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ワケあり  作者: monologger
6/6

それぞれのワケ

 若葉からのメールが届いたのは車庫に着く直前だった。

 「そうか、店の所在地だったか。それにしてもよくわかったな」

 夜が深い上に天気が荒れているとあっては、心細くもなるし、心穏やかでもいられない。久志が奮い立つように動いているのはただ、何かを晴らしたい、そんな想いゆえである。

 勢いよく扉を開けると、風が一気に吹き込んできた。

 「さて、ん?」

 荷室の天井を見遣る。懐中電灯を当てる。あるべきはずのカメラは? 風が虚しく中を一巡する。

 落胆が襲うところだが、恐怖感がそれを上回ったのは他でもない。閉めかけた扉が俄かに反射を集め、その輝度が増してくる。ハイビームが近づいてきた。その車には見覚えがある。

 『外したのは検閲の時か、いや、倉庫で荷室を開けた時はまだあったはずだから・・・』


 この時が来るのを待っていた。心の準備だってできている。この際、カメラの行方はどうでもいい。今、近づいてくる相手と対峙すればいいだけだ。

 「豊川さん、ですね」

 「ったく、ヤボなことしやがって」

 「ヤボ? あぁ、今持っているそれのことか」

 天井に仕掛けておいた小型のカメラは豊川の手中にあった。

 「撮ったのは今日だけじゃないだろ? 見過ごす訳にはいかなくてな。テープがあればよこしな」

 久志は後ずさりしながらも胸に手を当て、あるスイッチを押す。胸ポケットには常備の機器が忍ばせてある。

 「そういうことなら尚更渡せないね。それとも取引でもしますか?」

 「取引か。だいたいウチの取引に問題がないことを示そうと思って君に立ち会ってもらったのにな。それで面が割れちゃしゃーねぇな」

 「問題がない? よく言うよ。不正もいいとこだろ」

 一陣の強風が二人の間をすり抜ける。膠着状態がしばらく続く。

 「清水さんが気の毒だった、ってのはあるな。でもそれは最初だけ。ウチの取引ってのも違うだろ。ウチら、じゃないのか?」

 「は、何言ってやがる」

 「今となっては録画を見るまでもないさ。それをアンタが持ってるってことが何よりの証拠」

 豊川は大きく舌打ちすると、車の後席に目を転じる。久志にはすでに察しはついていた。若葉からのメールには、途中から尾行車に誰かが乗り込んだことも記されていたのだ。

 「やっぱり自作自演でしたか、清水さん」

 「ヤレヤレ、バレちまったからにはいよいよ放っておけんな。でもどこでわかったんだ?」

 「パトロールって言っただけだったのに、随分と警戒されてましたよね。積荷をどうこうしたともこっちは言ってなかったし」

 「ほぅ、それだけで」

 「あとは、例の風流な一字ですよ。自分で電器店に持って行くのなら、何も隠語みたいなのを使う必要はないし、漢字の横の数字がやけに少なかったんでね」

 「豊川に流す分だからな。そこまで見抜いてたか。ま、こっちも捜査状況を耳には入れてたがな」

 「捜査状況? まさか、あの警官・・・」

 「まぁ、そういうことさ。話がさっさとついてよかっただろ?」

 分が悪いのは明らかだが、決着を急ぐことはない。久志は時間を稼ぐためにあえて次のような問いを発した。

 「未だにわからないのは栗と梅の関係かな。栗原にも梅木《うめのき》にも店はある。荒らし屋の名前と接点がありそうなことまではわかった。清水さんなら知ってんじゃないか?」

 「そう来たか。そこまで知ってるってことは貴様只者じゃねぇな」

 「こっちも同業みたいなもんさ。兄弟で音響機器の取り次ぎをやってたんだ。でも二年前にこういう事件があった。そう、今日みたいな嵐の日さ。そりゃ雨風が強けりゃ何かが降ってくるってことはある。でも隣が材木屋だからって角材が降ってくるってのは考えられない。破れた天窓からは雨水が大量に入り込んだ。苦労して仕入れたメモリオーディオは外箱損傷ってだけで、大損さ」

 「なるほどな。ってことは中味は無事だった。で、そいつを買い叩かれちまった訳だ」

 「天災扱い、しかも盗まれた訳じゃないから保険が下りない。そんなこんなで立ち行かなくなって兄貴は失踪さ。こっちは残りで何とかしのいできたけど、泣き寝入りはしたくない。あれは事故じゃなくて事件だ。で、その一味につながる手がかりが届いた。今回の仕事さ」

 「黒幕の名前は知ってんのか?」

 「荒らしの梅だろ。ルートや保管先を知ってる人物、加えて角材を放り込む豪腕な奴の犯行ってことは確かだよな」


 清水は豊川と顔を合わせると、

 「どうする?」

 とだけ聞いた。

 「コイツもワケあり品にしますか。動けなくしてから倉庫で何箱か崩せば事故で済む」

 「へへ、俺様の腕っ節は半端じゃないぜ。いつも鍛えてっからな」

 「そ、そういうことだったか」

 真相をつかんだ久志に、間髪入れず清水が殴りかかってきた。辛うじて交わしたが、ひるんだところを今度は豊川に押さえ込まれてしまった。万事休す、か。


 次の瞬間、大きなクラクションとともに、覆面のパトカーが滑り込んできた。停車したのは清水の手前数メートル。さすがの豪腕もこれには怖気づくしかなかった。

 「はいはい、そこまで! 警察よ」

 現行犯ということなら暴行未遂か。だが、まだ収まった訳ではない。

 「知ったことか! 女だからって容赦しねぇぞ」

 清水は再び腕力に訴えてきた。と、すかさずその腕を止めた男がいた。助手席から飛び出してきた探偵だった。

 「あ、ありがとう。はい、そのままそのまま。公務執行妨害で現行犯逮捕、します」

 豊川はその場にへたれ込んでしまった。清水はすっかり神妙になっている。

 「あ、兄貴?」

 「何だ、やっぱり久志だったか」

 「やっぱり?」

 「どこかでぶち当たるって踏んでたんだ。ウラで情報つかんで、お前に送ってたからな。トラック運転手の求人情報も、な?」

 探偵の名は稲田一茂と言った。弟と会うのは二年ぶりのことだ。

 「そうか、てめぇもあん時の。兄弟で潜入捜査みたいなことしやがって」

 「アンタの店、北区じゃ評判らしいじゃないか。その中の赤羽店、いや旧地名で言うなら栗原の店主さん、人呼んで『栗の梅』さんよ」

 風はさっきから凪いでいて、それがかえって嵐の接近を知らしめる。やがて、大きめの雨粒が落ちてきた。だが、待避できる場所はない。

 「応援がまだ来ないけど、取り急ぎ聴取します。本当の名前は?」

 「コイツの言うとおりさ。俺の名は梅木、梅木番吉」

 「清水ってのは偽名だったか」

 豊川を牽制しながら様子を見ていた久志が口を挟む。

 「清水坂の近所なもんでな。適当に名前をこしらえたまでよ」

 「偽名の上に捏造って訳ね」

 「これでもカタギな方よ。ちょうどエコポイントとやらが始まって、こっちで安くしなくても値ごろ感が出せるようになった。今がチャンスってことさ」

 放置していたカメラを手にとって、豊川は後ずさりし出している。梅木はそれを見逃さない。

 「おい、勢至! 今更どこ行く気だ。お前も一緒だ。おとなしく待ってろ!」

 「あの人が検閲人、つまり箱に手を出していた・・・」

 若葉の聴取が続く。梅木は開き直ったように応じる。

 「捏造の張本人さ。検閲は奴の手下も時々な。まぁ豊川はちょっとした事情通でな。正規ルートを手前の都合に変えるのもまた得意なんだ」

 「一連の襲撃事件も貴方たちの仕業?」

 「メーカーからの指定を取った時点でいつでも工作できたんだけどな。こういうのは巧妙にやらねぇと。襲われたことにすりゃ補償は確実だろ?」

 さすがに豊川も黙っていられなくなった。血相を変えて近寄ってくる。

 「梅さん、まだ証拠が揃った訳じゃなし。どうせ録画はまだこの中さ。こいつを壊しちまえば」

 「あぁ、証拠が!」

 若葉が叫んだ時にはすでにカメラに足がかかっていた。豊川の足元に破片が転がる。断続的だが、雨とわかる雨が降り注ぎ始める。

 「あいにくだな、豊川さん。ここまでの会話は全部こいつで録らせてもらったよ」

 「久志、もしかしてそれは」

 「小型だけど性能はいいんだ。メモリオーディオってのは聴くだけに使うんじゃないのさ」

 「畜生!」

 「あっ、こら待て!」

 豊川は脱走するが、一茂に追いつかれ、車の手前であっさり押さえられてしまった。久志が駆け寄ると、ようやくパトカーが二台到着し、豊川の動きは完全に止まった。雨も風も一段と強さを増していた。


 現場にいた四人はパトカーに分乗して、署に向かう。豊川が一台に、もう一台には稲田兄弟、梅木は若葉が走らせていた車に乗ることになった。車中では取り調べの続きが行われる。


 「巻いたはずなのに、よくここがわかったな」

 「携帯電話からの信号を受信するだけだから。そんなことより貴方の話が先。偽装を始めた動機は?」

 「メーカーからまともに買い付けても大して売れねぇし、価格統制みたいのもあって思うように行かなかったんだ。でもよ、ある時『アウトレット』だ、最近になって『ワケあり』だってなってきてよ。これを並べ出したら事情が変わった。メーカーも苦労してんだろうけど、販売店の反旗っつうか、ひと泡吹かせてやるかって。で、自分で手を入れることを思いついたのさ。だいたい外っ面が傷んだくらいで値段がガタ落ちすんのがおかしいんだ。だろ?」

 「まぁ、アウトレットって確かに仕掛けがよくわからないけど」

 「とにかくだ、そのカラクリを逆手にとることにした訳だ。だが、襲われたフリってのはそう何度もできねぇ」

 「それであの方法を思いついた」

 「新田橋を通りゃガタガタするし、その先のクランクを曲がれば荷崩れだってしそうなもんだ。よくあることだったら、問題ないだろ?」

 いよいよ台風が近づいてきた。外では悲鳴のような音を立てて風が流れていく。梅木の声も今はその音に消されそうだ。だが、話は続く。今は声を絞り出すようにしている。

 「なぁ刑事さんよ、言い訳がましくなるが、もうちょっと聞いてくれないか」

 「不利になる話なら別に言わなくていいですよ。強要はしません」

 ひと息ついてから梅木はその理由を語った。

 「知っての通り、ここは年寄りが多い。家電品を買いに行くのを億劫がる御仁も多い。鉄道は発達してるかも知れんが、量販店まで出かけて、ってのはなかなかな。近所で済んで、しかも安けりゃいうことないだろ? こちとら配達だって無料だ」

 「そうですか。いろんなワケがあるものね。でもあの兄弟には申し訳は立たないでしょ? ま、詳しいことはまた署で聞かせて。梅栗さん」

 「俺は栗原の梅木だ!」

 元の威勢に戻った男は不思議と血色がよかった。風雨はいつしか弱まり、今はサイレンの音が勝っていた。

*ご清読、ありがとうございました。設定解説を含む目次サイトは、http://www.chochoira.jp/wakeari/ になります。(8/1~)

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