第五十三話 人事異動
中央ギルド本館、一階掲示板。
朝の時間帯。
依頼掲示とは別の一角に、人だかりが出来ていた。
職員用掲示板。
通達や規則改訂、人事異動などが張り出される場所だ。
「おい、見たか」
「ああ……本当だったんだな」
「昨日の噂」
紙は一枚。
簡潔な文面。
装飾はない。
事実だけが書かれている。
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人事異動通知
総務局長
オーワダ・ジョムー
文書整理室長へ異動
発令日 〇月〇日
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それだけだった。
理由は書かれていない。
説明もない。
だが、それで十分だった。
周囲の職員たちは顔を見合わせる。
「……文書整理室か」
「よりにもよって、そこか」
「完全に窓際だな」
誰かが小さく言った。
「花形の総務局長から文書整理室長」
「実質、懲罰人事だなこりゃ」
苦笑が漏れる。
声は小さい。
だが隠そうともしていない。
中央ギルドの組織構造を知る者なら、この異動の意味はすぐに分かる。
文書整理室。
業務自体は必要だ。
だが、権限はない。
意思決定にも関わらない。
人事的には、完全な後方部署だった。
「監査室が動いたって話、本当だったんだな」
「さすがに今回はまずかったか」
「辺境の塔だろ? 国家防衛機構が絡んでる案件だ」
「優先順位を間違えたら、そりゃ問題になる」
「しかもAランクが関わってる。目立つよな」
誰も大声では言わない。
だが、情報は共有されていた。
オーワダ・ジョムー。
総務局長としては有能だった。
判断も早い。
調整能力も高い。
だが同時に――
政治的な駆け引きを優先しすぎる人物としても知られていた。
「やりすぎたんだろうな」
「上を見すぎた結果か」
「出世競争も厳しいからな」
紙を眺める職員たちの表情は様々だった。
同情。
納得。
無関心。
だが驚きは少ない。
むしろ、
――やはりこうなったか。
という空気が強かった。
しばらくして、人だかりは散っていく。
掲示板には紙だけが残った。
事実だけを記した紙。
それがすべてだった。
◇
中央ギルド長室。
秘書室長と人事室長が席についている。
机上には、後任人事の候補資料が並んでいた。
「総務局長の後任だが」
中央ギルド長が口を開く。
「長く空席には出来ん」
人事室長が資料を開いた。
「内部昇格が現実的かと」
「業務の継続性を考慮すれば、外部からの登用は時間を要します」
秘書室長が続ける。
「候補の一人として」
一拍。
「カイ・アークライトの名が挙がっています」
中央ギルド長は淡々と頷いた。
「妥当だな」
驚きはない。
むしろ自然な判断だった。
人事室長が資料を確認する。
「元中央所属。実務経験は十分。現場経験も豊富」
「今回の案件でも、戦力運用および報告内容に問題は見られません」
評価は客観的だった。
秘書室長が静かに補足する。
「判断に恣意性が入りにくい人物です」
「自ら責任を取る気概もある」
「辺境ギルドを短期間で立て直した手腕も評価に値する」
「総務局長として必要な資質は満たしているかと」
中央ギルド長は指で机を軽く叩いた。
「辺境に出したのは、結果的に無駄ではなかったということか」
誰も否定しない。
人事室長が続ける。
「実績を踏まえれば、順当な人事と言えます」
「反対意見は出にくいでしょう」
秘書室長も頷いた。
「中央基準で見ても、問題のない人材です」
一拍。
中央ギルド長が言った。
「では、打診しよう」
決定は早かった。
「正式な昇任打診として書簡を送れ」
「承知しました」
秘書室長が一礼する。
書簡の準備が進められる。
文面は簡潔になるだろう。
昇任。
着任時期。
必要な手続き。
形式としては、ただそれだけだ。
だが、意味は重い。
中央ギルド総務局長。
組織運営の中枢。
中央の意思決定に直接関わる地位だ。
辺境ギルド長から見れば、
これ以上ない栄転だった。
異論の出る余地はない。
少なくとも、この場では誰も疑っていなかった。
こうして。
辺境へ向かう新たな書簡が、静かに準備されることになった。
その内容が。
辺境ギルドの一人の職員――セリーヌの心を、激しく揺らすことになる。
そして、その選択が。
後の展開を大きく左右することになるとは。
この時、まだ誰も知らなかった。




