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左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした  作者: アズマユージ


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第二十六話 セリーヌのラブレター

 夜の辺境ギルド併設酒場は、昼間とは違う顔をしていた。


 騒がしくはない。

 だが、静かすぎることもない。


 仕事を終えた冒険者たちが、思い思いに席を占め、

 今日を無事に終えられたことを、杯の底で確かめている。


 カイは、カウンターの端に腰を下ろしていた。

 手元の酒は薄い。酔うためのものではない。


「……酒場にしては、落ち着いているな」


 隣に座ったアルトリウスが、周囲を見回して言った。


「辺境ですから」


 カイは短く答える。


「皆、必死なんです。

 絶対的に人が足りていない。

 騒ぐ余裕があるなら、体を休めます」


「真面目なんだな」


 アルトリウスは小さく笑い、同じ酒を注文した。


 しばらく、二人は言葉を交わさなかった。

 気まずさはない。


 互いに、今日一日で相手の立ち位置を理解していた。


 先に口を開いたのは、カイだった。


「一つ、聞いてもいいですか」


「構わんよ」


「なぜ、この依頼を受けてくれたんですか」


 探る調子ではない。

 詰める訳でもない。


 アルトリウスは杯を置き、わずかに考える素振りを見せた。

 そして、どこか楽しそうに口角を上げる。


「……やはり、その話か」


「どうにも腑に落ちなかったので」


「たまたま近くの街にいたから、では納得しないか?」


「あなた方は、この国のトップに君臨するパーティです。

それが、この辺境の地の、しかも非公式な依頼を受ける理由がありません」


「まあ、そうだな」


 彼は外套の内側に手を入れ、一通の封筒を取り出した。

 上質だが、装飾は控えめな手紙だった。

 そっとカイの前に差し出す。


「これが理由だ」


 カイは受け取り、中身を確認した。


 酒場の音が、少し遠のく。



――アルトリウス・フォン・シュタイン様


突然の書簡をお許しください。

辺境ギルドにて事務を預かっております、セリーヌと申します。


本来であれば、このようなお願いは正式な手続きを踏むべきだと理解しています。

ですが、今回の件に限っては、それでは間に合わないと感じ、

私の独断で、この手紙を書いています。


現在、辺境北部では強力な魔獣の出現が続いています。

明らかな異常事態です。


辺境ギルドとして、出来る限りの手は打っています。

ですが、それでもなお、押し切れるだけの力が足りません。


それでも、このまま放置することは出来ません。


塔の周辺には集落があり、

魔獣を抑えきれなければ、

いずれ人の暮らす場所へ流れ込みます。


もちろん、冒険者たちの士気は高く、誰一人として、背を向けようとはしていません。


しかし、彼らが負ければ、次に危険に晒されるのは、武器も持たない民衆です。


今のままでは、冒険者も、民衆も、共倒れの未来しか見えません。


それを避けるためには、あと一つ、大きな力が必要です。

そう、戦況を変えられる力が。


少なくとも私には、今この状況を変えられる可能性があるのは、

あなた方しか思い当たりません。


お願いです。

どうか、この辺境の地をお救いくださいませ。


もちろん、この手紙を書くことが越権であることは承知しています。

処罰を受ける覚悟もあります。

立場を失うことも、恐れていません。


それでも、

何もしないまま、

犠牲が出るのを待つことだけは出来ませんでした。


私の命が必要だと言われるのであれば、

それを拒むつもりはありません。

どうかこの辺境に、あなた方の手を差し伸べてください。


辺境ギルド

事務担当

セリーヌ



 最後の一行まで読み終え、カイは静かに息を吐いた。


 そして――小さく、笑う。


「……なるほど」


 アルトリウスが肩をすくめる。


「こんなラブレターを貰ってしまったら、

 袖にするわけにはいかないのでね」


 気障な言い回しだった。


 カイは手紙を丁寧に折り、封筒に戻して差し出した。


「彼女にも、困ったものですね」


「そう言いながら、やけに嬉しそうじゃないか」


「まさか。呆れているだけです」


 アルトリウスは小さく笑い、杯を傾けた。


「嫌いじゃない」


「……私の、自慢の部下です」


「大事にした方がいい」


 アルトリウスは、静かに言ってから、盃を傾けた。


「逃げない人間がいるから、

 人々が救われる」


 その言葉に、カイは小さく頷いた。


 酒場の灯りが、ゆらりと揺れる。


 そして、居住まいを正して、頭を下げた。


「ありがとうございます。正直、これ以上無いお話です。

 心より、感謝します」


 この夜、銀牙と辺境の距離は、わずかに縮まった。

 同時に、中央がこの動きを黙って見過ごさないことも、

 二人とも理解していた。


 だが――


「とにかく我々は、やれることをやるだけです」


 カイは淡々と言った。


 アルトリウスは、その言葉を聞いて、満足そうに頷いた。


「そうだな」


 それは、同じ立場に立つ者としての、素直な言葉だった。

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