第五十一話 軽やかなる剣
夜露の残る草原に、魔獣の唸り声が響いた。
討伐対象は群れ。
個体数が多い。
連携を取る習性を持つ種だ。
対処を誤れば、包囲される。
依頼としては中難度。
しかし戦術を誤れば、損耗は避けられない。
「来るぞ」
カイの声は低く、落ち着いていた。
視線は敵ではなく、全体を見ている。
配置。
間合い。
地形。
退路。
すでに組み上がっている。
「マックス、正面固定」
「ヴァレリア、右から圧縮」
「グレン、二歩引いて遊撃」
「リリア、初弾は牽制」
「エルナ、回復待機」
短い指示。
余計な言葉はない。
「了解!」
マックスが盾を構える。
次の瞬間、魔獣が飛び込んできた。
重い衝撃。
だが盾は揺れない。
「止めた!」
「十分です」
カイが続ける。
「アレク、左三体」
それだけだった。
だが十分だった。
アレクの姿が消える。
踏み込みが速い。
剣が抜かれた瞬間には、すでに一体目の懐に入っていた。
無駄がない。
速さだけではない。
位置が正確だ。
魔獣の爪が届かない距離。
反撃できない角度。
そこにいる。
一閃。
血が舞う。
だが剣は止まらない。
二体目へ。
踏み替えが静かだ。
草がほとんど揺れない。
三体目が飛びかかる。
その軌道を半歩ずらして外す。
刃が首筋へ滑り込む。
倒れるまで待たない。
すでに次を見ている。
「……速え」
マックスが呟く。
「後ろ」
カイが短く言う。
アレクは振り向かない。
背後へ剣を引いた。
短い金属音。
死角から飛び込んできた個体の牙が弾かれる。
そのまま手首を返し、刃が喉を断つ。
迷いがない。
力みもない。
ただ最適な動きが連続している。
「リリア」
「はい!」
火球が放たれる。
魔獣の進路を限定する。
「ヴァレリア、今です」
銀光が走る。
一体の足を断つ。
グレンが回り込み、急所へ短剣を突き込んだ。
連携が滑らかに繋がる。
まるで最初から組んでいたかのようだった。
アレクが軽く笑う。
「なるほど」
余裕がある。
戦いながら状況を観察している。
残る個体は二。
「マックス、一歩前」
「おう!」
盾が押し込まれる。
魔獣の動きが止まる。
「終わりです」
カイが言った。
アレクの剣が閃く。
ほぼ同時にヴァレリアの剣も振られた。
二体が倒れる。
静寂。
風が遅れて草を揺らす。
討伐完了だった。
負傷者なし。
消耗も軽微。
時間も短い。
理想的な結果だった。
マックスが息を吐く。
「……早かったな」
「連携が良かったからでしょう」
エルナが状態を確認する。
「損耗も想定範囲内です」
リリアが小声で言った。
「すごい……」
グレンが肩をすくめる。
「想像以上だな」
視線はアレクへ向いていた。
アレクは剣を軽く振り、血を払う。
呼吸は乱れていない。
まるで散歩でもしてきたかのようだった。
カイが歩み寄る。
「さすがAランクですね」
率直な言葉だった。
「伊達ではありません」
アレクは一瞬だけ目を細めた。
そして、軽く笑う。
「それはこちらの台詞だ」
一拍。
「これほどとは思わなかった」
天衝の面々が顔を上げる。
アレクは続けた。
「各個人の力量」
「間合いの癖」
「反応速度」
「判断の傾向」
指で軽く空をなぞる。
「すべて把握したうえで指示を出している」
「しかも、戦闘中に修正をかけている」
グレンがわずかに眉を上げた。
そこまで見ていたのか。
「戦場の状況」
「敵の配置」
「連携の癖」
「退路の確保」
淡々と並べる。
「安全性を保ちながら」
「殲滅速度を落とさない」
一拍。
「簡単そうに見えて、非常に難しい」
カイは答えない。
ただ聞いている。
アレクは続けた。
「歴戦のAランクパーティでも」
「ここまで整理された指揮は滅多に見ない」
マックスが目を丸くする。
「そんなにか?」
「ああ」
アレクは笑った。
「少なくとも」
「私は評価する」
軽い口調だった。
だが言葉の重さは明らかだった。
リリアが小声で言う。
「カイさん、褒められてますよ」
「珍しいな」
グレンが笑う。
ヴァレリアは静かに頷いた。
「妥当」
短く言う。
カイはわずかに苦笑した。
「過分な評価です」
「必要なことをしているだけですよ」
アレクは肩をすくめた。
「それが出来る者が少ないから評価されるんだ」
一拍。
「いいギルドだな」
自然に出た言葉だった。
お世辞ではない。
実感として言っている。
マックスが少し嬉しそうに笑う。
「だろ?」
「自慢のギルドなんだ」
アレクが笑った。
「それは分かる」
剣を納める。
視線がギルド長へ向く。
「しばらく世話になるかもしれない」
軽い口調だった。
だが、その言葉には別の意味が含まれているようにも聞こえた。
カイは短く頷く。
「歓迎します」
それだけだった。
だが、それで十分だった。
謎のAランク冒険者、アレク。
軽やかな剣。
だが、その実力は確かだった。
そして。
彼が何を見に来たのか。
まだ誰も知らない。




