデリミタの相手は、必ず二人で相談した上で決定するって決めてるからな。
ネイリはしばらく俺のこと睨んだ後、仕方がないですね、と半目の睨み顔を崩して、呆れたように「あれだけの条件を出されて負けたら嘘ですからね?」なんて言って自分の作業に戻る。心の底から悪いと思い、すまないな、と返す。
「助手のほうからも色好い返事をもらえたみたいだな」
ネイリのことを何にも知らないくせによく言う。
「ああ、そんなわけだからこの申し込み、受けさせてもらうよ。それで日時のほうは?」
「今までと違って準備の時間もある程度必要だろう。三日後でどうだ?」
三日か。これまでの成果のチェックと修繕に一日、トランゼシアの整備と調整で二日ってところか。期間としては少なくない。
「オーケー。それじゃ条件通り、そちらの費用持ちで全力で準備させてもらうことにするよ」
割と軽いノリで言ったんだが、アレニウスのほうは打って変って真剣な面持ちで。
「こちらは運用試験のサンプルが取れなければ意味がないんでな。しっかりと準備はしてくれよ? どうせなら横に居るそれを投入してくれても構わんぞ?」
アレニウスがネイリに指を指しながら『それ』と言う。一度目はなんとか抑えたが二度目のその発言を黙って聞いていられるほど、我慢しきれなかった。
「おいアレニウス。今回は初見ということで聞かなかったことにしてやるがな。もし次にネイリを『それ』と称したらお前の研究成果を俺の手でぶち壊してやる」
無意識のうちに声が怒気を孕む。
「これまでの研究成果を用いるつもりではいるが、悪いけど、その希望だけは叶えてやるつもりはない」
「怖いな。相変わらず自分の研究成果には、過剰なまでに愛情を注いでるようで安心したよ」
俺はハッタリのつもりなんてなかったし、アレニウスのほうも俺が本気で言っていることを感じ取ったらしい。言葉じゃ、なんでもなかったかのように言う、が察してくれた部分があるのだろう。
「これ以上話していると、またお前の癪に障りかねんな。今日のところは、人まずここまでにしておくとしよう。それでは三日後を楽しみにしているよ」
そういってアレニウスはモニターへのアクセスを切ったらしく、画面が暗くなる。
「やれやら、忙しくなるな」
そう口にしながら、ネイリに悟られないように表情を取り繕う。ネイリへの『それ』発言に怒りが限界に達しようととしていたから。
「ハノイさんは優しいですね本当。私は気にしてないですし、別に行けと言われれば行きますけど?」
「はぁ、やっぱりお前には隠しきれないな。けどお前を行かせる気はないよ」
あんな場所にネイリをやるな気なんて毛頭ない。
「その気がないの分かってて言ってるんだろうが、その発言もできれば今回限りにしてくれ。普段から言っちゃいるが、俺はお前を助手とも家族とも思ってるって言ってるだろ? その辺のトランゼシアと自分を同じ扱いにするのはしない約束だ」
俺は努めて諭すように言う。日頃からなんでもないことのように言っていることだが、心底思っていることでもあるからだ。
ネイリも、もちろんのこと分かっているが、どうしてもたまにそんな発言が出てしまうことがある。
「ごめんなさい、ハノイさん」
その発言をしてしまった時にだけ、ネイリは俺に対して『ごめんなさい』と言う。普段なら絶対に俺の下手に出るようなことはしないネイリが、唯一使う、色んな意味を込めての言葉だ。
「まったくアイツのせいで、辛気臭い空気が漂ってやがる。おいネイリ。今日から三日間ぶっ通し研究室で作業になるんだから、今からミルク買ってきてくれ」
「仕方がないですね。わかりました、いいですよ」
そう言ってネイリが片手を出す。
「おい、一体なんだその手は?」
俺の言葉に「何言ってるんですか?」と大きなクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げる。
「ミルク買ってくるんだからお金が必要でしょう?」
そうだ。確かにごもっともだ。ごもっともだが――
「お前が悪戯のために買って来れなかったミルクを買いに行かせるのに、なんで俺がその費用を出さなきゃならねえんだ! お前の勝手で、あるはずのものが無いんだからお前が責任もって買ってこい!」
さすがに俺が譲りそうになかったのを察知したのか渋々といった様子で白衣を羽織る。
「それじゃ買いに行ってきますけど、私が居ない隙に紅茶を全部出涸らしにするとか子供みたいなことしないでくださいね」
「お前じゃないんだから、そんなろくでもないことなんてしねえよ!」
そう言い残してネイリは研究所を出て行った。
俺はやれやれといった風にしながらソファーのほうへ行き腰を下ろした。
さっきまで辛気臭かった空気が、またいつもの雰囲気に戻っていてくれたことにほっとしながら、俺はネイリの帰りを待つことにした。
◇
研究室間の連絡を取るための回線を利用して私はハノイのやつにコンタクトを取り、デリミタを申し込むことに成功した。
一息つくために椅子に背中を預ける。
「まったく。今頃になってアイツと言葉を交わす機会があるとはな」
お互いに同じ方向の道を歩むだろうとは思っていたがまさかこんなタイミングで、また相見えるとは。
だがしかし、逆に運が良かったとも言えるのではないだろうか。きっとやつがデリミタを了承してくれなければ、またひたすら私の研究の運用試験に付き合ってくれそうな研究室を探す羽目になるところだった。
近頃の研究室はどこも、とんだ体たらくだ。己の研究の追求を最優先にせずに、ある程度の成果をおさめた時点で、辿り着いた立場の保守に落ち着いてしまう。
だから俺はその、一切デリミタに刺激を感じていない研究者たちに、研究者とはどういうものかを思い出させてやるために、現在のスタイルでデリミタを行ってきた。
しかしどうだろう。俺が見せつけてきたデリミタに、研究者たちは感化されるどころか相次いで己の殻に閉じこもる研究者たちばかりだった。そんなタイミングでハノイのやつが金に困りながらも研究室を持っていることを耳にした。
実際にやつのデリミタを目の当たりにしてみると、結果はどうであれ、ほかの研究室のやつらとは違い、明らかに研究者としての性を前に出したデリミタをしてくれていた。考えてみると絶好の機会とも言えるのかもしれない。
やっと俺が長年研究を実践でためせるのだから。
「さて、こちらも最終調整と行くか」
何せ運用自体が初めてだからな。研究室内での模擬戦では、今人つ良いデータを得られなかった。
それはそうだ、相手に用いたトランゼシアのAIは私が造り出したものだったからな。
実際のデリミタでは他人が手掛けたAIなのだから、予測なんてできるものじゃない。
そうなるとやはりその相手がハノイであることには何か運命的なものを感じずにはいられないな。
私は思考を切り上げ、私室を後にする。
今後の展開を想像し、胸の高鳴りを抑えることができなかった。
◇
三日という準備期間は瞬く間に過ぎて行った。何せ今までみたいに予算を考えながら、どれくらいの戦力をデリミタに投じようか模索することを全て振り払い、ただひたすらデリミタにどう勝利するかだけに思考めぐらすことができるのだから。
「これで後は三時間後のデリミタを控えるだけか」
三日間、これまで培ってきたあらゆる研究技術を駆使してトランゼシアを用意した。
今まで機体のほうの性能に関しては、一切の余念なしに造り上げてきたが、兵器のほうに関しては予算の配分が間に合わず、ある程度防衛兵器に回して、残った分で最低限の攻撃兵器を積み込むというものだった。
したがって自慢じゃないが一般の研究室が悩むであろうEP値に関して悩んだことなど一切ないのである。
ちなみにAIのほうについてだが、こちらは普段から可能な限りの性能を積んでいるし、研究者の間で突飛なAI技術を持っている物が居ないため、その部分で勝敗を気にする必要が無いから、いつも通りに毛が生えた程度しか改良は加えていない。
「ハノイさん、デリミタ前の最後のティータイムにしますけどハノイさんも何か飲みます?」
これまでの研究の成果の全てを試せる興奮と、どういう結果になるか心配である気持ちで落ち着いて居られない俺に、ネイリが声を掛けてくる。
「ああ、ちょうど俺もデリミタを前に気分を落ちつけたかったところだ。ミルクを一杯頼む」
俺はミルクを飲む前にも少しでも心を落ち着かせるべく目を瞑る。
「ハノイさん、どうぞ」
そう言ってネイリは俺の前カップを置き、俺の向え側に座ると自分も紅茶を啜る。
さすがにデリミタの直前だけあって悪戯をするつもりはないのだろう。カップの中身はちゃんとミルクの白で満たされていた。
それをおもむろに口へ運び――――
「って、ミルクじゃないじゃねえか!」
半端に口に含んだ白い液体を盛大に噴き出した。
そして対面のネイリの顔面に俺が口に含んだ白い液体が――掛かっていなかった。どういうわけか、しっかりと二つのカップを運んできたトレイで防いでいやがった。
「おい、ちょっとまて。どうして普段は手で持ってくるところを、今日に限ってわざわざトレイで運んで来たんだ?」
俺は当然の疑問を口にし――
「え、だってハノイさんならきっと、口に含んだ後に仕方なしに飲み込む、なんて真似せずに遠慮せず噴き出すと予想して持ってきたんです。いやー、まさか私の予想通りの行動を取ってくれるなんて。やっぱりこれも一緒にいた時間がそうさせるんでしょうか?」
なんてやっぱり悪びれもせずに言いやがった。
「やっぱりじゃねえよ! こっちは間近に迫ったデリミタを前にな、興奮と心配と僅かな緊張で落ち着かないんだ。それを察して少しでも落ち着かせてくれるために、わざわざ気を遣って用意してくれたんだなと思ってだな。だがしかし、お前のことだから万が一のことも考えて中身を確認したら、ちゃんとミルクの白さをした液体が入ってるのを見て安心して口に運んだ結果がこれだよ! 少しでもお前から優しさを感じた数秒前の俺がバカだった!」
否応なしにいつもの空気に引き戻されてしまった。
「ハノイさん、今までバカの自覚がなかったんですか? 駄目ですよ、せめて自覚はもたないと。ハノイさんがバカにならないようにこうしてティータイムを取ってるのに」
バカも休み休み言え。
「バカになってしまってるのは、この際どうしようもありませんが、それを自覚してないなんて正真正銘救えなくなるじゃないですか。私、身内にそんな人置いておきたくありませんよ?」
「なんでいつの間にか、俺がお前のそばに置いてもらってる構図が成り立ってるんだ。明らかに立場が逆だろ。いや、この場合どちらかがっていう疑問自体が間違いな気がするが」
そんな関係じゃないことぐらいお互いに分かっている。バカに関してじゃないが無自覚なのはネイリのほうで、考えるより先に俺に対しての軽口が出る。僅かな気遣いを含ませて。
「ほらほらハノイさん、テーブルは私が拭きますから自分で飲みたいもの持ってきてください。あ、今日に限っては私の紅茶飲んでも構いませんよ?」
「遠慮しておく。ていうか知ってるだろうが、俺が紅茶を飲まないんじゃなく飲めないこと」
「あれ、てっきり私の飲む分が減るから気を遣って飲まないでいてくれてるんだと思ってたんですけど」
「違う。紅茶然り、コーヒー然り。不味いとまでは言わないがいかんせん、どうしても喉を通らないんだ。どういうわけか知らないが舌じゃなく喉が拒絶するんだよ。昔からだ」
「なんか意味不明ですね」
こればかりは本当の理由をネイリにも話せない。
俺はネイリの横を通って冷蔵庫の扉を開ける。今度こそ間違いようのなくミルク。何せちゃんと瓶に入ってるからな。これで中身を入れ替えるなんて周到さだったら、さすがに呆れ果てるところだ。
「そういうわけだから俺はミルクしか飲まないんだよ。ちなみに聞くが、さっきの白い液体は一体なんだったんだ?」
俺の中では重要な疑問を口にする。さっき噴いたのは違う味を感じ取ったからではなくミルクの味を感じたらなかったからなわけで。その間0.1秒まさに一瞬でだ。
でもって冷蔵庫には間違いなくミルクの他に白い飲み物はなかった。
ネイリからの返答を待ちながら持ってきたミルクを口に含み――
「さっきのはですねー、私自信作の特製小麦粉ドリン――」
ネイリが言い終わる前に、ミルクのやつが通るはずの道を逆流する。
「すでにドリンクでもなんでもないじゃねえか!」
本日、都合二度目の噴射である。
今度ばかりはネイリも予想していなかっただろう。見事にミルクを顔面に――
「ふう、まったく危ないじゃないですか。さすがにこっちは予想できませんでしたよ」
すぐそばに置いてあった――正確には俺が放り投げた白衣でガードしてみせたのである。
「はいはい、予想ができなかったんですか。だったらどうしてガードが間に合ってるんだ! というか痛み分けてくれて良いと思うんだが……」
「いーやーですよ、そんなの! どうして私がハノイさんの口に入ったものを浴びなきゃならないんですか! 私、これでも一研究者の前に一人の女の子なんですからね。あ、ちなみにこれしか無かったとはいえ、色的に問題ないことを考慮した上での行動ですので安心してください」
「安心もクソもねーじゃねえか。まったく、見た目に問題が無いにしろ、この後それを着る俺の気持ちを考えてくれ」
「状況的にこれ以外の手段じゃガードが間に合わなかったんです。勘弁してください」
「それは俺の台詞だよ! これだからお前は――」
その先に言葉を続けようとしたが後の展開を考えてみると二の句が継げなくなる。
「もう駄目だ。これ以上お前と遊んでると、この後に影響が出る気がする」
仕方なしについさっきまではまだ、薄汚れた染みと皺だけだった、今ではその上にミルクを被って着心地最悪の白衣を着なおして気持ちを切り替える。
「えー、まだもう少しだけ開戦の時間まで余裕あるのに」
ここまでに十分に楽しんだはずなのに、あろうことかネイリのやつは「せっかちだなあ」などとのたまいやがるのである。
「遊んでる自覚はあるんだな。んじゃそろそろ時間だ。ちゃんと付き合ってやったんだからバリッと切り替えてくれ」
この後のデリミタに備えるために普段の作業用スペースの席とは違う、デリミタ時用の席に座る。
流石の諦めたらしい、ネイリがその俺の席の隣に座る。
「これまでアレニウスがしてきた他の研究所とのデリミタを見てみて、何か気になったところあるか?」
「探すことができた他の研究所との最も古いデータから、最新のデータを照らし合わせてみても特に変わりはありませんでした。ある一ヶ所において、アレニウスさんが研究室に入る前のデリミタのスタイルと一変しているところはありますけど、これについては問題視しなくていいんでしょうか?」
「ああ、それはきっとアレニウスのやつが研究室の方針に付き合っているのが、我慢できなくて無理やり我を通すことにしたタイミングなのだろう。あいつの性格だと多分、そんなデリミタのスタイルになるだろうさ」
モニターに映る今回の自分たちの戦力を確認しながら答える。
アレニウスのやつが資金面での制限を無くしてくれたおかげで、トランゼシアの数は二十五、それに加えて兵器のほうも申し分ないくらい充実させた。
最初、考えもなしに搭載させまくってたら、危うく規定のEP値を優に超えるところだったからな。
「それではこの点については無視します。そうなると他に関しては、特にこれといって危険視するほどの物はないかと。用意できた戦力が戦力なだけに、どんな状況に対しても大方の対策はデリミタ開始後にどうにかなります」
「んじゃ、それを踏まえて勝率ってどれくらいになると思う?」
「私の予想でいいんでしたら、良くて87%、悪くても74%は堅いかと。敗戦するにせよ、機体、兵器の被害はおそらくほとんどないと思います」
「そんなにか? いやまあ、確かに半分を下回ることは無いとは思ったがそこまで高いとはな。まさか贔屓なんてしてたりなんてしないだろうな?」
さっきまでとは対照的に今度は俺のほうが少しだけおどけてみせる。
「ハノイさん、ふざけてるんでしたら今度のティータイム、一口飲んだだけで無事でいられなくさせますよ?」
が、やっぱりさっきまでとは完全に切り替わってるらしく、ネイリの声に冗談の色が窺えなかった。
「はいはい。こと現場での推察には過大評価も過小評価もしないで、冷静に的確な結果を導いてくれてるのは、ちゃんと分かってますよ。これまでの付き合いで嫌でもね」
「だったらどこか悪くでもしたんじゃないですか? 頭とかだいじょうぶですか?」
さっきまでとは違い、今このタイミングでは真剣に俺の頭を心配してくれてるあたり、質が悪い。
「悪くなってんだとしたら、間違いなくお前のせいだからな。主にティータイムによる悪戯のせい」
ちょっとだけ真剣に抗議してみる。
「あれくらいでどこか悪くするくらいだったら、もうハノイさんは駄目ですね。誰か変わりの人呼ばないと」
「ごめんなさい。もうふざけないんで真面目に俺の変わりのことについて考えるの止めてください」
回転式の席をネイリのほうに向けて頭を下げて謝罪。やっぱり人が真剣な時にふざけたこと言っちゃ駄目だな。肝に銘じておこう。
「まあ、さっきのは冗談だが、どうにも俺の計算じゃ上も下も、もう少し低いんでね。いつもじゃ俺のほうが高い勝率を割り出すだけに、流石にすんなり納得できなかったんだ」
もとに向き直って改めて理由を説明する。
「なるほど。ではハノイさんの計算じゃどれくらいなんですか?」
「ネイリの言うとおり確かに被害のほうは心配しなくてもだいじょうぶなんだと思う。自分の研究結果だからって身内贔屓もなしにね。でもって俺の計算だけど、言った通り下は五0ね。でも上については60%、高く見積もっても65かな」
今度はネイリが俺のほうへ向き直る番だった。
「それはおかしいですよ、ハノイさん! 今回はこれまでと違って、これ以上ないくらいに万全を期してるじゃないですか。一切の抜かりが無い上に、相手のデータまで取って最善を期してるのに70%もないだなんて!」
ネイリが声を荒げるのも無理はない気がした。それほど今回に至ってはネ、イリの言った通り、抜かりはないし最善も尽くしてあると思う。
それも二人の研究成果の全てがそこにあったから。
「ああ、確かにネイリの言う通りだ。相手がそこら辺の、あんまり有名でもない研究室だったんなら、俺もそれくらいの勝率を見積もっても良かったんだけどな。あるいは過信かもしれないけど一00%と言ってもよかったかも」
「ならどうして今回に限って」
ネイリはどうしても俺の勝率計算に納得いっていないらしい。
けれどネイリの計算ではきっと決定的なものが抜け落ちている。
「相手が他の誰でもない、アレニウスだからなんだ。あいつの性格については誰よりも分かってるつもりでいる。同じ研究室で研究したよしみでね」
逆に言えば他の研究室でも資金面に関して、制限が無ければきっとネイリと似たような勝率を割り出すんじゃないだろうか。実際のところ割り出した数値の20%は下だと思うけど。
「だから言えるんだけどね。まず間違いなく、あいつの新しい研究は、これまでとはまるっきり違うものになってる気がするんだ。じゃなきゃこれまでのデータを、安易に残しているような真似はしないと思うんだよ」
その辺についても解せないと思っていた。どこか最近でデータが入手できない期間があったなら、確信を持って何かあるんじゃないかと疑うんだが。
そう考えると多分、他の研究室がアレニウスのところと、今回のデリミタを承諾しなかったのはたまたまだったのかもしれない。
「っていうことはさっきのハノイさんが言った勝率も、信じれたものじゃないじゃないですか。さっきの数字も私のことを気遣ってのことだったんでしょう?」
さすがに察しがいいなあ。鋭すぎて逆に怖くなってくるよ。
「まあ、ないわけじゃないかな」
「本当のところ、どれくらいなんですか?」
「自信過剰化もしれないけど、俺の研究についてはアレニウスのことだからね。きっと他のところなんかよりも、ずいぶんとまともだと踏んでくれてるはずだ。なのに資金面の制限を取り払ってくれてまで、俺にデリミタを申し込んできた。ただデリミタをするだけだったら資金面なんてどうでもいいはずだ。だからきっと、相応の結果を新しい研究成果に見込んでいるんだろう」
「ああもう、長い前置きなんていいですから! 数字だけ教えてくださいよ!」
ネイリが待ちきれないと急かしてくる。
まあ、ちょっとだけ焦らし過ぎたか。
「単刀直入にいうと――」
言おうとして、まったくの予備動作なしに蹴られた脛の痛みで言葉が継げなくなる。
「あれだけ長い前置きをしておいて何が単刀直入ですか。もうふざけないって言っておいてこれなら、やっぱり変わりを見当しなきゃいけませんね。あ、で結局いくつなんですか?」
なんか若干どうでもよくなってるんじゃないだろうか。真剣さがいつの間にかどこへやら、何か髪の毛なんか弄ってやがる。
「良くて15%、悪いほうは考えたくないかなあ、一研究者として。最悪の場合、被害は相応の物になるんじゃないかって踏んでる。まあその点はあいつからの資金で成り立ってるから心配しちゃいないけど」
言い終えたとことで、ネイリからの反応は無言だった。
予想だにしていなかったからなのか、それとも予想が当たっていたことに対して改めてその勝率の低さに言葉を失っているのか、その表情からは読み取れなかった――
「なら私、今回見てるだけでいいですか? なんかもう勝算低すぎてやる気なくなっちゃいました」
のではなく、読み取りたくなかったのだった。
ネイリの表情はもう、なんかこう、これだけやっといて本番前に骨折り損な結果を宣言されちゃもうやってられません、的などうでもよさそうな表情だった。
「そう言ってくれるな。別に勝つつもりが無いなんて言ってるわけじゃなくてだな。こう、敗戦した時のショックを少しでも緩和できるように……」
「もういいです。後は勝敗次第じゃ、ハノイさんの財布の中身を吹き飛ばすってことだけ覚えておいてもらえれば」
「おい。そんな大半を占める確率のほうに、最悪な展開を用意するんじゃない」
頭を掻きながら正面を向く。
「時間です、ハノイさん」
「分かってる」
モニターを見据える。デリミタの場にはすでに勢力の体勢を整えてる。
さて鬼が出るか蛇が出るか。
――――開戦三0分前
相手側に対して今回のデリミタデータを送る。姿形の確認は実際に開戦してからだが、戦力データはその直前で互いに交換する。
こちらが送ったことに対して、相手側からもデータが送られてくる。
その、今回のデリミタデータを確認して――
「はっ!?」
「えっ!?」
驚愕に、二人してバカみたいな面をしていたのだった。
◇
――――開戦一時間前
「ようやくこの時が来た。間違いなく歴史的瞬間になるだろう」
それは、きっと彼以外がすぐそばに居たのなら否応なしに同意したであろう。
本来、デリミタにおいて投入するトランゼシアの数は、如何なる理由があろうと一桁で臨むという判断は研究者なら絶対にしない。
九と十に絶対の違いがあるかと問われれば、説明のしようがあるわけではないのだが、九を用意できるならどうにかして一二、三は用意し、でなければそもそもデリミタなんてしない。
どの研究者もそんな考えを持っているのだから、わざわざそこへ五、六で挑もうとする者など居ないのだ。
今までと、そしてこれからもその形態は不変であろうと、きっとどの研究者も思っているに違いない中で。
「ハノイのやつ、こちらの戦力データを確認した時、どんな馬鹿みたいな面して驚いてくれるだろうな」
考えずとも目に浮かぶ、驚愕の顔。
無意識のうちに唇の端が釣り上がっていることに気がつく。
「直接おがめないのが残念だが、今回はこちらの試験が最優先だ。諦めるとしよう」
そう言って今回、デリミタに投入するトランゼシアをモニター越しに見やる。
そこに居るのはたった二人の、少女としか形容できない人型だった。
一人は少女とは形容したが流麗さと、僅かな妖艶さを兼ね備えた顔立ちをしており、その身には深紅のドレスを纏い、白銀に近い色の、長く、しなやかな髪を優雅になびかせながら佇む。
対してその隣に居る少女は逆に、年端も行かない可憐な相貌をし、長く伸びた緑玉色の髪を頭の左右二ヶ所で結わえ、ゴシック調のドレスというよりはメイド服のそれに近い服装で、その短いスカートの裾が風に僅かになびく。
両者の存在はどこからどうみても、その場に似つかわしくない外見で、あまりにもファンタジーがかっていた。
「カレット、マナ、これといって難しい指示をするつもりはない。ただ、目の前で動くガラクタをこれでもかってくらいに蹂躙してくれればそれでいい」
カレットとマナと呼ばれた二人の少女は、言葉を発さずに黙って頷くだけだった。
けれどその表情は人形のようではなく、カレットは華やかに笑みを浮かべ、しかしマナのほうはその可憐な相貌をしかめて難しい顔をしていた。
「そうだ、一つだけ。けして速度だけは落とすんじゃないぞ。デビューしてすぐに種明かし、なんて優しい真似はしたくないんでね。せっかくの晴れ舞台ってことで少々華美な衣装だったかもしれないが、まあ変わりはいくらでも用意してやるからそこを気にしなくていい」
「でしたら今度はスパンコールのちりばめられたのにしていただけるかしら?」
後ろを向いたままでカレットは要望を口にする。その声は口調と相まって高飛車な雰囲気を醸し出す。
「検討しよう。だがまずは目先の仕事を片付けてからにしてくれ」
「分かりましたわ」
カレットの笑みが増す。
「姉さん、こんな時にまでそんなことに気が回るんですね」
マナが、初めて言葉を口にする。その声は外見とは打って変わって凛とした透き通るような声だった。
他に声を聞かれたくないからなのか、ギリギリ隣にいるカレットに届く程度の大きさで話す。
「当たり前じゃない。そこに喜びを見出すために、これまでやってきたんだもの」
これから起こることになんて興味が無いかのように、その笑みは満面だった。
「でしたら姉さん、ここで失敗するわけにいけませんね」
これまでのカレットの嬉々としていた表情がスッと冷えていく。
「そうね、ここでヘマなんてしたら、あとで気でも狂いそうだわ」
そこには、さっきまで満面の笑みを浮かべた少女とは似付かわない、感情をスッパリと切り落とした少女が居た。
こと、その気持ちの切り替えの極端さには、実の妹であるマナも僅かな恐怖を覚える。
今し方、自分の隣にいたのは別人ではないかと思えるくらいにその表情は冷たかった。
「やっぱり姉さんですね」
「当たり前じゃない。そしてあなたは妹なんだから。失敗は絶対に許さないわよ?」
最後のほうは冗談じゃないか、なんて言えないくらい冷酷に聞こえた。
「さて、そろそろお喋りはその辺にしてもらっていいかな? あぁ、なあに。聞こえちゃいないよ。音声の受信はさっきのカレットとの会話が終わった時点で切っているからね。今はこっちから一方的に話しかけている」
言って、これからを見守るために席に腰を落とす。すると、タイミング良くハノイのほうから今回の戦力データが送られてくる。
「まるで図ってたかのようだな」
相手からの送信に応じてこちらも戦力データを送り返す。
「これでまずは最初の驚愕を味あわせてやったわけだ」
静かに、背後で他に見守る研究者たちに分からない程度に苦笑いを浮かべる。
そして声高らかに――
「では、デリミタ開始と行こうじゃないか!」
これから起こる一方的なショーの始まりを告げた。
◇
目に映る数字は何度見直しても、変わらずに二を示していた。
「おいネイリ、俺の目はどうかしちまってんのか? モニターに映る敵の機体数、何度見ても二にしか見えないんだが?」
「大丈夫ですハノイさん、確かに目は腐っちゃってるかもしれませんが、見間違いじゃありません。私の目にもはっきりと二に見えますので」
「どさくさに紛れて肯定してんじゃねえ!」
相手から送られてきたデータに頭を混乱させながらも、ツッコんでしまうのは染み付いた癖のせいである。
「そんなこと言ってる場合じゃありません、ハノイさん。機体数のほうはとりあえず置いておくとして兵器とAIレベルのほうの確認を」
ネイリの棚上げについては一時頭から追いやる。
「なんだこれ? 一体どういうことだ?」
二体という情報も十分な驚きを受けたが、その驚きをもう一段階上回る衝撃が襲う。
「攻撃兵器の搭載無し、防衛兵器のほうは……。ハノイさん、クレール繊維でできた衣服だけって。それにこれ、どう見てもドレスにしか私には見えないんですけど」
「気にしなくていい、俺にもそう見えてる」
最近開発されてきた合成繊維の中でも、その丈夫さでいったら確かにクレール繊維は群を抜いている。
加工する技術も、それに伴って達してきてはいたが……。わざわざそれを衣服に応用しようとするやつがいるなんてね。
一体何の冗談なんだか。その辺のパーティーに行くんじゃないんだぞ、まったく。
「でもってAIのほうなんですけど……。測定不能につき一時的に0を付与って。こんなことあり得るんですか?」
「いや、そんな前例なんて聞いたことないな。一体どうしたらそんな判定になるんだか」
クエリ社がEP値の測定が不能だからって0を付与するだなんて特例、聞いたことがないぞ。そもそも、AIが最も顕著ではあるが、どれもこれもが異例過ぎる。
「これがアレニウスのやつが言ってた新しい研究の成果ってやつなのか?」
もうこれまでの常識をぶち壊され過ぎて正直わけが分からん。
「ハノイさん、現状じゃもう、どうしようもありませんし、時間が時間です。後はリアルタイムで対応しましょう」
「ああ、それしかないな。ったく、今ころはあっちで嘲笑ってやがるんだろうな」
「愚痴っててもしょうがないです」
諦めて、覚悟を決める。
「それでは行きます!」
ネイリがいつもの台詞を告げる。
「ああ、開戦だ!」
それに俺もいつものように言葉を続け、戦いの火蓋が切られた。
まずはこのような拙い作品をここまでお読みくださって、とてもとてもありがとうございます。読んでくださった読者様には信じられないほどの感謝でいっぱいです。
ほんのわずかでも娯楽の一つとして有意義な時間にしてあげられたか心配でしょうがありません。
この作品は初めて書いた長編の序盤に当たります。
長編の都合上、何度かに分けての投稿にはなりますが、もしこの序盤を最後までお読みになっていただけたのなら、完結まで見守っていただければと思います。
あとがきなんて初めて書くので、どう書いたらいいか分かりませんが、失礼させていただきます。 陸でした。