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『期限切れの罰ゲーム』——美少女の嘘と俺の復讐、そして十年後の“再生”について  作者: ledled


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第四話 祝祭の終わる時

文化祭当日。

学校全体が、一種異様な熱気に包まれていた。

校庭にはクラスごとの模擬店のテントが立ち並び、ソースの焦げる匂いや甘いクレープの香りが混ざり合って漂っている。あちこちから客引きの声が響き、スピーカーからは流行りのポップソングが大音量で流されていた。

非日常の祝祭。青春の輝き。

そんな言葉が似合う光景だが、放送室の調整卓の前に座る俺、佐藤翔太にとっては、これから始まる処刑劇の舞台装置に過ぎなかった。


「佐藤くん、ごめんね。また機材係任せちゃって」


生徒会の女子が、申し訳なさそうに声をかけてくる。


「ううん、気にしないで。俺、人混み苦手だし、ここの方が落ち着くから」


俺は人当たりの良い笑みを浮かべて答えた。

彼女は「本当に助かるよ、ありがとう」と言って、慌ただしく出て行った。

放送室には、俺一人だけが残された。

目の前には、体育館のステージを映し出すモニターと、音響や映像を制御するコンソール。そして、俺が持ち込んだノートパソコンがケーブルでシステムに直結されている。

俺はこのポジションを手に入れるために、一ヶ月前から入念に根回しをしてきた。

機械に強い陰キャが裏方を引き受ける。誰も疑わない、自然な流れだ。

だが、このケーブル一本が、彼らの人生を断つ絞首台のロープになるとは、誰も想像していないだろう。


モニターの中で、体育館のステージイベントが始まろうとしていた。

司会を務めるのは、もちろん黒川ダイキだ。

派手な袴姿でマイクを握り、スポットライトを浴びている。その横には、アシスタントとして浴衣を着た高槻レナ、そしてミキやケンジといったいつもの取り巻きたちが並んでいた。

彼らは学校のヒエラルキーの頂点に君臨する王族気取りだ。

全校生徒が見守る中、自分たちが主役だと信じて疑わない傲慢な笑顔。


「イエーイ! みんな盛り上がってるかー!?」


ダイキが叫ぶと、会場の女子たちから黄色い歓声が上がる。

俺は冷めた目でその様子を眺めながら、手元のPCで最終チェックを行った。

プログラムは正常に作動している。

ネット上の拡散ボットもスタンバイ完了。

あとは、エンターキーを押すだけだ。


「……さて、始めようか」


俺は静かに呟き、指を走らせた。

まずは、前座からだ。


ステージでは、クラス対抗のダンス発表の合間に、ダイキたちが「未成年の主張」と称して、内輪ノリのトークを繰り広げていた。


「てかさー、最近マジでウケる話あんだけど」

「えー、なになにケンジ?」

「こないださー、バイクで峠攻めてたら……」


ケンジが得意げに武勇伝を語り始める。

俺はタイミングを見計らった。

ステージの背景にある巨大スクリーン。今は「文化祭202X」というロゴが表示されているが、次の瞬間、俺は映像ソースを切り替えた。

ブツン、というノイズと共に、スクリーンが暗転する。

会場がざわめく。


「あれ? 映像消えたぞ?」

「故障か?」


ダイキがマイクで「おいおい、放送部しっかりしろよー!」と茶化す。

だが、すぐに映像は戻った。

映し出されたのは、ロゴではない。

手ブレの激しい、粗い画質のスマホ動画だった。

深夜の公園。

スプレー缶を持った男が、公共のトイレに卑猥な落書きをしている。

そして、ゲラゲラと笑いながら、金属バットで便器を叩き割る様子が鮮明に映し出された。

動画の中の男が、カメラに向かってピースサインをする。

その顔は、今、ステージの上でマイクを握っているケンジその人だった。


「……は?」


会場の空気が凍りついた。

ケンジの顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのがモニター越しでも分かった。

彼はマイクを持ったまま、パクパクと口を開閉させ、背後のスクリーンを振り返る。


「な、なんだこれ……!?」


動画は切り替わる。

今度は、改造バイクで信号無視を繰り返し、パトカーから逃げ回る映像。

そして、『あーあ、ポリ公巻くのチョロすぎw』という、Twotterへの投稿画面のスクリーンショット。

アカウント名は『裏・夜の帝王』。アイコンはケンジの顔写真だ。


「おい、あれって……」

「ケンジじゃん」

「うわ、引くわー」

「あれって先月ニュースになってた器物破損の犯人じゃね?」


客席から、ひそひそ声が波紋のように広がっていく。

それはすぐに、非難と嘲笑の嵐へと変わった。


「や、やめろ! 消せ! 誰だこれ流してんの!?」


ケンジが狂ったように叫び、袖にいるスタッフに怒鳴り散らす。

だが、映像は止まらない。俺がロックを掛けているからだ。

同時に、俺は拡散プログラムを作動させた。

ハッシュタグ『#〇〇高校文化祭』『#犯罪告発』『#拡散希望』。

数千のボットアカウントが一斉に、この動画とケンジの実名、住所、学校名をTwotterに投稿する。

スマホを持っている生徒たちの端末が一斉に通知音を鳴らし始めた。


「うわっ、Twotterでトレンド入りしてる!」

「マジだ、『〇〇高校のDQNが生配信』って書かれてる」

「警察のアカウントにもメンション飛んでるじゃん」


情報は瞬く間に拡散され、炎上していく。

ケンジは震える手で自分のスマホを取り出し、画面を見て絶叫した。

彼のアカウントには、数秒単位で罵詈雑言のリプライが殺到していたのだ。


「嘘だ……嘘だろ……俺の人生……」


ケンジは膝から崩れ落ちた。

さっきまでの威勢はどこへやら、今はただの怯える子供だ。

ダイキが舌打ちをし、ケンジを蹴り飛ばすようにして舞台袖へ追いやる。


「ちっ、使えねえな。……あー、ごめんごめん! 機材トラブルで変な映像が混じったみたいだわ!」


ダイキは無理やり笑顔を作り、場を取り繕おうとする。

その神経の図太さには感心するが、残念ながらショーはまだ始まったばかりだ。

次は、お前のお気に入りの「女王様」の番だ。


俺は次のファイルをロードする。

ターゲットは、ミキ。

ステージ上で、ダイキの横で「やだー、ケンジくん信じらんなーい」と他人事のように笑っている女。

自分が安全圏にいると思っているその浅はかさが、俺の神経を逆撫でする。


スクリーンに、華やかな写真がスライドショーのように映し出された。

高級ホテルのラウンジ。ブランド品のバッグ。札束の扇子。

一見すれば、金持ちの自慢写真だ。

会場の女子たちが「え、すごくない?」「ミキってそんなにお金持ちなの?」とざわつく。

ミキは満更でもなさそうに髪をかき上げた。自分のキラキラした生活を見せつけられて、悪い気はしないのだろう。

だが、次の瞬間。

写真のトーンが変わる。

MINEのトーク画面のスクリーンショットだ。

相手の名前は『パパ(50代)』『社長』『カモ1号』。


『今月ピンチだから会いたいな♡』

『また3万でいい?』

『えー、ケチ。ホテル行くなら5万は欲しい』

『分かったよ、いつもの場所で』


生々しい金額交渉。

そして、フリマアプリの取引画面。

『女子高生の使用済み制服(未洗濯)』『リクエストの下着』。

出品者のアカウント名はミキのあだ名そのままで、発送元の地域もこの町だ。

極めつけは、ホテルのエレベーターで、禿げ上がった中年男性と腕を組み、ホテルへ入っていくミキの後ろ姿の盗撮写真だった。

これは探偵を雇うまでもなく、彼女の行動パターンを解析し、俺自身が現場で撮影したものだ。


「キャーーーーーーッ!!」


ミキが悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。

顔を両手で覆い、ガタガタと震えている。

会場の空気が、ドン引きという言葉では生ぬるいほどの嫌悪感に染まった。

「うわ、パパ活かよ」「汚ねえ」「使用済み下着とかマジ?」

男子生徒たちの視線が、好奇心から軽蔑へと変わる。

女子生徒たちからは「信じられない」「生理的に無理」という冷ややかな声が飛ぶ。


「ち、違うの! これは捏造よ! 誰かが私を陥れようとして……!」


ミキは泣き叫びながら言い訳をするが、説得力は皆無だ。

Twotterでは既に彼女の本名、顔写真、そして『パパ活女子高生』というレッテルがセットで拡散されている。

彼女が築き上げてきた「スクールカースト上位のイケてる私」という虚像は、音を立てて崩れ去った。

ブランド品で着飾ったその体は、今や値札のついた商品としてしか見られない。


「おい、放送部! 電源切れ! コンセント抜け!」


ステージ上でダイキが怒鳴り散らしている。

先生たちも慌てて放送室の方へ走ってくるのが見えた。

そろそろ潮時か。

俺は冷静にノートパソコンのケーブルを抜き、鞄にしまった。

システム自体にタイマーを仕掛けてあるので、俺がいなくなってもあと数分は暴露映像がループ再生されるはずだ。

俺は裏口から放送室を抜け出した。

廊下に出ると、遠くから体育館の混乱した音が聞こえてくる。

怒号、悲鳴、そして嘲笑。

心地よいシンフォニーだ。

俺は自販機で冷たいカフェオレを買い、一口飲んだ。

甘さが脳に染み渡る。


「……さて、仕上げに行きますか」


俺は体育館へと足を向けた。

あそこには、まだ最大の標的が残っている。

ケンジとミキは終わった。

次は、この騒動の元凶である黒川ダイキと、彼に寄り添う高槻レナだ。


体育館の入り口は、野次馬でごった返していた。

俺はその人混みをかき分け、中へと入る。

ステージ上は地獄絵図だった。

ケンジは呆然自失で座り込み、ミキは泣き崩れて過呼吸になりかけている。

他の取り巻きたちは、自分にも火の粉が飛ぶのを恐れて、彼らから距離を取ろうと必死だ。

「俺は知らねえ」「付き合い悪いし」と、今まで仲間だった人間を平気で切り捨てている。

薄っぺらい友情だ。

そんな混乱の中、ダイキだけがマイクを握りしめ、仁王立ちしていた。


「静まれ! 静まれっつってんだよオラァ!」


スピーカーがハウリングを起こすほどの怒鳴り声。

会場が一瞬静まる。

ダイキは血走った目で客席を睨みつけた。


「どこのどいつだ! こんな陰湿な真似しやがって! 出てこいよ! ぶっ殺してやるからよ!」


彼のプライドはズタズタだろう。

自分の晴れ舞台を台無しにされ、手下たちが晒し者にされたのだから。

だが、彼はまだ自分が安全圏にいると思っている。

親の権力、自分の腕力、そしてカリスマ性。それらがあれば、この場をねじ伏せられると信じている。

俺は客席の暗闇の中で、静かに彼を見つめた。

そして、ポケットからスマホを取り出す。

事前にセットしておいた、最後の仕掛け。

それは、ダイキのスマホに直接メッセージを送るプログラムだ。

俺は送信ボタンを押した。


ステージ上のダイキが、ポケットの振動に気づいてスマホを取り出す。

画面を見た瞬間、彼の表情が凍りついた。

そこには、ただ一言、こう書かれていたはずだ。


『Businessフォルダの中身、警察に転送済みです』


ダイキの手からスマホが滑り落ち、ステージの床に乾いた音を立てた。

彼は信じられないものを見るような目で、虚空を彷徨わせる。

Businessフォルダ。

違法薬物の取引記録。顧客リスト。ラリった仲間の動画。

あれが警察の手に渡れば、少年院どころか、親の会社ごと潰れるほどの大スキャンダルになる。

彼の顔色が、怒りの赤から恐怖の青、そして絶望の白へと変わっていく様は、芸術的ですらあった。


その時、体育館の入り口付近が騒がしくなった。

「道を開けてください!」「警察だ!」

制服警官数名と、スーツ姿の刑事が土足で踏み込んでくる。

生徒たちが悲鳴を上げて左右に割れる。

その光景を見て、ダイキは「あ……あぁ……」と情けない声を漏らし、後ずさりした。

足がもつれ、尻餅をつく。

さっきまでの王者の風格はどこにもない。ただの怯えた小動物だ。


「黒川ダイキだな? 署まで来てもらおうか」


刑事がステージに上がり、ダイキの腕を掴む。


「ち、違う! 俺じゃない! 誰かの罠だ! 親父に電話させろ!」


ダイキは無様に喚き散らすが、刑事たちは慣れた手つきで彼を拘束する。

その様子を見て、俺はようやく胸のつかえが少しだけ取れた気がした。

ざまぁみろ。

権力も金も暴力も、デジタルな証拠の前では無力だ。

お前はもう終わりだ。二度とこの学校に戻ってくることはないし、まともな社会生活を送ることもできないだろう。


だが、まだ終わっていない。

連行されるダイキの背後で、一人立ち尽くしている少女がいる。

高槻レナ。

彼女は震えながら、崩壊していく自分の世界を呆然と見つめていた。

ケンジの破滅、ミキの失墜、そしてダイキの逮捕。

彼女を守っていた「陽キャグループ」という城壁は、完全に消滅した。

今、彼女はたった一人、晒し台の上に立たされている。


俺はゆっくりとステージに近づいていった。

混乱する生徒たちの間を抜け、最前列へ。

レナが俺の姿に気づく。

彼女の瞳が揺れた。

そこには、縋るような色が浮かんでいた。

「翔太くん、助けて」

声には出さないが、そう言っているのが分かった。

彼女にとって、俺はまだ「何も知らない、優しい彼氏」のはずだ。

この状況でも自分を受け入れ、守ってくれる唯一の存在だと思っているのだろう。


俺はステージの下から、彼女を見上げた。

そして、今までで一番優しい笑顔を向けた。

レナの顔に、安堵の色が広がる。

彼女はステージの階段を駆け下り、俺の方へ手を伸ばしてきた。


「翔太くんっ……!」


その手が俺に届く直前。

俺は冷徹に、ある操作を行った。

俺のスマホから、学校中の生徒が登録している全校掲示板アプリへ、一つの投稿が行われる。

投稿者の名前は『高槻レナ』。

もちろん偽装だ。俺がハッキングして乗っ取った彼女のアカウントからの投稿だ。


生徒たちのスマホが一斉に鳴る。

レナの足が止まる。

周囲の視線が、再び彼女に集中する。


「え、なにこれ」

「レナから?」

「『全て私がやりました』……?」

「『ダイキもミキもケンジも、全員ムカつくから私が社会的に殺しました。証拠を集めたのは私です。ざまぁみろ』……って書いてあるぞ」


ざわめきがどよめきに変わる。

レナは顔面蒼白になり、自分のスマホを見た。

そこには、身に覚えのない自白文が表示されている。


「ち、違う! 私じゃない! 私こんなの書いてない!」


レナは必死に否定するが、誰も彼女の言葉を信じない。

状況証拠が揃いすぎているからだ。

ダイキの彼女でありながら、最も近くにいて、彼らの秘密を知り得た人物。

そして、今この場に残っている唯一の「無傷」な人間。

ミキが形相を変えてレナに掴みかかった。


「あんただったのね!? 私のパパ活バラしたの、あんたでしょ!?」

「ち、違うよミキ! 信じて!」

「うるさい! 前から私のこと見下してると思ってたんだよ! この裏切り者!」


パニック状態のミキに突き飛ばされ、レナは床に倒れ込んだ。

周囲の生徒たちからも、冷ややかな声が浴びせられる。


「うわ、怖っ」

「仲間売るとか最低だな」

「一番エグいのレナじゃん」

「魔女だな」


孤立無援。

四面楚歌。

レナは涙を流し、首を振り続ける。


「違う、違うの……誰か、信じて……」


そして、彼女は最後の希望である俺を見た。

涙でぐしゃぐしゃになった顔で、俺に手を伸ばす。


「翔太くん……信じてくれるよね? 私じゃないって……」


俺は彼女の前に立ち、見下ろした。

そして、誰にも聞こえないような小さな声で、彼女だけに届くように囁いた。


「——楽しかったよ、罰ゲーム」


レナの動きが止まった。

時が止まったようだった。

彼女の瞳が見開かれ、俺の顔を凝視する。

俺はもう、優しい彼氏の顔はしていなかった。

無表情で、冷酷で、彼女を軽蔑する他人の顔をしていた。


「え……?」

「全部知ってたよ。三ヶ月間、お疲れ様。最高の演技だったね」


俺はそう言い捨てると、踵を返した。

背後から、レナの絶叫が聞こえた。

それは言葉にならない、魂が引き裂かれるような悲鳴だった。


「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」


その声を聞きながら、俺は人混みの中へと消えていく。


体育館を出ると、外の空気は驚くほど澄んでいた。

秋の風が、火照った頬を冷やしてくれる。

終わった。

いや、始まったのか。

彼らの地獄が。そして、俺の空虚な余生が。

Twotterのトレンドには、まだ彼らの醜聞が踊り続けている。

俺はスマホの電源を切り、ポケットに深く突っ込んだ。

手の中に残ったのは、渡すことのなかった銀色のネックレスの重みだけ。

勝利の味は、甘美でありながら、どこまでも砂のように乾いていた。

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