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【完結】左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした  作者: アズマユージ
第一章  辺境ギルド再建編

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第三話 問題児は、守るために拳を振るう

 辺境ギルドの朝は、今日も雑然としていた。


 受付台の内側では、中年のベテラン職員、オスカー・グラーフが帳簿をめくっている。

 依頼票は減らず、冒険者の顔ぶれも変わらない。


(……やれやれまたか……。これで何人目だ?)


 中央から送り込まれてくるギルド長は、いつも同じだ。

 最初はやる気を見せ、現場を見て顔色を変え、

 一か月も経たずに姿を消す。


 どうせ今回も――そう思っていた。


 しかし、新しいギルド長、カイ・アークライトは派手なことをしなかった。

 怒鳴りもせず、命令もしない。

 

(やる気が無いのか?)


 過去にもそんなタイプのギルド長もいたが、ご多分に漏れず、あっと言う間にいなくなった。


 しかしカイは、掲示板を見て、ぽつりと言った。


「……この依頼、撤退条件が書かれていませんね」


 翌日、その依頼票は書き直されていた。

 注意点と、撤退基準が追記されて。


 失敗報告書という書類がある。

 まあ、報告書と言う名の、実質始末書だ。

 この辺境ギルドは、失敗報告書の多さという点では、群を抜いていた。

 しかもこの報告書、失敗の責任を冒険者に押し付けるためのものでもあるので、始末に悪い。


 書類箱の中から失敗報告書を取り出してチェックしていたオスカーは、

責任者欄の署名を見て驚いた。

 そこには、冒険者の名ではなく、ギルド長自身の署名があった。


(……逃げない、か)


 オスカーは書類を処理し、次の書類へと手を伸ばした。



 ――その直後だった。


 怒号が、ギルドの広間に響いた。


「だから言っただろうが! 前に出るなって!」


「お前のせいで、また依頼失敗じゃねえか! どうしてくれるんだ、この疫病神め!」


 机が揺れ、酒瓶が転がる。

 冒険者たちは距離を取り、誰も割って入ろうとはしない。


 原因は分かっていた。


 ――また、マックスだ。


 十八歳。

 年齢の割に体格はよく、肩幅も広い。粗雑な革鎧に大剣を背負い、常に苛立ったような目をしている。


「うるせえ!」


 マックスが怒鳴り返す。


「放っとけってのかよ! あいつ、動けなかったんだぞ!」


 その言葉と同時に、広間の隅で小さく身を縮めている少女が目に入った。

 フードを深くかぶり、肩を震わせている。


「……ひっ」


 小さな声が漏れた。


 それを見て、周囲の冒険者が顔をしかめる。


「かわいそうに。怖がって泣いてるじゃねえか」

「だから言ったんだ。あいつは危なっかしいって」

「またマックスがやらかしたんだろ」


 少女――リリアは、唇を噛みしめて首を振った。

 だが声にならない。


「ちが……」


 その声は、誰にも届かなかった。


「おい!」


 マックスが周囲を威嚇する。


「泣かせたのは俺じゃねえ!」


 そこへ、ベテラン職員が割って入った。


「いいから黙れ!」

「これ以上暴れたら追い出すぞ!」


 空気が張りつめる。

 次の瞬間、拳が飛ぶ――そう誰もが思った。


「ちょっと、待ってくれますか?」


 低く、落ち着いた声が割って入った。


 カイだった。


 彼はマックスの前には立たなかった。

 リリアの前に、静かに立った。


「大丈夫ですよ。ここでは誰も、あなたを責めません」


 声を落とし、周囲に聞こえないように言う。


 リリアは驚いたように顔を上げた。

 涙で滲んだ目が、戸惑いながらカイを見る。


「……言いたくないことは、言わなくていいですよ」

「でも、起きたことだけ、教えてもらえますか」


 しばらく、沈黙。


 やがてリリアは小さく息を吸い、震える声で言った。


「……私が……詠唱で、噛んで……」

「魔力が、うまく……動かなくて……」


 指先が、ぎゅっと握られる。


「それで……足が、動かなくなって……」


 視線が、マックスの方へ向く。


「……庇って、くれました」


 それだけだった。


 カイは頷いた。


「ありがとう。もう大丈夫です」


 彼は立ち上がり、周囲を見渡す。


「状況は、分かりました」


 誰も口を挟まない。


「リリアさんは、詠唱中に動けなくなった」

「マックスは、それを見て前に出た」

「結果として、依頼は未達成となり、ペナルティが発生する可能性がある」


 淡々と事実だけを並べる。


「独断で作戦を無視することは、いただけません」

「ですが――」


 一拍置く。


「弱気な仲間を守ろうとすること自体は、大事なことです」


 ざわめきが起きる。


「それで全員にペナルティが発生するんだぞ――」

「分かっています」


 カイは遮らない。

 だが、引きもしない。


「今回のペナルティは、保留にします」

「この依頼は、継続案件として扱いましょう」


 周囲がどよめく。


「ギルド長、それは――」

「私の判断です」


 きっぱりと言った。


 マックスは、ずっと黙っていた。

 拳を握りしめ、歯を食いしばっている。


「……ふざけんな」


 低い声。


「結局、なかったことにするだけじゃねえか」


 カイは、ゆっくりとマックスを見る。


「そうですね。今日は、そうなります」


 否定しなかった。


「だったら、次は達成すればいいじゃないですか」


 マックスの視線が、揺れた。


「……でも、今のメンバーじゃ、また失敗するだけだろ」


 舌打ちをする。


「ええ。今のままでは」


 カイは頷いた。


「だから、私に考えがあります」


 ゆっくりと、一歩下がる。


「明日、もう一度。皆さん一緒にギルドへ来てください」

「新しい作戦を考えます」

「今日は、ここまでにしましょう」


 パン、と軽く手を打ち、背を向けた。


 広間に張りつめていた空気が、少しだけ緩む。


 リリアはその背中を見つめ、何か言いかけて、俯いた。


 マックスは、誰に言うでもなく吐き捨てる。


「……どうせ、口だけだろ」


 ――まだ、何も解決していない。


 だが。


 怒鳴り声も、拳も止まった。

 それだけで、今日は十分だった。


 マックスは、納得していない。

 リリアも、自信を取り戻してはいない。


 それでも。


 このギルドで、

 「守ること」の尊さが、初めて言葉にされた日だった。

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