第二十九話 塔の中
塔の入口は、開いていた。
扉はある。だが、閉じられてはいない。
重厚な石扉が、わずかに内側へ傾いている。
誰かが開けた形跡も、壊された跡もない。
ただ――そこにあるべき重さだけが、妙に軽い。
カイは扉に触れた。
冷たい。
だが、石の温度ではない。
「どうした」
アルトリウスが隣に立つ。
「……摩耗がありません」
「何?」
「扉の蝶番です。これだけの重量なら、必ず擦れ跡が残る」
指先でなぞる。
だが、そこには傷一つない。
「まるで……」
カイは言葉を止める。
代わりに、アルトリウスが続けた。
「最近作られたようだな」
「ええ」
しかし、それはあり得ない。
この塔は古い。
古すぎるほどに。
辺境の古地図にも記録がある。
数百年は、ここに立っているはずだった。
リーネとグレンが、先に中へ入る。
足音はほとんどしない。
わずかな時間の後、声が返る。
「罠は無いようだ」
「視界も良好だわ」
「魔力反応は?」
ユリウスが問う。
「ある。けど……妙ね」
「妙?」
「そうなんだ。強い魔力を感じるが、流れてない」
ユリウスの眉がわずかに動く。
「固定魔力か」
「そう見えるわね」
「でもまあ、危険はなさそうだぜ」
全員が塔へ入った。
内部は、控え目に言って、かなり広かった。
想像していた石造りの空間とは違った。
壁は滑らかで、継ぎ目がほとんどない。
指で触れると、わずかに冷たい。
石の感触ではない。
金属にも似ているが、違う。
天井は高く、音が妙に反響する。
足音が遅れて返ってくる。
それだけで、この空間の広さが分かる。
だが――
あまりにも静かすぎる。
外ではあれほどいた魔獣が、塔の中には一体もいなかった。
マックスが小さく呟いた。
「……気味が悪いな」
「同感だ」
ブロムが短く答える。
彼は盾を軽く持ち上げ、周囲を警戒している。
その姿勢は崩れない。
どんな状況でも、まず前に立つ。
それが彼の役割だった。
マックスも、負けじと前に進む。
床には、薄く線が刻まれていた。
円。
そして放射状の線。
魔法陣に似ている。
だが、違う。
ユリウスが膝をつく。
「……術式ではない」
「違うのか」
アルトリウスが言う。
「似ているだけだ。魔力を流す構造じゃない」
指で線をなぞる。
「むしろ逆だ」
「逆?」
「魔力を、集める形だ」
リリアが思わず声を上げる。
「集める……?」
「どうも、外から供給されているようだ」
ユリウスが答える。
「だが、外と言ってもどこから?」
グレンのその問いに答える者はいない。
カイが視線を上げる。
塔の中心。
円の中央に、柱が立っていた。
壁と同じ素材で作られているらしい。
石でも、金属でもない。
何か別の素材。
表面にも、同じ線が刻まれている。
そして――
低い振動音。
耳ではなく、足裏で感じるような音。
グレンが小さく言う。
「……聞こえるか?」
マックスが頷く。
「ああ」
エルナは杖を握り直す。
「魔力が……柱に向かって動いてます」
カイの視線が、床の線へ落ちる。
外で見た魔獣。
揃いすぎた動き。
同じ間隔の出現。
そして、この構造。
点が、線になる。
「……なるほど」
小さく呟く。
アルトリウスが振り向いた。
「分かったのか」
カイはまだ答えない。
柱へ近づく。
その瞬間だった。
塔の外から、低い咆哮が響いた。
重い足音。
複数。
いや――
大量。
リーネが入口を見る。
「来るわ」
アルトリウスが剣を抜く。
「外からか?」
「違う」
リーネが言った。
「囲まれてるわ」
ユリウスが舌打ちする。
「塔を守っているのか」
カイは柱に触れた。
振動が、はっきりと伝わる。
これは――
魔獣の意思ではない。
「……違います」
静かな声。
全員が見る。
「守っているんじゃない」
一拍。
「守らされている」
カイの言葉と同時に、
塔の外で咆哮が重なった。
一体ではない。
十体程度でもない。
地面が震える。
大量の魔獣の群れが、塔を中心に集まり始めていた。
アルトリウスが低く言う。
「……なるほどな」
カイは柱から手を離す。
「塔が、魔獣を呼んでいるようですね」
静かな声だった。
だが――
次の瞬間。
塔の外壁を、巨大な爪が引き裂いた。
石が砕ける。
咆哮が、塔の内部に流れ込む。
戦闘は、避けられない。
そして、誰もが理解した。
この塔は――
侵入者を拒んでいる。




