第三十九話 組織は誰がために
中央ギルド本館、上層会議室。
厚い扉に遮られたその部屋には、外とは別の静けさがあった。
机は円形ではない。
中央ギルド長を正面に据え、その左右に幹部が並ぶ、向きのある配置だ。
会議の名目は、辺境北部における異常事態対応の確認。
だが、そこにいる者たちは全員理解していた。
問題は、塔の異常そのものではない。
それを――誰が、どう処理したか。
そこにあった。
中央ギルド長は、机上の報告書を閉じた。
紙が重なる小さな音だけが、妙に響く。
「もう一度、要点を」
短い指示。
秘書室長が、手元の整理された資料に視線を落とした。
「辺境北部にて異常活性化した魔獣群を確認」
「現地調査の結果、塔内部の防衛機構に起因する異常と判明」
「現地対応戦力は、辺境ギルド所属パーティ天衝のレゾナンス、および中央Aランクパーティ銀牙」
一拍。
「現場指揮は、辺境ギルド長カイ・アークライト」
総務局長の指先が、机を軽く叩いた。
それだけで、この会議の焦点がどこにあるかは十分だった。
秘書室長は続ける。
「対処内容は、中央制御装置の停止および再起動」
「装置は破壊されておらず、機能維持を確認」
「周辺集落への直接被害はなし」
「参加戦力の死者、重傷者もなし」
報告が終わる。
事実だけを並べれば、それはむしろ理想的な結果だった。
国家防衛級に近い案件。
しかも、後々まで利用可能な防衛機構を破壊せずに収めている。
普通なら、評価すべき事案だ。
だが――
「結果の話だけなら、よく処理されている」
中央ギルド長が言った。
声に感情はない。
「だが、それだけでは済まない」
総務局長が、すぐに続けた。
「本件の問題は、処理結果よりも手続きと指揮系統にあります」
「中央の正式承認を経ず、辺境伯からの非公式依頼が現地ギルドへ流れた」
「さらに、中央所属Aランクパーティが私的依頼の形で関与している」
「しかも、辺境ギルド長の指揮下に入っています」
そこに悪意はない。
ただ、中央の理屈があるだけだ。
別の幹部が口を開く。
「辺境軍が動けなかった事情は理解できる」
「隣国との小競り合い、という点も報告にあります」
「だが、それを理由に中央を通さず処理されては困る」
「現場判断が常態化すれば、統制が崩れます」
前例。
統制。
責任。
中央が好む言葉は、いつも同じだった。
「銀牙が動いたのも問題です」
総務局長が言う。
「正式命令ではない」
「中央ギルドの承認もない」
「私的要請で動いたことになる」
秘書室長が、静かに補足する。
「もっとも、いかに中央ギルド所属といえども、彼らは冒険者です。我々に強制力はありません」
「また、銀牙の関与自体は、被害を抑えるうえで有効だったと考えられますし、現に結果も出ています」
「そこを全面的に否定することは難しいでしょう」
総務局長がわずかに口を引き結ぶ。
否定したいのは結果ではない。
だが、結果が良すぎる。
だから処理に困る。
中央ギルド長が手元の資料をめくった。
そこには、レオンハルトが上げた報告書の写しも含まれていた。
簡潔。
正確。
余計な感情がない。
そして、その事実の並び方が、余計に都合が悪かった。
「停止」
中央ギルド長が呟く。
「再起動」
一拍。
「しかも、損耗軽微」
書類から目を上げる。
「この対応そのものに、明確な瑕疵は見当たらない」
「だからこそ、看過することはできん」
幹部の誰も、即座には否定できなかった。
現場の成功は、否定しづらい。
争点は、自然と別のところへ移った。
「となると、やはり問題は」
総務局長が言う。
「誰が決めたかですな」
「その通りだ。
辺境ギルド長が、国家防衛級案件において独断で指揮を執った。
その前例が残ることが問題なのだよ」
「しかも、総務局長。辺境ギルド長のカイ・アークライトは、ついこの間まで、君の部下だったそうじゃないか。
一体、どういうことだ?」
「いえ、それはそうなのですが…
彼は我が強く、私も手を焼いておりまして…」
焦る総務局長を見かねた秘書室長が、とりなすように言う。
「本件は、称賛も断罪も時期尚早かと」
「現時点では、事実確認を優先すべきでしょう」
「辺境伯の非公式依頼の詳細」
「銀牙の参戦経緯」
「現場における指揮系統の成立過程」
「それらを確認したうえで、正式評価に移るべきです」
妥当な意見だった。
妥当であるがゆえに、反論しづらい。
別の幹部が言う。
「辺境側から見れば、緊急避難措置だったという理屈も立つでしょう」
「しかし中央としては、その説明をそのまま受け入れるわけにはいかない」
「確認が必要です」
「確認という形なら、体裁も保てます」
体裁。
その言葉に、会議室の空気が少しだけ重くなる。
誰も口にはしないが、全員が同じことを考えている。
この案件は、成果だけなら都合がいい。
だが、その成功の仕方が中央の論理から外れている。
だから、扱いに困る。
中央ギルド長は、椅子に深く腰掛け直した。
「辺境ギルド長を呼べ」
結論は短かった。
「特別監査会議を行う」
総務局長が即座に頷く。
「関係者も同席させます」
中央ギルド長はうなづきながら言った。
「任せるが、銀牙にも通知を出しておけ」
総務局長の表情がわずかに揺れた。
「必要でしょうか」
「当たり前だ」
中央ギルド長が言い切る。
「強制力は無いとはいえ、中央所属Aランクである以上、事情聴取の対象だ」
「正式な証言を取る」
その言葉で、銀牙は単なる協力者ではなくなった。
証人。
それが、この場での位置づけだった。
秘書室長が淡々と確認する。
「通知は出します」
「出席するかどうかは、銀牙側の判断となります」
「構わん」
中央ギルド長が言う。
「来ないなら、それも記録すればいい」
その言葉を、総務局長は内心で別の意味に受け取る。
来なければ扱いやすい。
来たとしても、中央の場だ。
秩序の中で処理できる。
そう考えた。
だが、その読みが正しいかどうかは、まだ分からない。
会議は終盤に差しかかっていた。
結論は出ている。
残るのは、どの形で処理するかだけだった。
「監査の論点は整理しておけ」
中央ギルド長が言う。
「第一に、非公式依頼の経緯」
「第二に、銀牙の参戦判断」
「第三に、現地指揮権の成立過程」
「第四に、防衛装置への干渉の妥当性」
並べてしまえば、整った議題だ。
だが、そのすべてが、結局は一人の名へ収束する。
辺境ギルド長。
カイ・アークライト。
「レオンハルトを会議補佐に付けます」
総務局長が言う。
「報告書を上げた当人です」
「事実関係の説明にも使えます」
中央ギルド長は短く頷いた。
それで決まりだった。
書類が閉じられる。
椅子が引かれる。
会議は、長く続いたわけではない。
むしろ、想像以上に早く結論に至った。
それだけ、この案件が「放置しづらい」類のものだったということだ。
最後に、中央ギルド長が一言だけ残した。
「事実を確認する」
それだけだった。
評価ではない。
断罪でもない。
だが、その言葉は十分に重い。
会議室の扉が開き、幹部たちが順に出ていく。
総務局長は、廊下へ出る直前に一度だけ振り返った。
机上に残された書類。
辺境北部塔案件。
その題字を見て、薄く目を細める。
厄介な案件だった。
現場が勝ってしまった案件は、いつだって処理しづらい。
だが、だからこそ――整える必要がある。
そう考え、扉を閉めた。
静かな部屋に残ったのは、整理された書類と、決定だけだった。
辺境ギルド長、カイ・アークライト。
中央への召喚が、正式に決まった。
そして。
関係者も、同席することになる。
銀牙を含めて。




