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左遷された辺境ギルド長は、戦わないのに最強でした  作者: アズマユージ


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第二十四話 辺境伯からの非公式依頼

 掲示板の前で依頼票を吟味する冒険者たち。

 奥の訓練場から、断続的に響いてくる乾いた金属音。


 朝の辺境ギルドは、今日もいつも通り――活気に満ちていた。


 その喧騒の片隅、執務室の机に向かう二人だけが、少し曇った顔をしていた。


「定期視察、無事終わったと思っていいんですかね?」


 セリーヌが帳簿を閉じ、眉を寄せる。


「どうでしょう」


 カイは書類から目も離さず答えた。


「勝手に来て、勝手に見て、勝手に帰る。……で、フィードバックなしですか」


 セリーヌの語尾がわずかに尖る。


「まあ、それが彼らの常識ですから。いまさらです」


 余裕の表情で言うカイに、セリーヌは小さく息を吐いた。


「……中央の“常識”に合わせていると、こっちが疲れます」


「疲れるのは、あなたがまともな証拠です」


 淡々とした返答に、セリーヌは半眼になる。


「褒めてます?」


「もちろん」


 そんな軽いやり取りをしていた、その時。


 控えめなノック音。


「失礼します」


 受付担当の中年職員――オスカー・グラーフが、封の切られていない封筒を二通、机の上に置いた。


「届き物です。……片方は、城から」


「城?」


 セリーヌが封筒の蝋印を見て、顔色を変える。


「……辺境伯家の印章です」


 執務室の空気が、ほんの少しだけ重くなる。


 カイは、ため息を一つ落としてから、封を切った。

 読み進めるほど、文字が少なく感じる。短い。だが、重い。


 セリーヌも横から覗き込み、すぐに口を結んだ。


「……非公式、ですね」


「ええ。面倒ですね」


 カイは淡々と言った。


「……それに」


 セリーヌは、蝋印から視線を外さず続ける。


「差出人は辺境伯家ですけど。文面は、まるで“個人が責任を引き受ける”書き方ですね」


 カイの指が、わずかに止まった。


「……確かに」


 書簡の内容は、要点だけを積み上げたものだった。


 ――辺境領北部の「塔」周辺。

 ――周辺に出現する「魔獣」。

 ――兵は動かせない。隣国との小競り合いが始まっている。

 ――よって、ギルドへ依頼。機密性を要する。


「……兵が動けないなら、こちらに回ってきますね」


「はい。不自然ではありません」


 カイは書簡を机に置いた。


「そうですね」

「ただ、依頼票にするとしたら、かなりの危険度になります」


「ですね」


 カイは、淡々と頷く。


「今の辺境ギルド全体の雰囲気は良い。でも――雰囲気が良いだけで、魔獣は倒せません」


 セリーヌが歯噛みする。


「中央の視察が終わった直後に、城から機密依頼」

「タイミングが良すぎます」


「まあ……偶然でしょう。たぶん」


 カイは“たぶん”を、わざと淡く言った。


 そして。


「いずれにせよ、今のところ返事は保留です」


「……保留?」


 セリーヌが目を見開く。


「受けない、ではなく?」


「受ける受けない以前に、勝ち筋が見えません」


 カイは、書類を指で軽く叩く。


「情報が少なすぎる。魔獣の正体も脅威度も、出現した原因も、周辺の地形も。――この状態で受諾したら、ただのギャンブルです」


 セリーヌの瞳に反論が浮かぶ。

 だが、言葉にする前に――。


「……ギャンブル、って」


 背後から声がした。


 いつの間にか、執務室の扉が半分開いている。


 覗き込んでいたのは、マックスだった。

 その後ろに、グレン。リリア。エルナ。ヴァレリア。


「聞いてたのか」


 カイが視線だけ向ける。


「聞こえたんだよ」


 マックスが一歩入ってくる。


「城からの依頼だろ? やべえんだろ? だったら――なんで保留するんだよ?」


 カイは、一瞬だけ視線を伏せた。

 それから、いつもより低い声で言った。


「今の我々の戦力では、勝てる見込みがありません」


 マックスが固まる。


「……は?」


 カイは席を立たない。声も荒げない。


「なんでそう決めつけんだよ!」

「ヴェイン・イーター討伐で、俺たちは強くなったじゃねえか!」


「決めつけではありません。客観的な評価です」


 マックスの眉間に皺が寄る。


「辺境が危険なんだろ? 困ってるんだろ?」


「困っている人がいるのは分かります」


 カイは、淡々と続けた。


「だからと言って、あなたたちを死地に送り出すようなことは出来ません」


 沈黙が落ちる。


 奥で、リリアが息を呑む音がした。

 エルナは不安そうに杖を握り直す。

 ヴァレリアは表情を変えないが、視線はカイに固定されている。


「……それでも、やるのが天衝だろ」


 一拍。


「それが、アンタの教えだろ?」


 絞り出すように言った。

 口から出たのは、理屈じゃない。

 師への深い傾倒から出た言葉だった。


 カイは、ほんの少しだけ目を細めた。


「……よく覚えていますね」


 否定も肯定もしないまま、続ける。


「……これも覚えていますか、マックス」

「勝てない戦いに突っ込むのは勇気ではありません、蛮勇です」

「確かに私は“助けるべき”と言いました。――でも、助け方は選ぶべきです」


「選んでたら、手遅れになるかもしれねえ!」


「勝敗は、戦う前に決まっているものです」


 カイは書簡を取り上げ、軽く振った。


「塔の内部は未知。魔獣も未知。兵が動けない理由も、どこまで本当か分かりません」

「だから今は、情報を揃えることが大事なんです」


 マックスが、言葉に詰まる。


「……正論だな。胸糞悪いくらいに」


 グレンが低く言った。


 室内に沈黙。


 その沈黙を破るように、セリーヌが口を開いた。


「まずは城に、追加の情報を要求します」


 きっぱりと。


「塔の構造図。魔獣の詳細。被害範囲。既に動ける部隊がない理由の裏付け。……それらが揃ってから、あらためて受諾の是非を検討しましょう」


 それは、事務方の冷静な正義だった。


 マックスは納得しきれない顔で、拳を握る。


「……でもよ」


「マックスさん」


 セリーヌが、優しくも強い声で呼ぶ。


「カイさんは、逃げているんじゃありません」


「……」


「“勝てる形”に作ることが、皆を救う唯一の手段だと言ってるんです」


 マックスは、ぐっと唇を噛んだ。


 その横で、ヴァレリアがぽつりと言った。


「……正しい」


 短い一言。

 だが、マックスの肩から少しだけ力が抜けた。


 カイは、全員を見回す。


「返事は保留。今日から、情報を集めましょう」


「その上で――勝てる見込みが立てば、受けます」


 マックスが、悔しそうに頷いた。


「……わかったよ」


 言い切れない怒りを飲み込むように。


「……でも、そんなに時間はねえんだよな?」


「ええ」


 カイは、それだけ答えた。


 天衝の面々が部屋を出ていく。

 最後に扉が閉まった瞬間、セリーヌが小さく呟いた。


「……大丈夫ですか?」


 カイは、書簡に視線を落としたまま答える。


「なんとかしますよ」


 その声は、いつも通りだった。

 冷静で、淡々としていて、余計な熱を持たない。


 だからこそ、セリーヌの胸の奥にだけ、別の熱が残った。


(……確かに辺境ギルドの全員の力は底上げされているわ)

(でも、さすがに私たちだけでは、戦力が脆弱過ぎる)


 彼が口にしない「不足」が、はっきりと見えてしまう。

 そして、正確に理解していた。

 その“不足”が、今の辺境ギルドにとって致命的だということも。


 ――その数日後。


 ありえない訪問者が、辺境ギルドを訪れた。

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