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『期限切れの罰ゲーム』——美少女の嘘と俺の復讐、そして十年後の“再生”について  作者: ledled


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第五話 愛した女への断罪

赤色灯の光が、体育館の壁を不気味に舐めるように回転している。

サイレンの音が遠ざかっていく。それは、かつてこの学校の帝王として君臨していた黒川ダイキの、哀れな退場のファンファーレだった。

文化祭の喧騒は完全に消え失せ、代わりに重苦しい沈黙と、抑えきれない興奮が入り混じった異様な空気が漂っていた。


「黒川、連行されたぞ……」

「マジでヤバいじゃん。薬物って」

「警察来たとか、もう伝説だろこれ」


生徒たちの囁き声がさざ波のように広がる。誰もがスマホを握りしめ、TwotterやMINEで情報を拡散することに夢中になっている。

そんな混乱の中心で、一人の少女が膝をついていた。

高槻レナ。

学校一の美少女と呼ばれ、誰もが羨む存在だった彼女は今、抜け殻のように床を見つめている。

彼女の周囲には、見えない結界が張られているかのように、ぽっかりとスペースが空いていた。

かつて彼女を取り巻き、チヤホヤしていた連中は、蜘蛛の子を散らすように姿を消しているか、遠巻きにして軽蔑の視線を送っているかのどちらかだ。


俺、佐藤翔太は、その光景を体育館の隅にある機材スペースの影から冷ややかに見つめていた。

手元のスマホが震える。

画面には、俺が仕掛けたプログラムの実行完了通知が表示されていた。


『全校生徒向け掲示板への投稿完了』


投稿者は『高槻レナ(ハッキング済みアカウント)』。

内容は、陽キャグループの悪事をすべて暴露し、「私が正義の鉄槌を下した」と宣言するものだ。

もちろん、真っ赤な嘘だ。

だが、この状況下では、それが真実として機能する。

ダイキの彼女でありながら、最も近くにいて全ての秘密を知り得た人物。そして、あの暴露映像の中で唯一、致命的な傷を負っていなかった人物。

状況証拠はあまりにも完璧すぎた。


「ふざけんなよ……!」


静寂を切り裂くような金切り声が響いた。

声の主はミキだ。

パパ活の実態を晒され、人生を終わらされた彼女は、なりふり構わずレナに掴みかかっていた。

綺麗にセットされていた巻き髪は乱れ、マスカラが涙で溶けて黒い筋を作っている。その形相は、もはや人間のそれではなく、悪鬼羅刹のようだった。


「あんたなんでしょ!? 私のこと売ったの!」

「ち、違う……ミキ、信じて……私じゃない……!」

「うるさい! じゃあなんであんたのアカウントからあんな投稿が出てんのよ! あんただけ無傷なのもおかしいじゃん!」


ミキがレナの胸ぐらを掴み、激しく揺さぶる。

レナは抵抗する力もなく、ただ首を振って泣くことしかできない。


「やめて、痛い……誰か、助けて……」


レナが周囲に助けを求めるように視線を走らせる。

だが、誰も動かない。

男子生徒たちは「関わりたくない」と顔を背け、女子生徒たちは「自業自得じゃん」「裏切り者」と冷笑を浮かべている。

これまで散々、カースト上位という立場を利用して他人を見下してきた報いだ。

彼女たちが築き上げてきた薄っぺらい人間関係は、逆風が吹いた瞬間に脆くも崩れ去った。


「あんたなんか、死ねばいいのに!」


ミキが振り上げた手が、レナの頬を張る乾いた音が響く。

レナが床に倒れ込む。

その姿を見ても、俺の心は微動だにしなかった。

かつては、彼女が少し躓いただけで心臓が止まるほど心配した。

指先に小さなささくれを見つけただけで、絆創膏を探して走り回った。

あの頃の俺は、もう死んだのだ。

ここにいるのは、感情を切り離し、ただ淡々とシナリオを遂行する処刑人だけ。


騒ぎを聞きつけた教師たちが、ようやく割って入ってきた。


「やめなさい! 何をしてるんだ!」

「離れなさい!」


ミキは先生たちに取り押さえられながらも、まだレナを睨みつけ、罵詈雑言を吐き続けている。

レナは床にうずくまり、小さく震えていた。

その姿は、あまりにも無力で、哀れだった。

だが、これで終わりではない。

俺にはまだ、最後にやらなければならないことがある。

この復讐劇のフィナーレを飾る、最後の一撃。


俺はゆっくりと、影から姿を現した。

喧騒の中、一人また一人と俺の存在に気づき、道を開けていく。


「あ、佐藤だ」

「あいつ、レナの彼氏だろ?」

「どうすんだろ、今の状況」


好奇の視線が俺に突き刺さる。

俺はそんな視線を意に介さず、一直線にレナのもとへと歩み寄った。

床に座り込んだままのレナが、俺の足元に気づいて顔を上げる。

涙でぐしゃぐしゃになった顔。

恐怖と絶望に染まった瞳。

その瞳が、俺を認識した瞬間、微かな希望の光を宿した。


「……翔太、くん……」


すがるような声。

彼女にとって、俺はまだ「何も知らない優しい彼氏」であり、唯一の味方なのだ。

ダイキにも、ミキにも、クラスの全員にも見捨てられた今、彼女が頼れるのは、かつて「罰ゲーム」の対象として見下していた俺だけ。

なんて皮肉な構図だろう。


「翔太くん、信じて……私じゃないの……誰かが、勝手に……」


レナが震える手を俺に伸ばす。

その指先が、俺のズボンの裾を掴む。

俺は立ち止まり、彼女を見下ろした。

表情筋を総動員して、かつての「優しい翔太」の仮面を作る。

心配そうに眉を下げ、慈愛に満ちた瞳で彼女を見つめる。


「レナ……大丈夫?」

「うん、うん……! 怖かった……みんな、酷いの……」

「そうか、怖かったんだね」


俺は膝を折り、彼女の目線に合わせる。

レナは安堵したように息を吐き、俺の胸に飛び込もうと体を寄せた。

その瞬間。

俺は彼女の耳元に口を寄せ、周囲には聞こえない声量で、しかしはっきりと囁いた。


「——楽しかったよ、罰ゲーム」


レナの動きが、凍りついた。

抱きつこうとしていた腕が、空中で停止する。

時が止まったような錯覚。

彼女の呼吸が止まり、心臓の鼓動だけが、俺の耳にまで聞こえてきそうなほど激しく打っている。

ゆっくりと、恐る恐る、彼女が顔を上げる。

至近距離で合う視線。

俺はもう、優しい彼氏の顔はしていなかった。

そこにあるのは、獲物を追い詰め、喉元に牙を突き立てる瞬間の、冷酷な捕食者の笑みだった。


「……え?」


レナの唇から、意味を成さない音が漏れる。

理解が追いついていないのだろう。

無理もない。俺はずっと、完璧なピエロを演じきっていたのだから。


「聞こえなかった? 楽しかったねって言ったんだよ。『一ヶ月だけの彼氏ごっこ』。予定よりだいぶ長引いちゃったけど」


俺は淡々と、事実だけを告げる。

レナの顔から、さっきまでの涙による紅潮が消え失せ、死人のような蒼白さが広がる。


「な、なんで……翔太くん、なんでそのこと……」

「なんでって? そりゃあ、全部聞いてたからだよ。先週の月曜日、放課後の教室で。お前がダイキたちと笑いながら話してたこと、全部ね」


俺の言葉が、鋭利な刃物となって彼女の心臓を貫く。

レナの瞳孔が開く。

記憶がフラッシュバックしているのだろう。

あの日、あの時、彼女が俺をどう扱っていたか。

『可哀想だから』『穏便に済ませたい』

その言葉が、ブーメランとなって彼女自身に突き刺さる。


「ち、違うの! 翔太くん、聞いて! あれは……!」


レナがパニックになりながら、必死に俺の腕を掴もうとする。

俺はその手を、汚いものでも触るかのように振り払った。


「触るな」


冷徹な拒絶。

レナの手が宙を彷徨う。


「あ、あれは本心じゃなかったの! 私、脅されてて……ダイキに、別れたら酷いことするって言われて……だから、仕方なく……!」

「仕方なく? だから俺を裏切ったのか?」

「違う! 翔太くんを守りたかったの! 本当よ! 私、翔太くんのこと、本当に好きになってたの!」


レナの声が裏返る。

その瞳からは、演技ではない、本物の絶望と後悔の涙が溢れ出していた。

そうだろう。嘘ではないのかもしれない。

俺のPCの中にある、ハッキングした彼女のデータ。そこにあった『Toy_Box』の中身。

彼女が被害者であり、脅迫されていたことは知っている。

そして、最近の彼女の態度から、俺への想いが演技以上のものになっていたことも、薄々は感じていた。

だが、それがどうしたと言うんだ。


「守りたかった、か。笑わせるなよ」


俺は立ち上がり、彼女を見下ろす。


「お前が守りたかったのは俺じゃない。自分自身だろ? 自分の立場、自分のプライド、自分の平穏。そのために、俺をピエロにして、陰で笑い者にする道を選んだんだ」

「ち、違う……」

「違わないね。もし俺が真実を知らなかったら、お前はどうするつもりだった? 今日のデートで、適当な理由をつけて別れて、俺が泣いてすがるのを『いい思い出』にするつもりだったんだろ?」


図星を突かれたのか、レナは言葉を詰まらせた。

俺はさらに畳み掛ける。


「知ってるか? お前が俺にくれた『好き』も『愛してる』も、全部ダイキたちへのネタ提供になってたんだよ。俺が喜べば喜ぶほど、あいつらは腹を抱えて笑ってた。お前も、それに同調してた」

「それは……逆らえなくて……」

「逆らえなかったら、人を傷つけてもいいのか? 自分が可愛いからって、俺の尊厳を踏みにじっていい理由になるのか?」


俺の声に、周囲の生徒たちが聞き耳を立て始めている。

「え、何の話?」「罰ゲームって聞こえたけど」「レナ、罰ゲームで付き合ってたの?」

ざわめきが大きくなる。

レナにとって、最も隠したかった真実が、最悪の形で露呈していく。


「翔太くん、お願い……許して……やり直したいの……私、償うから……一生かけて償うから……!」


レナが床に額を擦り付けるようにして懇願する。

その姿は、かつての高嶺の花の面影もない。

償う?

そんな安っぽい言葉で、俺の死んだ心が生き返るとでも思っているのか。


「無理だよ。俺の中の『高槻レナ』は、もう死んだんだ」


俺はポケットから、小さな箱を取り出した。

あの日、渡せなかったシルバーのネックレス。

俺の、純粋で愚かだった恋の墓標。


「これ、あげるよ。手切れ金代わりにでもしてくれ」


俺は箱を放り投げた。

箱はレナの膝元に落ち、蓋が開いて、中のネックレスがこぼれ落ちた。

星の飾りがついた、安物のネックレス。

レナはそれを拾い上げ、胸に抱いて泣き崩れた。


「あぁぁ……ぁぁぁ……!」


獣のような慟哭が、体育館に響き渡る。

俺は彼女に背を向けた。

もう二度と振り返らない。

この背中が、彼女に見せる最後の俺の姿だ。


体育館の出口へと向かう俺の背中に、レナの叫び声が追いかけてくる。


「ごめんなさい! ごめんなさい翔太くん! 愛してる! 本当に愛してるのぉぉぉッ!」


愛してる。

その言葉が、今はただ空虚に響くだけだった。

遅すぎる。

何もかもが、手遅れなのだ。


校舎を出ると、夕陽がグラウンドを赤く染めていた。

全てが終わった。

ダイキは逮捕され、ミキたちは社会的に抹殺され、レナは全てを失って孤立した。

俺の復讐は、これ以上ないほど完璧に達成された。


「ざまぁみろ」


そう口に出してみた。

胸がすくような爽快感を期待していた。

ガッツポーズをしたくなるような達成感を求めていた。


けれど。

俺の心に残ったのは、底なしの穴のような虚無感だけだった。

寒い。

秋風のせいじゃない。心の芯が冷え切っている。

復讐を果たしても、俺が失った時間は戻らない。

傷ついた心は癒えない。

そして何より、俺が好きだった「あの頃のレナ」は、もう二度と帰ってこない。

俺は自らの手で、愛した女にトドメを刺したのだ。

その感触が、手のひらに嫌な重さとして残っている。


「……帰ろう」


俺は一人、通学路を歩き出した。

いつもならレナと手を繋いで歩いた道。

コンビニの前、公園のベンチ、駅前の交差点。

風景のすべてに、彼女との思い出が焼き付いている。


「翔太くん、あそこのアイス美味しいんだよ」

「今度また映画行こうね」


幻聴のように、彼女の声が聞こえる気がした。

俺は強く頭を振り、その声を振り払う。


ポケットの中のスマホを取り出し、電源を入れる。

Twotterを開くと、トレンドには『〇〇高校』『集団いじめ』『パパ活』『薬物』といった単語が並んでいる。

俺が作り出した地獄だ。

画面をスクロールすると、一つの投稿が目に止まった。

誰かが盗撮したのだろう。

体育館の床で、ネックレスを握りしめて泣き崩れるレナの写真。

『ざまぁw』『自業自得』『魔女裁判完了』

無数のコメントが、彼女を攻撃している。

それを見て、俺は小さく息を吐いた。

彼女が犯人だという「濡れ衣」を晴らすつもりはない。

真実を話せば、俺自身がハッキングという犯罪を犯したことになってしまう。

保身のため。

俺もまた、彼女と同じように自分を守るために、他人を犠牲にしたのだ。

結局、俺たちは似た者同士だったのかもしれない。

弱くて、ズルくて、残酷な人間。


「……さよなら、レナ」


俺はスマホをポケットにしまい、歩調を早めた。

涙は出なかった。

ただ、心の中に広がっていた砂漠が、より一層広大に、乾いたものになっただけだ。

誰も信じられない。

もう誰も愛せない。

そんな予感が、確信のように俺の胸に重くのしかかっていた。


翌日から、高槻レナは学校に来なくなった。

黒川ダイキは退学処分となり、少年鑑別所に送られたという噂が流れた。

ミキもケンジも、親と共に転校の手続きをしたらしい。

俺の日常は、静けさを取り戻した。

クラスメイトたちは、俺に対して腫れ物に触るような態度を取るようになった。

「被害者」である俺に同情しつつも、どこか恐れているような視線。

それも悪くない。

俺はもう、誰かと深く関わるつもりはないのだから。

放課後の教室。

俺は一人、窓の外を眺めていた。

空はあの日と同じように青く、雲ひとつない。

だが、その青さは、俺の目には灰色にくすんで見えた。

復讐の果てにあるのは、勝利の美酒ではなく、ただ苦いだけの灰の味だった。

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