不審
懐中電灯の照らす範囲で動きを押さえることはできたが、赤外線モードにしていなかったので、証拠としては不十分極まりなかった。映像的には失敗だった訳だが、梱包に手をかける物音と少なからぬ衝撃音を拾うことはできた。今日はモードを変えて確たる証拠を得るか、あるいはいっそ勝負に出るか、どっちかだ。
三十分早く着く術を心得たため、久志は今、荷室に居て、カメラチェックを繰り返している。作動音がしないとはいえ、見つからずに済む保証はない。天井を見上げられたらおそらくそれまでだ。『いけね、そろそろ定刻だ』
果たしてこの日は何事もなかったように開閉が行われ、むしろいつもより早いほどだった。気抜けした状態ではエンジンもかかりにくい。と、先日の警官が不意に現れた。
「どうも夜分に」
「あぁ、どうも」
この時の久志の心持ちは、驚きよりもむしろ救いに近いものだった。もし何らかのトラブルに巻き込まれていたら、と思えばこその感情である。が、そんな気分でいられたのは束の間のことだった。
「ねぇ、運転手さん、扉を閉めてその後クルマで出てった人物って知り合い、ですか?」
黒ずくめだったので、すぐには認識できなかったが、長身の女性が尋問してきた。これには驚きを隠せなかった久志である。
「あ、いや、その」
やましいことはしていないつもりなので、業務仕様については話すことにした。自分まで怪しまれては元も子もない。
「じゃそこで何をやってるかってのも極秘事項?」
「自分なりに探りを入れようとは思ってますが」
「ま、ちょっとワケありみたいだから、こっちでも調べてみましょう。今のクルマが割り出せればよかったんでしょうけど、向こうもやり手みたいでね。ナンバープレート、識別できなくて」
「ところでどうして刑事さんがここに?」
襲撃事件の話をした後で、刑事は名刺を差し出す。
「雇い主からは別に警察に通報するなとは言われてないでしょ? 何か不審なことがあればいつでも連絡ください」
遅れた理由を考えながら走っていたら、いつしか倉庫に着いていた。清水は怪訝な顔で棒立ち然としている。
「遅かったな」
「橋のところでパトロールに遭遇しまして。すみません」
「そうか、パトロール・・・」
何かを思い出すように呟きながら、清水は扉を開ける。
「ま、無事ならいいや。今日は上々じゃないか」
今度は久志が訝しげな表情になる。『上々?』
売れ筋の液晶テレビとセット品のレコーダーが十ずつ。アウトレット品も積んではいたが、いつもより物量が少ないせいか、荷がどうこうなることはまずなかった。手を出した形跡は本当にないのか? いや証拠なら撮れている、そう信じたい。
「そういやこないだ言ってた証拠ってぇのは、どうだい?」
「いえ、単なる思いつきで、特には。今日は大丈夫だったことですし」
「は、そうだな。でもパトロールってのは困りもんだな。時間をずらしてもらえりゃいいのかも知れんが」
「いやその、飲酒運転の検問ですから、そんなにしょっちゅうじゃ」
「職質とかされなかったか?」
「メーカー専属の運転手ってことで済みました」
清水は首を傾げながらも何度か頷いて、サインを済ませる。帰り際にはいつもの調子に戻っていて、陽気に送り出してくれた。
真夜中の車庫は気味のいいものではない。長居しないに越したことはないが、今夜はそうは行かない。動く証拠が録画されていることを確かめないことには――
「今回は本当に検閲だけだったのか」
何度か再生してみたが、結果は同じ。懐中電灯で照らして外箱を指差し確認する男の姿が映っていただけだった。
* * * * *
警官は護岸で行き止まりになっている道を見つけると、用心しながら進んでいった。そして、まだ外灯が点るその倉庫の前に自転車を置くと、吸い込まれるように入っていった。
「おぉ、来たか」
「公務の一環で来ました。で、今夜はどうしたんです?」
「パトロールは順調か?ってな」
「話が大きくなってしまって、刑事が来てます」
「そうか・・・ あぁ、彼はどうだ? 何か妙なことしてなかったか」
「探りがどうのとは言ってましたね」
「やはり勘付かれた、ってことか」
同じ頃、久志はとりあえず若葉に一報を入れていた。
「次回は三日後、同じ時間ですね」
「わかりました。こっちはその検閲人を追うってことですね」
「組織的な匂いがしてきました。バレないようにお願いしますね」
「えぇ。でもどうしよう・・・」
久志は固唾を呑んで続きを待つ。自ずと武者震いのような感覚に陥るがぐっとこらえる。
「あ、稲田さん、ごめんなさい。その、何かわかったら早く知らせようと思うんだけど、どうかしら?」
「どこかで待機するってことですか。前回も遅れちゃったんで、微妙ですね」
「わかった。じゃ怪しまれないようにだけして、とにかくケータイ出てください。あ、もしもし?」
「はい、どうかしました?」
「稲田さん、もしかして梅栗だかってご存じ?」
「ウメクリ? 栗原の梅木ならどこかで聞いたような」
「それって闇物流系とか?」
「倉庫荒らしでしょう」
久志はこの時、事務室のボードに書かれていた梅の字を思い出していた。電話はいつしか切れていた。
『何か関係が? いや、まだわからんな』
謎は残るが、話はついた。あとは当日を待つばかりだ。