第三十八話 中央の論理
中央ギルド総務局の廊下は、いつもより人の往来が多かった。
書類を抱えた職員が足早に通り過ぎていく。
会話は少ない。だが、空気はどこか慌ただしい。
普段と同じように業務は進んでいる。
それでも、どこか流れが速い。
決裁待ちの書類が、机から机へと移動していく速度が、僅かに早かった。
レオンハルトは、呼び出しを受けて廊下を歩いていた。
呼び出し元は、総務局長。
理由は聞かされていない。
ただ、急ぎ来い、とだけ伝えられている。
局長室の前に立つ。
軽く整え、扉を叩いた。
「入れ」
短い声。
扉を開ける。
机の向こうに座る総務局長が顔を上げた。
書類が山積みになっている。
処理が滞っているわけではない。
だが、明らかに通常より量が多い。
「遅い」
「申し訳ありません」
定型のやり取り。
総務局長は椅子にもたれた。
「秘書室長から呼び出しを受けた」
それだけで、だいたい察しがつく。
秘書室長が動くということは、
そのさらに上が動いているということだ。
「中央ギルド長が、例の件で不快感を示している」
例の件。
言われるまでもない。
辺境北部の塔。
レオンハルトは無言で続きを待つ。
「これだけの規模の案件だ。本来、中央が当たるべき案件だ」
「……はい」
「それを、何故辺境が処理している?」
視線が刺さる。
責めているというより、苛立っている。
想定外の事案が増えたことに対する苛立ちだ。
「中央Aランクの銀牙が関与している点は、まだいい」
机を指先で叩く。
「だが」
一拍。
「私的依頼で動いている」
さらに一拍。
「しかも、辺境の指揮下だ」
その言い方で、十分だった。
問題は成果ではない。
手続きでもない。
管轄だ。
「何故こうなった?」
問いというより、確認。
「何故、中央に事前相談がなかった?」
「何故、中央を通さなかった?」
「何故、辺境伯が非公式に依頼を出した?」
「何故、中央Aランクがそれに応じた?」
「何故、辺境ギルド長が指揮を執った?」
矢継ぎ早だった。
レオンハルトは、淡々と答える。
「辺境軍が隣国との小競り合いで動けない状況にあったようです」
「そのため、辺境伯が緊急性を考慮し、非公式の形で依頼を出したものと推測されます」
「銀牙の行動については、正式な指名依頼ではありません」
「結果として、私的判断による参戦と考えられます」
「現地では、対応可能な指揮系統が辺境ギルド長のみであったため、現場判断が優先されたものと思われます」
事実だけを並べる。
感情は入れない。
評価もしない。
総務局長は露骨に不機嫌そうな顔をした。
「結果の話はしていない」
声が低くなる。
「過程の話をしている」
「はい」
「中央の管理下にない形で、中央Aランクが動いた」
「しかも、防衛装置級の構造物に干渉している」
「前例として、好ましくない」
言葉の端々に、本音が滲む。
統制。
秩序。
責任。
中央が最も気にする領域だった。
「しっかり調べて、追加報告を上げろ」
「辺境伯の関与も含めてだ」
「依頼経路」
「判断過程」
「指揮系統」
「すべて整理しろ」
「明日の報告会に間に合わせろ」
「……承知しました」
それで終わるかと思った。
だが、総務局長は机の上の書類を指で叩いた。
「そもそもだな」
視線が鋭くなる。
「この報告書、何故“重要”になっている?」
レオンハルトは一瞬だけ沈黙した。
「必要な案件と判断しました」
「判断?」
総務局長が眉をひそめる。
「この程度の案件でか?」
この程度。
その言い方に、レオンハルトの指先がわずかに動く。
「中央Aランクが関与し、防衛装置級の構造物が停止・再起動されています」
「影響範囲を考えれば、重要案件に該当すると考えました」
そう言ったレオンハルトは、ほんの一瞬だけ書類に視線を落とした。
そこには、確かに総務局長の印がある。
「総務局長にも承認印を頂いたはずですが」
だが、総務局長は不機嫌そうに言った。
「わしは忙しいんだ」
椅子にもたれ直す。
「いちいち細かい報告まで目を通していられるか」
一拍。
「そういうのを、うまく処理するのがお前の仕事だろう」
理屈は通っていない。
だが、ここでそれを指摘する意味はない。
レオンハルトは、わずかに視線を伏せた。
「申し訳ありません」
それ以上は言わない。
言っても変わらない。
総務局長は満足したのか、話題を戻した。
「とにかく」
「詳細をまとめろ」
「中央ギルド長に説明できる形でだ」
「特別監査会議の準備が進んでいる」
レオンハルトの視線が僅かに動いた。
「監査、ですか」
「辺境ギルド長を呼ぶ」
「関係者も同席させる」
「事情を直接確認する」
短い言葉。
だが意味は重い。
「銀牙にも通知が行くはずだ」
「来るかどうかは知らんがな」
総務局長は書類を閉じた。
「当事者として、お前も出席しろ」
「説明できるようにしておけ」
「……承知しました」
それで会話は終わった。
レオンハルトは一礼し、部屋を出る。
扉が閉まる。
廊下の空気は、先ほどと変わらない。
だが、手の中の感覚だけが違った。
余計な仕事が増えた。
それだけの話だ。
だが。
足を止め、窓の外を見る。
中央の街並みは、今日も変わらない。
(……特別監査、か)
珍しいことではない。
だが今回は。
対象が辺境ギルド長。
そして。
銀牙。
無関係ではいられない名前が並んでいる。
カイ・アークライト。
書類を整理しながら、レオンハルトは考える。
記録は、すでに揃っている。
必要なのは、解釈ではない。
事実の整列だ。
余計な評価を加える必要はない。
ただ、書かれている通りに並べればいい。
それが、自分の役割だ。
――そのはずだった。




